征途

☆100、狂喜、狂喜!

遂に、今年の目標達成しましたっ!!

たかだか15歳のこんな拙作を、ここまで支えてくださった読者の皆様、本当に有難うございます!

星評価、レビュー、感想、ハート、どれも作者の燃料になっております…。

読者の皆様の支えある限り、今後ともに精進して参ります。


特に☆/レビュー/感想(もちろん批評も大歓迎)は、通知確認次第狂喜乱舞で次話書き始めることすらあるくらい、作者絶叫の燃料になっておりますので…

よろしくおねがいします(くどい)


奇跡的ではありますが、☆100に間に合わせる形で、九章最終話・バルバロッサ作戦完結をお送りします―――!


占冠 愁

―――――――――






明治37年9月27日 日没 野営

ウラジオストク近郊・ウスリースク


「諸君!明日には、遂に最終目標へと突入するッ!」


沿海州総軍と奔星戦闘団の連合軍を前に、火を焚いて、磯城は高らかに演説を始めた。

僕はその様を遠くの木陰から座って眺める。


「…英断だったな。一部を先発させるとは」


背後から伊地知が静かに現れ、隣に腰を下ろす。


「えぇ。奉天で全戦力を停滞させるのは作戦進行上致命的ですから」


機甲戦隊の電撃戦の作戦途上で歩兵部隊を追いつかせるなど、どう考えても不可能。

「お前は俺の総軍が追いつくまで奉天で待て」など、無茶苦茶にも程がある。


「一応抗議したんですがね。『歩兵と自動車の速度差理解してんのか』って」

「磯城参謀はなんと?」

「『どうとでもなる数値に興味はない、英雄に不可能はないんだ』と」

「……酷いな」

「はっ、既に二四年動乱でわかりきってた事じゃないですか」


僕は一頻り笑う。


「――その結果、我々は貴重な一ヶ月を溝に捨てた」


くしゃり、静かに詳報を握りしめる。


「奉天進発は1ヶ月以上の遅延…。これならハルビンを制圧して東に転進したほうが早かったまである。……冗談じゃない」


『お前はキエフを選び、貴重な4週間を擦り切らすつもりだ』などとのたまい、難攻のハルビンをロシア軍総司令部に譲り渡しておきながら、その「貴重な4週間」を、自分たちが奔星戦闘団に追いつく為に浪費したのだ。

本末転倒にも程がある。


「ロシア軍には4週間もの配置転換の時間を与えました。敵司令部の逃げ込んだハルビンは、今や要塞化されて、難攻不落の高城と化しているでしょう。」

「…かもな」

「挙げ句、自分たちが奉天以西の高原進撃についていけるように、満州総軍から自動車を強行徴発したんですよ。大山総司令や乃木大将以下、総軍は、磯城に自動車を供出するために戦力を削ることを強いられて…。実に…ふざけた話です」


北満州や熱河に展開する満州総軍は弱体化を余儀なくされている。

ここに一撃をかれれば、戦線は破綻しかねない。


「何を言っても『無能は黙っていろ』の一点張りで…どうしようもない」

「なら余計に、よく磯城参謀を納得させたものだ」


そう。

全戦力を奉天に留めては作戦自体が死に至る。

ならどうしたのか。


「磯城が望むものは、なんですよ」


となると、答えは簡単。「僕が奉天に残りさえすればよかった」のである。


「”自動車だけ先行させ、進撃路の安全を確保する”。文句のつけようがありません」


かくて、兵員輸送車を基幹とした機械化歩兵『震天』を先発させ、牡丹江、鶏西、虎林と、次々に長白高原の諸都市を先行制圧させたのだ。


「…待機命令を遵守しつつ、電撃戦も並行して敢行か。実に恐ろしい頭の回転だな」

「あんな無茶な停止命令をそのまま受け入れれば、今頃作戦は大破綻です。」


全機械化旅兵はそのまま制圧した都市に駐屯させ、年内――否、になるが、露軍の反攻カウンターを牽制。そういう形で突破口を維持しつつ、僕と装甲軍団は奉天に残って、磯城と合流したのである。


