薄青の夏

北海道に梅雨が来るわけもなく、春から穏やかに季節が過ぎていく。

育苗箱や田植機が試作段階で間に合わなかった今年の田植えこそ、人海戦術ではあったが、堆肥に代わり硝安は順次導入していった。

そこから2ヶ月ほどが経ち、短い夏が深まる8月。


「……おお!」


一面広がる緑。僕は石狩振興局の人民なので生憎網走地方の事情はよく知らなかったが、本当に、こんなオホーツクの果てにも緑が茂るんだと感動してしまった。


「あっ!初冠さん!」


一人の村嬢に呼び止められる。どうやら名前を覚えられたらしい。

それに反応して近くを走り回っていた幼児たちが反応する。


「ほんとだー、隣町のお兄ちゃんが来てる!」

「たしかういか…ういかさん?」

「ういかん!」


惜しい。ちょっと違う。

気さくに手を上げて打ち解け合おう。まず怖がられないことが大切だ。


「やぁ諸君。気分はどうだい?ちなみにいうと僕の名前は初冠ういかっぷだ。」

「ういこーぴ?」

「ういこーぷ?」

「コープは違う、生協だ。®をつけないと違法使用で捕まっちゃうぞ」

「わかった!ういたん!」

「よびづらぁーい、うぃたんとかは?」

「かわってないよ!それだったらうーたんで」

「おいちょっと待ったそれはもっとだめだ。緑と白の犬ころに処分される!いや、茶色で四角い地球外生命体がある日突然自宅にやってくるかもしれない…。日本放送教会だけは敵に回しちゃだめだぞ、信仰料を払わないと勧誘が連日来るハメになる」

「えっ…お兄ちゃん怖い……。」


蜘蛛の子を散らすように子供たちが逃げていってしまった。なにこれ僕が悪いんですか?うーTNとかいう危険極まりない無断商標使用のほうが怖いでしょう。上級国民の労働機関に逆らってはならないのです。


「ねっリューリ!技師さん来てるよぉ!」

「っちょ、白夜びゃくや……」


代わりに、見覚えのある青年の手を引いて村嬢が駆け寄ってきた。

技師さんとは…。僕は農業技師なのだろうか、定義的にどうなんだろう。


「こんにちは!ボクは晩生内おそきない 白夜びゃくや と…、……ほら、自己紹介くらい自分でできるでしょっ!」


少女にそう促されて、青年は動く。


「…雨煙別うえんべつ 龍鯉りゅうり です。」

「どっちも旭川士官学校の6期生、技師さんの1つ後輩です!北方戦役へも従軍したから…、ボク達、技師さんとはどこかでお会いしてるかもしれませんね」


意外な言葉に息を呑む。後輩だったのか。


「北方戦役の従軍者とは…驚いたな。」

「はいっ。リュー…や、雨煙別くんと一緒に、26連隊の湧別大隊に」

「同郷たぁ嬉しい、宜しく頼む」


そうだ!、と村嬢は目を輝かせる。


「早速でごめんなさいっ、どうしてこんなに育ってるの…!?」


キラキラした表情にすこし気圧されると、村嬢――晩生内が言葉を続ける。


「育つのはいいことだけれど、こんなに大きくに繁茂するなんて…!」

「は、はい。硝安は窒素を含んでまして。」

「し、しかもっ、当たり前だったイモチ病が例年の半分ほど…!こんな肌寒い夏なのに、加賀百万石さえ凌ぐよっ、この生育は!」

「来年から育苗箱を導入すれば早芽の効果でイモチ病はほぼ絶滅すると思います」

「な…上手く行き過ぎだよ…ぉ。あとあと食えないとかないよねっ!?」

「いえ流石にそれはないかと……」

「ここのみんなは、口減らしで…追い出されてきたみたいな、死んじゃうことも覚悟で開拓に来たのに……っ、たった一年で、こんな…。」


晩生内は、改めて本州のそれと比べて遥かに広大な農地へ目を向ける。


「一昔前まではただ広いだけで…、作業は本当にやってもやっても終わらないけど、極寒の中作物は実らないって、地獄の世界だと思ってたここが……。今じゃ、列島一の穀物地帯って呼んでも笑われない、んだね……。」


