「救済」
期末後にSSHとか体育祭・文化祭準備とかで忙しかったんです許して
―――――――――
「これを、どうしろと」
ルースキー島。
世界で"二隻目"の弩級戦艦、『敷島』の甲板上。
「陣地を構築するつもりか?」
秋山真之は僕へそう尋ねる。
ウラジオストクの面するピョートル大帝湾に忽然と浮かぶ、ルースキー島秘密泊地。電探と計算機を載せ込んだ小舟でそこに単身上陸した僕へ、だ。
「市街を捨てるつもりか」
市街地の9割を失陥し、最後の総長地下壕も風前の灯火。
地図上だけ眺めれば、そういう考えにも至るだろう。
「ここに拠点を構築するというのか?」
「どうすると思います?」
「それが見えないから…や、見たくない。だから訊いてる」
そういい切ると、秋山は、らしくもない真顔で向き直る。
ここまで険しい表情を、彼も見せられるのだな。
「――玉砕か?」
強い言葉で、僕を牽制するように、彼は詰問する。
だからこそだろうか、そうして僕は遠慮なく答えることができる。
「半分正解です」
「どういうことだ」
その問いには敢えて答えることなく、僕は電探と計算機を、この弩級戦艦『』へと預け置いた。
「あと1ヶ月ですが、コレを使っての演習に切り替えられませんか」
「は…。はぁ?」
「電波探信儀、並びに電気式計算機です。砲火管制システムへ組み込めば、弩級戦艦の射撃力に累乗して圧倒的な効果が得られるかと」
試しに向こう側の山肌へ電波を撃ってみせる。
返ってきた電波から電探が記録した距離の値は210m。
「っ?!お前、レーダーまで作り上げたのか!」
元々枢密院からの追放組である秋山は、先行技術を知っているがゆえにそう叫ぶ。
「コンピュータも忘れないでください。リレー式電算機で弾道算出もあらかた楽になりますから」
「でかした!でかしたぞ!」
秋山が跳ぶ。跳ぶ。
「ふぉおおおおおッ!あの絶妙に使いづらい光学測距儀も、計算尺も、全部要らないと来たかぁ!!」
腕を振る。叫ぶ。走り回る。なんだそのいちいち挙動の大きい感情表現は。
先程の張り詰めた空気感はどこに行ったのやら、と溜息をつきつつ笑う。
「過度な期待はしないでくださいよ、全部要らないわけじゃないですから」
「そこらへんの微妙な調整は任せとけぐぶ」
足を止めて振り返った拍子に、椅子の脚に小指をぶつけた秋山は息を断つ。
「ウワァァァアアアアア!!!クソデカ林製薬ッ!!!」
「あのさぁ…」
やれやれと肩をすくめる。
まだ苦痛を遺した表情のままピクピクと彼は親指を立てた。
「こいつがあれば分間射撃速度も2倍は向上するってやつだ」
「ほんっと頼みますよ!リアルで存亡掛かってんですから」
肩に手をおいて揺らす。
「あー、おー、大丈夫だー。」
「何がですか!」
「まぁひょっこり勝ってくるさ、そんでもってしれっと凱旋だ」
手をひらりと翻して、秋山は艦橋の方へと踏み出した。
「はぁ…頼りないとかそういう次元じゃないっすよ」
「俺にそんなのを求める時点でお門違いってやつさ」
「端からわかってましたよ…。」
肩をすくめる。
その弾みにふと、秋山の徽章に目を留めた。
艦長横章。
「あっ……遅くなりましたけど、任『敷島』艦長、おめでとうございます」
「あーそういえばそうか」
海軍少将にして、『敷島』艦長。
史実の彼のポジションは聯合艦隊司令部の作戦参謀で、確か階級は中佐か大佐。ここまで昇進できたのはひとえに、"
第四艦隊然り、弩級戦艦『敷島』然り。計画の立ち上げから戦力化まで、この秋山が"妥協"の面々と協力しつつ組み上げたものだ。
