――宣戦を布告する。

「壮観でしたね…」

「当然だろう。ただ、我らの戦闘団も劣っちゃいないと思うがな。」

「そりゃそうです。海軍に負けてたまるもんですか」


”本日天気晴朗ナレドモ浪高シ"と残し、秋山がこの佐世保軍港を出たのが2日前。


さて、僕はまさに今、その軍港から外洋へ出たばかりだ。

満州総軍直属たる『奔星』は一足先に出港。次発の鴨緑江総軍を詰め込んだ輸送船で溢れる軍港が、少しずつ離れていく。


「はは…、ですか。」

「ああ。2日後の海上作戦と時を同じくして、陸軍は総兵力を以て仁川に奇襲上陸を敢行する」


海上作戦と同時に半島へ奇襲上陸。

ここだけ切り取れば、まるで太平洋戦争のようで。


(偶然か、天の悪戯か…)


少なくとも、『運命の呪い』ではないことを祈るばかりだ。


「大韓政府には直前伝達の形にはなるが…まぁ連中に対応できるほどの兵力はない。独立保障さえすれば同意してくれるはずであるし、」

「そうでなければ強行通過も出来ますもんね」

「はは、褒められた手段じゃないが…そうだな。」

「なにせ時間が勝負です。ロシア軍が到達するまでには鴨緑江を突破していなくちゃならない。」


敵に河川防御を許すことは、攻勢の停滞を意味する。

電撃戦を望む以上、迅速に半島から南満州へ浸透する必要があるのだ。


「かの名高き旅順を孤立させられれば上等ですけれど…」

「まぁそんな上手くはいかんだろうな」


伊地知は厳しい視線を黄海の先へ向ける。

あの堅牢な要塞への補給線を露軍が簡単に渡すとは思えない。


「されど、それへの布石になれば十分だな」

「…ですね」

「刻下、我々に課せられた使命は〈鴨緑江を奇襲突破すること〉。そして、〈南満州への橋頭堡を築くこと〉だ。」


俯いて、僕は静かに息を吐く。


「電撃戦部隊たる僕らの最初の使命が『兵員輸送車で鴨緑江ドライブ』、ですか」

「まぁ欲張るな。装甲車は後からいくらでも使う」

「…ですね」


これ以上文句を言ってもなんら生産的じゃない。

からっと視線を海上へ移した。


「確か秋山艦隊のあれ、輸送船改造艦なんですよね?」

「まぁもともと石油運搬船だし、改造かどうかは知らんがな」


外洋にうちいでて揺れ始めた甲板で、霞む彼方に進む海上部隊を思い返す。


「でもまさか、海上飛行場を目にできるとは…」

「――…秋山か。」



・・・・・・



「石油輸送船『帝鳳丸』『秦鷹丸』を改造、甲板への飛行船の着艦と給気を出来るようにした、"飛行船母艦"2隻を中核に成す艦隊―――これが『第一航空戦隊』。」


民間船を徴用し、改造を施した明治版航空母艦。飛行船の収容はできないが、中継には十分なりうる、台南空の旅順への飛び石となる艦隊。


さて、真珠湾攻撃は、宣戦布告の遅れが原因で、騙し討だと猛烈に批判された。何故か。それは、当時国際法で、宣戦布告前に攻撃をしてはならないという規定があったからだ。




「だが――明治のいま、それはない。」


第一次大戦前まで、宣戦布告を戦争開始とする国際法は存在しない。

史実では旅順口攻撃のち、日露が宣戦布告を交わしたのは有名なことだ。


奇襲攻撃――…。今だけ許された特権。」


皇國聯合艦隊第一航空戦隊は、ロシアが租借し、同帝国極東艦隊の停泊地である旅順湾を目指し、明治37年2月6日、佐世保軍港を抜錨した。海路をひたすら北西に、波に揺られること1日半。

こうして今、旅順南方360海里、黄海上に秋山機動部隊はある。


「台南空所属船、全船補給完了!いつでもいけます」


察知されることなく黄海上の飛行船への燃料補給までを終わらせた。


(旅順口攻撃……。ロシア太平洋艦隊を旅順湾に閉塞するため、水上部隊が決死の突撃を仕掛け、機雷を敷設し第一次閉塞作戦を展開した最序盤の戦闘……。)


秋山は、補給を終えて空中に待機する20隻の台南空爆撃隊へむけて、静かに右手を挙げていく。


(……だが、今からやるのは史実の旅順口攻撃じゃない。)


彼は静かに歴史に思いを馳せる。


(太平洋艦隊を空襲撃滅するのが戦略目標。つまり攻撃対象は旅順”口”ではなく――…湾だ。その『高等文明』とかいうメンツ…空から叩き潰してやる。)


白人至上主義という世界。


(勝手に法整備後進国、未開地域と決めつけられて、その価値観を武力で押し付けられ、屈辱的な不平等条約を結ばれ、勝手に『文明』とやらを植え付けられ、宗主国権を盾に好き勝手暴れる。連中は、神にでもなったつもりか……??)