半ば、呆然としながらそれを見つめる村嬢。

そうだ。この時代、北海道は命をかけた開拓の地。明治期の文明開化による人口爆発で各地で増えすぎた人口により、間引きのような形でたくさんの半ば追放者たちが築いた、血と汗の大地なのだ。


「―――いえ、今や世界の穀倉地帯ですよ。」


痛感しつつ僕は、そう呟いた。

先程から口を閉ざしていた青年――雨煙別が、呟く。


「…世界で、ここが……?」

「そうでしょう。少なくとも、命削ってここまで切り開いて来た貴方がたの努力は、それに値してなお不足だと思います。」

「でも…労力は、必ずしも結果には比例しないよ…。それを嫌というほど今まで…、ねっ?リューリ。」

「……ああ」


頷く雨煙別に、僕は笑いかける。


「今までの労働が比例するような結果が出るまで、何度でも、どこまでも切り拓く。――我々は『開拓者』ですから。」

「………っ」


本州で見られるそれより遥かに淡い、雲一つない碧空を見上げる。


「胸張って言えますよ。いまこの瞬間、ここは世界一の食料庫です。」


それに導かれるように、彼も続けて漏らす。


「そんな、日が…。」

「あっ、そだリューリ!しょ、硝安のことっ!」


はっと我に返ったように青年は視線を戻す。

村嬢は慌てて言葉を継ぐ。


「硝安、だったよね?化学肥料は使用量さえ間違えなければ、何ら有害なもんじゃないってことでいいのかなっ。」

「ええ。使い過ぎなきゃ基本的に肥料は害を生みませんでしょう。」

「ふぅっ…、よかったねリューリ……。」


胸を撫で下ろして雨煙別に寄りかかる晩生内。


「実を言うと先月、機械化…大農法?のウワサを聞きつけたのか、小向や遠軽の開拓民の人たちが駅逓馬車で見学に来てくれてっ。」

「……その時、…土産で硝安100kgを、6袋ほど……」


青年が少し後ろめたげに話す。

日産ちょうど分か。


「え、ちゃんと容量は説明したんですか?」

「…はい」

「あ、これは大丈夫だよっ。ちゃんとリューリが用量説明書渡してたもん!」

「ならまぁ…いいんじゃないです?」


青年はぺこりと頭を下げる。


「すみません、……事後確認で」

「全然大丈夫ですよ、用量さえ守れば問題ありませんから」


(600kgをそのまま使うなら平気で4ヶ月は持つんじゃないだろうか。)


