あゝ君死に給ふこと勿れ

宵開けの渤海に、数隻の輸送船が浮かぶ。

旅順湾から離れて10km、旅順口区と遼東半島を隔てる狭い地峡、南山に第一焼撃隊と佐世保陸戦隊が上陸を開始した。


「続けェッ!橋頭堡を確保せよ!」

「繰り返すが威力偵察である、長期的な防衛陣地ではないことに留意されたし。」

「旅順へ試験的に攻勢をかけ、防衛力を推し量るのが今回の任務だ!」

「任務は攻略にナシ!繰り返す、攻略にナシ!」


旅順への足がかりとなるここ南山は、史実では要塞化され相当な足止めを喰らい、戦力の1割を喪失するという多くの犠牲を出したが、すでに本命の旅順要塞が壊滅的打撃を受け焦土と化しており、さらに旅順奇襲から一週間経たずの攻略開始のため敵の準備が間に合っておらず、防衛兵力はほぼ配置されていなかった。


かくして、日の出前に南山は半ば無血占領され、旅順要塞は大陸側と分断され孤立した。少なくとも今は、旅順の敵軍は退路を喪失状態にある。


「よし――…総員揃ってるな、前進開始。」


速やかに撤退できるよう、退路を確保する。

そうして静かに、威力偵察は幕を開けた。




・・・・・・

・・・・

・・




「く、くそ…交信も儘ならない…!」

「救援要請も出来ないのか!?」

「援軍は結局どうなんだ!」

「それもわからず終いだ…!交信設備が完全に破断されているっ!」

「なら伝令はどうなんだ!?」

「ダメだ!脱出を試みた瞬間、あの化物に空から撃たれる!」

「……先日脱走した第3中隊は、あれで全滅したんだぞっ…!?」


空に浮かぶ、太陽の紋章を掲げたそれを指して睨めつける。


「連中は一体、何なんだ……!?」

「……本当にあれは、何なんだよ…!」

「空を飛び回って、爆弾を注がせ…さらには、目視できないのに――」

「湾外から、一方的な攻撃が可能っ……。」

「太陽の…使いだとでも言うのかッ…!」

「…っ、蛮族の癖に―――!」


その瞬間、一報が飛び込む。


「て、敵が南山に上陸!!」

「な、ぁっ……!?」

「ど、どういうことだ!規模は!?」

「2個…師団ほどです!」


実際には一個旅団にも満たない規模であったが、恐怖故に大きく数を間違えて報告が行われることになった。コンクリートで覆われた参謀室にいる士官たちは恐慌状態に陥る。


「馬鹿な!急げ、戦闘配置!」

「き、機関銃展開しろ!東鶏冠山堡塁に出動命令!!」

「駄目です!残存弾薬がないとの返答!!」

「はぁっ!?弾数がないだと!!?」

「はっ!初日の砲撃で、最初に狙われたのが弾薬庫と食料庫です!」

「な…、なん…だと……!!」


弾薬と食料の消失。皇國海軍は、最初から敵戦艦と共に、これを狙い撃った。


「……何一つ残っていないのか!?」

「…全管制域の弾薬庫は全滅です。一応地下にはありますが――非常用です。これを使い切ったらもはや、抵抗の手段を完全に喪失します…。」

「…――ッ!!」


万一、仮に降伏するとしても、条件をつけるために弾薬の残存はカードになる。最後の退路を自ら絶つには、まだ早い。


「……総司令に指示を仰ぐ。」


進退窮まって、参謀の彼らはそうすることに決めた。

かくて彼らは狭い地下道を進み、先の砲撃で崩壊し、新たに地下に掘削された臨時司令室に足をすすめる。そうして扉を叩いた。


「失礼します。」


「……入り給え。」


中からくぐもった声が聞こえ、彼らは司令室に進入する。


「ステッセリ司令長官、南山に敵2個師団が上陸しました。初日の砲撃で弾薬庫と食料庫はともにほぼ完全に破壊されております。いかが致しましょう…。」


手元のランプをこうこうと光らせる机上の奥、振り向いた彼こそ旅順要塞の総司令、アナトーリイ・ステッセリ陸軍中将その人である。


「……食料はあとどのくらい持つ?」

「籠城するとしても…もう8日で切れます。」

「満州からの援軍は?」

「通信途絶と、空襲による封鎖で伝令も走れません。連絡がついたとしても、準備には1週間はかかります…。」

「弾薬を使い切るとしたら?」

「……全陣地で敵を迎え撃つとしたら、10時間も持ちません。」


彼はそれを聞いて、ダン、と机を強く叩いた。


「まともな…要塞としての防衛機能も果たせないのか……!?」

「っ…。要塞砲群もほぼ全滅、塹壕陣も空襲を受けて半壊しています…!」

「―――っ!」


机に肘をついて頭を抱えるステッセリ。


「外での迎撃――つまり塹壕機関銃戦法は、空爆を受けるから不可能…、なら…この要塞内で迎撃するしかなくなる……。」

「……まだ勝算はあるかと。敵の爆撃は来ませんし、湾外から降り注ぐ艦砲射撃も地中には届きません。」


それを聞き、一筋の希望が彼の脳内を照らす。


(そうか――…敵の圧倒火力を、地中なら受けなくて済む――!)


