決着
作戦名『英雄ノ凱旋』 -概要-
沿海州のハンカ湖方面に、近衛師団の第1近衛
機関銃の拠点防御と牽引野戦砲による機動打撃を主体として、重機による迅速な塹壕設営を活かし少しづつ撤退。ウスリースクまで退却したところで、疲弊しきった敵突破集団の脆弱な側面を別部隊が強襲、逆突破・分断する。
最後には増援の4個師団を本土からウラジオストクへ揚陸させることで、敵司令部の恐慌を誘発、反攻意思を挫く。
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ハンカ湖┃:::▲▲
▲▲:┏┛:▲▲▲▲
━━━┫:::▲▲▲
▲▲:①::▲▲▲▲
▲▲┏┻┓::▲▲▲
▲┏┛:┃:::▲▲
▲┃ ②: ▲▲▲
▲┛ ▲▲: ▲▲
┛ ◎ ▲:▲
▲▲▲
大 帝 湾 ③▲
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◎ウラジオストク市街
└ 沿海州総軍司令部。ピョートル大帝湾に突き出す半島の上に建設された南下政策の拠点。南に水道を隔ててルースキー島があり、弩級戦艦『敷島』の泊地がある。
①ウスリースク
└ 東清鉄道(左)、アムール支線(上)、咸鏡本線(左下)の3鉄道線が集い、ウラジオへ繋がる交通の要衝。このうち
②アルチョーム
└ 半島の付け根にある町で、ウラジオストクの陸の玄関口。貨物駅がある。
③ナホトカ
└ ウラジオストクの東70km。南から来る敵に対して大帝湾の盾となる要地。
在ウラジオストク総戦力
・沿海州総軍
◎第1軍【大阪鎮台 / 第十一師団】
◎第2軍【近衛師団 / 仙台鎮台】
・満州総軍
◎増強即応集団【『桜花』/ 第1焼撃大隊 / 第3焼撃大隊】
明治38(1905)年2月18日
「仙台鎮台、ナホトカへ進撃せよ!」
磯城が叫ぶ。
ウラジオストク東部近郊に布陣する仙台鎮台が、一路東へ向かって動き出した。
「…この期に及んで、まだ戦線を拡大するつもりか?」
「わざと薄くしてやったハンカ湖湖畔に敵軍が攻撃を加えないからな、後ろから躊躇するそのケツを蹴り飛ばしてやろうってわけだ。お前にはわからねぇだろうがな」
「東に戦力を移動させたら西が手薄になる。分かってやってるのか?」
「だからハンカ湖湖畔の近衛旅団で手薄にして敵に攻撃させるつってんだろうが。西が薄くなるのはこっちの策略なんだよ。……はぁ、こいつ頭が弱すぎる」
僕は、師団の駒が置かれた戦略図を睨めつける。
ハンカ湖湖畔は戦力が薄くなっているが、確かにロシア軍を1週間は食い止められる布陣で、増援も間に合うだろう。
だが、朝鮮方面――長白山脈を隔てて南、日本海に面する北部朝鮮・東海岸。
ウラジオストクへ繋がる唯一の補給線である咸鏡本線が通るその長大な区間を、守備する兵力が一つとして置かれていないのだ。
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▲▲▲::::▲▲▲:▲
▲▲▲:◎:▲▲:湖:▲
▲▲:::▲::▲:②▲
▲::露軍::▲▲:①
▲ ̄③\:▲▲▲▲
▲::④▲長▲▲ 日
:::▲▲白▲ 本
:▲▲:▲▲▲ 海
▲ ::▲▲▲
大 韓
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
①/第1軍 ②/第2軍
③/第3軍 ④/第4軍
まぁ僕が最初に警告した通り、そもそも長大な
「第3軍と第4軍は今や松花江ラインを放棄、長春まで撤退してる。鶏西回廊はロシア軍の手に渡ってるんだよ。」
敵軍が迂回をするという想定が、完全に抜けている。
「敵の攻撃を誘引するのはいいが、無防備地帯があるのは流石に…。誘引した結果戦線を突破されちゃ元も子もない。」
ここに至ると、長白山脈さえ越えればそこは日本海なのだ。
「ハンカ湖よりさらに西…、長白山脈を想定外突破されたらどうする。奔星が『鶏西回廊』…長白高原を進撃したように。まんまやり返されちゃ目も当てられない」
「地図も見ることが出来ないのか、平成人は?」
