コンテナ

「そういうわけで紋別村から人雇うのね」

「機械化完了地域は人手が一気に余る。失業なんて冗談じゃないからな」

「やるのはいいけど工場法に違反しないわよね?不法賃金とか…」

「は?あんな良心的な人々から給料まで毟り取れってか??」

「どうなのよ」

「月給式で、皇國月収平均の2割増しだぞ」


アンモニア及び硝安は、圧倒的な需要が見込まれる。それぐらいの賃金でないと見合わないだろう。まぁ紋別から人を雇わなければいけないくらい、10t工場が巨大で人的資源を必要だという話でもあるが。


「……今年の農業聯合の始動で、北海道全域で多分、農業従事者は一気に過剰になるわ…。彼らの失業対策はどうなるの?」


裲はそう聞いてきた。そう、前々からわかっていた問題である。咳払いしてその疑問に答える。


「――だからこそ、この時期の農業改革なんじゃないか。」

「…どういうこと?」

「来年、国家総動員体制が始まるのに合わせたんだよ。」


北海道産の機械化米の価格は本土産のとは比較にならないほど安い。おそらく、競争に余裕で勝つ。それを見た本州の地主たちは翌年からどうするか。――小作農を突き放して、機械化を開始する。つまり、単純計算で1904年には本州で爆発的な余剰労働力が生まれる。


「戦時は、労働力の多さに圧倒火力ドクトリンの強力さが比例する。」

「…ん、それはわかってるわよ」


そうして裲は頷いた。


「職業斡旋所で、小作農を一気に工廠と炭鉱に転職させるってことだ。」

「へぇ?だから、敢えて開戦2年前っていうタイミングで緑の革命ってわけ?」

「たぶんな」


去年から、列島全土の建設業は休み無しだ。陸海軍から新規工廠建造や炭鉱拡張の大量の発注を受けている。供給可能労働力の限界を大きく超える狂ったような建造ラッシュに、不審がって民間が「必要な労働力が大量に不足している」「陸海軍はハリボテを作りたいのか」と批判するほどにだ。


「完成直後、機械化完了農村から一気に労働力が流れ込む。ここまで円滑な労働力移動はないんじゃないか?」

「これ以上ない労働力再分配になるのかしらね。……戦後、産業が一気に躍進する気がするわよ」

「多分それを見据えてるんだと思う。日露戦役を通じて、農村流出労働力が炭鉱や量産工場に定着すれば、戦後、各種産業は戦時体制レベルの生産力を保ったまま民間経済に移行できる。」


その時、緑の革命の成果がくっきりと現れるのだ。

本当によく出来た計画だと思う。


明治35(1902)年11月、日産1tで試験稼働した渚滑硝安工場で、積込口から直下の貨車へと流れ落ちる硝安を眺めつつ、そう思った。


なお直下の貨車も試験敷設された鉄道上で待機している単体貨車であり、無論機関車はついていない。鉄道開通までこの試験列車で、問題なく硝安の積み込みが行えるか確認していくわけである。


「鉄道開通は確か…」

「来年のこの時期よ。…にしても随分早いわね」

「一応名寄本線も建設予定線ではあったからな。敷設優先度が最優先にされたってだけで、測量自体は1900年までには終わってたみたい」

「ふぅん」


国内外での鉄道敷設は現在、日露戦争前においてピークに来ていると言っても過言ではない。

昨年には皇國国内の製鉄所の全てが操業を開始、8個製鉄所体制が正常に稼働したところだ。室蘭や小樽からは連日、鉄道敷設用のレールが生み出されている。


「そういうわけで、鉄道建設のスピードは史実より10年くらい早くなってる。1910年には史実40年並みの鉄道網を敷設できるかもな」


なんたって鉄鋼生産力が史実の8倍なのだ。

急速に拡充されていく国内の輸送網は、プロイセンのような円滑な戦時体制への移行を実現する。


「ね、裲花ちゃん」


後ろからそんな声がしたので、ふと振り向くと、楓が立っていた。


「あ、楓ちゃん。ひさしぶりね」

「ん。」


てててて、と楓は裲へと駆け寄っていく。

何やら談笑。


(なんだあいつら…ずいぶん仲良くなったな)


ちょうど去年あたりは楓なんて裲のことを「この女」呼ばわりしてたのに。

遠巻きにボーッと聞き耳を立てているような立てていないようなとやってると、そこに聞き捨てならない言葉が入ってくる。


「…――で、興部おこっぺまで、鉄道が」

「ふぅん、先行開業ねぇ…。早いほう、なのかしら」


「おいおい待てちょっと聞かせてもらおうか」


でんちゃおたくくん、参上!




