九章 嵐の前の閑さ

青森桟橋

新・今年度目標


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はい、攻めてみました。

やるぜ(序盤方面の)改稿!

拙作ですが、これからも宜しくお願いします…!

占冠 愁

―――――――――




明治37(1904)年10月1日 ウラジオストク


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――…


発動機特有の鈍重な音を轟かせ、隊列を成して中央通りを進むは機神百数輌。

欧風の大都を堂々と行く軍列の、先鋒の車上には、十六条旭紋の軍旗と皇國日章旗が翻っていた。


陸軍分列行進曲、俗に言う軍歌『抜刀隊』が勇ましく市街に響き渡るのに合わせて、装甲車が過ぎ去った後に続く歩兵隊。

欧州世界の剣とは風貌からして明らかに違う日本刀を携え、その軍靴を石畳のガス燈通りに響かせる。


「な…なんなんだ、奴らは……。」

「あの風貌は、明らかに東洋人だぞ…」

「あの鉄の塊は一体、魔物か…!?」

「黄色い肌の劣等人種が、どうしてここに?!」

「じょ、冗談じゃない!祖国は蛮族征伐に敗れたのか!?」


市民たちは、平穏に突如訪れた戦火を、そしてあまりに早すぎる陥落、予想どころか見たことすらもない異民族の軍隊の蹂躙を、散見される焼け跡と瓦礫の光景の中で呆然と見送るしかない。


2年前に完成したばかりの、この都で一番の高さを誇るポクロフスキー大聖堂は、砲弾の直撃により半分が大きく崩れ落ち、ガラスが吹き飛んで壁はひび割れたまま自慢の尖塔が傾き、無残な姿を晒している。


全市のどこからでも見れるその傾いた尖塔の先鋒には、今や日章旗が翻る。

それは、帝国沿海州の首都たるこのウラジオストクの全民に、偉大なる祖国ロシアの敗北という事実を強烈に焼き付けているようだった。


それは、世界中から集結した観戦武官たちやジャーナリストたちにも同じ印象を与えていた。彼らは戦慄しながら異人種の軍隊の行進に目を釘付けにする。


「なんだ、あの自走する鉄の怪物は…!」

「ロシアが…超大国ロシアが、極東の小国に、負けた?」

「連中、まだ関税自主権すら持っていない非文明国だぞ!」

「これが、有色人種の兵だ、ぁ…?」

「理解が…到底追いつかない…!」


ペンを持つ手さえ動かせず。

彼らは愕然と、戦火の過ぎた極東欧州の街に佇んでいた。






「臨時号外、臨時号外ッ!東京大本営、午後六時発表!」


帝都の銀座十字街には新聞が飛ぶ。

ざわめきは群衆を呼び寄せ、呑み込み、更に大きくなる。


「皇國陸軍部隊は先17日夕刻、ウラジオストクを陥落せしめたり。皇國陸軍部隊は先17日夕刻、ウラジオストクを陥落せしめたり!」


号外が飛び交い人の波に流されるにつれ、歓声が強く響き拡がってゆく。


「皇國陸軍が、超大国ロシアの極東の首都を制圧!?」

「信じられねぇ…、本気かよ……。」

「ぎ、欺瞞情報じゃねぇだろうな?政府の戦意高揚策とか」

「んなわけあるか、写真付きだぞ……!」


その第一面には、これでもかというくらいにでかでかと、斯く記される。


 " 敵 東 都 陥 落 "






「……最悪の一報だな。」

「ええ、全く。」


満州軍総司令官のクロパトキンはうなだれる。


「敵は、文明世界ですらない東洋人だ。その蛮族征伐に、我々は何を以て挑んだ?

