RTA相互破壊

「総軍参謀長」


「……何だその顔は、お前らしくもない」


いつになく張り詰めるものを表情から感じ取ったのか、児玉はそう返す。


「省庁連絡会議の隷下の…総力戦研究所より、現在の戦況から導かれる継戦能力値が出ました。」

「総力戦研究所といえば確か、」

「有栖川宮の皇女殿下が主導する、大蔵省を筆頭として各省庁の実力者が揃っての戦争遂行シュミレートです。」

「…結果は」


僕はひとしきり息を吸って、電報の紙面をありのままに告げた。


「――2ヶ月以内に、皇國の戦争遂行能力は限界に達します。」



児玉がみるみる険しい表情を作る。


「…我々が、負けるとでも?」

「いいえ。それより先に皇國国力が枯渇して、です。」

「具体的には」

「生産能力です。松花江レベルでの熾烈な弾幕を展開できるのは、備蓄に日産分を加えた数字から日消耗量を引いた数値が0を下回らない限り。ここから導かれる計算――60日後に、皇國陸軍の弾薬は底をつきます。」


彼は、はぁと溜息をついた。


「60日以内に、敵軍の反攻を頓挫させねばならない…ということか。」


その言葉は、どこか自身に言い聞かせているようで。

ゆえに、僕は明確にそれを否定する。


「いいえ。正確には、それすらできません」


「なんだと?」

「60日以内に殲滅しようとより多くの弾薬を使えば、その分枯渇までの日数が短くなるだけです。いたちごっこですよ」

「ッ、具体的に説明しろ」

「60日以内の撃滅に間に合うよう、予定の1.2倍の弾薬を使う。ゆえに当初予定から1.2倍早まった枯渇期限は50日。この50日に間に合わせるため予定の1.5倍の弾薬を投射すれば、出てくる枯渇期限は1.5倍縮まって33日。――…このくらい、閣下であればわかるはずです」


そう。

普段の総軍参謀長ならば、説明せずとも理解する。


「…ならば、60日以内に戦線のどこかへ戦力を集中、決定的な打撃を与えることで攻勢意思を粉砕、厭戦を蔓延らせて…講和へ持ち込むしかない、か。」


なのに、どうしてこんな意味のない言葉を弄し続けるのか。


「講和?ロシア帝国は、ウラル以西――英普仏の列強と対峙するために育て上げた一級将兵の、その半分に匹敵する100万を『蛮族征伐』に充てているんですよ?これで負け寄りの講和を結ぶなど、ロシアにとってはあり得ない選択肢です。」


極東の二線級兵隊なら、まだ言い訳が出来る。

けれど、彼らが満を持して投入したのは、クリミア戦争から露土戦争までここ半世紀も絶え間なく戦った一線級の兵士たち。列強最先鋒、軍事大国としての「顔」だ。


「そもそも講和を結ぶには――我々は敵さんに屈辱を与えすぎた。」

「屈辱、だと?」

「ウラジオストク占領です。露軍首脳部の粉砕と同時に制圧して短期講和に至る決定打になるはずが、肝心の『首脳部という敵軍の戦争継続能力の最根幹』を潰し損なったせいで、ただ単に壮絶な報復感情を招いただけになってしまったんです。」


今思えば、ウラジオストク占領は何も生まなかった。

当初の戦争終結への打撃という当初の短期決戦構想の最終盤の役割は、「露軍司令部の取り逃がし」という本末転倒の大ポカをやらかしたことで、致命傷に変貌したのだった。


最後の決め手が、たった1プロセスの不履行で、最悪の一手と化す。


(…まるで将棋だな。)


例の名言をその場違い感まで完璧に再現して吐きつつ、いっそのことスマホがあればもうちょっと事態は改善していたかも知れないなと運命を呪う。

いいや、それでも多分変わらない。


「凄惨かつ熾烈な報復感情は…おそらく、東京に白青赤の三色旗を翻らせるまで留まることはありません。ロシア帝国はこの戦争に――プライドも、意地も、列強としての地位も、誇りも、全てを賭けてしまったのだから。」


