最終調整

「住み込みとは聞いてましたがマジか…」


妥協総本部内をうろちょろ散策してみる。


(設計が広大だ…、たしかに寝室くらいは確保できるのか…。)


自宅はどうやら妥協アウスグライヒ本部建物の内部にあるようだった。まぁそれで一晩過ごしたのだが。ちなみに裲の部屋はちょうど1階下だった。あんま元紋別の時と変わんねぇ…。


「とりあえず注文の車輌を開発しなくては」


下へ続く階段の先の、車庫へ向かう。


「さぁ、労働労働!」


久々の休日であったはずの今日も、積まれた仕事を前に労働デーに変わってしまった。カン、カン、と階段を降りていくと、コンクリートの無機質な車庫入口がある。


「はい秘密工廠到着。」


とりあえずノックしないと失礼に当たりそうなので、いかに怪しさ満載の空間であろうが、構わず鉄扉を鳴らして、それを開けた。


「…――あ」

「……これはなに藜?」


例のブツを裲が見つけてしまったようだ。


「なに?爆弾でも製造してるの?テロリズム?」

「しばくぞ?」

「じゃぁなに?人類断罪?」

「違います」


裲はまだ十分ブツを見てなかったようで、観察して驚く。


「なに、なにこれ戦車!?」

「ちがう。砲は載ってないだろ」

「つまり…履帯付き装甲車?こんな技術…履帯は絶対無理じゃない!?」

「待て、あの履帯はお前と開発したものだ」

「そんなどこで?………あ、紋別ね。」

「…忘れてたのかよ」


農業用トラクターで作ったぞ。


「え…つまりこの履帯、鉄条網突破の耐久力はある重装甲仕様ってことかしら」

「そうなる。牽引自動車の履帯みたいに量産は考慮しちゃいねぇ」

「じゃあ…きついんじゃない?戦場じゃ」

「なにも陸軍に納入するとは言ってない」

「…どういうこと?」

「車底を見てみなさい」


裲は言われたとおり車の下を覗き込む。


「……なんだこれ…。鉄輪がついてる…??」

「お退き。ちょっと動かすからついてきて」


発動機をかけて操縦し始める。


「……これは?」


コンクリート柱が立ち並ぶ広大な地下車庫内を暫く行って曲がった先に、そこにはあまりに似つかわしくないものを裲は見つけてしまったようだ。


「見たとおり線路です」

「どうするわけ?」


1067mmの皇國標準軌で線路。この松明灯る薄暗い地下倉庫内に、だ。先が暗闇に包まれどこまで続いているのかわからないその線路には、トロッコが一台載せてある。


「さて仕事だ。と入ってもかんたんで、それに乗るだけです。」

「え……?どこに連れてく気…??」

「まぁまぁ気にするな。目が覚めたらシベリアでした、はないから。」

「……変なことしたら刺すわよ。」

「まぁ見てなさい」


車輌を、履帯で線路に器用に乗り上げさせ、うんうん唸りながら数分操縦して、どうにか車輌位置を調整すると、鉄輪を下ろした。


「……はい、軌道接輪。連結するぞ。」

「なにこれ…自動車が……鉄道!?」

「その通り。鉄道も道路も不整地も走行できる。参考にしたのは史実の『九五式装甲軌道車』だ。」


発動機が大きく響き、ゆっくりと加速したかと思うとぐんぐんと速度を上げていく。


「どこ?どこ向かってるの!?」


半狂乱状態で裲は訴える。僕も身に沁みて軌陸車の利点を学ぶ。普通の自動車は、戦場になるであろう不整地じゃ時速20kmが限界だ。だが、軌道上は違う。高速運転が可能になり、現に、時速は優に70kmは出ている。