「高原に敵戦力が存在しなかったからこそ出来た博打です、二度とやりたくはありませんがね」

「十分だ。お陰で、辛うじて作戦は『順調』の体裁を整えてるんだからな。」


その言葉に僕は笑う。


「はははっ、……実にその通りです。想定外進撃と長白高原の塗り絵で取り繕って、我々はハルビンと、貴重な4週間。そのどちらもを失って此処に居るんですから」


4週間。

ハルビンを攻略し、休息のち反転してここを目指しても、なお4週間より早く着く。

結局、あの停滞はなんの価値もなかったのだ。


そんなことを意に介す仕草すらなく、磯城は満ち足りた表情で勢いづく。


「遂に来たる明日ッ!明治37年9月28日は衝撃の日付として、後世の史書に永久に刻まれることになるだろう!」


はぁ、と僕は溜息をつく。


「英雄は刻下、戦史に不朽の金字塔を打ち立てるッ!!」


かくて、その手に持った剣を高々と突き上げた。


「諸君、維新の英傑に続け!俺の名を世界に響かせよ!」


僕らは磯城の私兵か。

断じて磯城の名を轟かせに戦争やってるわけじゃない。


それでも沿海州総軍は、”英雄”の姿を前に陶酔して。


「英傑の聖剣の下に、不滅の勝利を捧げよ―――!!」


オオオオオォォオオ!!!


熱気に包まれたかのごとく、総軍兵士達は唸りの拳を掲げた。


いよいよ戦局は、最終盤に突入する。




―――――――――




「ここウラジオストクに敵が迫っているだと?冗談も大概にしてください。」


イェッセン海軍少将はそう笑い飛ばした。


『冗談でもなんでもない!ハルビンに敵部隊は来ていないんだ、既にそちらに向かって敵軍が猛進しているッ!』


クロパトキン極東軍総司令が悲痛な声でそう訴えるも、指揮系統の異なる海軍の彼には全く響かない。


「そこまで此処を心配なさるのなら陸軍が守衛すればいいではないですか」

『その回す陸軍がいないから言っておるのだ!今や西部戦線も全滅、3ヶ月前には40万いた極東軍も今や18万に半減、陸戦判定ではもはや『全滅』に値するッ!!ウラジオストクまでもを取られては戦争継続すら怪しくなるのだぞ!!』

「だからって軍艦乗りに小銃持たせて塹壕へ潜らせろと?ますます無理な話です」


イェッセンは話を真面目に受けない。


「そもそもこのウラジオストクへ日本軍どもが攻め込むには大韓清津から露韓国境の豆満江を渡河するしか道はないじゃないですか。あそこにはあなた方陸軍が河川要塞を築いているはずです、十分防衛可能だ」

ッッ!!』


クロパトキンはそう怒鳴る。


「……後ろ?はっ、まさか、露満国境のあの長白山脈を突破して、沿海州にあの猿どもが雪崩込んでくる、と仰るんですか??くくく…、バカバカしいにもほどが。」

『その可能性があるから言っておるのだ!現に敵軍は自動車で侵攻している、鉄道線に囚われない進軍が可能なのだぞッ!』

「自動車?またまた。だとしたら山脈の突破など歩兵より遥か難しいでしょうに」

『既存の欧州戦法は連中に全く通用せんッ!!楽観するでないッ!』

「くはははっ!蛮族独自の戦法ですと?更に戦争が楽じゃないですか。我らの文明を受容しなかった猿どもの末路など中央アジアを見ればわかるでしょう。」


なおも彼は極東軍の惨状を一蹴した。


『敵軍の正確な位置も特定できないのだ!すぐそこに――』

「長白山脈で遭難したんじゃないです?そもそも主戦場は満州でありそれ以上でもそれ以下でもない。そこから2000m級の山脈を隔てた『ロシアで最も戦火から離れた街』と呼ばれる沿海州になど来るはずが有りません」