…極東兵力を最大動員、24万のコサック、騎兵機動戦法、民族伝統のドクトリン。我々は持てる総力を用いて、列強を相手にするがごとく掛かったのだ…!」


カリカリと頭を掻きむしってから、拳を強く握りしめる。


「当然、数週間程度で後進的な敵軍を分断、殲滅。予定なら今頃は、敵の本土に上陸作戦を掛けていてもおかしくない時期だ…。なのに!」


彼はダァン、と机に勢いよく拳を突きおろした。


「どうして刻下、我々はハルビンにいるッ!!」


ギリギリと爪噛む勢いで彼は南方を睨めつける。


「指揮系統不全、全戦線潰滅。敵軍の損害はどれだけ多く見積もろうと1000を超えず、対して我軍は死傷投降不明合わせて10万、参加戦力の半数を喪失――。

極めつけは、ウラジオストク失陥…ッ!」


戦争計画は破綻し、前線は全域に渡って破却的に後退。


蒙古まで敗走した西域戦線左翼の残存5万は、清朝当局に国外退去を命じられ、清軍にすら対抗できないほど弱体化していた彼らは、止む無く西シベリアへ撤兵。

西域戦線消滅。


西域戦線右翼と東域戦線の残存2万は長白山脈へ敗走し、2000m級の険しい高山帯で訪れた厳寒と補給線の完全分断の中で絶望的な防衛を強いられた末に、今月には連絡を途絶。行方不明扱いだが、生存は望めないだろう。

東域戦線餓死。


突破された沿海州はほぼ無血で制圧され、今やロシア軍は大興安嶺から東清鉄道沿いにハルビン、ハンカ湖を経てアムール川に至るラインを細々と維持出来るのが限界となり、今に至る。



裂一号作戦

明治37年7月7日 ~ 明治37年9月28日

匿称『1904年バルバロッサ作戦』


皇國陸軍

|参加兵力 18万

|・戦死 876

|・病傷 2214

|残存 17万5000


ロシア満州軍

|参加兵力 24万

|・戦死 8000

|・病傷 4万2000

|・投降 6万3000

|・撤兵 5万1000

|・不明 1万5000

|残存 6万1000




「本土すら戦火に呑まれ崩壊だ。シベリア鉄道はあの忌々しい飛行器械による連日の爆撃で、復旧が一向に進まず補給線として機能していない…!かつて24万を誇ったロシア満州軍は、今や動員可能な戦力さえたったの6万だぞ!!」


片腕だったカウリパウスは奉天で皇國の装甲戦闘団を前に、一矢報いることすらできずに戦死。ここハルビンにもあと一歩のところまで皇國陸軍の機械化部隊が迫った。


だが、所謂『キエフかモスクワか』問題――無論彼らは知る由もないが――により、皇國陸軍の北満州方面への攻勢は長春にて停止。それによって敗残兵と貴重な貴重な将校団は、首の皮一枚で助かった次第である。


中央アジアから新たに派遣されてきたグリッペンベルク大将を前に、彼は唸る。


「蛮族討伐で一個方面軍を文字通り全滅させたのだ、間違いなく私の首は飛ぶ。…上は、貴様を後釜に据えるつもりなのだろうな。」

「さぁ?どうでしょうね」


グリッペンベルクはしらばっくれてみせた。


「こんな形で前線から退くなど、軍人最大の屈辱ッ…!」


彼は拳を握りしめて、満州軍総司令の椅子から立ち上がる。

彼は悔しさを紛らわせるように懐の煙草箱に手を伸ばしつつ、部屋を退出しようと歩き出した。


「………」


グリッペンベルクの無言の見送りの中、ドアノブに手を掛けて扉を開ける。


だが、そこで一旦、彼は足を止めた。

扉を開けたまま、グリッペンベルクには振り返らずに。


「眼前のハルビン、無防備な司令部、経験豊富な上級将校団。…どうして敵軍はこのすべてを捕らえることが可能だったにも関わらず、このハルビンへ追撃を敢行しなかったと思う?」