問題は、トロッコ野晒しでその時速70km下にあることだ。


「助けてよ!速い!落ちる!死ぬ!」

「気弱なこと抜かさない!そろそろ外出るから大丈夫だ」

「待って余計駄目でしょう!」


まぁ待つ間もなく外界の光が差し込むんですが。


「―――いやぁぁぁぁあ!」


出た先は複々線。線形が相当先まで続く直線であることから察するに中央本線だ。


「速い!しかも電車走ってるわ!」

「静かに!集中!」


4両編成の茶色の快速電車が高速で脇を抜けていく。しかし我ながら、なんだこの安全性皆無のアトラクションは。


「どこまで行くの!?」

「市ヶ谷」


区画整備された丘陵を進むにつれ、新規開発の郊外住宅地(なお木造長屋)の新築区画がポツポツと出始める。鉄路はやがて市街地に突き進み、新宿を越え高架線に入るといよいよ視界は瓦屋根に埋め尽くされる。


「……うーん、唯一の救いはこの時代高層建築なんてないから、多数の高層階住民から覗かれて騒ぎになることがないくらいか…」


せいぜい高くて3階建て木造。誰も高架線路上を見ることはできない。現代でやったらツイネタにされてSNSに晒し祀られて警察出動・連行・ジ・エンドだ。

そうして揺られて数分程度。鉄路は四谷を抜けた辺りで本線を外れ、専用線に入った。


「はい到着ですご苦労さま」

「なにここはヴァルハラ?」

「そうだなようこそ陸軍士官学校へ。」


伊地知とともにトロッコから裲を迎え入れる。


「陸士…?麹町区の市ヶ谷…??」

「ああ。…――順調そうだな。」

「ええ全く。しっかり動きました」


伊地知にそう言った。裲が恐る恐る尋ねてくる。


「これって……」

「正式名、『三七式装甲軌道車』。装甲全面8mm、各部6mm、後部並びに上部4mm、主武装は『奔星』装甲車の三十式車載機関銃。軌道上最速72km/h、貨車牽引時40km/h。整地速度は30km/hで不整地速度は20km/hだ。」

「陸軍の新兵器かしら…?」

「いや、。」


裲は声も出さず、文字通り唖然とした。


「え、鐡道省って文字通りの…」

「ああ。鐡道省直属『第一鐵道連隊』だな。」

「…どういうこと?」

「コンテナ輸送の採用と普及で一気に兵站上の軌道工作能力が重要になった。結果的に既存の工兵連隊じゃ能力の不足が露呈したんだ。まぁ結果、職人――鐡道省に出て頂くことになった。」


肩をすくめて続ける。


「そのためには自衛用兵器も必要だし、戦闘に参戦した場合、敵の軌道を利用するっていう戦術が使えるようになるから、戦闘手段が相当広がる。」

「……量産できないんじゃなかったの?」

「7月までに鐵道一個聯隊分、100両くらいは作れるさ。苅田工廠フォードなら。」


裲はそれでも訝しむ。


「わかったけど…なんでこれをあたしに?」

「お前が聯隊の戦務参謀に転属するからだよ」

「…はぁ?」


その問いへ、首を縦に振った。


「現在総動員布告で、男性は大半が軍需工場と兵役に招集されて、民間企業や省庁までもが女性労働力を大幅に動員している。鐵道省も例外じゃない。」

「……つまりあたしもってこと?」

「まぁそれは建前みたいなもので…、伊地知閣下」


伊地知は頷く。


「鉄道省には新規動員した女性職員は無論のこと、古参のベテラン鉄道員さえ、当然戦場経験はない。そんな彼らを前線に晒すには、実戦経験豊富な軍人並びに士官の同行は必須だ。」

「それであたし…?え、嘘でしょう?」

「流石に士官も何もなしで戦闘立案は無理があろう。しかし、かといってガチガチの陸軍軍人が出て来るのは、鐵道聯隊という特殊部隊である以上、相互の無理解と不和を起こしかねん」


歩兵畑出身の皇國将校では頭が固すぎる、と彼は続けた。


「その点――、君は紋別入植地の一件から、インフラの構築には理解と経験もあるし、なにより…実に秀でた、柔軟な思考が出来る」

「経験なんて元紋別の一件だけよ!

