原点へ立ち戻れ

「これより、作戦概要を説明する」


5月12日、総長地下壕。

閑院宮少将が、黒木大将が、別海大尉が、見渡す将校たちが頷く。


「本作戦の骨子は、包囲の打開を基軸とする戦局の打破にある。」


一時は壕が水没するかと思われた勢いだった雪解け水も、もう流れない。


「ここウラジオストクが、ピョートル大帝湾に突き出す半島の上にあることは誰もが知っていると思う。ロシア軍総戦力30万が、この半島に集結していることも。」


帝国極東軍の総戦力は当初88万人。

ウラジオストクで最低でも23万が戦死している現在、最大で総戦力は65万人。

うち西部戦線に配備されたのが定数20万人、長白山脈や咸鏡道にいるのが15万人であるから、僕らの正面に構えるのは最大30万人。

なお相対する皇國陸軍は、市街戦で4万を喪って残存6万。


「5倍の兵力差は、正面からやりあってうち破れる数ではないのはわかるな?」


別海大尉が、ふっと息をつきながら返す。


「流石にわかりますよ。でも、じゃぁどうするんですか?」


ほう?と口角を上げながら呟いたのは石原莞爾。


「ロシア軍の弱点は、第一に補給であり、第二に補給だ。

 諸君らも散々見てきただろう?痩せ細ったロシア兵が、自爆を仕掛けてくる様を」


満足に物も食べられず、弾薬も渡されず、傷の手当も受けられない。

そんな地獄がロシア軍を苛んでいる。


「ゆえに、完全に補給を絶つことが、ロシア軍の降伏に直結する」


東部戦線ウラジオストクの地図の、ある一点を指差す。

ロシア軍の過密している半島。その付け根の部分を。


「西側の湾部。その奥に、ロシア軍の補給線を支える鉄道の結節点がある」


西________東

▲▲:┃::▲▲▲▲

━━━☆:::▲▲▲

▲▲┏┻┓:::▲▲

▲┏┛:┃:::▲▲

▲┃  砲露 :▲▲

▲┛ 露露露  ▲▲

┛  街    :▲

     島   ▲

西 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄東


「ここで☆と示した点が、ウスリースク。

 西から来る東清鉄道、南西から来る咸鏡本線、北から来るシベリア鉄道アムール支線の結節点であり、ここから半島部のロシア軍へ向けて物資が供給されている」

「うむ」


閑院宮旅団長殿下が頷く。


「特に西から来る東清鉄道がロシア軍の大動脈だな。あれはハルビンに、しいてはモスクワに繋がっているな。」

「仰るとおりです、宮様。」

「ならばここを直接絶つ、と。…空挺で?」


僕は首を横に振る。それは第一段階ではない。


「いいえ。冬のうちに帝国極東軍は司令部をハルビンからこのウスリースクへ前進させており、守備兵力は相応に硬いと見るべきでしょう」

「ならどうするんだ」

「ウスリースクと半島部の間を遮断する」

「「その手があったか!」」


宮様とともに、黒木大将も立ち上がる。


「しかし、西側の湾部は全域が七三高地のロシア砲台の射程内だ。安易に上陸を掛ければ輸送船ごと湾に沈められるぞ?」

「上陸?しませんよそんなこと」

「……は?」

「空から部隊を送り込みます」

「はぁ!?」


「…というと、語弊がありますがね」


けふけふと、少しばかり咳払い。


「飛行船を用いた


席上の資料を開いてください、と促せば、将校たちは手を動かして、目を見開く。


「これは……」

「上陸の損害を最小限にするには橋頭堡を迅速かつ広範囲に渡って確保しなければなりません。しかし東部戦線ここにはそれに足る十全な揚陸船がない。」


輸送船はないこともないが、大規模上陸に必要な揚陸艇がない。かといって初期揚陸をケチれば橋頭堡を確保できない。いくら後方海上に大兵力を待機させていたとしても、海上に叩き返されるだけだ。


「だから、飛行船を使うんです。

 空から海岸線に強行着陸して、爆弾倉から直接装甲車を降ろす。これを沿岸一帯で同時多発的に行うことで、一瞬で橋頭堡の全域を確保。そこに海上から後続兵力を送り込んで、上陸戦を行うことなく即座に進撃へ移行できる」