でも彼によれば彼らは互いに別々の地域からやって来たんだから、山分けしたとしたら――まぁちょうどいいくらいの期間分になるだろうか。

そんなことを考えていると、背後から声がかかった。


「あのっ」

「はい?」


振り向くと、この村ではあまり見かけない若い娘がひとり。


「どちら様で?」

「突然お伺いしてすみません、湧別村の者なんですが…元紋別研究所の方ですか?」

「え、ええ。湧別と申されますと…あっ、遠路はるばるお疲れ様です。」

「いえっ、そんな。馬車で2時間くらいですし」

「えーと、ご用件伺ってよろしいでしょうか?」


まだ鉄道のないここ一帯。馬車で酷い不整地を40km近く北へ、ここに来ているのだ。そこまでしてわざわざ来る理由がある。

「えぇっと」と娘は一瞬詰まったが、意を決したように話しだした。


「先月わたしたちは噂になっていた、ここの開拓村で行われている農務省の新農業体型を見学しにきたんですが…、帰り際に硝安?っていう人工肥料を頂いて」

「あ、それは先程この村の方に聞きました。どうでした?」


土地柄によっちゃ効用にムラが生まれるかもしれない。ここ以外の地域でどうなったかというのは、今後非常に大切な指標になるだろう。


「それが…試しに一区画で試してみたんですが、」

「はい」

「……途端に、大きく生育しました…。例年に比べれば、健康さと発育じゃ異常なほどの豊穣を見せていまして…。」


巨大とはいうが、眼前の稲は平成のそれと比べるとまだ小さい。

品種改良はここから100年で大きく進んだと見るべきだろうか。明治の稲は小型で一株からはあまり稲穂が取れないのが現状だ。

しかし、化学肥料はそれを覆す。


「そりゃよかったで――」

「売っていただきたいんです…!」


深々と頭を下げられた。


「え、とりあえず頭上げてください、…それはどういう」

「あれがあれば、大きく生産能力は上昇するに違いないんです、お願いします!」

「いや、別に売ること自体は大丈夫なんです」

「……え?」


今度は相手側が困惑した。


「こんな強力な肥料、作るのには相当手間がかかるんじゃ…」

「あ、そんなでもないです。水と石炭と硝酸さえあれば、日産600kgの施設をすでに保有しているので。」

「…そう、なんですか??」


娘は首をかしげる。

この紋別村だけでは使用する肥料は大した量ではなく、ゆえに我が開拓小屋の裏庭に建設された硝安製造機も、日産600kgとは謳いながら、需要がないためフルパワー稼働することは珍しい。

結果、硝安在庫は積み上がるし、長期継続稼働実験ができていない。


「紋別以外に販売路を拓ければ、僕らにとってもたくさん恩恵はあるんですよ。」


それは普及の促進にもなるし、普及するほど需要は増える。日産600kg体制ならオホーツク沿岸一帯の田畑の肥料需要がカバーできる。


「こちらからも、よろしくお願いします。」

「あ、ありがとうございます。…なんか、思っていたよりも簡単で……。」

「まぁお疲れでしょう。とりあえず休んでから、レートとかを決めましょうか」




・・・・・・

・・・・

・・




『元紋別入植地』

|硝安製造機| |

|家|田|田|田|

→用水路====|

|倉|田|田|田|

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



小屋から用水路を挟んで向かい側の倉庫区画。

各種資材や馬小屋の倉庫があるわけだが、そこに作業庫も併設されている。


「うーん、車下はこんな配線で大丈夫か…?」


今日も今日とて機械の開発を頑張っているわけだが、いかんせん人手が足りない。

西春別や広瀬を含めた、硝安製造機の建設の時に来てくれた方々は、令嬢殿下の取り計らいで特別手当を受け、製造機の全成後に撤退。

この入植地は再び僕一人となったのだ。


「誰か応援人員いりゃぁいいのにな…」


そう嘆いて、工具を置いた瞬間。

ガチャリ、と作業庫の扉が開いた。


れい、いる?」

「あ、浦幌うらほろ。」


見知った村娘をそこに認め、声をかける。

すると、彼女はむっとしたような顔で歩いて来て、その人差し指を僕の口元へと当てた。


かえで。」

「……かえ、で。」


気圧されつつ、来訪の目的を訊く。


「硝安?」

「うん。そろそろ、不足」

「リヤカー引いてきてるよな」


こくりと頷く楓。

5月の田植え以来、1ヶ月に一度ほど、硝安を満載にしたリヤカーを馬に牽かせて紋別村へと輸送しているのだ。

もっとも近頃は、この化学肥料が湧別や遠軽といった周辺地域にも広がり、多くの馬車がこの元紋別入植地に訪れるようになったが。


「貨物輸送っぽくなってきたしそろそろ鉄道でんちゃ引きたいよなぁ…」

「?」

「いやなんでもない」


この一帯に鉄道が開通するのは史実では1920年のこと。20年速く鉄道を通すにはやはり、それなりの発展が必要だろう。


少し碧色がかった髪を垂らして、楓が試作品を覗き込む。


「これは?」

「苗を植えて、硝安を散布する。ここまで機械化ができたんだ。なら――、最終工程は決まってるだろ?」

「……収穫機?」

「正解…、といってもそれは全体の一部なんです。」

「え――?」

「だって、それだけで白米は出来ないだろ?」

「待って」


村娘は手で制する。


「収穫のあと…って、もう、機械化されてる。」

「?」

「脱穀機も、唐箕も、機械。」


言われてみればなるほど。

脱穀機はもうあるし、そのあとの選別は唐箕を使って行う。

前者の脱穀機は、技研が明治23年に史実・大正にて発明された足踏式脱穀機を実用化、日清戦後には普及率が70%を突破している。後者の唐箕に至っては江戸時代に広まったものだ。