磯城の声に硬直する。
「見ればわかるだろ、満州平原と東海岸は真冬の長白山脈に隔てられているじゃねぇか。Hoi4で言う軍事通行不能区域そのものさ」
「ほい…、フォー?」
「くはッ!それすらも通じねぇのか、その教養の無さには呆れるしかねぇな」
磯城は、長白山脈を境にしてそこから西に一本線を、湖より東に一本線を引く。
「満州戦線と、沿海州戦線。この二つの戦線は――遠大な長白山脈で、分断されてるじゃねぇかよォ?」
戦略図を見てそう吐き捨てる彼に、僕は絶句する。
「……お前、山脈を絶対的な障壁だと思ってんのか?」
「越えられねぇものは越えられねぇ。歴史どころか…満州の地理も頭に入れてないくせに、よくここで戦おうと思ったな?」
そうじゃない。
これは、明らかに違う。
戦線は分断されてなどいない。
海を挟まない限りは、最初から最後まで一本線なのだ。
「地形がどうであろうと、結局戦線を切り拓くのは人間なんだぞ…!」
「磯城参謀長!戦線西部へロシア軍が食らいつきました!」
その瞬間、飛び込んだ伝令に。
磯城は歓喜を以て振り返った。
「やったか!これで――ハンカ湖へ露軍は突撃せざるを得ない!!」
「飛行船偵察部隊より、敵軍は兵力を次々と湖畔方面西部へ回送中!続々と敵の大部隊が沿海州戦線の西側へ回り込んでいます!!」
「よォし!薄い薄い西部に次から次へと大集結…!カモが眼前で勝手にまるまる太っていきやがるってか!!」
全ては、彼の描いた作戦通りに。
「さっさと湖畔に突撃をぶち込んで側面を晒しやがれロシア軍…!」
その呟きが普通に漏れて、耳に入ってくる。
「さーぁ、俺の戦術家無双の序章、開幕だぜッ――!!」
彼は、ロシア軍が湖畔へ突破を撃ってくると疑わない。
「………?」
されど、一向にハンカ湖からは動きがない。
「……なぜ来ない!!?」
驚愕を見せた磯城は、ほどなくして、あぁ、と納得する。
「…さては、怖気づいたな?」
ははーん、と彼は続ける。
「くくくくく…いやはや、くははははァッ!!そりゃそうさ、俺は『英雄』だ…!『あれ、また俺何かやっちゃいました?』がまた発動したのか!!」
湖畔にロシア軍が突撃を掛けぬまま、仙台鎮台の先鋒がナホトカの街を席巻する。揺さぶりだったはずの蹴り飛ばしが、成功してしまった。
磯城は、至福の表情で陶酔する。
「くく、つくづく上手くいくぜ…!まさかナホトカも占領出来るとは―――」
「速やかに離脱させろ!!!」
僕は磯城のそれを遮って、大声で叫ぶ。
「は?何一人で――」
「急げ!仙鎮の全部隊が引き返せるうちに!!」
磯城はそれを聞いた途端、額に手を当てて堪えきれず笑いだした。
「く、くくく、つ、ついに狂ったか…。どこまでも上手くやってのける『主人公』に、湧き上がる劣等感を我慢ならなくなって、俺を妨害し始める…!本当に、王道通りだなこの世界は――…!!!」
「敵が何の抵抗もせず道を譲ってくれるわけがねぇだろうが!もしもそれが起こったとしたら敵の狙いはもはや明白!!待ち伏せか、そうでなければ――」
そんなご都合主義が実在するのならば、明二四年動乱などという屈辱が起こるはずもない。
「そこにぬけぬけと足を踏み入れてみろ馬鹿野郎!!!」
わざわざ自陣を譲り渡すのは、敵を招き入れるのが目標であるとき。
それでいて、迎え入れられる此方側が脳死で誘引されるままなら。無防備地帯を無防備のまま、東へ東へ進んだならば。
「そしたらもう―――」
すでに、趨勢は決したも同然。
ピィ―――!ピィ―――!ピィ―――…
補給線の異常を知らせる警告音が鳴り響き。
兵站部をにわかに悲鳴が飛び交い始める。
「咸鏡本線の通信小屋が一斉沈黙!」
「走行中の列車も全て通信を途絶!!」
「駅や信号など各種設備も応答ナシ!?」
「じょ、状況を報告せよ!」
「な、何が起こっている?!」
一瞬にして混乱に陥った沿海州の総軍司令部に。
「ッ!本線清津交換所より一通の緊急電報!」
「読み上げろ!」
運命の一報が、遂に響く。
「われ銃撃受く!白青赤の横状三色旗を確認、露軍襲撃と思われる!
