閃光十六条

「全主砲、薙ぎ払えェェエッ―――!」


『筑波』以下、戦艦4隻の16門から爆炎が轟く。

先の空襲で恐慌状態に陥ったばかりの旅順要塞は、空中から完全にその内部構造を把握され、もはや第一機動部隊の前に近代要塞としての役割を果たさない。


30.2cm徹甲弾16発は、美しく弧を描き、外界からの砲撃を完全に遮断するはずだった、外洋と内湾を隔てている203高地を容易く掠め、旅順内湾に着弾した。


ドガァァアアァン!!


『要塞砲3沈黙、炎上中敵艦に2発命中。4発夾叉残りは遠弾。』

「砲撃修正!仰角1.2度下げぇ!主砲転回船速に合わせたまま交互連撃!」

『修正射ァ――ッ!』


各戦艦が弾着情報を飛行船から受け取り、各個に射撃を開始する。

旭日とともに旅順に降り注ぐ閃光は、16条。


ヒュルルルルル―――

ドォン、ドガガガァッ!ドカァ――ン!!


先の爆撃とは比較にならない速度で、APCBC三七式徹甲弾は旅順を貫徹する。


「後続の駆逐艦2隻から通信途絶!」

「装巡バヤーン、爆発炎上!!」

「馬鹿なァッ!!?」


報告を受けて絶叫するマカロフ中将。


「なぜ!なぜ艦砲射撃を受けている!??要塞砲は何をしている!」

「よ、要塞砲陣地からは敵艦隊を補足できておりません!不明です!!」

「ならなんだ、本日の天候が晴れ時々徹甲弾だとでも言うつもりか!?」


虚空から唐突に砲弾が降り注ぐなどありえない。


「砲弾が203高地を超えて湾内に降り注いでいます!!」

「戯言も大概にしろッ!外洋からは一切湾内を補足できないようになっている!敵は我が艦隊を見すらできないのに、弾を当ててきているとでも!?!」

「それも一切、不明です!」


焦燥しきった艦内は、半ば狂乱状態となる。


「クソ!止まっていてもいい的だ、とりあえず生き残っている船をかき集めて出撃させろ!速やかに湾内から脱出する!」


ツェサレーヴィチ、セヴァストーポリの戦艦2隻を中核とした生存艦隊は、その陣形を荒ぶらせながら、我先にと旅順口の外を目指す。


ォォォォおぉオオオオ―――!