総合国力8倍の相手が刻下、全力で殺すつもりで皇國に殴りかかる。


「もはや今次戦争は、究極の潰し合いになってしまったのです。」


列強の座、どころじゃない。

この戦争を生き残るのはたったの一カ国だ。



「――帝国が先に崩れるか、皇國が先に潰えるか。」



至上の命題を、ここに告ぐ。


「両国合わせて2億人――世界総人口が16億人ですから地球上の8人に1人――を巻き込んで、国家の全てを賭し争う壮烈無比なるチキンレース。」


「…何が言いたい……!」

「講和など端から存在しない、それが『総力戦』たる戦争の有様です」

「講和さえ目指せない、だと?なら、我らに何の選択肢が残るのだ…!」

「残りませんよ、何も。」

「それでは勝利は絶望的ではないか!」

「仰るとおり、絶望的なんです。」


そうして僕は、決然と結論を述べ立てた。


「もはや皇國単独では、戦争を終結させることが出来ません。」




シャキィン!


「……貴様、軍人勅諭を忘れたか。」


相変わらず刀捌きは目に見えない。

けれども喉元には、ごく浅くも鋭い切創が刻まれていた。


「戦局不利も、このままでは破滅することも、ありのままに伝えることは責務だ。」


そこからどう挽回していくか頭突き合わせて考えるのが軍人の仕事であるからな、と彼は言う。


「しかし諦観だけは違う。『どう足掻いても勝ち目はない』だと?」


けれど、彼が僕の首筋に突きつける刃先から伝わる震えは――どこか、駄々をこねる子供のようで。


「それは職務放棄だ。最悪のサボタージュとて、過言ではない。」


違う。

違うよ、児玉源太郎。


「戦争に勝つことを諦めたとは一言も申しておりません。」


宥めるように、僕は彼の刀身を退ける。

今度はその刃が僕の手を傷つけることはなく。


「僕は、皇國単独での事態収拾が不可能であると断じただけなのですから。」


「……はッ、英国でも巻き込んでみるつもりか?露仏同盟でフランスまで敵に回す多国間戦争へ繋がる一手を、ぬけぬけと大英帝国が指すと?」


「いいえ。我々が味方につけるのは、」


息を一気に吸い込む。


これは、この世界の歴史を史実から剥離させる決定打となる。

これをやってしまえば、この世界線が史実線へと回帰することはもう二度とない。

この決断は、第一次大戦前の史実の構図をズタズタに引き裂く一手。

なんとなく協商に付けばいい、戦火から離れた極東の地で大戦景気を享受していればいい――そんな風に、漠然でも見えていた戦後に皇國が辿る道さえ、暗雲に閉ざされるだろう。


けれでも。

もはやここに至り、その答えを吐くのに、如何なる躊躇も無くなっていた。


「――…ロシア民衆。」


児玉は肩透かしを食らったかのように、立ち尽くす。


「…は?民衆、だと?」


「ええ。この2ヶ月で、彼の地にて革命を起こし、ロシア帝国という国家体制を、戦争継続能力ごと粉砕する」

「ッ、そんなこと出来たら苦労は――」


そうして僕はあの人物の名前を口にする。


「ウラジミール・レーニン」


案の定、彼はぽかんと口を開けて。


「……誰だ?」

「同盟国大英の帝都・ロンドンにて活動する、ロシア社会民主労働党という地下組織のボリシェヴィキ頭領です。」

「それを、どうしろと」

「ロシア公使の明石大佐から聞いておられますよね?彼の国の食糧事情は戦時動員によって急激に悪化している」


――史実では1905年1月9日、現在より3週間前に発生した血の日曜日事件。

帝都サンクト=ペテルブルクで行われた労働者による皇宮への平和的な請願行進に対し、政府当局に動員された軍隊が発砲し、多数の死傷者を出した虐殺。

こののち、事態はロシア第一革命へと駆け上がる。


この世界線では1904年の間の戦闘があまりに電撃的に終結してしまい、労働者に困窮を強いる戦時動員はここ3ヶ月で始まったばかり。当然、まだ血の日曜日は起こっていない。