そのため東部戦線の陸軍航空隊を一個中隊12隻を借りて、爆弾層と爆弾庫の撤去を行った。爆撃船の積載限界が6tで、装甲車が一輌700kgだから、弾薬と人員の重量をも考慮すれば一隻7輌を積載することが可能だ。

一隻あたり7輌を12隻。合計84輌を、強行着陸させる。


「沿岸砲、どうするんですか?あれどうにかしない限り、強行着陸したところで七面鳥撃ちじゃないかなぁーって」


晩生内も懸念の表情を崩さない。けれど。


「翌13日より西部戦線が全面攻勢へ移行する」

「ぁ…そういうことですかぁー、」

「待て、どういうことですか」


待ったを掛けた石原莞爾に、一瞬ですべてを察した晩生内が説明する。


「ただでさえ全物資を東部こっちに回してるでしょ?弾薬も食糧も不足しているロシア軍だよ。後方の西部戦線になんて、弾薬も兵器も十分にないんじゃないかなぁ?」

「とすると…西部戦線で大規模な反攻が始まった場合、」

「西部戦線は危機的状況に陥るはずだよっ。ロシア軍は東部こっちから戦力を転属させなきゃ、到底維持できないから」

「それで東部の沿岸砲が動く、と?」


「ああ。」


晩生内に代わって、僕が頷いた。


「西部戦線は初撃で完全に通信網を破壊するため、東部戦線のロシア軍に事態が伝わるのは数日ほど掛かるかもしれないが、そうしたら、確実に正面のロシア軍は動くはずだ。。」