「白兵戦に持ち込めれば――…勝てます。我々白人とあの黄色いチビザルどもとじゃ体格差は歴然。連中のあの卑怯な長距離砲戦術が使えない以上――」

「……たしかに。接近戦じゃ勝って余りある。」


彼は思う。要塞内に引きずり込んで戦えば、地下の要塞構造を完全に把握している此方が圧倒的有利。


「よし。敵を自分の広大なフィールドに誘い込んで撃滅するのは、我がロシアが誇る伝統の、侵略者の撃退法だ。全軍、外部の堡塁・塹壕から撤退せよ!

――あの蛮族共を踊らせてやれ…!!」


「「「…了解!」」」


この選択がさらなる悲劇を生むことを、彼らが予想できるわけもない。



・・・・・・



「敵が――退いていく??」


次々と丘の上の機関銃が撤去されていく光景を望遠鏡越しに見て、威力偵察総隊を指揮する児玉源太郎皇國陸軍中将は唖然とする。


「馬鹿な。一番憂慮していた点が、こうも簡単に――…」


密閉空間内での制圧戦闘を大の得意とする火炎放射器特化の焼撃隊にとって最大の敵は開けた戦場での大規模な迎撃。要塞外の機関銃陣地は障壁でしかない。

それを、敵が自ら取り除いてくれたのだ。


「――まるで、オレたちの花道を作ってくれたようだな。」


児玉は不敵に口角を上げてみせる。

一旦焼撃隊を要塞内に入るのを許せば、守備側にとっては敗北も同然。

それぐらい焼撃兵は要塞内で無双する。


「道を譲っていただけるとは最大限の歓迎じゃないか、全く。オレたちもそれに応えてやらなけりゃ、武士道の名折れってもんだぜ?」


振り返って、背後に整列する総員に彼は笑いかける。威力偵察を任務とするはずの彼らは、獲物を前にした猛禽類のように不敵に微笑んで返す。


「よし――全軍前進殺到っ!要塞内を焦土にしろォォオオッ!!!」


ォォォぉオオオオオオ―――!!


史実、万の日本兵が倒れて折り重なった旅順第二防衛線、東鶏冠山堡塁をやすやすと駆け抜ける威力偵察総隊。もはや、そこに偵察の二文字は消え、ただただ威力の文字だけが疾走するばかりだった。


「塹壕を踏み越えろ!もはや我らを阻む物なし!!」


鉄条網を簡単に突破し、彼らはすぐ後ろに控えるコンクリートの覆道へ飛びつく。


「タンク安全弁開け!突入――開始!!!」


児島の哮りとともに、焼撃隊は要塞陣地へ浸入を開始した。


同刻、ロシア軍。


「て、敵軍迫ります!」

「まだだ!侵入口のすぐ横に待機して見計らえ!出来る限り引きつけろ、あの猿どもが油断しきって侵入した瞬間の、そのマヌケな横顔を撃ち抜くんだ!」

「りょ、了解であります!」


歩兵銃の弾倉をガシャンと差し込んで、彼はそう緊張しつつ待ち構える。


「あ――敵兵、外覆のコンクリに飛びつきました!」

「よし、もう三秒で飛び込んでくる!構え!」


ガシャッ!


「………!」

「………?」


五秒、十秒。まだ来ない。

とっくのとうに敵は侵入口へ殺到しているべき時刻だ。


「……敵は、なにを…?」

「――おじけづいたか?この強大な文明国の要塞を前に!」


くつくつと指揮官は笑い出す。


「だろうな…神が世界を導くためにお創りになった文明種族、それが俺らだ。怖いのはわかるさ…たかが猿、蛮族の非文明未開地が、叶うわけがないもんなぁ――」


その言葉が最後まで語られる前に、管のさきっぽのようなものが侵入口から覆道内に差し込まれる。


「……なんだ、蛮族の儀式か?それとも命乞いの一種か?」


「―――放射、開始!!!」


ブォおおオオおぉオオ―――!!!


