不当労働行為『田植』

【1901年4月 紋別郡】

紋別村落人口 / 310戸・1291名

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:::::

::湿田::

=川====

『紋別村落』

湿田::湿田

:::湿田:⚓

=川====

6戸試験乾田:

::::::  海

▲:::::

▲▲:原::  洋

▲▲:野:▲:

▲::::▲▲:

::::::▲▲

:|元紋別|:▲:

:|入植地|:::

::::::::

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『元紋別入植地』

|硝安製造機| |

|家|田|田|田|

→用水路====|

|倉|田|田|田|

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



・・・・・・



硝安製造機の全成から時系列は少し戻り。

明治34(1901)年4月 元紋別




「田植えは嫌だ田植えは嫌だ田植えは嫌だ」


広大な6区画の乾田を臨んで呪詛のように呟く。


「絶対イヤだぞ、馬で延々と耕したここに一本ずつ苗を植えてく?冗談じゃない」


投資してたらANA株が暴落して3800万失うより悲惨だ。

絶対やらないからな。


強く決意して、開拓小屋に戻る。

現在、硝安製造機を絶賛建設中ではあるが、時期的に田植え機も並行で開発しておかないとそろそろヤバい。

特に育苗が4月からの案件だからな。


「――あ、例の田植機届いてる!」


旭川から硝安製造機建設のために、廃棄された潜水艇だったり鉄剤だったりが輸送されて来ているのだが、その中に例の田植機があった。

請求したのは特許のはずだが、実物も添えて送ってくれるとは。

さすがは令嬢殿下、わかってる。


「なんか2個もあるんだけど」


田植機さわさわ。

うーん、傍から見たら変態的行為だ。


「おー…。こっちは岡山市の渡辺さんが発明…って誰だよ。机の脚に車をつけたみたいだなぁ。苗代から、土ごと切り取った帯状の苗を台に載せ、 1株分ずつブロックに切って落下させる方式…?まって、これって土付苗田植機じゃん。現代田植機方式の原型もうあったのか…!」


牽引は人力らしい。うーん、湿田対応型だもんな。これを馬で牽引できると楽だろう、改造の余地大いにあり。


で、苗代って一体なに?

調べてみると、苗代は灌漑によって育成するイネの苗床で、田植用の苗まで種を育成するプランターのようなものらしい。


「え…なんでこんなことするん?」


読み進めていくと、どうやら水中に直接稲種を撒くと、窒息して発芽せずに死んでしまうらしい。

そういうわけで稲種を、まずはこのプランターもしくは苗代用の田んぼに撒き、発芽させ、苗まで育てる。田植えの時期になると、そこから一本一本苗を抜き取って、一本一本水田へ移植していく。


「あのさぁ…」


これ全部人力?

マジで言ってるの?

てか日本人はこの拷問を二千年以上やって来たの?


(そりゃ腰曲がるわ…)


はい。これは機械化必須ですね…。


「寒冷地・高地の栽培では生育期間の短い早生品種が有利だったが、大戦後に考案された保温折衷苗代の普及と共に――あ、保温折衷苗代か。」


先日の耕起の時に村娘に語った育苗法だ。

念の為、旭川から持ち帰って来た現代製農業専門書から保温折衷苗代の項目を導く。


「…イネの冷害対策として、昭和初期に軽井沢の篤農家が考案した苗代で、陸苗代と水苗代の折衷させること…。イネを早植で冷温障害やイモチ病への抵抗力が高まることに気づいた彼は、タネを撒いた苗代の上に油紙を置いて発芽時期を早める手法を見い出し、戦後に普及が始まり、1カ月近く早く田植を行えた地域もあった、と」


天候に極めて左右されやすい農家の経営基盤を安定化させ、非常に革新的な農業技術であったとしか言いようがない。それ以降、寒冷地や高地での早植栽培で安定した収穫が見込めるようになったのだ。


(油紙は予め注文しておいたから届いてる。あとはやるっきゃねぇな)