「な、なん―――」


そう言い終わる前に、前方の要塞砲が炸裂する。


「な…何が起こったぁ!??」


外洋からは見えるはずもなく、旅順要塞の中枢であり、最も防備の硬いはずの要塞総司令部塔が、爆裂した。


「ば…ばか、な…!何故…なぜ要塞構造が把握されている!??」


未だ上空3000に留まる偵察飛行船を知る由もない彼は、絶叫する。


「し、司令部から…応答ありません!」

「司令塔第一要塞砲指揮所からも通信途絶です!」

「嘘だっ、大ロシアが誇る最強の要塞だぞ…!そんな簡単に――」


マカロフは言葉を断った。


「あ…あぁ――…!!」


黒煙と砂埃が晴れ、その先に無残にも根本から崩れ落ちた要塞司令塔の残骸が。


「よ、要塞構造を特定しているのか…!?」

「それに加えて…外洋から一方的に攻撃してきやがる!!」

「…な、なんだそりゃぁ――!!?」


水兵の間を恐慌が走る。


「ゆ、許せん――どこの列強だ…、大ロシアをコケにしやがってェェっ!!」


マカロフはそう咆哮した。

瞬間、艦隊は湾内を脱し、旅順口に達する。大きく外洋が開けた。そして、すぐそこに鎮座する敵艦隊を捉えて―――果たして、彼らは呆然とした。

先程の騒乱がウソのように静まり返ったのだ。


「ぁ……あ、あれは――。」


対峙する戦艦4隻。そのマストに翻る旗は――

旭光、十六条。

マカロフは、今まで掴んで離さなかった煙管を、床に落とした。


「…皇國Imperial海軍navyッ――!!?」


しばし艦内を走る衝撃の後、彼はギリリと奥歯を鳴らして、思い切り足元に落ちたその煙管を踏み抜いた。バキィ、と音が鳴り、静まり返る戦艦司令塔。


「…――ふざけるな。対峙していた艦隊が英国海軍だったのならまだわかる。が、相手は列強でもなく、ましてやもはや文明国ですらない……!!」


作った拳を、台に叩きつけて彼は叫ぶ。


「たかが未開の蛮族にッ、白人様がここまで惨めにやられたのか!!?」


敵側から発砲炎。こちらに向かうと思われた弾道は、大きく想定を外れ、彼らの艦隊の背後に陣取る要塞砲を、一気に爆砕した。


「………ッ!!」


徹甲弾の直撃を受けて呆気なく崩落する、無敵だったはずの第一防御線。

振り返ってその様を捉えた彼に、控えめに報告が飛ぶ。


「だ、…第一、防御線要塞砲陣地…、通信途絶…。」

「砲撃指揮所ともに…交信途絶えました……。」

「……対外洋砲撃…、不能っ……!」


マカロフは遂にブチ切れた。


「巫山戯るなッ猿どもがぁ!!もはや我々戦艦艦隊に向ける砲弾も必要ないだとぉ!?その舐めくさった魂胆、叩き潰してやるッッ!!!」


怒鳴り散らしながら彼は配下に命じる。


「全艦単縦陣!調子に乗った蛮族どもを全て海の底へ沈めろ!」


息荒く額には青筋を浮かべて、戦闘指揮を始めた彼の配下の艦隊は迅速に旅順口を突破しにかかり、艦隊決戦に挑む。


「許さねぇ、許さねぇぞ…未開地域のくせに出しゃばりやがってぇぇええ!!」


敵の砲撃が止み、静寂が訪れる。

彼はその隙を突いて、砲撃態勢に入ろうとした。


「全艦弾薬庫開放、砲弾装填!整い次第潰せッ!」


その瞬間だった。

旅順脱出艦隊は未明に潜水戦隊が敷設していた封鎖機雷網と、見事に直交した。


ドゴォォぉオオおぉ――ォオン!!