「ぐぁああああああっっぁああっ!!!?」


圧倒的な猛火力で放射された焔は、コンクリートを跳ね返って燃え広がり、覆道内の酸素を一気に奪い尽くす。


「ぎゃぁぁああっっ!息が!息がァッ…ぁ――!」


「突入!突入!突入!」


ズザザザザザ――と大隊が一気に要塞へ滑り込む。


「小隊展開!掃射!掃射!」


ゴォオオおぉオオお―――!!


「な、何が起こっている!?!?」

「炎が!炎が喰らい尽くしている!!」

「息が苦しいっ――あっ…が、……!」

「ぉぁ――迎撃しろ!迎撃だ!」


迅速に焼撃部隊は要塞内を浸透する。


「二小隊、第三〜七号室、制圧完了!」

「続け続けェッ!!即座に転回しろ!」

「火炎放射続け!残燃料十分あるぞ!」


どうにか難を逃れたロシア兵たちは、ひときわ大きい大広間に集合する。


「持ち場にもどれ!本来の防衛計画通り、ここのコンクリ広間で迎え撃つ!!」

「弾倉確認、捕捉――広間の扉!」


閉められた外扉に、消灯された暗闇の広間から多数の銃口が向けられる。


「さぁ来い蛮族共――蜂の巣にしてやるぅっ!!」


睨めつける扉がバンと解き放たれたかと思えば、何かが投げ入れられる。


「な…――手榴弾だ!退避!退避ィッ!!」


ドカァアア――ン!


下瀬火薬500gの炸裂威力は、ロシア軍の使う黒色火薬とは比べるまでもない。


「ぐぁぁあああっっ!」

「助けてくれ!銃がぁッ!」


そこに降りかかる文字通り火の粉。


「突破突破突破!迅速に制圧せよ!!!」


ボォオオオオおぉオ―――!!


「焼射続けろ!安全確保次第乗り込め!」

「吶喊、吶喊―――!」


もはや攻める彼らの頭に、威力偵察という言葉など残っていなかった。


「次、三番通路制圧!」

「焼け!焦がし尽くせェッ!!」


ブォオオおぉオオ―――


「焼き潰せ!もう二度と連中に蛮族などとのたまわせるな!!」

「文明優越国という単語、二度と思いつけないようにせよ!」

「掃討!掃討ォ――!」


「息が、息ができない!」

「助けてくれ!おぉ神よ――」

「なんなんだ、俺らは何と戦っている!??」

「うぁああああっ!!?」


ゴォオオおぉオオ――


「ふざけんな!なにが劣等人種だ!」

「辺境未開種族などと抜かしたのは誰だ!」

「第8小隊通信途絶!」

「防衛戦力枯渇!全滅だぁっ!」

「やってらんねぇよこんな戦!うぁぁあっ!!」

「おい脱出するな第3守備隊!軍令に背くな!」

「だめだ!防衛できない!放棄する!放棄だ!!」

「やめろ!第5陣地、独断で撤退するな!」

「敵前逃亡は射殺するぞ!!」


もはや満足な情報共有も出来ず、指揮統制を失った要塞防衛隊は散り散りになって逃亡と降伏を繰り返す。

皇國陸軍第一焼撃隊は、かくして要塞を突き進み、中枢へ到達する。


「焼けぇェッ―――!」


ゴォォオオォと司令室に続く廊下を焼き切って、駆け出す。


「横に参謀室と思われる詰所扉!」

「火炎管差し込んで焼射!」

「了解!」


射撃ボタンを押し出した瞬間、扉の隙間から煌々と焔の色が漏れ出る。


「無力化完了!」

「よし―…最後に、司令室だァっっ―――!!」


深く膝を曲げてから駆け出す兵士たち。


「とっかぁああああん!!!」


突撃喇叭が狭い塹壕内に響き渡る。


皇軍すめらみいくさ、此処に在り――――!」


背後にタンクを背負い、総司令室へ疾く勇姿は後に『裂焔れつえん三勇士』と描かれ広く知られることになる。


司令室の扉が勢い良くバァンと開かれ―――。


「…ここまでお疲れ様、諸君。認めよう、降伏だ。」


そこには、総司令の椅子に座ったままステッセリ中将が、戦意を微塵に感じられないような諦観の表情で、白旗をゆっくりと振る姿が。

そうして、自ら拳銃を放り投げ、両手を挙げた。


「これ以上の交戦をやめてくれ。我が兵の命がただ減っていく様を見るのは耐えられん……。旅順要塞全土の、即時武装解除を確約する。」


静寂のうちに、ステッセリはそう告げた。

そうして、言葉を紡ぎ出すように彼は問う。


「全く――…信じられん。飛行船、猛威力の爆薬、炎を放射する兵器…。どれも、どこの列強の軍にも存在しないのものだ…。……それをどうして、文明世界から遙か離れた東の端っこの…小さな島国が……。」