オホーツク沿岸といえば寒冷地も寒冷地だ。雪はあまり降らないので、新潟や秋田、天塩などには及ばないが、それでも十分寒い。


「田植の時期はたしか5月下旬だから、導入は絶対今月中か…。」


そんなことを呟きながら、届いた田植機へ戻る。ちょうど動力精米機や茶揉み機ができた時代で、 世間に発明の気運がみなぎっていたのだろう。

もう片方の田植機を見てみる。


「設計図で見るとこれまた人力牽引式四条植か。一見、荷車みたいだけど…、歯車で植付爪を作動させるんか…随分スマートな傑作じゃねぇか…」


なら僕がやるべきことは、苗代から苗を土ごと切り取って、それを植付爪で水田へ植え付けられるよう、この2つの田植機と21世紀の専門書を参考に改造することか。


「さっきは苗代から土ごと切り取るとか言ったけど、だとしたら育苗箱のほうが遥かに効率的だよなぁ…。」


苗を水田へ植えていく機械は作れそうだ。

しかし、苗代から一本一本抜き取っていく機械は考えるだけで面倒である。


なら。その苗代を箱かなんかにして、田植機に積んで、自動田植えに対応するよう改造したほうがいい――という発想が、平成における「育苗箱」という代物ある。

苗代現代版といったところか。


「しかたない…田植機用の育苗期の規格を作るしかないよなぁ」


農業基礎規格は機械化大農法計画の上では欠かせない。するとJA的な組織も必要になってくる。日露戦争を境にして、皇國の第一次産業は大変貌を遂げそうだ。


「とりあえず開発中の田植機の規格に合わせて製造しよ」


育苗箱の作成に取り掛かる。


「田植機は一列4条だから…4条で作るか。現代みたいに後ろを苗でいっぱいいっぱいなんて出来ないからな…まぁこりゃしかたない。現代はまだ1世紀ほど先だし」


現代の育苗箱とは似ても似つかないものにはなるだろう。そんなことを考えながら規格を決めて、箱を作っていく。

水を含むから木はダメだ。だが高いのでカーボンは嫌だ。結局、石を加工することにした。砕石機械と工作機械を駆使してどうにか箱を建造する。そこで、とりあえず輸送されてきた新品種の種の出番である。


「『農務省第127号』…。寒冷地用の改良種ですかそうですか…」


清朝からの賠償金の内、5000万圓は農業改革と災害対策への割り振りである。5000万は、獲得時の明治28年度国家予算の6割にあたり、これが農業の品種改良へ相当割り当てられた。


「あれから6年。どこまで品種改良が進んでいるのか見どころだなぁ…。特に史実じゃ品種改良はあんまり顧みられなかったからなぁ…」


┣―覆土―┫

┣―床土―┫


育苗箱は、底面から順に床土と覆土。

水をかけるのは覆土をしてからではなく、水をかけてから覆土。

上から水をかけると覆土が泥になって種が窒息してしまう。直接水をかけず、自然と下から水分が湿ってくるような感じにすれば良い。ドボドボよりかは床土を湿らせる感じ。


「発芽には、温度と水と酸素が必須だもんなぁ…」


種を蒔く。この暖かい育苗箱で苗は大きくなる。

最後に種の上に土を軽くかける"覆土"で終わり。


「ではなく!危ない忘れるところだった。油紙用意!」


例の保温折衷苗代とかいう革命的な手段だ。

この方法を投入することで成長速度を押し上げる。

油紙を被せて保温シートにする。これで保温折衷苗代の完成だ。


「育苗箱は数日重ねたままになるからなぁ…、酸素供給が僅かになるから、完全に窒息すると種は死んでしまい腐っちゃう。そこから病気がぁ!」


土の水分調整と通気性には慎重になるしかない。積んだ箱の下の方が全滅なんて冗談じゃない。失敗をくり返しながら工夫を磨くしかない。


「えーと、とりあえず育苗箱を突っ込むところを探そう。あたたかいところ…あたたかいところ…。そうだ!硝安生産機!」


今日も西春別と広瀬、技師や労働者数十名が苦闘しているであろう硝安製造機の建設現場へ手助けも兼ねつつ、保温室を獲得しに駆けていった。



・・・・・・



「起動…!」


馬に接続した田植機が、引っ張られて動き出す。

そこに積まれた育苗箱は、稲はないので代わりにそこら辺に生えていたちょうどいい雑草を育苗箱へ移植してみたやつだ。なにげにその作業がキツかった。


「ゆっくりで頼むぞ…。」


速度計を確認しながらゆっくりと進む。後ろでは歯車がキリキリ回る音とともに、カンコンカンコン植付爪が作動しているのがわかる。アームは無理だった。精々爪なのが悔しいが仕方ない。