されど、1月には松花江で大損耗を繰り広げたために、重税化と戦時動員が急速に進み、ロシア国内の情勢は破綻へと突き進んでいる。


「しかし――この60日のうちに、継戦意思を挫折させるほどの内情悪化が起こるかといえば、保証は出来ません」


急激であるとはいえ、まだ悪化1ヶ月目だ。

あと2ヶ月のうちに決定的な破綻が訪れるかは神頼みである。


「けれども、この男を突っ込んでしまいさえすれば…ロシア帝国は戦争継続が不可能なまでの致命傷を、速やかに負うでしょう。」


そこまでは良い。史実では亡命の身であるゆえ、バルト海とスカンジナビア半島と北海をはるばる隔てた大英から口を出すことしか出来なかったレーニンが、ボリシェヴィキを率いてサンクトペテルブルクに突入、第一革命へと全面的に介入する。


けれども、劇薬としての彼は、その効能が強すぎるのだ。

暴力革命の扇動と大規模蜂起。史実より数倍、いや数十倍も強大になってしまった第一革命の烈拳が、ロシア帝国の横頬を張り倒す。

ここに至ってしまっては、ロシア帝国がその体制を維持することは困難で。


「そうして――ロシア帝国は、。」

「滅亡、だと…??」

「吹き飛びますよ、跡形もなく。レーニンはそこらの革命家とはワケが違います」

「っ、やり過ぎだ…!曲がりなりにも安寧が保たれていた列強間のパワーバランスが、根本から崩落してしまう!」

「けれども、皇國の活路はそこにしかありません。」


ロシア帝国の崩壊。

それが唯一、皇國が希望を託せる藁で。


それに縋り付き、手繰り寄せ、死物狂いで毟り取るしか方法はない。


「大英から対英友好国スウェーデン=ノルウェー連合王国を通じてレーニンをロシア国内へ送り出します。しかし連合二王国とて革命思想を撒き散らされては困りますし『封印列車』といった手段になるでしょうけど。」


ふと見ると、児玉の手先が戦慄いていた。

驚いた。

あの児玉源太郎が、手を震わせたのだ。


「勝利の為に…、列強を一つまるごと、地上から永久に消し去ると?」

「言ったでしょう?『国家の全てを賭した壮烈無比なるチキンレース』。」


どちらかが滅ぶことでしか終わらない?

ならば我々が終わらせよう。


「革命で無辜のロシア民衆が銃弾に倒れようと?」

「ええ。」

「総人口1億3000万が内戦の惨禍に突き落とされようと、欧州の秩序均衡が崩れて、云億の人間を混沌の戦火が呑もうとも??」

「地球の反対側の出来事です、知ったこっちゃありませんよ。」


ほとんど化物を見るような目でこちらを睨めつける児玉。

どうしてだろうな。彼ならば、面白がって受け入れると思ったのに。


「我ら皇國軍人に敗北甘受の4文字はありません。どんな手段を用いようと、この世界では勝者が全て。。」


王道モノの悪役が使う決め文句だな。

けれども、地味に名言だと思う。だって、これ以上無く的を突いているじゃないか。

いつだって歴史を紡ぐのは勝者だ。


「僕は、あくまで勝つつもりです。」


僕の貪欲さを舐めてかかられちゃ困る。


最初から最後まで、僕の辞書に敗北の文字はないのだから。



「……まさか…」

「?」

「儂と同じ類の、狂気を見るとは、な。」



僕はその言葉に、笑い返す。


「狂わないとやってられませんよ、こんなクソ仕事。」


1904年にバルバロッサが終結し、漸く本物の戦争が始まった―――と思いきや、どうやらそれも1月いっぱいのようで。


原義の意味での『戦争』はたった一ヶ月で終わり、1905年2月。

ここから始まるのは、相互破壊リアルタイムアタック。

先に死ぬのは皇國か、それともロシアか。



――"血の日曜日"より始まる行進曲は、ただひたむきに第一革命へ。

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