半ば手を震わせながら、彼は問う。


「…―― 一体、諸君は何者なんだ…?」


焼撃兵は、静かに笑みを交わし合って、斯く答える。


「―――。」



・・・・・・



「はぁ!?旅順が降伏した!?!?戯言も大概にしろ!」


そう叫んだのは他でもない、機動部隊総司令の秋山真之であった。


「し、失礼。今回俺が命じたのは威力偵察だったでしょう!!?」

『だが秋山海軍大佐、旅順を見ればわかるだろう??』


児玉源太郎陸軍中将に無線でそう言われて、慌てて彼は視線に旅順を捉える。


「―――ッ!!?」


そこには、旅順の砲台に一斉に白旗が立ち棚引く姿が。


「……嘘、だろう??」


(史実、1905年1月まで――1年屍を積んだ要塞が…たった、1週間…

――それもたかが、威力偵察程度で、だとぉ……!?)


無線の向こうからはため息が飛んでくる。


『はぁ……勝った司令長官殿が困惑してどうする…。』

「ですが――流石に、寒気がしまして…。」


中将の呆れに司令の大佐はそう返す。


『此方側の損害は、焼撃兵81名戦死、164名負傷だ。』

「けっこう被害大きいですね…、戦傷は総兵力の2割…ですか」

『負傷の大半は第一焼撃大隊だ。火炎放射は酸素を根こそぎ奪うから当然、味方にも被害を及ぼす。焼撃隊の損害率は3割いってしまっている。』

「……通常でしたら、壊滅判定ですね。」

『まぁ撤退も出来たのだが、司令室が目前でな』


秋山はふぅと息をつく。


「降伏した敵の情勢はどうです?」

『武装解除が進行中だ。旅順艦隊はすでに全艦が自沈で消滅、敵陸軍総戦力40000のうち死傷4000、投降29000。残りは脱走の末、射殺か自滅だそうだな。』

「こちらも駆逐艦2隻が触雷で沈んで、若干死傷を出してはいますが…それを含めても圧倒的なキルレートですね……、戦死だけでも1:16ですか。」

『あぁ…まさか近代要塞相手に、ここまで完勝を収めることができるとは…。まだ諸業務がある、ここらで切らせていただくぞ司令殿。』

「了解です、お疲れ様です。」


そう言って秋山は無線を切る。疲れ切ったように彼は椅子へ勢い良く身体を預けた。


「まさかたった一週間で旅順が陥落するとは……」


航空偵察により要塞構造を丸裸にされ把握された挙句、出口を機雷封鎖されて、かつ一方的に湾外から史実とは比べ物にならない量の砲撃を喰らい続けたのだ。そこが史実との決定的な違いである。


(……まぁ、たしかに史実でも、旅順よりさらに堅牢に作ってあったドイツ青島要塞だって、第一次大戦の時、大正陸軍が綿密な計画と弾薬補給を2ヶ月かけて整備して立案して火力飽和を実現した結果、一週間で落ちたものな…。)


人海戦術の肉弾戦では一年かかるものが、火力飽和なら一週間で済む。

十分起こりうるその理屈を秋山は痛感した。


「はー…、とりあえず敵味方両方の英霊に黙祷でも捧げるか…。」


いろいろ問題になりそうな言い方だが秋山だから仕方ない。

彼は旅順を臨んで暫く手を合わせてから、はるか遼東半島の遠くを捉える。


(多分…ここからがロシア軍の得意技、人海戦術が襲ってくるぞ…。)


満州の奥へ進むほど、ロシアに引きずり込まれていくということ。そこで待ち受けるのはあの国の十八番、焦土戦術と肉弾戦だろう。


「だが――…皇國陸軍は電撃突破により焦土戦術を無効化し、集中火力管制で肉弾戦を退ける。そのことを知らずにロシア兵は従来の戦法を使うんだ…」


ここまで序盤、これからが本番。大きな犠牲を生む戦い満州へ突入するのだ。

だからこそ、彼は多く傷つくことになる彼らへ冥福を祈らずにはいられない。


夕刻、茜色に染まった西空に向かって、

静寂のうちに彼は言葉を紡ぎ出す。



「あゝロシア兵よ、君を泣く。君死に給ふこと勿れ―――」







―――――――――

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