「っはぁっっ!!?」


烈震が艦内を駆け抜け、マカロフはバランスを崩して倒れ込む。

艦内照明は全て落ち、緊急サイレンが鳴り響く。


「な、なにが起こった…!?」


キリキリキリキリ――と不穏な音が艦内に響く。


「こ、後部主砲塔、通信途絶!」

「機関室応答ありません!」

「だ、弾薬庫周辺の電気系統全てブラックアウト!」

「最下階層第4区画、浸水確認!」

「第6〜9区画も全滅です!!」


手を震わせながら自分の杖をどうにか掴み、よろよろと起き上がりながら彼は言う。


「まさか――」

「触雷、弾薬庫誘爆の可能性が……!」

「いつ機雷敷設を…許したんだぁ、っ…!?」


瞬間、後方から爆発音が響く。


「第4駆逐戦隊がっ!?」


その叫び声につられて、大急ぎでデッキに出てから彼が振り向いた先には、容赦なく空から降り注ぐ爆弾。


「あ…あの爆弾降らしの化物も…日本人がぁ!!?」


日の丸を付けた飛行船を仰ぎ、絶叫する部下を横目に彼は命じる。


「ひ、被害報告だ!艦隊どうなっている!」

「後続の戦艦セヴァストーポリは―――」


言い終わらせないうちに、轟音が裂く。

見れば、セヴァストーポリが見事に触雷、爆発炎上していた。


「セ…セヴァストーポリがぁっ……!」

「嘘だろ…我が国が誇る最強最大の戦艦が……!」


弾種を切り替え補給し、焼夷炸裂弾を満載した台南空はパラパラと艦隊上空から無差別にそれをバラ撒く。


「おい!脱出しようとする艦を止めろ!触雷するぞ!すぐに停止命令を!!」


だが、もはや指揮統制などここにはなかった。航行不能になったこの旗艦ツェサレーヴィチを除いて、各々の艦が我先に湾外へと逃げまとう。


「早まるな!陣形を組み直せッ!直ちに実行せよ!繰り返す旗艦司令に従え!」


そのうちに補足されて爆撃を受けた艦は沈黙しだし、そうでなければ脱出しようとして触雷し、粉砕、圧壊して海の底へ引きずり込まれていった。


眼前に鎮座する敵艦隊は、それを傍目にしながら、艦砲射撃で徹甲弾をはるか後方の旅順湾内へ降り注がせ続ける。もはや、戦艦部隊には目さえくれなかった。


「旅順東部管区司令塔、沈黙…!」

「第二防御陣の要塞砲群、半壊…っ。」

「旅順湾内に停泊する艦隊、全滅……!」

「湾内要塞砲陣地、通信途絶――。」

「修理施設、交信途絶。駐留陸軍からも電報停止…!」


絶え間ない轟音と、絶叫。粉砕と圧壊の狂奏にマカロフは愕然と膝を落とす。

旅順湾内は、もう数えられないほどの黒煙が立ち上がりたなびく。時折、巨大な轟音が響き、また何かが崩壊する音が混ざる。


「何故……どうして、どうしてこんなことに――…。」


司令部旗を掲げていたからか、航行不能となり傾斜を増すこの旗艦ツェサレーヴィチに攻撃は来ることなく、ただ無造作に周囲の艦が沈んでいく。


「なぜ――…たかが蛮族だと、思っていたのに――!」


声を震わせて、無機質に砲撃を繰り返しながら接近する敵艦隊を見る。


「どこで、間違えた――………。」


列強の強大な艦隊であるはずだった。

ただの蛮族征伐だと思っていた。

未開の猿どもを文明化することだけが、使命だと思っていた。

交戦と呼べるものすらしないはずだった。


「か、艦隊司令部からの通信も途絶…」

「旅順要塞内の通信施設すべて、破壊されたと思われます…!」

「旅順艦隊の全ての艦からの通信もありません…!」

「後続艦艇もっ…交信、不能ッ!」


それが、今。大きく崩れ果て―――


「―――!!!」


迫りくる敵艦隊に随伴する、駆逐艦隊がようやくこちらに砲口を向けた。

戦列を離脱し、4隻の敵駆逐艦が急速にツェサレーヴィチに接近する。


「げ、迎撃を!主砲展開!」

「駄目です!傾斜で撃てません!」

「副砲は!?」

「射撃不能、ですっ…」

「くぅ、…っ……!」


段々と増す傾斜に、ついに艦内が悲鳴を上げる。

ガタガタと司令室内の固定されていない置物が左舷に寄っていく。

彼は、迫りくる敵艦を睨みつけながら唸る。


「まともな抵抗すら出来ない…のか。」


周囲の艦は大半が海面から失せ、残るものも座礁するか触雷して撃沈状態。そこには、太平洋艦隊と呼べるものは残っていなかった。


「は、速すぎるっ……!」


第四艦隊第一水雷戦隊として新造された特型水雷艇を見て、彼は驚愕する。


『旗艦は包囲されている、繰り返す。旗艦は包囲下にある』


今度は空からロシア語でそう呼びかけがかかる。


「空中……。…?、ッ!そうか!連中は湾内を空から偵察していたのかっ!!」


顔を大きく歪ませて彼は奥歯を鳴らす。


『旅順艦隊旗艦に告ぐ。白旗を掲げて降伏せよ。これは降伏勧告である』


周囲を見渡しても、もはや海面に浮かぶのは残骸ばかり。


「どうして極東の未開国が、ここまで……!」


無残にも、時は過ぎていく。


『武装解除の上、降伏せよ。抵抗する場合、撃沈する。』


「たかが、駆逐艇に――祖国が誇る最新鋭戦艦が、撃沈予告をっ……。くっ、ダメだ。抵抗手段がない…――白旗を掲げよ。」

「で、ですが…!」


後方の湾内で、爆裂音が大きく響いた。

水柱が上がり、やがて巨大な爆煙が立ち上る。


「これ以上戦果が望めない。…武装解除。無条件降伏だ。」

「……はっ。」


そう命じ終わってから、彼は拳を震わせた。


「一体、何者なんだあのっ――…」


屈辱に耐えかねて、ツェサレーヴィチを取り囲む敵駆逐艇、そのマストに翻る十六条の閃光をマカロフは睨めつけ、言葉を絞り出す。


旭華Rising Sun―――!!!」


明治37(1904)年2月8日 18時21分。

茜色に染まった夕刻の渤海に、白旗がはためいた。


撃沈、擱座、自沈合わせて、戦艦7、装巡1、防巡8、駆逐18を喪失し、ロシア太平洋艦隊、文字通り全滅。史実で明治38年1月まで、まるまる一年も続いた旅順艦隊との戦いは、たった10時間で終わりを告げた。




―――――――――




「第一第二主砲、斉射!」

「弾着観測ォーく、弾着、今!!」

「敵第三要塞陣地、沈黙!!」

「弾薬残り継戦3時間分!」

「弾薬補給船、進路順調!残り1時間で到着予定」

「わかった、飛行船母艦を下げろ!補給体制へ」

「了解、…爆撃作戦満了!帰投せよ!」


あれから3日間。休息をはさみながら砲撃を続ける秋山機動部隊も、もう間もなく弾薬の限界を迎える。


「第三防衛線を突破、敵要塞砲群の最終防衛線の破壊にあたります!」

「徹甲弾を惜しまず使え!地下陣地の突破破壊を終了し次第、散弾を!」

「副砲射程入ります!」

「要塞砲からの反撃なし!」

「よし、副砲交互独立管制へ移行!連撃開始!」

「弾着観測相互に!色弾使え!!」

「観測飛行船、弾着情報共有は!?」

「副砲のみ管制!」


続く暴風は、完全に旅順を沈黙させていた。


「『帝鳳丸』台南空、北部警戒管制!偵察区域内の敵勢は!?」

「脱出する小規模な敵部隊へは硝安炸裂弾による爆撃を実施しました!」

「他は!?」

「敵に増援なし、敵戦力の撤退と脱出も許していません!」


秋山はふぅと息をつく。


「敵の旅順駐屯軍は完全に旅順に閉塞させれたか…。」


安全圏の湾外から、アウトレンジで一方的に砲撃を降らせ続け、敵の要塞砲の射程に入っても、敵は一向に動かず、サーチライト一つさえ放ってこない。


「要塞砲の最終防衛線までは、完全に無力化出来たか…」


そこまで呟いて、微考。そうして彼はニィと口角を釣り上げる。


「――…威力偵察、敢行していい頃か?」


椅子を鳴らして立ち上がり、彼は佐世保へ打電を飛ばすよう命じる。


「母校へ信号!『待機中の陸軍第一焼撃隊、旅順へ先行上陸要請』!!」

「はっ!要塞方面はいかがいたします!?」

「橋頭堡を築くまでは砲撃を断行!猛火力で潰し続けろ!」

「了解!」


明治37(1904)年2月11日、旅順要塞への威力偵察、下命。

上陸作戦の魁が旅順へ迫る。

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