「もうこんな時代には田植機が発明されてたってのが凄いよな…」


でも、その全ては尽く普及しなかった。理由は簡単、史実の帝国政府や地方行政は田植の機械化に消極的で、直播こそが省力の近道と考えていたからだ。


「なにしろ苗半作とか抜かして、苗代の健苗づくりが稲作の基本と考えられていた時代だもんな。苗代前提で、田植の機械化ができるとは考えないもんな」


足元の悪い水田の中で身体を二つ折にし、腰に括りつけた籠に入れた苗を手で数本ずつ植えていく過酷で単調な作業の機械化という至上の命題は、結局敗戦まで見向きもされず、国内の農業機械化史だけでなく、稲作の栽培過程のなかで最も遅れた作業部門と化し、世界でも最も遅れた分野となってしまった。


「結局公的研究機関が動き出すのは、あのイタリアと中華に田植機実用化で抜かされてからなんだよなぁ…。昭和45年でようやく一号機の発売にこぎ着けたわけで。」


また、不当労働行為の最先端を走る人力田植えの中心的な担い手は、早乙女と称された女性たち。

女性蔑視という江戸時代の価値観が消滅しきらないのは、これが一つの理由とも言えるんじゃないだろうか。


「ま、それをどうにかするのがこの機械化大農法なんですが…!」


そう振り返った。しっかりと間隔を開けて稲代わりの雑草が植え付けられている。


「しかし…、馬だと万一暴れた時に田植機がぶっ壊れかねないよなぁ…」


設計が複雑な田植機の破損は死である。

精神的にもキツいし、なにより単価が高いものをおいそれと破壊の危険に晒すわけには行かない。


「うーん…」


唸りながら、ふと小屋横に止めてある輸送車を見る。

旭川から潜水艇を運送してきた苅田工廠フォードの自動車だ。


「……田植自動車にしてしまうか」


防水加工とか色々面倒くさいが、こちらのほうが良かろう。

自動車接続にすれば田植えの速度も完全に安定するし、ゆえに等間隔で苗を植えることが出来る。これは現代式の自動車のほうが良かろう。

そう思い至ったのも束の間、ぱたんと雑草苗が切れた。


「…あっ、もう苗切れかよ……」


明治の技術力なので4条田植え機ならばそれに習って4条育苗箱にするしかなかった。結果的にすぐ種が切れる。頻繁に後ろに積載してある育苗箱と取り替えねばならない。


「あ――そうだ、植付爪の位置を移動させればいいんじゃね!?そうすりゃなにも4条育苗箱じゃなくて、現代式育苗箱で行けるじゃんか!」


失敗から問題点を洗い浚い探し出して改良というローテーションは暫く続く。




・・・・・・

・・・・

・・




5月中旬。すっかり根雪の溶け切り、夏が訪れようとしていた紋別村では毎年恒例の大きな行事が行われようとしていた。田植踊である。

年の稲作の始めと認識されている田植えは、この時代、その豊穣を願い田楽や田植祭などを行う地域が多い。


今年は北海道全域で選挙法が施行され、北海道の満25歳以上で大蔵省に3円以上課金した男が選挙権を獲得したが、全人口の5%しかいないブルジョワ有権者野郎がこんな開拓地にいるはずもなく。