ロシア軍が―――長白山脈を突破、わが後方を分断せり!!!」
僕は静かに、天を仰いだ。
「………敗けたな。」
・・・・・・
「敗北の一途ではロシア軍人の名に傷がつく。」
第2シベリア軍団を率いるクロパトキン大将は、そう言って口角を上げる。
「手榴弾投擲、各鉄道橋脚を破壊せよ。」
「手榴弾、目標敵の補給線!」
「投擲――!」
爆音とともに、ウラジオストクへの唯一の補給路であった咸鏡本線の鉄橋が炸裂し、河に落ちた残骸が日本海へと流れてゆく。
「さて、敵の退路は消滅した。我々は包囲に成功した。なら後はどうするか――?
のうのうと取り残された間抜け共を、銃弾の雨で殲滅するだけだ。」
スキー板を外しながら彼は笑う。
斜面滑走進軍。
シベリア軍団という極寒世界の戦士だからこそ、為せた技であった。
「長白山脈を抜かれないと思ったか?――詰めが甘い。」
・・・・・・
「な…な……、に、が……?」
絶句する磯城。
「早く突破口を塞げ馬鹿野郎!!」
絶叫は磯城に届かず、風と消える。
「んな…、こ、此処は…俺の、俺の物語だぞぉっ…!!?」
チィと舌打ちを切らして、彼の手元にある前線へ続く電話機を奪い取る。
「此方司令部!仙鎮に告ぐ、長白山脈を抜かれた!直ちにウラジオへ戻れ!」
『駄目です!全方面から攻撃を受けています!』
電話線の向こうからは悲痛な声が。
「退却妨害攻勢だと…!?クソっ!退却路を確保しろ!正面から徐々に戦力を引き抜いて、兵員の温存による戦力損耗を阻止することに重点置け!反転だッ!!」
『りょ、了解!』
乱暴に電話機を叩きつけると同時に、磯城がはっと此方を睨みつける。
「ふ、ふざけんなよお前…、俺に許可なく、仮釈放の立場のお前が、司令を飛ばすなど…重大な軍規違反だぞ……ッ!!」
「じゃぁ『俺の物語』だかなんだか言ってねーで撤退命令を出せよ」
「俺だって今に言おうとしてたんだよ!俺を妨害するな!!」
「一刻一秒兵士の命はリアルタイムで減ってくんだ、お前が落ち着くのを待ってられるか」
「うるせぇ…うるせぇよ、黙れよ…俺を邪魔するなぁっ……!」
彼は血走った目で、ぐしゃぐしゃになった戦略図を睨みつける。
「早く次の指示を出せ、撤退した仙鎮はどうする?」
「そんなことお前に言われなくてもわかってんだよ、今考える…。逆境をはねのける『英雄』補正、舐めるな…!きっと、今すぐにでもアイデアが……!!」
「湖畔に展開した戦力群はどうする、撤退させるのか?」
「『主人公』がちょっと追い込まれたからって、平成人の愚図が偉そうに調子乗りやがって…!!少し黙って待てよ!!」
「待てる状況ならいいよな。でも生憎ここは戦場だ、待ち時間に比例して命が失われる。『英雄』たる参謀様、迅速な判断を。」
「……黙れ、黙れ…ッ!」
彼は爪を噛み、顔を歪める。
「なんで、完璧だったテンプレが…、うまくいかないんだよ…!!こんなの、夢か幻だ…、嘘だ…っ。俺は、英雄で…主人公…!世界が、鮮やかに勝利を収めた俺を褒め称える筈なのに…!!話が違うじゃねぇかよ!!」
そうこうしているうちに、別の伝令が走ってくる。
彼は錯乱した『英雄』に怯えたか、僕のほうに情報を伝えて来た。
「―――ッ!」
早口でおぞましい情報量をまくしたて、伝えるだけ伝えてから伝令は逃げるように司令室から去り、それを聞かされた僕は僕で顔を歪める。
「仙鎮の戦死1200、負傷3100。損耗3割、壊滅判定。」
「嘘をつくな平成人!!嫉妬で主人公を惑わすな!!!」