彼は一旦そこで言葉を切って、嫌味のようにニタァと笑いつつこう言う。


「それも、ここはロシア内地です。辺境の島猿が優秀なる白人の本土に侵入するなど、文明化された現代となっては笑い話もいいところ。」


クロパトキンの返答も待たず、イェッセンはガチャリ、とすぐに受話器を置いてしまった。

彼は肩をすくめてウラジオストクの軍港のほうを向く。


「半年前の開戦直後に軍港こそ機雷封鎖されウラジオストク巡洋艦隊は行動不能になったものの、以降連中は旅順のような直接的な攻撃に踏み切っていない。これこそ、蛮族どもが我らがウラジオストクを恐れている証拠だ。」


日本海軍が攻撃を躊躇するくらいだ、陸軍が来るなどバカバカしいにも程がある、と彼は続ける。


「それに、市民だって平時と変わらない生活を続けている。ここが戦火に晒されるなど、それこそ帝国が崩壊でもしない限りあり得んことだな。」


市街は普段どおり活気づき、聞くところによる満州での悲劇的な戦線崩壊など、全く感じさせないほどの日常を謳歌しているのだ。それが彼の確信を与える最大の理由になっていた。




次の瞬間が来るまでは。




バタバタと足音が急速に接近してきたかと思えば、扉を乱暴に開けて伝令が転がり込んで来る。


「き、緊急報告ですッ!」

「ここをどこだと弁えておる、巡洋艦隊司令長官の執務室だぞ――」

「しししっ、シベリア鉄道が封鎖されました!!」

「……は?」


イェッセンは聞き返す。


「シベリア鉄道が敵の手に落ち、ウラジオストクは完全に孤立、連絡途絶です!」

「妄言ももっとマシなのにしたまえ、山脈を越えて、アムール川を渡って、シベリア鉄道を封鎖だと?歩兵の進撃速度では夢物語にも程がある。」

「で、ですが修復に向かった部隊は未帰還、斥候騎兵から接敵の報告が相次いでおります!」

「味方の敗残兵と誤認したんじゃないか?下らぬ、そんな話を取り合うな――」


ドガァン!!!


その爆音に場が凍りついた。


「…――な、なんだ?工廠で爆発事故でも起こったか??」

「ちょ、長官アレを!!」


伝令兵が指した空の一点。

雲からその雄大な姿を表した巨大船団、十数隻。


中央には、菊花旭紋。


「なァ!??ば、馬鹿な何故ここに奴らがいる!?航続距離が到底足り――」


パラパラパラ――…

ヒュルルルルルルルル―――!


ドォン!

ズガァァアン!!

ボァッ――ダガァアン!!

――ァアアア、ドオォオオン!


「な、な…――!」


市街中核の軍事基地が一瞬で火の海に包まれる。


――…うわぁああ!?

…キャアァアアアァアア!

…な、何だアレは!終末が来たのか!?

…怪獣だ!神の裁きだぁっ!


市下は一瞬で大混乱に陥り。


『ウラジオストク市民に告ぐ――。

 皇國陸軍部隊は、これよりウラジオストクの攻略を開始する。』


そのうちの一隻が、市街全体にその名を轟かす。


――…に、日本軍、だとぉ!!?

…な、なぜだ!戦場から1000kmも離れてるのに!?

…どうして俺らが、ばば蛮族の攻撃に晒されている!

…ここ、ここは本土のハズだろう!?!


『ひいては、軍事基地、司令部、官庁街区、中央市街――、当該区域に留まる者は命を保証しない。中央街より速やかに退避せよ、繰り返す、速やかに退避せよ。』


「なにが…、何が起こっている!?!」


ダァンと机を殴るイェッセン。彼は眼前の光景に狼狽えるしかない。


「ッ…、敵軍が、ここに!?クソ、露韓国境を越えられたかッ!??」

「ですが!シベリア鉄道破壊の件から北から敵軍が来ている可能性も――」

「そんなわかりきった欺瞞工作を信じるなッ!敵飛行船は西空から来たのだから敵軍は西だ!」

「は、はッ!」

「絶対に、…絶対に穢らわしい黄色人種を、白人の庭園に入れさせるな!!」


彼は命令を押し通して軍兵を応急で南に動かす。


「最悪の場合シベリア鉄道を使用して北へ撤退出来るようにもしておけ!奥の平原に引きずり込んで殲滅戦は我らの方が場を踏んでいる、圧倒的に有利だからな!」

「ウラジオストクはほ、放棄すると??」

「なわけないだろう!それは最悪の策だ!絶対にウラジオストクは抜かさん!