・・・・・・

・・・・

・・




というわけで、この街から北に50km弱。

興部おこっぺ村という漁村まで、名寄から延々と鉄道が延びてきた。来年にはここから紋別までの線路が完成するが、それまではここが紋別の最寄り駅。

1902年の間のみだが、紋別発着の貨物はここで荷降ろしをやることとなるらしい。


というわけでこの暫定終着駅の興部で、旭川から宗谷本線で名寄駅、そこからの名寄本線でやって来た貨物を、トラクターを動員して積み降ろしているわけだが。


「あと貨車8両分よ!」

「うっおきっつなんだこれブラックそのものか…」


牽引自動車の操縦桿を倒し回してもう2時間になる。


「あと30分で旅客列車が追いついちまう!列車交換しなくちゃいけねぇ…、すまんが、20分以内に積み下ろし完了を頼む!」

「了解っ!」


鉄道員に急かされて死闘。息継ぎの暇さえなく、開かれた貨車の扉から荷物を掻き出しては牽引輸送車接続の大型荷台に詰めていく。


「そっち吊って!」

「わかっ、うわ重い…」

「音ぇ上げないの!あたしだってもう限界なのよ!」

「ぐっぉおおお!」


ダイヤを崩す訳にはいかない。雄叫びを上げて持ち上げる。


「もう肩バッキバキだ…みしみしいってやがる」

「ふぅふぅ…はぁっ……次!間に合わないわよ!」


基本的に猛烈な重労働なのだ。送られてくる物資が花だったり手紙だったり別荘に届く系の可愛らしいものであれば本当に楽なのだろうが、あいにく我らは元紋別入植地。届くのは建築材料の鉄板だったり、石炭だったり、硝酸だったり。


「とにかく重いものばっか……!」

「わかりきったことじゃない!工場がフル稼働してんのよ!」


そう。我らが工場産の硝安は、その効果から爆発的に道内に広がった。結果買い注文がうず高く積もり上がり、試験稼働中の渚滑工場までフル稼働させても需要が満たせない域に入りつつある。日産10t工場よ早く完成しろ。


「っかぁ!荷物降ろし完了…!」

「残り10分!さぁ積むわよ!」


裲が指す先には、大量の巨大な袋。中身は全て硝安である。


「クソ野郎ァァァああアアあああゝあ!!!」

「ハァっッ!」


僕に飛ばしたのか、はたまた自分かわからないが、喝を入れて裲はアクセルを踏み抜いた。確かペダルは一応300kgまで耐久できるようにはしたが、裲が踏むと怖い。大丈夫だよな??


「ふざけたこと考えてんじゃないでしょうね…!?」

「はいっ!仕事します!」


エスパーじゃないか。


「なんでこんなところに暫定終着駅なんか建てやがったんだ…!木造10メートルホームの仮乗降場が暫定の貨物取扱所とか、馬鹿げてるだろうが!」

「全くよ!なんでここなの!今年中に紋別まで伸ばしてちょうだいよ…!」

「多分橋脚の建設費の問題だ。名寄から興部までは峠越えする代わりに川をほぼ跨がないが、興部から紋別はオホーツク海沿岸を走る以上何本も鉄橋を渡る。あの悪役令嬢は守銭奴だからな。公務員だろうが華族だろうが費用節約には容赦はしない」

「急に冷静に早口になるのやめてくれる?気色悪いわ」

「黙って手を動かしましょう。働けば自由になります」

「最後の文句、アウシュヴィッツの門に記された標語と同じよ」


そうこうしてるうち軽口も叩けなくなり、どうにか時間ギリギリで積載作業は完了だ。こちらにむけて「すまないね、おつかれさん!」と敬礼してくれた鉄道員を載せて汽車は北に向かう。名寄を経て旭川や札幌方面に硝安を輸出しに行くのだ。


「いや、一応儲けは出てるからいいんだけど…」

「バカ言わないで。この紙幣どうするつもり??拾圓札とか高額なのはわかったけど、こんなもの使える店がないわ。」

「あっ!たしかに!」


現在、近くには店という店がない。どうするかというと、何も買わない。大体持久できるからだ。嗜好品に触れる暇などないし、どうしても必要であれば札幌や旭川といった中核都市に出るしかない。