グリッペンベルクは首を傾げる。


「蛮族だからでしょう。司令部制圧の有効性、指揮系統を麻痺させる優位性といった近代戦争の基礎を、低知能の黄色い劣等人種が理解できるとは思えません」


中央アジアで”蛮族征伐”を幾度も指揮してきた大将、グリッペンベルク。

思った通りのその返答に舌打ちして、彼は最後に言い残す。


「一つ忠告をくれてやろう。その優等人種思想だけは、間違っても戦場に持ち込むな。さもなくば私の二の舞になるぞ。

 奴らは蛮族などではなく――…悪魔だ。」




・・・・・・

・・・・

・・




場所は戻って日の丸翻るウラジオストク市街。

栄光のひとときを垂れ流すパレードが進む中央通りとは真反対、特に目立つことのない脇道の裏路地で、僕は粛々と工具を弄んでいた。


「姿見ないと思ったらこんなとこにいたんですか」


声をかけられて振り向くと、瓦礫を押し退けつつこちらを見下ろす、別海中尉の姿があった。


「よく見つけたな…。自動追尾機能でもついてんのか?」

「なわけないでしょう」

「なら熱源探知だな」

「それも違います」


はぁと溜息をつく中尉を横に、電磁石に目を戻して手を動かす。


「何をされてるのですか」

「自作兵器だ。北方戦役で見たろ?」

「戦場でも兵器開発するんです?」

「悪い?」

「狂ってますよ」

「今更」


大して意味もない単語を交わして没頭。

時間は十分にある。

戦闘団は後続の第九師団に占領軍政と警備の役割を譲り、次の指令があるまではウラジオストクにおいての待機を命じられているのだ。


「いやーしかし、実に素晴らしい休暇だ。初の陸戦条約下、海外の監視の目もあって異様に憲兵隊が気を尖らせてるから虐殺略奪は無論ゼロ、喧嘩さえ3日に1度起こるかどうかって程度だ。秩序ある軍政は大変暮らしによろしい」

「むしろ占領前より治安がいいって噂も聞きますね。真実かは知らないですけど」

「まぁそれは少々プロパガンダ入ってるかもな。ただ、少なくともこの街来てからは怒号の一つも聞かないぞ」


まぁ内地と同程度の治安だろう。

まっとうな衣食住と武器開発ができる環境なら十分なのだ。


「衣食住はしっかり保証。ならやること、兵器開発ゥ!」

「これでも戦時ですよ?」

「沿海州を大損害を出して喪失したロシアは極東から出せる戦力が枯渇した。ならあと戦場になるのは机上だけ。外交交渉が纏まって終戦に至るまでの束の間に僕ら軍人の出番はない。――そう枢密は言っている。」

「ふふっ、…少佐殿たるお方が、枢密を信じると?」

「はっ、まさか」


少し笑ってこう返す。


「だけどな、枢密の予想も完全な的外れってわけじゃないんだ。

社会不安の相当なロシアが、主要戦力をウラル以西から連日の爆撃で分断されたシベリア鉄道を通して、そもそも脆弱な補給網の中、この冬季に一気輸送するのは現実的じゃない。バルチック艦隊に至っては目指すはずのウラジオストク軍港が占領されてんだ、引き返す他ない。」

「…確かに?言われればそうですね。」


ウラジオストク占領。

バルチック艦隊の目的地を先抑えして追い返し、かつその本土を占領することで、史実賠償金を払わない言い訳となった「ロシア未敗論」の行使を徹底的に封じる。


「終戦は、現実的な段階にまで入ってきてるってことですか?」

「なに。元はと言えば、この作戦の発案者は僕だ。」

「っ……、本当ですか」

「ああ」

「そんな気はしてましたけど……、面と認められますと…。」


少し衝撃を受ける中尉に、はにかんで言葉を継ぐ。


「生半可に発案して、計画して、この大地に持ち込んだわけじゃない。

最初から、『戦争を終わらせるための一撃』のつもり。」





・・・・・・

・・・・

・・




明治37(1904)年10月末


世界に衝撃が共有されてからひと月。

皇國の戦時国債は飛ぶように売れ、戦費が次から次へと補填されていくようになった。ロシア軍は戦力の立て直しに全力を注ぎ、皇國陸軍は防衛戦の整備に総力を挙げている。前線は散発的な戦闘しか発生せず、実に落ち着いた状態である。


