緑の革命
「あー!労基に駆け込みたい!」
叫んだ。
なんだこの出張は。紋別から旭川まで遠すぎるだろ。
鉄道通ってないからってお前、馬車で2日掛かるのかよ。
「あんたがわざわざ旭川まで来たんでしょ?」
「全くもってその通りじゃん。なに正論言ってんだよ。」
「はぁ…。」
銀色の前髪に手を当てて、裲が溜息をつく。
ここは旭川。
詳細に言えば旭川幼年士官学校、我らが母校である。
卒業生という立場をつかって合法に侵入してるわけだ。
「で、どうなの?開拓は順調?」
「順調じゃねぇからここに来てるんだよ。マジでヤバい。田植え。あの地獄の腰曲げ数千本の田植えがあることを忘れてたんだわ。」
裲にも当然、どういう事態になっているかは伝わっている。
「チャロからもいろいろ手伝うように言われるんだけど…」
「チャロ?」
「……有栖川宮茶路。殿下のことよ」
「かわいい呼び方だな、気に入った」
「っ、うるさいわね」
ぷい、と裲はそっぽを向く。
「…で。あたしに出来ることがあればいいけど、あいにく狩猟の民だから農耕についてはからっきしなのよね」
「まぁそうなんだよなぁ…。」
旭川に来た目的一つ目はこれにて終了。
裲になにかしら頼ろうと思ったのが間違いだったか。
「それに――労基案件は田植えでしょ」
「…確かに田植えは皇國非効率の総本山よな」
どうやら1000平方メートル、つまり幅10mを100m田植えするのあたり、40時間もの時間を要するようだ。なんだそれ、ブラック企業もいいところじゃないか。
「よっしゃ田植え機作ろうぜ!」
そんなことを言いながら、床に座って例の農業機械専門書を開く。田植え機の目次を探して見つけ、当該ページを開いてみた。
「……は?無理じゃん」
そして諦めた。何だこの複雑な構造は。
どうやら、『植え付け爪によって苗を挟み持ち、土に挿し込む。前進するとともに後部に設けられた植え付けアームが動き、苗を植えてゆく』とのことらしい。
「何がアームだ馬鹿野郎!戦艦すらまともにつくれない技術力でどうしろと!?」
あの地獄のような人力作付けをあと半世紀は続けろというのか。頭を抱えてうずくまる。すると、となりで裲があごに手を添えてうーん、と唸る。
「…まって。令嬢殿下が特許一覧を広げてたときに見たことがあるわ……、たしか明治31年、1898年取得特許のところに、宮崎県で田植え機械ってのがあったはずよ」
「なんで覚えてんだお前」
「田植えを機械化するって凄い発想ねっておもっただけよ。まさかその2年後にあんたが、その機械化をするためにここへ飛ばされるなんて思いもしなかったけど」
「それな!まだ僕もお前も2年前は16歳!」
「あんたもあたしも2年前からあんまり変わってないわよ」
「2年前と違って僕は逆境に立たされてるぞ。…いや別にそんなのはどうでもよくて、田植機械と言ったな!?使えるじゃねぇかそれ!」
大急ぎで士官学校内の電報室へ飛んでいく。
帝都へと電報を飛ばす。電報をつけておいてくれたのは有り難い。1898年度の特許一覧を寄越せと、令嬢殿下に一通。
「さて、待ってれば届くはず。改造のアイデアでも考えておくか」
「そうね。えぇーと、…『苗を植え付ると同時に、肥料を投入したホッパーから苗の脇の土中に肥料を置く"側条施肥"機構が付いた田植機が増加している』……」
「あっ!そうだ肥料だ!」
化学肥料。それの誕生以前は、単位面積あたりの農作物の量に限界があり、それが人口増加に追いつかず、人類は常に貧困と飢餓に悩まされていた。
しかしその誕生により、その量産ができるようになった欧州や合衆国では、戦間期には人口爆発にも耐えうる生産量を確保することが可能となった。列島にその農業革命の波が及ぶのは遅れること30年、高度成長期の直前である。