 …それに、こういうのは藜の専門でしょ??」

「いいや初冠少佐は戦闘団のほうをやらせなきゃならん。それに、鉄道方面の指揮は鉄道員がやるから大丈夫だ。君には、戦務参謀として、接敵もしくは敵迫時に戦闘計画を立案することが求められる」

「あ、主業の補給線構築とかはやらなくていいわけね。」

「なにせ戦闘経験が豊富すぎる。北域戦役、山陽道戦争、北京制圧…いくら数えればいい?」


しかも、戦場に出られるということは――、

伊地知はそう続ける。


「――…二重帝国をバラバラにしておくほど、不利益なことはない。」


裲が目を瞑り空を仰ぐ。


「…なるほどね」

「かははっ!そうだ、それが一番の理由だ。」

「待ってください、それは僕も初耳……ご期待に沿えるとは限りませんよ?」

「まさか。貴様らに私だ。どうだ――…先の動乱で、極北を翔び、吉井川を下し、沙里院を制したの、思い出すだろう? このメンツで再び、戦場に立つ。」

「…先の動乱の、精算に行くおつもりですか……。」

「それもあるな。あの無念を二度と起こさぬよう――…そうだな、今なら元帥相手に怒鳴りこんででもやってやれるさ。あの岡山のときの貴官のように。」

「……ほぼ黒歴史に近いですからやめてくださいよそれ。」

「…藜、あの時あんたなにやらかしてたのよ?」

「准尉の分際で当時の総司令の大山巌中将に『二度と軍人を名乗るな!』とな」

「少将!やめて!」

「ちょっと詳しく教えてくれないかしら」

「もう本当寿命縮ませやがった。…あのときはなぁ――」


暫くそうして談笑し合う。

そののち、一息ついて裲が言った。


「……わかったわ、省属第一聯隊、連隊長少佐の任、謹んで承らせて頂くわね」

「よろしく頼むぞ、帝冠諸邦ツィスライタニエン。」

「任せて、王冠諸邦トランスライタニエン。」


今、ここに招集された二重帝国。もう片方の盟邦と手を取って――

伊地知が、その上に手を重ねる。


「かかっ。やるか…――北鎮魂、ここにありぃっ!」

「「おぉーっ!!!」」


三つの拳が、空高く突き上がった。




・・・・・・

・・・・

・・




「とりあえず向こうで思いついたの書き出してみますよ」

「…こんどはどんなもん考えてきたってんだ」


伊地知が見る中、適当に絵を書いていく。


「こんな感じですかね」

「…徹甲弾か?」

「…よくわかりましたね?」

「これでも海軍は研究しているタチだ」


伊地知は煙草を出して、火をつける。


「で、徹甲弾の新しいものでも作るのか?」

「ええ。バルチック艦隊の装甲はそう簡単には抜けませんから」

「まぁ…だろうな。なんたって相手はあの『世界最強の』艦隊だからな」

「彼らはもちろん、それに恥じない装甲を持ってますよ。ですが――それは、水上においてのみの話です」

「……どういうことだ?」

「水中弾効果ってご存知ですか?」


伊地知が煙をはきながら首を横に振る。


「目標の手前に落下した砲弾が、水中である程度の距離を水平に直進し、艦船の水中防御部に命中することですね。」

「どういうことだ。水の抵抗で弱りきって当たりすらしないんじゃないのか?」

「いえ――これが意外に強力なんですよ。」


史実、第一次大戦後に海軍は軍縮破棄されることになった戦艦2隻を標的とした水中弾効果を用いた射撃訓練を行った。戦艦『土佐』に対する射撃試験では後部機関室内で3,000トンの浸水を発生させ、『安芸』に至っては、初弾発砲から17分の一瞬で沈没した。こうして水中弾が予期しないほど大きな効果を持つことが判明する。


「ええ。通常の尖頭弾は水中では非常に大きな水の抵抗を受け、不規則な挙動を起こして失速し海底に沈んでしまいますよ。ですが――…最適形状であれば、水中を安定して進み浮上気味に200口径まで直進します。」