「もうすぐだな」


伊地知が隣に並ぶ。


「実に半年ぶりの内地ですよ…。生きて帰れたって実感しますね」

「…薄ら寒いことを言うな、戦争はまだ続いているんだぞ」


そう言われてみればその通りだ。

ここ最近死亡フラグを立てるプロなのである。


「然し、確かに…内地なのだな」


伊地知が視線を上げた向こうに、青森桟橋が見える。

軍用のウラジオストク=青森航路を辿り、僕らを乗せた連絡船はもう間もなく祖州へと着岸するのだ。


左手に夏泊半島、正面に青森市街を捉えながら船は減速し始める。

汽笛一声、その後に静かな衝撃が訪れて、機関音が停止した。


数分待機したあと、下船ゲートが開き、次々と軍人が桟橋へと降りていく。


「遅かったじゃない」

「おー悪かったな、列の最後尾に並んでたから」


桟橋に降り立つと、8月には内地へ帰っていた裲が出迎えてくれた。


「てかわざわざ帝都から21時間もかけて青森まで来たのかよ」

「別にいいじゃない…、悪い?」

「いやいや実に嬉しい、ありがとな」

「………ふん」


裲は少し顔を赤らめつつ逸した。

さて、僕は僕で青ざめる。


「…待て。そうだ、今度は僕らが21時間掛けて帝都じゃねぇか。クソ、なんで新幹線ねぇんだよ……」


無理難題を呟きつつ、早々と踵を返した咲来についていく形で、伊地知と僕は青森駅へ足を向けたのだ。


「旅団長、もう少しどうにかならんもんですかね」

「なにがだ」

「鉄道国有化まで済んだのに帝都 - 青森の所要時間21時間ですよ?ちょっとおかしいですよ…どうにか10時間台前半に持ってくこと出来ませんかねぇ」

「…いや、流石に15時間以内は夢物語すぎるだろう。想像もつかん」

「ですよねぇ、、それこそ電化でもしない限りは…」


東京 - 新青森を3時間が常識の世界で生まれた身としては全く信じがたい話だ。

脳内に明治新幹線計画がよぎる。

鉄オタの意地で戦後にでも本気でやってやろうかとも思ったのだが、それ以前に碓氷峠とか東海道本線電化とか鉄道業界は色々やらねばならんことが山積みだ。断念。


「21時間でも十分速いほうだと思うがな。20年前までは徒歩で10日掛けて行く道程だったんだぞ…?」

「と、とぉか!?…信じられません、それほんとに青森ですか?」

「鉄道がない時代なんてそんなもんだ。青森まで10時間前半を望む貴官の感性のほうがどうかしている…。一体貴官はどんな世界から来たのやら」


あまりに自然なその質問に、僕はなんの疑問すら持たず言葉を返す。

暫く言葉を交わすうちに桟橋を抜け、駅舎に入り、改札で軍章を提示して、プラットホームに立っていた。


「えーと…『15:00 始発 802号急行 上野行き』、、ッ!あと2分で発車じゃないですか急いで乗り込まないと!」

「あー…本当だな」


ホーム端で蒸気を吹かす汽車からこちらに連なって伸びる客車、その最後尾にどうにか滑り込むとともに、駅員が駆けつけてきてドアを閉めた。

ゆっくりと列車はホームを離れ、静かに加速していく。


「寝台車って何両目でしたっけ?」

「…『寝台車』?」

(あ…、そうだこの時代寝台車すらねぇじゃん)