「あまり嬉しくはないけどな」
秋山から返ってきたのは、少し意外な言葉だった。
「…なぜです?」
「もうこれ以上、上に行けないってことだからな」
首をかしげる僕に、彼は言葉を続ける。
「わかるだろ?枢密院にとっちゃ、俺をこれ以上昇進させるのは都合が悪い」
「どういうことですか」
「だって、追放したはずの『無能』が成り上がるんだぞ?」
「……あ」
そういうことか。
10年前、僕が平壌に立った頃を思い返す。東郷平八郎とともに、史実の日本海海戦の英雄として――秋山真之がまだ、枢密院にいた頃の話だ。
日清戦争・豊島沖海戦。
枢密院は、聯合艦隊司令部に秋山を送り込んで、史実の豊島沖海戦における海戦運動を徹底的に叩き込んでいた。文字通り、必勝の方程式を丸暗記させたのだ。
そうして迎える豊島沖。戦艦2と防巡3からなる聯合艦隊は、戦艦『富士』を旗艦に清朝艦隊へ突入した。結果――『富士』が序盤で大破する。
清朝艦隊は、史実通りに動かなかったのである。
枢密院が厳命したそれは、"史実"に対する必勝方程式であって、"清朝北洋艦隊"に対するそれではなかったのだ。ゆえに、明らかな陣形不利にも関わらず『富士』司令部は史実の攻撃運動を踏襲。集中砲火を喰らい、艦隊司令部は秋山を除いて全滅した。
その後『富士』に代わって、東郷平八郎以下、防巡「浪速」が奮闘し、海戦には辛勝したが、これは実質、枢密院式指導の破綻という結果だった。
”歴史改変方式が否定されかけている”。
それを枢密院が受け入れるはずもないのだ。
「秋山真之は、枢密院に招かれて史実知識を与えられ、付け上がった。」
「ゆえに慢心して正常な判断ができなくなり、戦況不利に臨しながらも、枢密の意思に反して一切作戦を修正せず強行。被弾するや否や、司令部を見捨てて一人脱出」
「自己擁護論を展開し、一切の責任を否定。史実知識を自分の実力と勘違いした愚か者の末路――」 そんな秘密裁判の末に、枢密院は秋山を追放。
当然秋山は命令に従っただけだと猛抗議したが、証拠になるはずの軍令記録は艦隊司令部の全滅で海の底。死人に口なし。
一時期は危険分子扱いで秋山の命も危うかった。だから、松方旧蔵相が動いて"
そうして、僕が農業や陸軍に貢献してなんとか命をつないでるのと同様に、秋山も海軍関連で皇國に利益をもたらし暗殺を免れているといったところだ。
(逃げりゃいいじゃん、って思うこともあるけどなぁ)
僕は部屋を巻き込んでの明治召喚という手前、大切な大切な自室が枢密院にあるから亡命しようにもできないわけだが、秋山はそうでもない。やろうと思えばできる。
残された僕らの末路を気にしないならば。
けれど。
(本人には悪いけど…、秋山さんはそんな器じゃない)
彼なりに自分の居場所を大切にしているから、こうして武器を取っている。守りたかったものを皇國ごと捨てて枢密院に復讐する決意があれば、今頃こんな最前線にはいないだろう。
少なくとも秋山のキャラじゃない。
僕にも、伊地知中将にも、ほぼ全ての皇國軍人は無理だ。そもそも英雄機関と尊敬される枢密院に恨みを持つ人間が指折るほどしかいないのもあるが、万一枢密院を嫌ったとしても、全てを捨てて叛逆できる人間など、そうはいない。
愛したものも、守りたいものも、目的遂行に必要な犠牲ならば躊躇なく切って捨てることができる――そんな決断を、平然と、冷徹に下すことができる人物は。
むしろ。
「……あの人、ひとりだけかもな」