なにより、その理不尽を押し付けられているはずの有色人種が、その妄想を受け入れて諦める姿勢こそ、それを加速させているのだろう。

英領インド帝国で最後の大抗戦であるインド大反乱が発生したのはもう半世紀も前のこと。東洋植民地ではもう暫く、反乱が途絶えている。

いたぶられる家族や友人を前に彼らはなお抵抗しない。なぜか。


「自信が――…ないんだろうな。」


「……秋山大佐??」


当惑してこちらを振り向いた士官。

ふと秋山は、彼がもし植民地の人々だったとして、この話を聞かせたらどう答えるだろう、と考える。

抵抗だなんて非現実的で、理想論で、現実逃避に過ぎない、そう答えるだろうか。


だが、またそれも、仲間が目の前でいたぶられているのに関わらず、独力でどうにか出来ないからといって、『現実』という言葉を騙って責任逃避しているだけ、とも言い表せる。


「……台湾や長江のことも、忘れちゃ駄目だしな。」


そう。皇國もまた、紛れもない植民地保有国なのだ。

2年前までの北海道や、琉球、台湾。

内国殖民地とはいえど、入植地で、本土と法制度が違い、選挙権もない。

そして長江勢力圏に至っては――欧州列強と、全く同じことをやっている。


白人たちと違うと自信を持って言える点は精々、特殊関税をかけたり、人種差別を背景にした統治機構だったり、原住民を奴隷にしたりといった形の殖民地経営ではないところくらいだ。


「さらに、手を組む相手が植民地主義の頂点ともいうべき大英帝国ときた…。」


(――…はーぁ、本当に矛盾ばかりで、混沌としてやがる…。)


だから、だろうか。


「そんな矛盾まみれこそ、この世界線が『現実』たりえる証拠なんだろうな…。」


秋山は静かに頷いた。

ゆえに、なお進み続ける他はない。



「白人至上主義終焉の布石を、正面からロシアに叩き込む。」



彼は、そう言い放つ。


「無謀でも理想論でもない。理屈で組み立てた計画のもとに、ロシアに抵抗の矛先を突きつける。…少なくとも皇國は、白人至上主義など、その存在を認めない。」

「っ……。」

「この戦いは、勝てるかどうかわからない。総合国力8倍の相手だ、正直負ける確率のほうが高いと思え。

 だが――…ただ、抵抗できることを示せればいい。」

「……??」

「せめてでもまともに戦え。命尽き果てるまで抵抗しろ。ただ単純に玉砕するだけじゃ足枷だ。持てる思考と知識と武力を以て、究極に、最終的に益のある選択をするんだ。」


特攻じゃない、全滅じゃない。

命が果てるまで戦うということは、盲目的に死んでいくことをいうのではない。


たとえば、負傷して自決するくらいなら、降伏して捕虜になるだけでも敵の補給線を一人分圧迫できる。スパイ行為までできたら上等だ。


(泥水啜って、血反吐はいて、それでも足掻き通して。有色人種諸邦の前で、『白人の絶対優越』という腐りきったその自惚れに、疑問符を打ち込めれば…――)


かつて、史実と呼ばれた世界線において。

或る極東の辺境の小国は、口先だけだったが『植民地解放』を掲げて、白人諸大国に搾取されてきた植民地諸邦に攻め込んだ。

白人達は甚大な損害を受け、次々と敗退していったが、やがて持ち直す。

その小国は、その本音ゆえに、そして埋められない力の差ゆえに敗けた。


だが、その敗北は、気づきと勇気を植民地諸邦の人々に与えた。

有色人種でも、白人に一矢報いれる、大打撃を与えられるんだ、と。

そして、その敗戦からわずか10年の間に、幾十もの植民地が支配者に死して抗い、勝利と独立を掴み取った。


今の被支配層、搾取される人々には勇気がない。

白人を過剰に恐れ、どう逆立ちしても届かぬ存在だと勘違いしている。

だが気づかせてやれば――あとは存分にやってくれるのは、歴史が示している。


だから、皇國に課せられた使命とは。


「――世界全民に示すんだよ。、と。」


19世紀。白人の黄金期末期。

大航海時代に始まり、三十年戦争を経て新大陸にその手が伸びた。やがて無敵艦隊が敗れ、欧州植民地帝国の触手は太平洋へ伸びていく。インドに始まり、マラッカ海峡、オセアニア、そして中華。

アフリカ分割を経て全盛期を迎えた白人至上主義時代が、今や世界を支配する。


その裏で、開国半世紀、維新たった30余年。迫りくる列強の支配を器用に退けつつ、難を凌いでどうにかこうにかやってきた。


だが、東洋に残る完全独立国が、タイ王国と、この弧状列島を除いてもはや存在しなくなり。

侵略者の波も、どうやら最早この辺境の島国に到達してしまったようだ。


されど。


それまで時間は十分にあった。

資金も限界までひねり出した。

様々な工夫をこらし、徹底的に抵抗の方法を編み出せた。


だから、跪いて許しを請うのもここまでだ。


「後退をやめる時だ。皇國は――東洋世界はもう、一歩たりとも下がらない。」


ソ連国防人民委員令第227号に擬えて言った皮肉に、秋山は北叟ほくそ笑む。

樺太、真縫領土協定、そして対日21ヶ条に続いた屈辱の連鎖を断ち切る時。


白き支配者への、妥協も、自重も、譲歩も、すべてが整った今、必要ない。

復讐の烈火は、いまここに燃え上がった。


(あぁ、産声が響く――…)


数世紀に渡り抑圧と搾取の理不尽を強いられてきた有色人種の、反逆の歴史の始動。


今此処から、全世界に。


(そして願わくば。どうか、希望を求むるすべての人に伝わらんことを。)


10年前、東洋半万年の秩序をぶち壊したばかりの皇國は。

今、世界普遍の価値観を、築かれた一つの時代を、正面から破壊しにかかる。


秋山はゆっくりと手を振り下ろし―――。



「皇國海軍第一航空戦隊、第一次攻撃隊、出撃命令。

二〇三にひゃくさん高地登レ、〇二〇八マルフタマルハチ』!!」



明治37年2月8日、後に深く歴史に刻まれることになるこの日の未明。


旅順湾攻撃の火蓋が、切って落とされた。




「敵は旅順湾にありィ―――ッ!!!」




1904年2月8日 07:19 旅順湾攻撃。

同日 08:20 皇國、ロシア帝国に宣戦布告。

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