精米とて、4連続型唐九圧縮機が普及している。


「もう、機械化は…終わってる」


収穫した後の工程はすでに機械化が完了している、と結論づける村娘に、不敵に笑ってみせる。


「機械化…、機械化ねぇ。なぁ、人間が機械の歯車をさ、直接回してたら、それはまだでしかないんじゃないか?」

「……なら、手動部分を、発動機に?」

「それだけじゃ足りないよ。徹底的につなぎ合わせて重複労働を極力打ち消す。それと採算性生産性を両立させて、初めて機械化だよ。」

「??」

「自脱型コンバイン。収穫、脱穀、選別を一つに凝縮した自動車を作る。」


新規にイチから自走機械を製造することになる。

田植機と同じだ。


まずは安定のスタンダード、『苅田自動車フォード』。

田植え機に続いて2両目の購入だが、周辺地域への硝安の売却でいくらか利益を挙げているためか資金に余裕はあった。

と、いつもの通り輸送車で送り届けられてきた鉄の枠組みを並べる。


「これにいろんな機器を組み合わせて刈取機の部分を完成させる。」


とりあえず、それらを自動車の先頭にボルトで固定した。自動車が進むのに従って、前面の稲を収穫していく感じだ。


「刈取機は…、簡単そう」

「なんで?」

「?だって、稲の根本を切断するだけ」


鎌の刃でもくっつけて回転させればいい、と楓は言う。


「残念ながらそれだけじゃないんだな」

「…?」

「刈取機は通称『バインダー』とも呼ばれる。結束機ってのを意味するんだ」

「ぁー…」


つまりは収穫、脱穀、選別を一気に行うために、脱穀時みたいに刈り取った稲を束ねなきゃいけないのだ。


「他にも機構は、引き起こし部、刈取部、結束部、走行部があって」

「引き起こし?」


ボルトで固定しながら村娘の疑問に答える。


「作物が直立した状態じゃ刈取は容易だけど、いつもそうだとは限らないだろ?」

「…たしかに、台風とか、長雨とか、よく倒れる。」

「そこで刈り取れる状態にまで引き起こす役割を持つのがそれだよ。まーでもはっきり言っちゃうと技術が足りないから、鉄板を傾斜させて物理的に稲を直接起こすしかないだろうなぁ…」


要するに、傾斜鉄板を車体前面に取り付けて、地面ギリギリまで下ろして前に進むだけだ。ブルドーザーの前についてるアレを小さくしたもの想像するといい。


「まぁそれだけでも結構起こせるとは思う」

「他は…?」

「引き起こした稲はとりあえず2方向に分けて、刈取部へ誘導する。まぁ2条刈取りにでもしておこうか。1条のは手押し用だ」


回転する刃付き歯車を接続する。これで順次稲の根本をぶった切るのだ。


「あとは…結束部。」

「そうそう。……あ、でもいらないかな」

「いらないの?」

「やっぱいらねぇわ、許せ」


今回作るのは自脱型コンバインであるわけで、小型の手押し用ではないからわざわざ結束させる必要はない。

大体の配置を決定してトンカントンカンボルト固定と鉄板加工を5日間。


「収穫機構をあらかた終えたら、次は脱穀機構かな」

「…足踏式脱穀機?」


江戸元禄期に発明された千歯扱きに代わって、脱穀機はここ10年で足踏式の機械が普及した。


「そうそう。その足踏式脱穀機をもろパクリしたいんだよ」

「改良するんじゃ、ないの?」

「足踏式は非常に優秀でな」


史実、大正期に開発され、昭和初期までには爆発的に普及したこの脱穀機は、従来の千歯扱きとはまるで必要な労力が桁違いだった。


「千歯扱きってのは文字通り千歯あるような縦格子に稲を挟んで、全身使って前後にこすり付けて籾殻を落として、千歯扱きの周囲に散乱したその籾殻をすべて拾う必要があった。な?地獄だろ?」

「たしか、に…。」


自らぶち撒けてそれを拾い直すのは重労働だ。


「だけど、足踏式は大正最大の農業革命と言っていいんじゃないかな、千歯じゃなくて、突起をつけた回転する円柱を足踏みで高速回転させるんだ。」

「知ってる。毎年、やってる。」


巨大にしたトイレットペーパーの芯に突起を付けたものを高速で回転させて、そこに穂先を当て続けるだけで、稲は高速回転する芯の突起に接触し擦り付けられ、稲から分離した籾殻は、芯が回転する方向へ飛んでいく。