蛮族相手に白人が本土防衛で負けたとあれば、ロシア帝冠の権威は失墜するッ!

脱走した猿どもを檻に突き返すのだッ!」


彼は後方への撤退を考慮に入れるよう指示し、退路を真っ先に確保した。シベリア鉄道が使用できることを前提として、だが。


暫くしないうちに、他の伝令兵が司令室へ走り込む。


「報告!南西の露韓国境へ展開始めましたが、敵影見当たりません!」

「…――??」


予想に反し、国境方面へ派兵した兵からの接敵報告が一向に訪れない。


「なら敵軍はどこから来ているというのだ?」


彼は苛立ちながらも的確な命令を下そうとこう言った。


「この街が爆撃されたのだ、国境に敵がいないわけがない!今一度」


ドガァァアアアン!!!


突如、イェッセンを遮った爆音。


「な――ッ、なに――…??」


脊髄反射的に彼が振り返って先には。


ガラガラガラ……、

ズドォ…オオオ――…ォン…!


炸裂箇所から次々と崩落してゆく、ウラジオストク北城壁。


「……ど、どうしてそちらの壁が…!?」


そう、

彼が軍を動かした方向と見事真逆。






「ふぅ…、4週間を与えたとはいえ、少なくとも沿海州軍管区にはその時間を活かす余地はなかったようですね」

「当然だろう。ハルビンはともかく、こっちは孤立した沿海の大都だ。鉄道のない高原の電撃突破に戦力展開が追いつくはずもない」


布陣した高台から眼下に見えるウラジオストクと、その軍港。

そして向こうに遥か広がる日本海。


そんな絶景、あるいは憧憬を捉え、漏れ出た感想に、淡々と伊地知は煙草を懐から取り出しつつそう返す。


「閣下好きですね、その煙草。蘭印のモノでしたっけ?」

「ああそうだが」

「この戦争が終わったら、米西戦争関連で南方に飛ばされるかもしれないんで、その時は直接向こう土産で買ってきましょうか?」


そこまで言って気づく。

この最後の詰めのツメで「戦争が終わったら」とか抜かすとか一番やべぇ死亡フラグじゃねぇか。

死なないよな僕?

僕と同じことを思ったか、伊地知は白煙を吐きつつ首を振る。


「…洒落にならん。さっさと始めろ」


機動野砲の一斉射で見事に崩壊し煤煙を上げている城壁の先、ウラジオストク市街とその軍港へ向かって、僕は頷いた。


「全くその通りです。……通信分隊、飛行船へ打電!

さて、と。とっととこの半壊した作戦を終わらせましょう。」


通信車から飛行船へ信号が飛ぶ。するとウラジオストク市街の直上に留まる飛行船がその拡声器を地表へ構えた。


『ウラジオストクのロシア軍最高指揮官に告ぐ――。』






『こちらは皇國陸軍部隊。退路を封殺、ウラジオストクを完全に包囲した。繰り返す、ウラジオストクは完全に包囲された。』


「馬鹿なぁッ!」


ベランダから咆哮するイェッセン。当然、飛行船には届かない。


『ロシア軍最高指揮官に告ぐ。直ちに武装を解除し、当方に投降せよ。皇國陸軍は無益な殺傷を望まず。即刻ウラジオストクを無条件で開城せよ。』


「ふ、ふざけるなァッ!対空戦闘、すぐにあの五月蝿い鈍鳥を撃ち落せっ!!」

「ででできませんよ長官殿!我が軍に対空兵器など…!」


『皇軍は先程の砲撃で北城壁を破壊せり。何時でも市街へ装甲車を投入、迅速な制圧が可能である。この美しい沿海の大都を焦土に帰したくなくば、降伏せよ』


「拒否だッ!猿どもに文明国が退くわけがないだろう!我々は断固戦う!」

「で、ですが!」

「稼働する砲台を北に向けろ!あの蛮族どもを蹴散らせッッ!!」


『なお――1分以内に中央広場の国旗掲揚台に白旗を掲げられない場合、市街中央の貴軍総司令部を。』


「はっ、馬鹿なことを!あの距離でここまで届かせる!?

