濃霧に佇む七三高地

「起きてます?」


暗闇の病室に怪しげな声が響く。


「……誰だ」


目覚めたばかりの磯城は、放心状態のままでそう返した。


「私です、あのときの。槍の呪いを解こうとした時の」

「あぁ、捕虜のロシア兵か」


磯城は、あふれる憤りと無力感をぐっとこらえてそう返した。


「俺になんの用だ」

「すこし、助けになってあげようかと」

「…どういうことだ」


強烈な復讐感情に突き動かされて、病床から跳ね上がる磯城。


「とても簡単なことですよ」


一陣の風がびゅうと吹き込む。

彼らがふと目を外にやれば、一瞬だけ、月夜に銀色の影が霞んだ。


「「あれは…?」」


誰も知らない夜半の出来事である。




・・・・・・




「強行着陸!強行着陸!」


強烈な衝撃をいなして、朝の濃い霧の海岸を飛行船が滑走する。


「うぉ…っ!」


振り切られまいとGに逆らって手摺を掴み、歯を食いしばる。

ぐぉオオオ、という音がして、ハッチ型に換装された爆弾倉が開く。


「それいけ」

「突撃!」


号令とともに、のべ50輌の装甲車と、歩兵を満載した30輌の兵員輸送車が飛行船から飛び出した。


「まずは重砲を一つ残らず撃破しろ!橋頭堡はそれからだ!」


厳命する僕の手にも汗の玉。

原因は、僕らをとりまく天然の煙幕だ。


「ギリギリで晩生内が気づいたから救われたけど…。この、無対策で揚陸してたら一瞬でやられてたな」


そう。

沿海州の春から夏にかけて出る、特有の強烈な朝霧。

30m先が見えるかどうかという世界で、目標が全く見えないので。事前の航空偵察や爆撃など役に立ちやしない。


そういうわけで、いちど弩級戦艦『敷島』に取り付けた電探を秋山に懇願してまた取り外してもらい、飛行船に載せて着陸地点上空へ直行という荒業をせねばならなくなった。なんというグダグダ。


まぁ無対策よりかは遥かにマシということで、上空に浮かべた電探搭載飛行船から濃霧の中の目標を随時探知しつつ、僕らは制圧に向かっているのである。


「ギリギリセーフですねぇーっ…。」

「ほんと危なかった。電探さまさまだよ」


そう考えるとこの七三高地という立地は良く出来ている。

濃霧が天然の煙幕となって補足砲撃を喰らわずにすむし、最悪上陸を受けても敵が防衛配置を把握できてないから、引きずり込んで殲滅という荒業もできるのだ。


まぁ電探持ってきたから、濃霧による視界不良なんて関係なく補足できるんだけど。


「奇襲成功!次々と砲兵陣地を制圧しております」

「C戦域、重砲8門破壊、3門鹵獲!」


「よし続けろ。1門も逃すなよ!」


天然の煙幕の恩恵を受けるのはこっちも同様で、飛行船による機械化部隊の強行揚陸などロシア軍は誰も気づいていないようだった。

奇襲は大成功といってよい。


「電探あってよかった…。」


至る過程はグダグダながら、皇國陸軍は砲兵陣地や鉄道駅を襲撃し、制圧。

輸送待ちをしていた重砲群を掃討し、設営された陣地を弾薬ごと鹵獲。5時間足らずで橋頭堡を確保した。


5月19日正午、七三高地陥落。

増援の2個師団が上陸すると、即座に『桜花』は敵の配置転換間に合わないうちに、アルチョーム集落へ向けて電撃的に進攻。

半島に残留するロシア軍30万人が付け根から逆包囲されたのは、5月21日の日没間際のことであった。


作戦第一段階 "仁川" 満了。




・・・・・・




「ふぅっ…」


長槍が、カンっ、と仮設桟橋に音立つ。


「ようやく帰ってきたわね、前線ここに。」


銀髪をさらさらと靡かせながら、旭日旗翻る七三高地の橋頭堡に立つ影が一つ。


「次長!軍馬はくれぐれも気をつけてね?」

「これでも軍務仮復帰から1ヶ月も経つのよ、大丈夫って」


軍医に深々と頭を下げて、銀髪が少しばかり桟橋に垂れる。


「2月から…もう3ヶ月もお世話になったのかしら。ありがとう、ハルさん」

「全く。こんな若いを死地に送り出さなきゃいけないなんて…つくづく辞めたくなるねぇ、この仕事は」

「まさか。貴女に治してもらったこの身体、簡単には死なせないわ。」


そう答えると、舞うようにくるりと一回転。


「じゃぁ、みんなを長らく待たせてるから。」


はる、と呼ばれた軍医は破顔する。

今度は、送り出した子が無事に帰ってきてくれるようにと祈りながら。


「ええ。行ってらっしゃい」


「はい。征って参ります。」



返す踵とともに、翻る銀色。

春来る大陸の端に、氷雪の精霊が降り立った。




―――――――――

体育祭と文化祭があって普通に忙しいので更新遅れてます。本文も短くなります、申し訳ないです。

占冠 愁

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