浸透戦術が十全に機能した場合、初撃でロシア軍は西部戦線の砲撃陣地を全損する。ロシア軍は死にものぐるいで砲兵を西部戦線へ回そうとするだろう。


「っ…そういうことか」


石原が少しだけ痛恨の表情をのぞかせながら、合点を打つ。


「そのとき、陣地後方に構える七三高地の砲台が、まず、輸送体制に入る」


さて、これで沿岸砲ごと砲兵を掩体壕から引きずり出した。あとは輸送中のどてっぱらに砲弾でも爆弾でも撃ち込んでやれば砲台は片付く。

地図上の七三高地、砲台陣地の部分に全滅の印をつけた。



西________東

▲▲:┃::▲▲▲▲

━━━☆:::▲▲▲

▲▲┏┻┓:::▲▲

▲┏┛:┃:★:▲▲

▲┃  ✕露 :▲▲

▲┛ 露露露  ▲▲

┛  街    :▲

     島   ▲

西 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄東



「さぁあとは簡単。破壊した砲陣――✕印の地点に装甲車を航空揚陸。あとは後続の大兵力を雪崩れこませて、★印・アルチョーム村落へ向けて進撃させる。

 これにより、半島付け根を分断。ロシア軍30万が半島部に逆包囲される。」


将校たちに向き直って、両手を広げる。

さぁ逆転の時間だ。


「こうなれば、ロシア軍も必死に解囲しようとするでしょう。当然、☆印・ウスリースクのロシア軍司令部の駐屯兵力も解囲へ向かう。――司令部ウスリースクから、。」


「ッ、ここで空挺か!」

「ええ。丸裸の帝国極東軍総司令部は、もはや空挺部隊の餌食以外の何物でもありません。あとは半島付け根からウスリースクへ戦線を繋いで占領を盤石にする」


それだけじゃない。

ウスリースクという鉄道結節点の制圧。

ここに、西部戦線がハルビンまで上がれば。


「ハルビンとウスリースクを結ぶ東清鉄道が、皇國のものとなる。

 平壌-大連-ハルビン-ウスリースク-ウラジオストクを結ぶ線が――満州を日本海から黄海まで横断するライン上が皇國占領地となる。」

____________

▲▲▲::🇷🇺:▲▲湖:▲

▲▲🇷🇺:⑥:▲▲:🇷🇺:▲

▲▲::::▲:▲⑦:▲

▲::⑤:🇷🇺:▲▲:⑧

▲西部戦線▲▲▲🇷🇺

🇯🇵:④:▲▲▲▲  日

::③▲▲▲🇷🇺   本

 :▲🇯🇵:▲▲▲  海

 ②  :①▲▲🇬🇧

      🇩🇪🇫🇷

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

現拠点 ①平壌-②大連-③奉天-④四平 / ⑧東部戦線ウラジオストク

占領目標ライン ④四平-⑤長春-⑥ハルビン-⑦ウスリースク-⑧東部戦線ウラジオストク


「また包囲か!!」


最初に気づいたのは黒木。他の将校たちも、占領目標群を線で結んでみて気づく。

そう。長白山脈と朝鮮北東・咸鏡道にいるロシア軍15万、うまく行けば西部戦線の残存までをも、この①〜⑧のラインの内側に封じ込めることができるようになる。


「以南のロシア軍は、本土と切り離され孤立する。」


第二次包囲は最小でも15万の規模。

先の逆包囲も併せれば、帝国極東軍の7割が包囲される。


「……なんだと」

「このような、ことが」


騒然とする司令部の中で、静かに手が挙がる。


「しかし、だ」


挙手とともに宮様閑院宮はそう切り出した。


「その最後の300km、厳しいぞ」


最後の300km。

ウスリースクからハルビン、つまり東部戦線と西部戦線を繋ぐ最後の大仕事――「大陸打通」は、その距離おおよそ300km。


「航空揚陸からの爆撃、空挺降下までするのだ。航空戦力は主に疲労の面から枯渇すると思ったほうがいい。航空支援無しで、鉄道線沿いとはいえ老爺嶺を300km……突破できるのか?」


「軌陸車」


「きり、…くしゃ?」

「軌道陸上車の略です。線路道路併用車輌のことで、西部戦線の鉄道省直属聯隊れんたいが中隊規模で保有しています」

「それをどうするのだ」

「東清鉄道を直接、その軌道上を進撃します。西部戦線、ハルビンから」

「鉄道が爆破されていたら使い物になら…――そういうことか」


ううむ、と宮様は唸る。


「鉄道が無事な区間は鉄輪で高速移動し、破損地点だけはゴムタイヤ、つまり自動車に切替モードチェンジをすることで、進撃速度を維持するというわけか」

「仰せのとおりです」


戦前に"妥協アウスグライヒ"で開発したやつだ。

それを、ここで総力投入する。


「西部戦線側からの打通戦力は理解した。東部戦線からは?」

「中央即応集団です」

「……『桜花』を、出すのか」

「いいえ。のではなく、

「?」

「僕が出ます。直接」


司令部がまたもざわめく。


「貴様は代行司令だぞ、前に出てどうする。総指揮は誰が執るんだ」

「僕はあくまでですから。正式な方が来られます」

「……、まさか」


「伊地知中将――東部防衛総隊司令。彼から代行という形で譲り受けた指揮権を返上、伊地知中将が満州から空路でこちらに着任します。

 ……野戦任官で少将とはいえもともと僕は大佐。若造しかも大佐が総司令で、将官に命令しているという現状を快く思わない猛将がたも少なからずいらっしゃることは、このウラジオストク攻防戦を通じて、感じてきたことでした。

 この最後の作戦で不和や抗命なんて目も当てられませんから」


何人かの将校が目つきを鋭くする。

わかってはいたが、江戸期から続く年功序列という風潮は、僕が出てきて簡単に崩せるようなものではなかった。

それに。


「それに、この作戦で最も無謀な300km締めは、発案者がやるべきでしょう?

 責任を取って、徹底的かつ、確実に。」


正直、中央即応集団の戦略機動力をもってしても、300kmは遠大だ。

それでも、いや、だからこそ言い出した僕がやるしかない。


守旧派の将校たちが溜飲を下げるくらいの「覚悟」を見せなくてはいけないのだ。


「……それで、いいのか?」


宮様の問い。

それに十分にこたえられるように。


僕は、息を大きく吸い込んで――。





「本作戦の最大目標は"大陸再打通"であるッ!!」


全身全霊で。


「1904年バルバロッサ作戦で貫通せしめた大陸を、今、もう一度打通する!」


騒然とする司令部。

それを黙らせるほどの威を見せなければ、僕が見ているものを、誰がこの作戦についてくるというのだ。


「作戦名、『一号』。」


史実・昭和19年。

大戦末期の中国大陸で行われた"大陸打通作戦"は、一号と命名され、実行。

少なくない犠牲を出しながらも、武漢から香港・南寧へ総計距離2400kmを南進し、大陸を仏印まで打通。帝国陸軍――しいては「大日本帝国」最後の勝利を飾った。


帝国最期のだった。


「この大陸に、一途の軌跡を刻むのだ!」


だから、そんな奇跡を祈って。

戦争を終わらせる一撃であるように。

願いを賭けて。


「今時戦争最後の攻勢だ。出し惜しみはしない。

 我々の5倍の敵が塹壕で迎え撃ってくるのだ。損害を最小限にしたとしても、おそらく多くの犠牲が出る。朝起きれば隣の戦友が死んでいるということもあるだろう。最後の300kmに至っては、全滅に近い損害を出す可能性すらある。」