項垂れつつ、切符に記された椅子を求めて歩き出した伊地知の背を追って、号車を渡っていく。


「ここのようだな」

「遅かったわね」

「お前が早すぎるんだ」


しっかり裲は僕らと同じボックスシートへ座席を確保していたのだった。


「まぁとりあえず間に合ったからいいじゃないか。私はしばらくデッキに煙草吸いに出ているから、貴官はゆっくり作戦の疲れを癒やすといい」


そう言うと、裲と僕だけを残して伊地知はデッキへと去っていった。


はい。先年、全列車に喫煙区域を設けて基本全車禁煙にしたのは、他でもない僕の提言です。伊地知閣下すみません。




・・・・・・

・・・・

・・




「ほら、朝よ。起きなさい」

「…んー、、」

「起きろって言ってんのよ股ぐら蹴り飛ばすわよ」

「!?」


視界はぼやけたまま脊髄反射で飛び起きる。


「なにを朝から物騒な…!って待て、青森出てからほぼ記憶ないんだが」

「あんた列車出るなり眠りこけたのよ。それで20時間ずっと」

「マジか…ッ、車窓見損ねた!!」

「…はぁ、そっち」

「ああそうだ流れる車窓を静粛に鑑賞して大興奮するのは鉄オタの義務――」

「くちっ」


裲が震えてくしゃみした。

なんだ?夜のうちに冷えたのかと思いつつ、とりあえず身体を起こしてみると、身体の上にかかる何かの感触を覚えた。


「…この羽織誰の?」

「あたしのよ」

「なんで僕が被ってんだ」

「昼の格好のまま寝るもんだから案の定あんた夜震えてんのよ。戦場帰途で疲れも相当でしょうから起こすのもアレだったし…、」

「いやそれでお前が冷えてどうすんだよ」


優しさが沁みるし非常に有難いが本末転倒だろう。


「ちょっと待て。あー、どれだ」


荷台に置いた自分の鞄をまさぐる。

11月直前の沿海州のあまりの寒さに、確かウラジオストクで買った茶を温めたまま魔法瓶に淹れて乗船した記憶がある。

一杯飲んだっきり後は船内の給湯設備で済ませてたしまだ残っているはずだ。


「ほら、これ飲んどけ。羽織も返すから着とけ。」

「待って…これって間接」

「僕の飲料は上野着いたら売店で買うし残量なんか気にせず飲みきっていい。身体温めんのが最優先だ。」

「……まぁいいけど」

「あとついでに沿海州から軍用の防寒外套持ち帰ってるしそれ着ろ」


荷物車に取りに行って、戻ってきて着せてやると、裲はぷいと顔を逸した。


「……ありがと」


『長らくのご乗車お疲れ様でした。間もなく列車は上野に到着致します。到着は13番線です。落とし物お忘れ物、特に軍人さんはくれぐれもなさらないよう――』


車掌のアナウンスが被さるように流れる。

僕らのことを気にしてくれるとは有難い。現代の自動放送じゃ経験できない人間味に溢れている。


裲はその身丈に合わないぶかぶかの軍用外套を羽織って、両手で僕の魔法瓶を掴みつつ湯気立つ茶をこくこくと飲んでいた。

ウラジオストク製の高級茶葉だぞ覚悟して飲め。


「あ、そういえば閣下は?」

「展望車で寝てるんじゃないかしら?青森桟橋で軍用船に接続する都合上、確か展望車は軍人のために特別に夜間解放やってるらしいわよ」

「はぇ〜戦時体制すげぇ」


最後尾の展望車を夜間開放してくれるんか。

ソファーもついてる高級仕様だし寝心地はさも素晴らしいだろう、いいなぁ。

喫煙デッキも近いしきっとそこにいらっしゃるはずだ。


「降車の準備しつつ展望車少し覗いてくるわ。」

「わかったわ」


裲にはそう言い残して席を立つ。

瞬間襲ってくる激痛。


「ぐぉおおぉッ、こ、腰が、背が…!」

「あー…。座席硬いものね、あたしも若干思ったわよ」

「クソ!これだから寝台車のない夜行は嫌いなんだ…!」


布張りしただけの木製座席という皇國鉄道院特有のクソ夜行(21時間)は無論、現代の夜行バスより酷い有様だ。

鉄オタとして物申せるなら、乗り心地は最悪の一言に尽きる。寝台車を製造しろ。


「チクショウ、戦後最初の仕事はまず、旅客・物流ひっくるめた皇國の鉄道全般を魔改造せんとダメだなこりゃ……。」


ぶつくさ文句を言いながら支度をする。痛む背腰を撫でつつ、裲の分も含めて荷造りを済ませる。


「あ、ありがと」

「気にすんな」

「外套は…」

「羽織ってていいぞ」

「…すまないわね」


結局展望車に顔を出せることはなく、列車は帝都の北の玄関、上野駅へと滑り込む。


『接続列車をご案内します。…常磐線土浦・水戸・平方面仙台行き急行列車は16番線から8時37分、東京新橋方面は山手線外廻、3番線から随時4分毎――…』


裲の荷物も持ってドアの前へと移動すると、伊地知が戻ってきていた。


「あ、戻ってこられたんですね」

「これで貴官らを見失って上野駅で迷子になんてなったら軍人生涯で一番の赤っ恥だからな」

「確かに上野駅迷路ですもんね。でも構内図丸暗記すれば楽ですよ」

「そんなこと貴官しかやらん」


後ろに裲が追いついた瞬間、列車が止まる。

駅員が駆け寄ってきてドアを開ける。

普通列車とは違い、急行とかの優等列車は基本鉄道員がドアの開閉をするのだそうだ。お疲れさまです。てか早く自動扉を実用化しろ。


ともかく降りると、そこには秋山と有栖川宮が立っていた。


「御機嫌よう。お久し振りになりますわね」

「なにはともあれお疲れ様だ」


わざわざ西荻の妥協アウスグライヒ本館から出迎えに来てくれたのか。

嬉しい限りである。


少し各々で談笑し合った後。


上野駅の13番ホームに揃った、僕含めて5人の顔ぶれ。

各々を見回して、僕は深い安堵とともに笑ってみせる。


「…再び無事にこの面子で集うことが出来たこと。まずは僥倖と致しましょう」

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