出来るわけがないッ、やってみろってんだ穢らわしい蛮族が!!」


イェッセンは鼻で笑う。


「警告は黙殺、陸軍に緊急展開要請!」

「は…、ハッ!直ちに!」

「なにをしている、避難警報を忘れたか!?」


ウゥ――ゥゥゥウウ!!


サイレンが市街に響き渡って、一連の混迷に包まれたまま無秩序な人波は思い思いの方向へ避難を試みた結果、将棋倒しが波紋的に広がっていく。


「クソッ!どうしてこんなことに…ッ!たかが、たかが蛮族征伐でなぜ本土が戦闘に巻き込まれなければならない……!?」


拳を震わせて、爆撃で火に包まれた軍事施設群を睨みつけるイェッセン。

そうしているうちに、例の一分は容易く経ってしまった。


『白旗見受けられず。一斉砲撃を敢行する。』


飛行船の警告虚しく、発砲炎が北方の高台に燃え上がる。


「やってみろ、劣等人種めッ!」


ヒュルルルルルルルル――


まるで流星群のように数多の榴弾が彼の下へ。


刹那、

炸裂。


ドゴォォオォ――ン!!!


果たして、肝心の司令部への命中弾には致命的なものはなかったが。

なお轟音と爆炎が響き渡り、砲弾の命中を受けた建物は膨れ上がって、火球を生む。


ズ…ガガアァァァ……ン!


飛び散るガラス、ヒビ走る柱、訪れる圧潰。


市街の中央通りに陣取るバロック様式の美しい教会は、数多の爆発を起こし、壁面から崩れ落ちて、通りを塞ぐ。

重要施設が集中する官庁街には下瀬弾がこれでもかと降り注いで、立ち並ぶ市民会館や郵便局の建築群を爆砕した。


「あぁ…――ぁぁ…」


イェッセンはウラジオストクがただ崩壊していく光景に言葉を失った。


それでも正気をどうにか保つためか、震える声で罵倒を紡ぎ出す。


「……少しっ、少し射程が長かろうがッ!ひ、非文明国の野戦砲の精度などたかが知れている!当たらなければ意味がないのだァ……ッ!」


だが非情にも、皇國陸軍は彼に言い訳の隙を与えない。


『最終警告を行う。30秒以内に白旗を掲揚し無条件投降せよ。なお応答がない場合、貴軍司令部を根本から粉砕する。繰り返す、次は命中させる。』


「戯言を…!夾叉すら起こせぬくせに此処を狙い撃つ!?出来るわけがないッ!」


燃え落ちていくウラジオストクを眼下に収め、押し潰されるように、尚もイェッセン司令は降伏を認めない。


「再装填までまだまだかかるはず…!反撃の好機だ、高台へ反攻砲撃しろォ……!