「その先に袋を付けておけば、籾殻は散乱することなくそこに集まるんだ。」


千歯扱きと比べて全身で前後運動する必要もなければ、落ちた籾殻を集める必要もない。

史実では大正に発明されたそれは、その機構の簡単さから技研が明治に開発し、量産されて今や列島全土に普及している。そいつをそのまま自動車へ載せるわけだ。


「回転部分は、軸受けの小歯車と、それと接する大歯車を駆動機構にする。大きな歯車と小さな歯車を噛ませることで、回転速度が上がるわけだ。」


例えば小歯車の歯数が、大歯車のそれの半分だったら、大歯車が一回転する間に小歯車は二回転する。回転速度が倍になるわけだ。


「歯車の大きさが1/3なら…」

「速度は三倍だな。この倍数法則を使う」


大歯車とペダルをクランクで繋げ、ペダルの上下運動を回転運動に変換する足踏式脱穀機。前述の通り歯車が二つあるため、それほど必死にペダルを漕がなくても、芯は高速回転を可能にするわけだ。


「従来比で遥かに少ない力で脱穀ができるんだよ」


だから大正最大の農業革命とも言われるのだ。

しかし――、僕はクランク接続の手前で作業を中断する。


「繋げない、の…?」

「今回は完全機械化を目指す。つまり――足踏式じゃなくて、発動機で回転させるわけだ。」

「回転機構って…刈取部に使ってた。……発動機エンジン、もう一つ増やすの?」

「いや…同じエンジンでよくない?」

「??」


僕は、額の汗を拭いつつ呟く。


「歯車とクランクシャフト――汽車の車輪同士を繋いで回転運動を伝達してるアレを使って、刈取部の回転機構と脱穀部のそれの回転運動をつなげる。」

「速度は…?」

「さっきの歯車変速機構がある」


シャフトで両歯車を接続する。発動機に繋いで動作確認。


「良好、脱穀はいけた!」

「あとは、選別機?」

「だね――…ってことで唐箕用意しましたぁ!」

「アレ?」


楓が指す先には巨大な木造器械が。


「唐箕、結構古い器械。」

「だな……近世の知恵といっても過言じゃない」


明朝末期に大陸で開発されて、1684年には会津藩で紹介されたものだ。

18世紀には列島全土の農家に普及、近世期から現代まで使われる傑作である。


「マジで優秀さすがは中華」


現在でも唐箕は豆とか蕎麦の選別に使われていて、農機メーカーから近世のそれと同じ構造のものが市販されている。価格は数万円程度だ。気に入ったらぜひお買い求めください[要用途]。


「まず、唐箕の上部に配した漏斗から少しずつ籾殻を落下させる。内蔵する手動四枚羽扇風機を回転させて、横から風を送って、藁屑とか実のない籾とか軽いゴミを吹き飛ばして廃棄、実の詰まった重い穀粒だけを手前に落とす。」


本当に選別機してる。

それが明朝時代には完成してたんだから凄いもんだ。


落下させる穀物の流量を調節する弁が漏斗の下部に配置されており、穀物が落下しないように止めることも出来る。


「なら…自動扇風機、開発しなきゃ。羽と…回転機構、またクランクシャフトでつなぐ?……ん、3重に接続すると嵩張りそう」

「そんなことはしない。扇風機は意外と開発面倒くさいんだこれが」

「なら、どうするの? …息でも吹き込む?」

「そいつどんな肺活量お化けなんだよ…」


僕は肩を竦めて言った。


「発動機は排気するだろ?」

「あっ…、排気ガス…!」


楓が手を合点させる。

そう。発動機は排気ガスを放出し続ける。

排気口から随時送風されているのと同じなのだ。


「風圧の調節ばかりは実物がないとわからんからなぁ…、ということでもう既に籾殻を旭川から取り寄せてあります!」

「えぇ……」

「これで試験してこう!」


というわけでここから調整地獄。

ときおり訪れる楓に手伝ってもらいつつ、飛ばされた籾殻を受ける樋の位置を徹底的に記録して、試行錯誤を続けながら車体を製造すること1ヶ月である。

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