「けど紋別は今、絶賛発展途上だ。嗜好品なんて来年には売り出されるかもな」

「ふーん」


ふと、懐中時計に目を遣って裲が言った。


「――まって。また貨物列車が来るわ。」

「なんで?さっき来たよね???」

「稚内方面の硝安出荷積載作業の時間よ」

「くそ本当に休みないんだな国畜はぁっ!」


悲鳴を上げて取り組む。

唯一の救いは、全農業機械の開発が終わっており、当分機械開発に時間を割かれる予定がない点だろうか。それを考慮してでも、貨物積み下ろしを2名だけで、は流石にブラックである。


「…そうだっ!コンテナつくろう!」


画期的なアイデアを思いついた。


「コンテナって、なに?」


裲が首をかしげる。


「こんなクソ作業を大幅に短縮するやべぇ手段だよ。普及すりゃまちがいなく国民栄誉賞モノだ」

「欲しいの?」

「そもそも国民栄誉賞がない」

「じゃあなんなのよ」

「基本的に資金さえありゃいい」

「思考が殿下そのものよ…」


カネはあればあるほど選択肢が幅広くなる。


「今までは貨車に扉がついてて、そこから貨車内に立ち入って、人力で荷降ろしやってただろ?」

「ええ、そうね。」

「貨車を、統一規格の大型の箱に置き換えることで、機械化を可能にする」

「…でもそれって、規格とかあるんじゃない?」

「勿論あるよ。統一規格で大量製造するしかないよ」


息を継いで続ける。


「世界とは言わなくても、これが官民問わず皇國全土に普及すれば貨物輸送体制の効率は従来の比じゃなくなる。なんたって起重機クレーンか専用の積載機で、ありとあらゆる貨物校や貨物駅の人夫が必要なくなる」

「兵站が相当円滑になりそうね。…例えば、硝安をアンホにして戦場に飛ばすんだったら、ここでそのコンテナ?に硝安を詰めて、積載機で載せて下関港まで、下関港で起重機で船に詰めて旅順や釜山に輸送できる、のかしら?」

「いや、硝安だけだったら粉末だし石炭や農産物よろしくホッパー車か無蓋車に上からサラサラ注ぎ込んで線路にかっ飛ばしたほうが効率的だよ。そうじゃなくて…精密機械や兵器、建設資材といったモノを素早く運送する手段になる。」


裲は片眉をひそめて、難しそうな顔をする。


「でも。それを個人でやるの?」

「あー、令嬢殿下に連絡して鐵道省に取り次いでもらおう。鐵道省としてもこの話は大きな技術躍進とさらなる黒字化に貢献するはずだから」

「不透明ね…」

「まさか。これはオタクのロマンだから令嬢殿下脅してでもやる」

「あんたたまにクズよね」


罵倒を尻目に設計にかかる。


「規格…そうだな、全長は3,800mm、全幅は2,450mm、全高2,500mmにでもしとこ。皇國標準軌の1067mm狭軌に合わせるから、全幅は平成のと変えようがないし」

「他の…全長や全高はどうして?それも平成のコンテナの規格なの?」

「いや」

「じゃぁなんなわけよ」

「広軌対応、だよ」

「どういうこと?」


顎に人差し指を置いて考える裲に回答する。


「コンテナの向きを変える。すると、全長が全幅に変わる。ここまではわかるね?」

「ええ」

「その全幅が、広軌に対応していたら。コンテナは狭軌広軌の併用が可能になる。」

「あぁ――そういうことね」

「そのことなんだが、国際標準軌じゃなくて、ロシア軌対応にしようと思う。」

「……どうして?」


トントンと規格図を指で叩く。


「たかが極東の辺境の標準規格に世界…、いや列強が合わせてくれることはまずない。だったら、せめて内国対応だろ。日露戦争の占領地になりうる地域の軌道規格を考えてみ?」

「南満州…ロシアの勢力圏よね。――あ、わかった」

「だろ?ロシアが運営する南満州鉄道や東清鉄道は勿論ロシアの標準軌―――国際標準期より規格が1m近く大きい1520mm軌道なんだよ」


現在ロシア帝国を張り巡らせる鉄道網の全てが1520mmで運営されている。結果的に平成に入ってもなお、中央アジア諸国やフィンランドに至るまで、広大なユーラシア大陸の大半をロシア軌道が占拠している。