磯城が額に青筋を浮かべて怒鳴り散らす。
「続けて湖畔方面でコサック騎兵による大規模追撃。『英雄ノ凱旋』による脆弱戦力で、近衛旅団による防衛持久は困難。」
「『英雄ノ凱旋』通り、敵軍の無防備な側面に突撃をぶち込めよ!!」
「側面担当の戦力が、お前がナホトカへ動かした仙鎮だ。壊滅状態だがどうする」
「俺の王道がひしゃげるはずがねぇ!何かの間違いだ!!」
「お前が不可能と判断したロシア軍の長白山脈越え、最低5万人以上の戦力を確認。咸鏡本線の即時奪還は不可能、ここウラジオストクは完全孤立だそうだ」
「異世界召喚で『失敗』はありえねぇんだよ!情報が間違ってる!正しい『戦勝報告』を寄越せ!!!」
「挙句の果てに、大韓帝国はロシア側での参戦を示唆。各地で同時多発的に反日武装蜂起が勃発だそうだ。…どうするんだ?これ。」
「急かすなよ…今に!今に思いつく…!!」
ぐるぐると部屋を回る磯城。
「今まで読んできた転生モノに書いてあった…王道、テンプレ…!今この状況にピタリと合致するもの…、試せるもの…!ない、ない…ない!!」
彼は参謀室の机をガンガンと蹴り出す。
机上に載せられていた資料は飛び散り、受話器も電話機からずれ動いて、落ちる。
その姿を前に、たまらず僕は叫んだ。
「いい加減に自分の頭で考えたらどうだ!!!」
ダァン、と壁を右拳で殴りつける。
「一刻一刻と兵士が死んでいる!場をわきまえろ此処は戦場だ!!」
「黙りやがれクソ平成人!!『改変者』として背負っている俺の使命の重さと、それ故のプレッシャーすら解らねぇくせに威張るな!!!」
「それら全部、てめぇのイカれた『自意識』だろうが!!」
「は…ぁっ…!!?」
磯城は憤怒を露わにして拳を震わせた。
「『英雄』だか『物語』だか自分語りするのはおうちでやれ!!戦場で、万単位の無辜の兵を付き合わせて巻き込むな!!!」
「ふ、ふざけんなよ…俺の、『主人公』の栄誉を…俺に与えられた使命を…、皇國の未来を、否定するのか!!?」
「皇國の未来…?お前らが……?この期に及んで、まだそんな戯言を…??」
僕は肩を震わせて、そうして漸く、正面から言い切ってみせる。
「枢密院は皇國の癌だ!!!」
磯城は、衝撃のあまりか持っていたペンを落とす。
「人々に『英雄』と嘯き、騙し、はぐらかしては、『使命』とやらを負う自身の姿に陶酔する…。皇朝始まって以来2500年…、ここまで醜悪な異物を皇國が膿んだことがあったろうか…!?」
僕は磯城を正面から指差す。
「貴様らは―――間違いなく、皇國に仇をなす!!」
それを聞いた磯城は、顔を真赤にして、僕に掴みかかった。
「平成人のくせにいい気になるなァッ!!!」
「さぁさっさと指示を出せ『英雄』様よぉ!?」
互いに互いの襟首を掴み上げて怒鳴り合う。
「きっとすぐにアイデアが天から降ってくる!俺はそれを待ってんだ!!」
「待てるか!こうしてる間にも何人死んでる!?現場の立場になってみろ!!」
「はぁ…っ!?俺が、末端の立場を理解せずに高圧的な指示を飛ばす上司だと!?テンプレの『敵役』そのものじゃねぇか!」
「まだテンプレだか何だかのたまうつもりか、能無し!」
「無能はてめぇだろがァッ!!」
主人公補正とやらを正面から否定した僕に、磯城はブチ切れた。
「こんな情報の濁流なんか、誰にだって処理できない!仕方ないことだろうが!
俺は悪くねぇ、謝れ!!」
「それをやりこなしてるのが前線司令、戦術家だ!」
「お前だってそんなこと出来もしないだろうくせに、偉そうに!!