「つまり、20cm砲なら40m、40cmなら80mってことか?」

「そうなりますね」

「その最適形状は現在の技術力で十分実現可能なのか?」

「はい。徹甲弾の形状には――」

「ぎゃーっ!助けてくれぇ!」


なんか、聞こえた。多分声質的に秋山だ。

伊地知に断りを入れて、一人で急いで上の階に駆け上がる。


「なにしてるんですか秋山大佐。いきなり大声出して」

「ぐわーぁっ!あぁーっ!」


勢いで彼の部屋のドアをぶちあけると、洗面台の前で絶叫しながら顔面を洗面器に突っ込んでいる彼の姿があった。


「目がっ!目がァァ――!」

「ここは空中要塞でもなんでもないですよ落ち着いてください!」

「……いや、やべぇんだよ」


息を荒くして秋山が続ける。


「朝起きてさ、」

「今起きたんですかもう10時ですよ」

「顔、洗うだろ?」

「ええ」

「眠いから半分目閉じながら洗顔剤を手探ったんだよ」

「はい」

「それっぽいものを、手にとってさ、顔面に一気に塗りたくるじゃん?」

「はぁ」

「……歯磨き粉だったんぁよぉぉぁあァああァァ――!!!!」

「あ ほ く さ」


瞬時に帰宅を決める。


「どうだったんだ?」

「顔に歯磨き粉塗って自滅してただけでした。」

「……そうか」


伊地知でさえコメントに苦しむのだ。ろくなことじゃない。


「とりあえず続きを――」

「現在の技術力で実現可能な徹甲弾形状は4種類ある」

「どうしたんですか顔面歯磨き粉大佐」

「まずはその呼び方をやめろ」

「ふたりとも座れ静かにしろ」


渋々と席に着く。


「いいか、水中弾効果を突き詰めた九一式徹甲弾ってのを帝国海軍が開発してる。昭和6年のことだ」


憮然と語る秋山に伊地知が問う。


「大佐、形状はどうなっているんだ?」

「仮帽付被帽付徹甲弾、つまりAPCBCですね少将。」

「…その4種類あるうち、それはどのポジションなんです?」

「最高ランク」


秋山が語るには、ただの徹甲弾は運動エネルギーで装甲貫徹するもので、それを強化した被帽付徹甲弾(APC)は、先端に軟鋼の被帽を付けて着弾時の跳弾を防ぐものらしい。

また別の強化方法として、仮帽付徹甲弾(APBC)があり、先端に空気抵抗軽減用の鋭利な仮帽をつけたもので、それら2つを組み合わせたのが仮帽付被帽付徹甲弾(APCBC)で、先端に被帽と仮帽をつけたものだ。


「九一式徹甲弾はこのAPCBCにあたる徹甲弾の最終段階だな。…まぁ、実を言うともう数段階かあるんだが、技術的にこれ以降は無理だぞ。装弾筒付翼安定徹甲弾つまりAPFSDSとか作りたいか?」

「いや、日露戦争にロケットランチャーとかさすがに……」

「いや形はロケットみたいだけど普通に砲弾だからな。」

「まぁまずできないことは確実なんで、今回はAPCBC…、その九一式徹甲弾を目標に設計してみました。」


そう言いながら机上に図面を広げた。

砲弾が水面に命中した際には、風帽と被帽頭が飛散して、水中を直進した砲弾が敵艦の水線下に命中するという構想だ。


「まて、最初からの問題が解決されてない。水中での抵抗はそれでもきついぞ?」

「スーパーキャビテーションを採用します。例の超高速魚雷で帝国を無双させるやつに出てきた推進原理ですね」

「は?おそロシアのロケット魚雷でも開発するってか??」


秋山が身を乗り出す。なんでそこまで知ってるんだ君。


「いや、ただ単に徹甲弾ですよ。高速の砲弾が海中を進む際に、平らにした弾頭部周辺から気泡が発生しますから、それに弾体を包み込ませて水抵抗を著しく下げて、弾道を安定させるんです。」

「あー、空気発生装置とかいう生産性の悪み極まりないものを作るのかと思ったわ」

「悪みってなんすか…」

「信管はどうするんだ?陸軍のそれとはもちろん違うはずだろう」

「水中弾効果を最大限に活用するため調停秒時の長い大遅動信管の装備が必要でしょうね。0.4秒位を目標にします。」


伊地知がへぇと頷いて煙管をふかす。煙は、窓を抜けて西荻窪の草原に消えていく。彼はその様子を眺めながら、また一つ疑問を口にする。


「水中弾効果はどれくらいの国家が把握している?」

「……史実じゃどうなった?」

「合衆国海軍も1935年頃には実験で水中弾効果を確認しており、サウスダコタ級やアイオワ級は日本戦艦同様に水中弾防御を施してますね。 ですが、英独仏伊の新型戦艦は水中弾に対する防御を持たなかった。つまり――」