「まぁ、平成でもコンテナは内国用と外貿用に使い分けられてたわけだし、結局別に国際標準軌を意識する必要はないんだけどな」

「ふぅん?」

「とりあえずはコンテナ輸送の提案と申請だ。ついでに起重機クレーンの開発……あ、別にいらないか。コンテナ天井部に四つ角から対角線に鋼索張って、そのクロスしてる交点に起重機の引掛け部を引っ掛けて持ち上げりゃいいもんな」

「じゃぁコンテナの開発だけでいいわけ?」

「いや。コンテナ積載用の貨車と、ついでにトラック」

「あー、なるほどね」

「トラックは陸軍の苅田工廠フォードから取り寄せて改造する。なんたってもう輸送車として量産体制入ってるからな」


そうして、暫定だがコンテナ開発計画は始動した。

が、間もなく紋別は氷雪に閉ざされる。


明治35年も暮れようとしているわけだ。

どうやらコンテナの件は来年に延びそうである。




・・・・・・

・・・・

・・




明治36(1903)年 春


「やべぇな…」


北海道農業聯合の正式リリースにより、日産10tがついに落成した渚滑硝安工場のお膝元・渚滑新市街へ、一気に人口が流れ込んだ。

また、狂気で名高い網走監獄の囚人労働のお陰で、3月には鐵道が興部から渚滑までの線路が暫定開業。操業を開始した渚滑貨物駅では、貨物側線と転車台、本格的なヤード継走式操車場が建設され、本格的に渚滑の工廠団地が稼働した。


「信じられないわね。去年の人口って2000人強だったのに……」

「…今や、総人口4000に迫るからなぁ。」


市街地が渚滑駅前に都市計画の通り形成され、かつての漁村は、工廠団地を中心に本格的な市街の形成を開始した。

どこまでも続いていた広大な原野には、今や硝安アンホ爆薬工廠がモクモクと黒煙を吐く。同爆薬は、炭鉱開発や新線敷設にあたって坑発破用に各地で使用がなされだし、その安価さによる需要が止まらない。


「今年から、渚滑の陸海軍火薬工廠が始動したけど……」

「生産量が従来と比較にならないな。日清戦争の動員時レベルだよ」

「凄いわね……。」


本格的に拓務省が動き出して3ヶ月になった。日清戦争の賠償金をつぎ込んで品種改良を7年続けた農務省の寒地米は、硝安の投入もあって北海道での良好な生育が証明され、開拓機運の盛り上がりに便乗する形で、重機を集中投入、ここ紋別以外でも道内の開拓が一気に進んでいる。