―――俺の立場に、なってみろよ!!!」
その瞬間、例の黒木大将以下高級士官たちがこの部屋に飛び込んで来た。
「い…磯城参謀長…!!」
どうしたことかと僕と磯城は互いに互いをつかみ合いながらも、彼らの方向に視線を持っていく。
「ぜ、全部聞こえてます……!」
彼らが指したのは――、先程磯城が蹴り飛ばした机。
正確には、磯城が蹴り飛ばしたその衝撃で、一気にズレ動いて通話状態になり、参謀机の上に散乱した電話の受話器たち。
「あ―――…。」
磯城は僕を離し、やらかした、といった風に口を抑える。
「この部屋で交わされた応酬は最初から全て、沿海州全軍に響き渡っていた…?そういうことですか…??」
僕が唖然として高級士官たちに振り返りながらそう問うと、彼らはコクコクと頷く。どうしようもない事態に、額を抑えて崩れ落ちかけたが、
瞬間。
(…―――ッ!)
――脳裏に、閃きが走った。
体勢を持ち直し、
とびきりの笑顔を創る。
「素晴らしい…。」
「「……??」」
磯城含め彼らは当然困惑する。
けれど。
彼らがなにか動く前に、散らかる受話器たちに向けて――電話線の向こうに控える沿海州総軍の全部隊に向けて、僕は叫んだ。
「全軍、拝聴―――!!!」
「「―――ッ!!?」」
当惑と驚愕が走る。構わず、大声で告ぐ。
「総軍の全指揮権を司令部より譲渡された『英雄』様、磯城盛太陸軍中佐はっ!電話機を繋げ、全軍に軍令としてしっかりと、はっきりと伝わるように、『桜花』総長の本官、初冠藜陸軍中佐に、斯く仰せになった――…
―――『俺の立場になってみろよ』と!!!」
大きく息を吸い上げ、傲慢不遜にも述べ立ててみせる。
「以上事項は電話機を以て現刻、全軍に通達された指揮官命令なり!よって――陸軍軍法第四章第13条第8項に基づく指揮権移譲の条件を満たしたと見做す!!」
磯城はそこまで聞いて、ようやく何が起ころうとしているのか察し始める。
「な――…、ま、まさかお前―――!!?」
「総員、傾注ッ―――!!
――現刻を以て、沿海州総軍の全権を本官が承諾、掌握せしめたり!!!」
風が薙ぐ。
磯城は、斯くして全権を喪失した。
電話線が切られる前に、すかさず軍令を飛ばす。
「第1命令、市街内部にバリゲートと戦車壕を造成、市街地全域の迷宮化。
第2命令、アルチョームに鉄条網塹壕・機関銃/砲台陣地を構築。
第3命令、全部隊は全ての鉄道・道路・橋脚を破壊、アルチョームまで後退。
第4命令、焼撃隊は火炎放射器を装備し市街に潜伏。
第5命令、本官は10日後に本指揮権を満州総軍司令部へ統合する。また、当権限の再譲渡は以降これを認めない!!」
可及的速やかに戦況処理をしつつ、磯城の復権を押さえ込む。
そうして、呪われたこの沿海州総軍という一個軍集団を、完全に解体する。
ふぅと息を吐きたいのをどうにかこらえて、続けた。
「最後に。戦闘中に荒々しい指揮系統の交錯を起こし、甚だしい混乱を招いたこと此処にお詫び申し上げる。並びに―――本件、救国の志士と信仰される『英雄』の実情が明らかになった、と本官は愚考する。」
実を言えば、これが僕にとっての本題だ。
電話線を通じて、『主人公』だか『王道』だかを戦場で並び立てるその醜態は、リアルタイムで全軍に晒されたのだ。
だから。
だからこそ。
「『枢密院英雄』の意義を――…今一度、諸君らが見つめ直すこと、切に願う。」
こうして、受話器を一つ一つ丁寧に切る。
ゆっくりと振り返り、状況に圧倒されて何も発しない高級上官たちを前に。
わなわなと俯いて拳を震わせる磯城へと向き直って、語りかけた。
「これにてウラジオストクは孤立、4個師団・6万人が逆包囲だ。
……なぁ『改変者』さんよ、楽しめたか?その『王道物語』。」
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