パンツァーファウスト

4月23日 大陸方面


「倭奴の連中が攻めてきたぞ!」


大慌てで衛士が天幕へ飛び込んできたが、定州鎮営の義兵たちは鼻で笑う。


「攻めてきた?両手を掲げて投降してきた、の間違いではないか??」

「あっひゃひゃひゃ、そうに違いねぇ!」


全く相手にすることなく、この前哨線の長たる僉使さえも腰を上げない。


「これから新義州を奪回するのだ。攻める側は我らなのだよ」


義兵たちは僉使の言葉に同調する。


「全くだ!大韓の威光にかかれば、下賤な島猿どもは泣いて許しを乞うだろう」

「白村江も、壬辰倭乱も、丁酉倭乱も、一度たりとも倭奴が勝てたことはない。歴史を顧みれば倭寇など鎧袖一触」

「大韓は、満州人共に滅ぼされた明朝の正当な後継――小中華なのだからな!」


バキバキバキッ!


突然の礫音とともに、天幕を突き破る金属塊。


「ぐわっ?!」

「な、何だ!?」


狼狽する義兵たちを鼻にも掛けず、鈍重な装輪が、机も椅子も裂いて轢き潰す。

そこへ翻る赤い丸を目にして、ようやく義兵たちは何と対峙しているかを理解した。


「うぇ…、倭奴ども?!」

「なんだと!」


天幕も見張櫓も、全て建物ごと引き倒して金属塊は進む。

一瞬にして、定州鎮営の前哨線は突破された。




「火縄銃!火縄銃を出せ!」


鎮営本陣は、蹂躙される前哨線を眼前にして大混乱に陥っていた。


「焙烙玉はどこだ、爆発するならなんでもいい!」

「臼砲もだ!あるもの全部引きずり出せ!」


首府近辺ならいざしらず、平壌より更に北の辺境の軍営に近代兵器などあるはずもない。装備も組織も、慶長の役当時のままだ。


「慌てるな!」


節度使が飛び出して、義兵たちへ声を張り上げた。


「島夷は銃兵どころか、弓騎すら出していない!

 よく見ろ、あれは動くだけのただの岩の塊ではないか!」


鎮営の長たる節度使。

ここで引くわけにはいかないし、事実、蛮軍相手に負けるなど毛頭思っていない。


「考えろ!300年前の倭乱では、我ら大韓の戦士は刀と槍と弓だけで、銃で武装した蛮倭どもに完勝したのだぞ。 それが今や…向こうは銃兵すら出せないのだ!」


大韓の戦士はもうこうして銃を揃えているのに、と高らかに喧伝する。


「これが文化を創造できる韓民族と、それを盗用することしかできない猿どもとの違いなのだ!!」


「…そうだ、300年前を思い出せ。」

「島猿は銃を使ってすら、韓民族との差を覆せなかったんだ」

「やはり倭猿は、文化を盗んで起源を主張することしか出来ないのだな!」


義兵たちに一気に戦意が灯る。

それを見渡してから、節度使は問いかける。


「文化大国の大韓に嫉妬して、もはや歴史を捏造するしかない民族だぞ!

 そんな奴らに、悠久の韓民族が負けるとでも!?」


「そうだ、そうだぞ!」

「負けるわけがない!」

「あの動く岩の塊とて、倭猿の苦し紛れの呪術に違いない!」

「所詮岩!世界に冠たる大韓銃兵にかかれば穴だらけだ!」


「そうだ!猿ごときに引けば民族の恥!

 小中華の威光を見せつけてやれぇ!」


「「「うおぉぉおっ!!!」」」


火兵が横列を形成する。

火縄銃の三段構え。

豊臣秀吉に400年前散々苦しめられたやり方で、大韓は立ち向かう。


「膝起て、構えろ!」


火縄に火を点けて、火蓋を切る。

狙うは迫る数十の岩塊。


「韓式射撃術、喰らえェっ!!!」


ダァン、ダァンダダダダダ!ダァン!


銃口から次々と白煙が巻き起こり、義兵たちの視界を遮る。

そこへ残るのは、銃の圧倒的な攻撃力の実感。達成感。


「ぶははははッ!」


帯状にもくもくと立ち上がる発砲煙に、節度使が笑う。


「跡形もなく砕け散ったな、これは!」

「やはり大韓は強い!」

「どうだ倭寇どもめ!泣き喚いて許しを乞ってももう遅い!!」


盛り上がる銃兵隊。

その様を節度使は髭を撫でながら見下ろす。


「なんとも愚か、哀れですらある…。所詮は猿か」



ボッ!