 ここまで散々舐めやがってッ、優等人種の力を…力を――!!」




「弾着観測。次目標、敵軍総司令部。」

「飛行船より信号!データ送ります!」

「弾着座標特定」

「目標貫徹測距、仰角調整-2°」


駐退機が次々と動き、機動砲兵は次弾を迅速に装填する。


「これが、戦争だと……?」


ヒンデンブルクは呟く。


弾着観測射撃。

空中から直接弾着座標を特定できるそれは、一発撃てばそこから逆算で次弾を目標へ正確に到達させることが可能。


「……一発観測させれば、全てが終わるのか。」


眼下のウラジオストク市街を視界に捉える。

巻き込まれて崩壊していく欧風の美しい建築物は、極東の辺境で編み出された、全く理解の及ばない高度な砲撃管制によって、粉微塵に破壊され、蹂躙されていく。


「仰角俯角、修正終了」

「砲弾装填、弾種徹甲弾!」


ガタリ、ガタリと装弾機構が押し戻り、弾種を変えてなお迅速に次弾を填して。


瞬間、伝令が滑り込む。


「少佐殿ッ!沿海州総軍の一部部隊が勝手に…!」

「はぁ!?」


素っ頓狂な声を上げた。

慌てて前線を視界に入れると、一部の騎兵が事前通告無しで突撃を始めている。


「クソ、誰だ!味方の事前砲撃中に飛び出す馬鹿がいるか…!」


焦燥しきった手付きで双眼鏡を覗き込む。

かくて目に飛び込んできたのは。


「あんの野郎――ッ!」


サーベルを抜いて、意気揚々と口角を釣り上げ馬を駆る、磯城の姿。


そこまで、どうしても、どうしても、先鋒で突入したいのか。


停止せよったって聞かないだろうし、どの道あの勢いじゃ止められそうにない。


「チッ、最後の最後まで煩わせやがる…!」



「砲弾装填。射撃準備完了!」

「砲撃回路入力」

「各種計器異常なし!」


その間にも、砲撃準備が完了して。


「…やるぞ。目標観測」


「ちょっ、ちょっと待て、指揮官殿。」


慌てたように後ろから肩を叩かれ、僕はゆっくりと振り返る。


そこには鉄十字章を提げた一人のプロイセン軍人が立っていた。


「いくら日本陸軍が高度な射撃管制システムを持っているとしても、だ。まさか…まさか、先行して突撃する味方がいてもなお、前線へ斉射術式で撃ち込むわけがなかろうな?」


つまり、城内へ切迫する磯城先鋒の部隊に、運悪く遠弾がぶちあたる可能性を危惧しての質問か。


よろしい、完全な回答をくれてやろう。



「は…、ぁ?」


「敵司令部をピンポイントで撃ち抜きます。城外どころか、城下にすら一発も外しませんよ。」


プロイセン軍人は、目に見えて狼狽える。


「いくら皇國陸軍とて…、そんな無茶な芸当――」


「一斉射/貫徹術式」


僕は笑う。


「ヒンデンブルグ帝国陸軍ライヒスヒーェア少将、。」


「タンネンベルクの英雄」と呼ばれることとなるのちの名将。

その記憶に永遠に焼き付くような、深い深い、獰猛な笑みを残す。


紆余曲折あって、本来の作戦はもうボロボロだけれども、どうにかこうにか辿り着いたのだ。

ここが最終関門だ。

ここまで来たのだ、もう失敗は許されない。


ならば目にもの魅せてやろう。


眼前のプロイセン軍人に、対峙するロシア帝国に、

そして世界に。





「諸元入力完了!」

「術式完全展開!」

「安全装置解除、いつでもいけます!」


その様子を、プロイセン軍人は半ば呆然と眺める。


「そんな、、、ことが……」


かくて彼は、この極東の辺境の戦争にそう残し。


続けて運命の鉄槌が下る。


「さらばだ、ロシア。てぇぇええ――ッ!」


一斉に爆声が轟き、流星雨は司令部目掛けて外れることなく、一直線に弧を描き。




ヒュルルルルルルルゥゥゥ――


「ぐぉぉおおお―――ッ!!」


イェッセン司令は迫る下瀬弾を目一杯に睨み、その焦景を脳裏に最期、焼き付けて。




「これが…、日本軍の――戦闘。」


アウトレンジ、装甲貫徹。

幾十の奔星が降り注ぎ、イェッセンごと司令部建物は、ウラジオストク市街へ石片を撒き散らす。





明治37年10月17日

16時12分 ウラジオストク司令部機能停止

16時13分 磯城部隊、ウラジオ市街へ先鋒突入

16時20分 ウラジオストク巡洋艦隊一斉自沈

16時36分 ウラジオストク、無防備都市宣言

17時21分 第一装甲大隊、ウラジオストク入城

17時38分 露軍守備隊武装解除完了

17時45分 ウラジオストク全市掌握、軍政布告。

17時50分 皇國政府、ウラジオストクの陥落を発表。


18時00分 大本営、裂一号作戦の停止を発令。

陸軍参謀本部、作戦完遂の電報を各隊に発信。


曰く―――『帝華、見事咲きにけり。』

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