一瞬だけ怯むような空気が伝わる。

それじゃだめだ。


「だがッ!」


声を張り上げる。

これしきでビビる程度の地獄じゃなかっただろう、ウラジオストクここは。


「我らが此処で敗ければもはや後はない!

 ここで退けば皇國陸軍は西部戦線にて完全に潰走状態となり、われらはウラジオストクにて玉砕するだろう。

 ほぼすべての陸上戦力を喪失した皇國に迫るのは、――本土決戦だ。」


思い描いてみろ、本土を。

そこが戦地になる情景を。


「栄華なる帝都を、諸君らの故郷を、懐かしき街を、置いてきた家族を、友人を、恋人を、戦火が呑む。敵ごと全てを巻き込んで自爆するのが"本土決戦"のやり方だ。」


ダァン、と机上に拳を撃ち落とす。


「我らは何のために地獄にいるッ!何を誓って銃を取る!?

 貴様らは自分たちが戦う理由を忘れたか!!?」


尉官も、佐官も、将官さえも、皆が思わず軍刀に触れる。

軍人としての魂に。


「軍人の本懐を忘れるなかれッ!!」


軍刀を鞘ごと床に付き鳴らす。


「2600年来の皇朝を!愛すべき祖国を!美しき郷土を!

 何よりも我らの大切な人々を守るために、此処に立つのだ!!」


それを焼き払って、手に入れる勝利など。


「守りたかったものは粉々に砕け散り、虚無のみが残るだけの帰還など!

 本当に諸君が望む成れの果てか!?」


ぴたり、と言葉を切った。

しん――…と生まれた一瞬の静寂に、一言紡ぐ。




「愛し故郷の焼け跡より、大満州の泥沼でこそ死にたいものだ。」



ほぅ、と静かに闘志を灯した閑院宮の灼眼しゃくがん

にィィ、と深くわらってみせた。


バァン!


黒板の作戦図を平手打つ。


「『本土決戦』は、それに突入した時点で我々の"敗け"。

 すなわち――この大陸再打通こそが、我ら最後の決戦だ!」


十六に菊開く徽章を、高く掲げて。



「聞けッ、勇猛なる皇國兵士よ!


 聴けッ、理性の牙城たる皇國将校よ!


 拝聴せよ――天皇陛下に全てを捧げた日本皇國臣民よ!!!」



集う将校たちの眼に、一気に色が灯る。

黒木の灰眼。晩生内の琥珀眼。別海の翠眼。

ひときわ燃える石原莞爾の黒い瞳。


なんだ、全員一人前に闘志があるじゃないか。


「正真正銘背水の陣、我らに後はない!」


声を枯らして訴える。


「活路は前にしかない!怯むな、進め、進めッ!

 敵が我らの前を塞いで阻むのなら容赦なく撃ち殺せ!!」


もう本当に、一歩も退けないから。


「勝つしか無い。来たる敵を撃破し、勝利を掴み取るしかない!

 敵陣に、祖国の旗を突き立てるしかないのだ!!」


狙うは、勝利への一撃。


「育ち故郷の生家の縁側で過ごす余生の一時に、孫に何処で戦ったのかを聞かれて、『桟橋で敵弾に怯えながら引揚船に乗り込んでいた』とは答えたくあるまい!」


声帯を裂いて、


「堂々と胸を張れっ!」


場を震わす。


「奪取した敵の軍旗を見せつつ誇ってやれ!

 『哈爾浜ハルビンごと大陸を貫いた』、と――!」


今一度、軍刀を床に衝く。


「諸君、すべてを賭けた大舞台だ!」


剣を取る者は、


「軍人の本務を思い出せ!」


剣で滅び。


「愛しの郷土とそこに残してきた大切な人々を守るために、銃を取れッ!!」


そしてまた、剣で守るのだ。




「原点回帰の時間だ。

 さぁ諸君…――『我らの戦い』を始めよう。」

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