「北海道だけじゃないぞ。本州もやばい」

「どんなふうに?」

「東海道線がアホみたいな線形してるの知ってた?」

「…どういうこと?」


僕は久々に本土の地図を広げる。


「東京福岡の本州横断線の右翼を担う東海道本線なんだが…、明治時代は箱根を越えることができず、現状御殿場回りで走ってる。」

「それって、時間ロスってこと?」

「だってさ、あの御殿場線だぞ?あれが幹線とかやばくね??」

「あの御殿場線、って言われてもわかんないわよ」

「なるほどそりゃそうだ」


国府津から北に大きく箱根を山の中迂回して、御殿場を通り沼津だ。現状、これを延々と東京大阪連絡線が駆け抜けてるわけで、本当にしょうもないと思う。


「だけど――、アンホ爆薬の登場によって一気に形勢が変わった。」

「あ、坑口発破?」

「正解。本来なら昭和9年…、30年後に漸く完成するはずの丹那トンネルが、北伊豆地震を挟まなかったのもあって来年の開業を目指して掘削中」

「…なんか、もう何て反応すればいいのかもわかんないわね。来年ってことは、30年も早く作るってこと?」

「うん。陸軍の重機が結構使えてな。工兵の演習と練度工場を兼ねて、各師団の工兵中隊が各地の工事現場で労働してる。」

「彼ら思いもしなかったでしょうね。初実戦が満州じゃなくて国内なんて」

「平和的でいいじゃないか。基本的に死人は出ないわけだし」


アンホ爆薬による坑内発破が多用され始めたことによって、人力での坑道掘削が減ることになり、隧道掘削には多くの死者を伴うという常識が覆された。


「それだけじゃない。…関門海峡って知ってるか?」

「九州と本州の接続部分よね。………まさか!?」

「史実1942年開通の、関門海峡隧道トンネルは本年より掘削開始だ。大英帝国のシールド工法を導入して10年がかりで建造する。完成は1913年見込みだよ」

「――はぁ、よかった。日露戦争前に作り上げるとかいうのかと…」

「さすがにそれはないぞ、てか出来ねぇよ1年じゃ」

「そうよね…。でもあんたならやりかねないと…」

「あのさぁ、そもそも隧道掘削は僕関係ないし僕をなんだと思ってるわけ?」

「悪の資本家」

「ちがいます」


なんだその極めてソビエト的な宿敵像は。


「でも――…」


入線してくる長大な貨物列車を眺めながら裲はつぶやく。


「…あんたの言ってたことも、わからなくはないような気がするわ」

「なにが?」

「鉄道のかっこよさよ」

「だろだろ??漸く分かったか全く遅いんだ君は」

「はいはい、わかったから仕事するわよ」


明治36年春、渚滑貨物駅(暫定開業)。

ここにコンテナが皇國で初めて投入された。


「いくわよ、はいっ!」


裲の掛け声とともに、鋼索がグワングワン音を立てて力強く巻き取られ始めた。定滑車と動滑車が、続けてキリキリと接続された木製のアームが動き、その先に垂れ下がった引掛、つまりフックがコンテナの直上に来る。


「そのまま、そのまま下ろして!」

「ちょっと左にずれてるわよ」

「まって修正!ちょい右!」

「言わんこっちゃないわね」

「引っ掛けて!よし完了っぽい」

「何が完了よ、引っかかってないじゃない!」

「ダメだ!抜けちまった!」

「見りゃわかるわよこのポンコツ誘導員!もうあたしと交代なさい!」


ふむ。どうやら僕は相当の無能を晒してしまったようだ。懐中時計を確認すれば、既に3分過ぎてしまっていた。急がねば。


「ぐっぉ」

「はい、ちょっと右、そっから下ろして」

「はい…」

「引っかかったわ、そのまま上げて」

「了解……」


あっけなくコンテナ1個積み下ろし終了。

その調子で連続で新造のコンテナ貨車4両分を降ろした。


「これがコンテナ輸送…ってやつか?」

「さぁ…。だけど多分これ、貨物輸送における必要人員と時間が大幅に減るんじゃないか?」

「なんというか…元紋別はいつも物凄いものつくるなぁ…」


かつて2時間かかっていた積み下ろし作業は15分経たずに終了し、話す運転士と機関士を載せ、汽車は名寄を目指してゆっくり加速し始めた。


裲が誘導位置から降り、腕昇降傾斜型運搬車フォークリフトに乗り込んでコンテナを研究所の車庫に搬送する。僕も木製クレーンから降りてもう一台のフォークリフトに乗って搬送作業へ。


「ああああ…揺れるなぁぁぁこれえええ」

「わざとらしく声震わせんのやめて。舗装ないから仕方ないでしょう」

「舗装しようぜ?」

「全国の道路長どれだけあると思ってんの。緊縮財政中の皇國にそんな予算ないわ」

「でもそれじゃコンテナトラック使えないじゃん」

「だから全国に鉄道網があるんじゃない」

「たしかに。自動車輸送は鉄道の敵だった許すまじファ○キン!氏ね!」


そういうわけでコンテナのトラック輸送は断念。舗装するには莫大な費用がかかるし

広大な北海道さえ殖民軌道が張り巡らされているのだ。輸送の主力は鉄道であり、現状あまりトラックは必要ない。


「ねぇ、コンテナ輸送対応の貨物駅って――」

「おう。超小規模だけどここと、大夕張炭山とかの炭鉱地域の全貨物駅、そこで石炭詰めて、この元紋別まで一直線」

「向こうのコンテナ取扱施設ってここレベルじゃないでしょうね」

「当たり前だろ、今は試験運用期間だけど、夏には本格的に列島全土でコンテナ輸送が始動するんだ。それ見据えちゃ大切な炭鉱地域のコンテナ取扱施設がこのレベルじゃ話にならない」

「たしかにね」

「せいぜいここは硝安日産300kgくらいしか産業がねぇ。だから単線しかも本線上の貨物取扱施設で十分なんだ。…いや、だって鉄道施設敷設とか僕らじゃ無理だろ」

「まぁそうよね」


こうして、明治36年(1903年)が始まる。

もはや、紋別から往時の寒村の面影は失われつつあり。


そこには栄華を極める極北の大都があった。


――日露開戦まで、残り1年。




【1903年4月 紋別郡】

紋別村落人口 / 4659名(あと341名)

稲自給率 / 153%(過剰)

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