「?」
「おっとすみません、話が逸れましたね。」
それから10年、今のところ枢密院には目立つ失敗がない。
それどころか輝かしい成功を幾多収めてきた。
ゆえに枢密院は秋山への評価を修正することもない。
「だから、秋山さんをそれ以上昇進させるつもりはないというわけですか」
「無能」の烙印を押した指揮官が追放後に出世しては、まず無能という烙印が疑われ、次にそのレッテルを貼った枢密院が疑われる。彼らのメンツに関わるのだ。
「ああ。追放前の前職には二度と就けないと考えれば、艦隊司令部近辺の勤務ルートがまず潰れる。そうなると、この艦長職が限界だ。」
「だから、第四艦隊司令にはなれなかったんですね」
最初の計画からずっと第四艦隊を束ね、指導してきた秋山を抜きにしたのか。適任者は秋山しかいないと思うのだが。
実力より体裁と格式を重んじるこの国らしいと言えば、らしいか。
「まぁ安心しろ、第四艦隊司令にはちゃんと俺の元副官を当ててる。
俺の隣でハワイから第四艦隊まで、ずっと補佐し続けた信頼ある副官だ」
「おおお有能!秋山さんが、有能?!」
「君?」
あははは、冗談ですよと笑いながらくるりとステップを踏む。
甲板上をパノラマみたいに一覧して、息をつく。
30.5cm連装砲、6基12門。
昨年のドレッドノート就役に続き、世界で二隻目の弩級戦艦。
黒色火薬のバルチック艦隊に対し、こちらは二段階先を行くTNT炸薬。
もう奇跡の海戦とは呼ばせまい。
「海は任せますからね」
「おう、陸兵らしく陸に全集中しとくんだな。海の心配は要らん、大船に乗ったと思え」
「大船!?ガタンゴトン 次は、大船、大船!誤乗車ありがとうございます!!」
「オタク君きっしょ」
「あ、あなた!オタクは、日本経済を、回しているんだぞ❗」
唖然としながら振り返る秋山を背後に、デンシャの真似をしながら甲板を去る。
なかなか狂った一幕。
けれどそんな時間は嫌いじゃない。
こうしてみれば、そういう日々を長く忘れていた自分に気づく。
「ま、気張りすぎなくてもいいのかもな」
その心地よさを胸にしまって。再び桟橋に立つ。
すぐ先に見える軍艦島のような半島、ウラジオストクの市街を見据えて、小舟に乗りこんだ。
「潮風も…暖かくなってきた」
明治38年4月14日。
皇國海軍、『敷島』を世界二番目の弩級戦艦として、改装の完了と同艦の艤装竣工を発表。一番艦を半年前に就役させていた大英帝国のみならず、列強各国に強烈な衝撃が走った。
同日、バルチック艦隊が仏領インドシナ南部のラチジャー湾に入港。遅れている第3太平洋艦隊の待機と合流準備に入る。
バルチック艦隊は今や、皇國九段線の一歩手前。
凡例: 『戦艦』[装甲巡洋艦]〈防護巡洋艦〉"母艦"
第一艦隊 / 呉鎮守府(広島)
◎第1戦隊 『三笠』『朝日』『初瀬』『富士』『八島』『筑波』『生駒』
◎第3戦隊 〈千歳〉〈高砂〉〈笠置〉〈吉野〉
◎第1駆逐隊〜第3駆逐隊 計12隻
◎ルースキー島泊地附 『敷島』+現地鹵獲戦艦4隻
第一艦隊の戦艦は史実では6隻であったが、史実より多い日清戦争賠償金を資金とした八八艦隊計画の完遂で、史実より戦艦装巡ともに2隻ずつ多く建造されているため計8隻の戦艦を擁する(うち一隻は弩級戦艦)。
なおウラジオストク市街の沖合にあるルースキー島には、旅順とここにおいて無傷鹵獲できたロシア海軍の戦艦4隻が『敷島』とともに係留されており、本土の予備艦隊から人員をつぎ込んで戦力化の途上。これが加われば戦艦は計12隻になる。