白煙の狭間を鉄塊が突き抜けるまで、わずか数秒。

次の瞬間には馬柵ごと銃兵が薙ぎ倒されていた。


「!!?」


銃撃を正面から受けながらも無傷で迫る化け物を前に、節度使は声も出ない。


「うわぁぁっ!?」

「なっ、ぎゃぁあ!」


すでにこの時点で最前面の戦線は崩壊。

逃げ出す朝鮮騎兵隊を蹴散らしながら、一直線で節度使の元へ。


「火矢だっ!火矢を放て!!」


大慌てで厳命する節度使に呼応して、弓兵が焙烙火矢を放つ。

ヒュルル、と弧を描いて飛んでいく矢は、次々と装甲車群に当たっていく。


「どうだ、見たか!我が大韓の弓兵の実力を!!」


命中率をみればそれは見事な弓術だったと言えよう。

那須与一さえ唸るだろう鮮やかなそれが――装甲の前には無意味なのを除けば。


「なっ!?」


カッ、カン、と金属の音だけが響いて、着火すらしない。

ただ虚しく地面に落ちて燻るだけ。


「なんだ…、」

「なんなんだ、あれは…。」


呆然と佇む義兵たちに、車上の装銃塔が動く。

向けられた銃口。


刹那、一陣の風。


「撃て」


ズガガガガガッ!!!


一斉掃討。


悲鳴、怒号、罵声、断末魔。

全滅に至るまでたった30秒足らず。


「この――化け物めぇっ!」


そう抜刀した節度使も、数秒経たず吹き飛んだ。



・・・・・・



明治38(1905)年4月24日

仁川に上陸した五カ国連合軍の総兵力6000は、大した抵抗も受けず翌日までに漢江を渡河。4月25日未明をもって大韓帝国首府・漢城へと進入した。


「全軍突撃!カエル野郎に遅れを取るな!」

「陸戦でローストビーフどもに先を越されるなど、末代までの恥ぞ!」


競い合う英仏軍を筆頭に、ドイツ帝国海兵隊とイタリア派遣軍が続く。

フランス軍事顧問団の手で辛うじて近代化されていた大韓の首府守備隊は、ロシア軍とともにウラジオストクの皇國部隊を包囲するため豆満江に出張中。首府にいたのは未だ14世紀の軍制を維持する禁衛兵のみ。

突然の奇襲に彼らが何を為せるはずもなく、漢城府下は大混乱に陥った。


「誰が、誰の許可を得て、この城下を踏み荒らしているのだ?!」


そう吼える高宗の目に映るのは、城下を席巻する色とりどりの軍旗たち。

たった5カ国だけじゃない。

オーストリア=ハンガリーの構成国だけでも5領邦の軍勢。

清朝各租界に駐屯していた守備兵を急拵えで送り込んだオーストリア=ハンガリー陸軍のごちゃごちゃな軍制が、大韓の守備隊を更に混乱させる。


「相手は誰なんだ!」

「俺が知るわけ無いだろう?!」

「助けてくれぇ!巡衛司が総崩れだ!」

「うわぁぁ、逃げろぉ!」


王城付近から禁衛兵が潰走する中、高宗は落ち着きなく歩き回る。


「クソ、こんな、こんなはずでは!」


民衆から散々搾取した財宝のお気に入りを、彼は大焦りでまとめると、隠し通路を抜けて漢江に突き出た専用桟橋へと彼は向かった。


「こ、皇帝陛下!お待ちください!」

「邪魔をするな、両班の能なしめが!」


(どいつもこいつも、無能どもめ!!

 余を誰と心得る、大韓帝国皇帝であるぞ?!)