何か変わるわけでもなく、今年も田楽が始まろうとしていた。


「例年と違うのは…僕みたいなのが参加してることかなぁ」


田植機を操縦しながら呟く。


色鮮やかに彩られた豊穣祈願専用の衣装を身につけ笠を被った早乙女たちが、軍隊の行進を想起させるような、一列に並んで寸分違わない動きで、苗を植えていく。

だが、特待枠参加を強く勧められて、結局その田植祭にはおおよそ似合わない自動車が登場したのを境に、彼女らの動きは鈍って乱れていく。


「な…、ぁ?」

「なんだありゃ…何で動いてるんだ!?」

「中に牛でも飼ってるんじゃないか??」


いつの間にか遠巻きに既に多くの人々が集まり、こちらを凝視していた。


「これは内燃機関というそうでな、要は汽車を小型化させたようなもんじゃ」


僕へ特待枠での参加を強く推してきた張本人である長老が、村の人々へ説明する。


足まで水に浸けて、苗を籠から一斉に取り出し植え付ける傍ら。

発動機を響かせて、後ろに苗をこれでもかと詰め込んだ育苗箱を満載した何かを牽引して、怪しい金属塊が現れたのだ。そりゃ気を取られる。


育苗箱を後ろに積みつつ、水田の中へ。


「まて!田んぼは水が張ってある!」

「汽車って川の中走らないよな…!?」

「なに!危ないじゃないか!」

「ちょっと研究者さん!そこ水場だよ!」

「そのままだとはいっちまうぞ!」


村の人々が心配の声をここまで届くよう伝えてくれた。だが、案ずるなかれ。


「――防水性能なんですよ、これ。」


大声で返す。


「……なんて言ったか…?」

「まさか、…まさか、水を防げるってことか?」

「嘘だ…、汽車は海中を行けんだろう……!?」


僕は奥歯を噛む。実を言うと、防水装備は完璧とは言い難い。この時代の技術力じゃ、回転機関を水に浸したら相当な負荷がかかる。機関への跳水阻止機構、錆止め加工や排水装置などできるだけ対策はしたが、それでもわからない。


「田んぼの水深は5cm、機械が浸かる部分はごく僅か…。さぁ正念場だ…各種防水機構よ頼むぞ…!」


祈りながら水中へ侵入する。

ガタンッ!

と大きく揺れた。


「ごめんなさいっ、水撥ねました!?」

「いいや大丈夫じゃ、かかっとらん!それより機械は!?」


後ろから掛かってきた村人の声に、胸をなでおろす。


田植機は止まらない。

車輪は回転し続け、水を小さく後ろへ飛ばす。

その異様な光景に、にわかに人々が騒ぎ出した。


「驚くのはまだ早い……!」


スイッチを入れる。

カタッ、コンカタッ、コンカタッ、コンと植付爪が駆動しだす。調整を幾度も繰り返した歯車駆動の4条機動植付装置は、異常なく車が進むに従って作動する。


見事な田楽を披露していた早乙女たちの動きは完全に止まっていた。誰もが目を丸くしてこちらを凝視している。僕ら、田植祭の見世物くらいにはなれるだろうか。


「硝安の減り具合は…順調だな。ちゃんと土中に注入できてる」


平成のように、植付アーム側溝から苗の隣にピンポイントで化学肥料を突っ込むという高等な芸当は無理だった。精々、ストロー状の注入器を車底から土中に突っ込み、植付爪の駆動に反応して硝安をそこへ落下させるくらいで。