第二艦隊 / 横須賀鎮守府(神奈川)
◎第2戦隊 [出雲][吾妻][浅間][八雲][常磐][磐手][春日][日進]
◎第4戦隊 〈浪速〉〈明石〉〈高千穂〉〈新高〉
◎第4駆逐隊〜第5駆逐隊 計8隻
第一艦隊が戦艦打撃艦隊とするならば、第二艦隊は装甲巡洋艦主体の補助火力部隊である。先述の八八艦隊計画により装巡が史実+2隻。
第三艦隊 / 佐世保鎮守府(長崎)
◎第5戦隊 〈和泉〉〈須磨〉〈秋津洲〉〈千代田〉
◎哨戒打撃群 鹵獲艦8隻
日清戦争時の主力艦と鹵獲艦を基軸とした哨戒部隊。史実の第三艦隊は明治初期の砲艦やフリゲートすら引っ張ってきた寄せ集め部隊であったが、この世界の豊島沖海戦の結果により清朝戦艦(編入後装巡に降格)を2隻拿捕できたのと、旅順戦で自沈し損なったロシア太平洋艦隊の多くの巡洋艦を鹵獲できたため、実戦可能な哨戒部隊となっている。
第四艦隊 / 高雄警備府(澎湖諸島)
◎水雷戦隊群 特型水雷艇32隻
◎潜水戦隊群 "松島" "橋立" "厳島"
潜甲型潜水艇24隻
◎第一航空戦隊 "帝鳳" "秦鷹"
◎海軍台南航空隊 18隻
史実では隼型水雷艇32隻の建造に割いた資金をそのまま特型水雷艇の建造に応用。無駄だった装甲の代わりに魚雷発射管3基9門を搭載。
清朝における皇國勢力圏で稼ぎ出した利益を総力投入して潜水戦隊と台南航空隊を用意。潜水母艦にはハワイ王朝救出作戦以来の旧三景艦をそのまま投入。旅順湾攻撃を飾った第一航空戦隊の飛行船母艦の2隻は台南空の飛び石としてなお健在。なお台南航空隊が有する18隻という数は、皇國が保有する飛行船の実に20%にあたる。
「――ただいま、私の艦隊よ。」
彼は戦艦『三笠』の艦上に、杖を強く打ち付けた。
彼を中核に広がる、戦艦7・装巡8を基幹とする八八艦隊。
「まさか、こんなにも簡単に聯合艦隊司令長官の座を頂けるとは……。」
彼は、白髭をさすりほんの少し片頬を吊り上げる。
かなりの抵抗を予想はしていたが、どうやら、開戦前の出国すら、お上は掴んでいないようだった。油断や慢心などという次元じゃない。
あの方々は毛頭、その可能性を考慮すらしていないのだ。
(ふふ…、そうか。そうだな。だからこそ、倒さねばならない)
妻子も、郷土も。全て敵に回すとしても。
何もかもを捨ててでも、救う覚悟があった。
「私が、東郷平八郎海軍大将である。」
揺るがぬ決意を瞳に灯しながら。
彼は、提督の着任式に整列する水兵を一覧して、そう言った。
「第一・第二・第三艦隊。及び、ここには
総勢戦艦12隻、装巡8隻、防巡12隻の大艦隊。
これを以て――『聯合艦隊』を召集する。」
主力艦32隻。世界第4位の海上部隊。
それでもなお3位のバルチック艦隊に及ばないという事実が、水兵たちを緊張させる。
けれど、東郷平八郎はもっと遠くを見据えているのだ。
「諸君とともに、祖国を『救済』する者なり―――。」
彼の言う救済の正体を、水兵たちは知る由もない。
明治38(1905)年4月17日
第四艦隊を除く全海上部隊を以て、聯合艦隊を召集。
東郷平八郎が司令長官へ着任した。
この頃には遅れていたロシア第三太平洋艦隊もセイロン島を回り、5月上旬には仏印南部で待機する本隊と合流すること、そして遅くとも5月中旬には補給と休息を終え、皇國本土へ向け出撃することが確実となった。
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