「大戦後まで…、日米しか知りえなかった、そういうことか。」

「そうなりますね」

「……なら、今それを世界に誇示して大丈夫なのか?」


僕は資料を丸めながら答えた。


「とりあえず、水中弾効果は戦艦あってこそです。第一次大戦に皇國が本格的参戦をしなければ、これが皇國海軍における。」

「なら、ここで水中弾効果が知られても大丈夫だと?」

「ダメージは少ないです。…このまま枢密院が描いたとおりの歴史で進むなら。」

「……やはり、その条件がつくか。」

「ええ。枢密の下部組織として妥協アウスグライヒが在り続ける以上、枢密院の意向に沿って開発をしなくちゃなりませんね。一種の鎖ですよ。」


秋山はそれを効いて空を仰ぐ。


「まったく不本意だ――…その鎖、いつになったら断ち切れるのやら。」

「いまは忍びましょう。枢密打倒の機会に備えて、力を蓄える時です。」




・・・・・・

・・・・

・・




二人の士官がそれぞれ次の仕事場へ出て、部屋には伊地知だけが残った。


「歴史改変…か。」


本来彼から飛び出るはずもない単語を、彼は口に出す。


「……はぁ、あれだけ『1931年』だか『昭和』だか『帝国』だか…臆せず眼前で語りおって…。もうとっくに、枢密とそれに関わる人間はことくらい、バレてるぞ……。」


彼は白煙をはいた。


妥協アウスグライヒの連中は……私を除いて、全員が枢密院と密接に関わったことがある出だからな。その機密である未来情報を知っているんだろう。」


その言葉を継ぐ。


「本来なら、ただ一人その機密を知りえない私は抜きで集まって話すべきことを、私交えて平気で語りおって。」


そして、彼は笑う。


「…――いや全く、いい仲間を持ったものだ。私がその機密を知らないことすら忘れて無意識に話すほど、彼らは私を仲間として考えてくれている…。」


椅子をまわし、空を仰ぐ。


「私に隠し事をしていることさえあいつらは忘れてるなぁ。だが、いつかははっきりと、伝えてくれる日がくればとも思ってしまう。…まぁ、とにかく。」


煙管を加え、吸って、離す。


「私も、その信頼を裏切らぬよう…――」




・・・・・・

・・・・

・・




「「久しぶりだ……」」


枢密院本館を前にした感想。

秋山と被った。


「大佐は何年ぶりで?」

「豊島沖の後すぐに追放だから…、かれこれ7年ぶりか」

「なら僕のほうが先輩ですね。明治21年から15年ぶりです」

「追放で先輩気取りとかここは強制収容所か」

「いや全くですよプロ意識あるくらいです」

「くそ…お前のほうが2倍プロフェッショナルってことか」


くだらない会話もほどほどに、2人の佐官は、文字通りの皇國の中枢である、枢密院の本館建物へ足をすすめる。階段を登りきり、扉の前に立った。


「実を言うとここで7年前、士官の証で、家宝だった軍刀を眼前で折られてな。」


軍刀。士官は、配給の軍刀を使わなくても良いという規定がある。結果、陸海軍問わず士官は、代々受け継がれてきた家宝など、自分だけの軍刀を帯刀することが多い。つまり、それの剥奪――あまつさえ破壊など、士官の魂を踏み躙る最大の屈辱だ。

秋山は、陵辱に等しいそれを受けたというわけか。


「僕も――…部屋ごと没収されましたよ。なんとか持ち出せたものもありますが、基本的にはだいたい…皆、ここに残ってます。」


明治36年12月中旬。開戦まで100日を切ったタイミングでの出頭命令。

久々に、僕らは枢密院へ足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る