「時速3km程度かぁ…人が歩くよりも遅いんじゃないか?」


まぁこれ以上速いと植付爪が破損してしまうから仕方ない。

もっとも、ここまで低速であるからこそ、最初の農業機械として開発できたというのもあるが。


のんびりと背を伸ばす、と行きたいところだが残念ながら操縦席がバカ狭いのでできない。大型自動車の技術なんてどこにもないのだ。

ゆるゆると端まで行って折り返し。4条ずつ、農務省の新種を植えていく。

おもむろに進路上に影が立ち塞がった。ブレーキをかけて車を停車させる。


「どうして…、こんなしっかりと植えられてるんですか……?」


彼女ら――早乙女たちが、気づけば自動車を囲んでいた。


「私達がやるのと、たしかに速度はあまり変わらないですけれど……、疲れることがない。能率が違いすぎるわ…!?」

「そうです…。保温折衷苗代法とか仰られましたか、あれで相当、3週間近く早植えが出来るようになっただけじゃなく、それを機械でこんな簡単に…!」


僕は小さく息を吸う。


「ここから南に数キロ、元紋別入植地にて生まれた新兵器です。数週間も脛まで水に浸して腰を痛めて作業する必要性がなくなる、皇國初の――農業機械・・・・です。」


「農業…、」「機械…!!」


ふと、僕は田植機に見とれている一人の早乙女に目をやる。

その村娘は、たしかに見たことのある顔だった。


「…浦幌?」

「――…覚えてた。」


その名を呼ぶと、少し意外そうに村娘――浦幌 楓は目を瞬かせる。

その様子を見て、ふと僕は一つのことを思いつく。


「操縦してみるか?」

「え……??」

「田植えは早乙女の戦場だろ?なら、操縦の主役は君たちのはずだ」


農業機械の最大の長所は、これまでの地獄の人海戦術を一掃すること。つまり、必要労力が大幅に減少するのだ。だから――女性にも操作できる。

ゆえに、件の江戸初期に始まる女性差別の実態を変えることができるのだ。第一次大戦で示されたとおり、女が男と同等に働けることを証明することが、最大の近道で。


「――これは?」

「速度計。…とはいっても時速3kmより速くはならないからあんま必要ないかも」

「どう、動かすの?」

「アクセル踏んでみ」

「…っ!と、とめかた…!」

「ブレーキ、左側のペダル」

「と…、とまった…。」


そうして、一通りの操作を教えていく。

いつの間にか、他の人々も袴を捲し上げて水田に入り、田植機を取り巻いた。


「…どうして走行中白煙が出ないんですか??」


控えめな声が飛んで来た。

白煙は、汽車が走る時車輪側面から吹き出す蒸気機関特有のものだ。


「動く仕組みは、実を言うと汽車と違うんですよね。構造的に丈夫で耐久性がよく、低速域でも大馬力を得れるディーゼルというものを使ってるんです。」


そう言って、持ってきた軽油を懐から出す。


「これが、この牽引自動車と言われる機械を動かしている燃料です。どうです?汽車の石炭とは違うでしょう?」


「…なんだ、これ……」

「ちょっと見せてくれ!」

「なんか、黄色がかってるけど…」

「これ、うまいのか??」


飲もうとした人が出たので慌てて制する。


「待って、これ飲めません!軽油…、石油と言って、液体状の燃料です。」

「石油…、聞いたことがある。石狩の方で近年生産が始まったって言うが…」

「それですそれそれ。将来的に、石炭に代わる新エネルギーですね。」

「こんな、これっぽっちの水が…、こんな怪物を動かしてるのか…。」


車輌の推進方法の謎が解けたところで、彼ら彼女らの興味は、植付爪に代表される田植え機構部分へと移る。


「どうなってんだこりゃ…??」

「深くまで植え付けてやがる……!」

「この白い粉、なんだ…?食えるのか?」


硝安は危ない。慌てて制止する。


「ちょっと!食べないでください!」


なんでなんでもかんでも口に突っ込もうとするんだよ…。


「それは新型肥料ですよ…」

「肥料って……、堆肥!?わ、汚えっ!」

「あ、汚くはないです。肥料は肥料でも化学肥料ですから」

「化学肥料…??牛糞とは違うのか?」

「合成肥料です。水と空気と石炭と硝酸さえあれば出来ます」

「なんだそりゃ…、屎尿じゃない、と?」

「はい。見た感じ白粉な通り、自然物ではなく化合物ですよ。ですが、効果は堆肥の数十倍になりますね。」

「なんじゃそりゃ……!?」


「既存の人力農法をひっくりかえしてこそ、農業革命。」


僕は口角を上げる。

今年の田植えこそ人力だが、この試製田植機を今年中には苅田工廠に持ち込むかなんかして量産、来年からは苗代から育苗箱へ全面転換することで機械化を確立する。

機械化大農法の到来だ。


「『農業機械』は――、非効率的土地活用と小作農抑圧で悪名高い地主制度を、跡形もなく分解してしまうんです。」


農業機械は一人あたりの耕作面積限界を従来とは比較にならない規模にし、化学肥料は収穫高を飛躍させる。地主は自身の豊富な資金力で農業機械を購入できる。

従来小作農で人海戦術をする他なかった広大な農地は、地主一家だけで耕作することが可能になったのだ。


小作農は解放され、大部分は職を求めて都市に流入し、農業続投を望めば拓務省の支援を受けて移住の末、大農法を自身で始められる。

なにせ開拓先はいくらでもある。北海道もそうだが――最有望は、現在絶賛灌漑中の台湾嘉南平野や、長江三角州における米プランテーションだろうか。


農村から都市や新規開拓地に労働力は大規模に流出し、かつ農地では作物収穫量は激増する。人口が国外に流出することなく爆発し、農村から流出した大量の労働力は、都市を中核とする軽工業や重工業といった産業に分配される。


大農法と機械化、及び化学肥料の導入は、皇國の従来の伝統農業体制を根幹から崩すことになる。GHQが強制した農地解放は、今や自然に平穏のうちに発生する運命となり、史実では昭和35年に漸くの事であった、就業者数トップの座から第一次産業が退く日は、そう遠くない。


もはや――、皇國は辺境の新興国にはとどまれない。

これからの10年は、止まらない経済成長は更に加速し、人口激増と都市集中による各種産業の爆発が起きる。

1920年、ヴェルサイユ条約が結ばれるとしたら、皇國の席は列強の末席ではなく、かの大英帝国の隣――若しくは、合衆国と並ぶかもしれない。

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