両班の制止を振り切って漢江のほとりに足を進めた高宗は、桟橋に佇む複数の人影を認める。


「誰だ、誰だ余の道を憚る無礼者は!」

「覚えておられませんか?あぁ、そうでしたね。好き嫌いで処罰した人間が多すぎて、いちいち顔など覚えておられませんか」

「何を!即刻死罪に――」


彼らは目を合わせて笑う。


「「「あなたには責任を負ってもらわねばなりません」」」


それは、甲申政変で追放したはずの開化派の元臣下たち。


「陛下を捕えよ」

「なっ、余を何と心得る!離せ、離せ!逆賊め!!」

「どう喚こうが構いませんよ。貴様の治世は終わりだ」


大韓帝国皇帝、高宗はここにて捕縛。

その後一切表舞台に上がることはなかったという。



・・・・・・



『こちら皇國大使館!倭館にて邦人に対する暴行虐殺が発生、救出を求む!』


そんな緊急連絡が、たまたま逓信施設を占領していたオーストリア=ハンガリー軍のもとに届いたのは当日夜のことであった。


「すぐに動かねば!」


仇敵ロシアと戦う皇國に少なくない親情を抱いていた同国の軍人たちは、すぐさま救出に賛同。帝国のうちハンガリー軍とボヘミア軍が出動した。


「これは…。」


まず先に倭館へたどり着いたボヘミア王冠領の軍勢は、絶句した。

倭館へ連行された皇國邦人は、見るも無残な姿で積み上がっていたのだ。


「何が…!?」


続けて到着したハンガリー王国軍も、言葉が出ない。

ボロボロの姿で救出された在韓公使の桂太郎は、唇を震わせながら全貌を語った。


高宗の指示。そしてそれに賛同した両班によって、漢城に在留していた邦人は全員が諜報の容疑を被せられ、まず石打ち、続けて火炙りの刑に処され手足を焼かれたこと。

そして、多国籍軍の侵攻による混乱に乗じた一部の民衆が倭館になだれ込み、火傷で動けない皇國の人々に暴行を加え、虐殺したこと。


史実・関東大震災における地獄が、立場を逆にして発生した形だった。


「こんな腐りきった国など、滅ぼしてしまえ…!」


強烈な憎悪とともに吐き出した桂太郎の、偽らざる本音。

虐殺に立ち会った全権公使は、無力感に苛まれながら激情に押し潰れる。


「民ごと完全に焼き尽くしてしまえッ!!」


邦人172名が犠牲になったこの事件は、五カ国連合軍が進駐する中で起こったこともあり、広く世界に報道された。


この事件は日露戦争における最悪級の規模の戦争犯罪として、

"倭館の虐殺"として、後世に語り継がれていくこととなる。



・・・・・・



東アジア植民地、清朝国内や租借地に展開していた植民地軍を掻き集めた五カ国連合軍は決して強いとは言えなかったが、大韓帝国を相手するには十分だった。

満州総軍も大韓に対する緊急収容作戦『パンツァーファウスト』の発動で呼応し、4個機甲聯隊を基軸とする鎮圧部隊が新義州から南へ展開。


4月27日には、漢城において「朝鮮における中央政府の不在」を五カ国が確認した。これを受けてロシア軍は、自軍がウラジオストク包囲網の一翼として進駐している朝鮮北東部を事実上の占領下軍政に切り替えた。極めて小規模だったオーストリア=ハンガリーとイタリアの派遣軍は首府漢城のみの進駐に留まったが、朝鮮半島は、5月1日までに日英独仏露により分割占領され、大韓帝国は主権を喪失した。


5月1日時点

皇國占領地域 平安道    (朝鮮北西部)

ロシア軍政区 咸鏡道    (朝鮮北東部)

英国占領地域 慶尚道・江原道(朝鮮南東部)

独国占領地域 京畿道・黄海道(朝鮮中枢部)

仏国占領地域 全羅道・忠清道(朝鮮南西部)

五カ国保障区 漢城府下   (首府)


漢城は英独仏墺伊の五カ国の共同保障区となったが、

皇國は、西部戦線(=満州方面)の補給根幹である新義州港と大連港の2港湾の背後の要である朝鮮北西部を平定。同盟国たる英国が、対馬海峡に面して長大な海岸線を持つ慶尚道と江原道を占領下に。

重要港湾の後背地域も、対馬海峡も、まとめて皇國は安全地帯としたのだ。


これにより背後の不安を絶った皇國は、もはやただただ不毛でしかないこの憎悪のぶつけあいを終わらせるべく。

最後の一撃を、叩き込むために。


全てを終わらせるために。



長く、長く続いた日露戦争も、最終盤へ突入する。

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