「それらを、大戦前の今、開発することができれば……!」
「すべての源は農業だものね。生産量を拡大させて、人口流出を食い止めて人口爆発を維持すれば、その分需要が生まれ、供給を満たすために工業力が増強され、結果的に国力に繋がるわ。」
すん、と裲は鼻を鳴らして言った。
「化学肥料は基本的にアンモニウムよね」
「アンモニアってアレか?おしっk」
平手打ちを食らった。
「あんたねぇ!少しはデリカシーってものを」
「別にいいだろお前なんだし!」
「はぁ!?あたしだったらいいわけ?女の子なんだけど!」
「話が進まん!とりあえず!」
床をピシャリと叩く。
「アンモニアを合成すりゃいいんだな!?」
「ええ、そうなるわよ!」
「なら――…、ハーバー・ボッシュ法か。」
「ハーバー・ボボー…なに?」
裲が小首を傾げる。ハーバー・ボボボーボ・ボーボボじゃねぇよ。
なんだよそれ。毛でも合成されるんかな。
「すまん、ここからは専門分野の先生に頼ることにする。今日はありがとな。」
「は…?」
頭を下げて感謝を伝える。
「ちょっ…」
「じゃぁの!」
少しばかり手を伸ばした裲へも振り返らず走り出した。
待たせている人がいるのだった。
大急ぎで廊下を駆け抜け、研究棟に足を踏み入れる。
「すみません!遅れちゃって…」
旭川に来た目的、2つ目。
「大丈夫だよ。…久しぶりだね、初冠くん」
「――お久しぶりです、西春別先生。」
例の、皇國原子学の権威に教えを乞うため。
「確か…今は東北皇國大学へ?」
「ああ。戦争賠償金で東北に大学が設立されたからね。教育基金が千万圓単位で潤沢にあったからかな?設備がこの旭川より格段によかったんだ」
西春別は優しげに微笑む。
明治28年、賠償金の災害・教育基金の5000万圓から、皇國技術力と研究力、人材育成力を底上げするため、それまで帝都にしかなかった大学が、京都・仙台・福岡へ新たに3校が設立された。
しかし、帝国ではないのに帝国大学を名乗るのも変だということで、各々「京都皇國大学」「東北皇國大学」「九州皇國大学」として開校。
まぁこうなると帝都の帝大は「東京皇國大学」へ改称するのが道理ではあるが、いかんせんプライドが高い。そういうわけで、史実のように「東京」へ改称せず、そのまま「帝国大学」を名乗り続けるらしい。皇國唯一の帝大の誕生である。
閑話休題。
「けど東北皇大に行ったのは28年すぐってわけじゃないんだ。賠償金による優秀研究者留学枠にギリギリで滑り込んでな。明治28年からは4年ほど英国のケンブリッジで研究をしていたよ。」
「はぇ〜…どうでした?」
「やっぱり研究設備も資材も皇國とは格段に違うね。さすがは世界に冠たる大英帝国って感じがしたよ」
だろうなぁ…。最先端技術の研究力じゃ到底皇國が敵うはずもない。
「周期表の原子番号仮説を発表したところ、英国の学会誌に掲載されてね。グレートブリテン島どころか欧州中の学会を揺るがせてるらしいんだ」
「おぉ…、おめでとうございます」
そう祝うと、西春別は呆れたように肩を竦める。
「何を…君の唱えたものだろう?」
「んなまさか!僕は紙面上で適当抜かしただけで、実験と検証、証明は全部西春別先生の成果でしょうに」
「私に発想を与えたのは君だよ」
「いやそんな…、あっ!しゅ、周期律の方はその後どうなったんです?」
「話を逸したな…?まぁいい。原子番号周期表実証の一環として、未発見元素の性質を原子番号周期表で予測してから発見に取り掛かる、というのをやってみた。」
「…マジですか」
西春別は頷く。
「トリウム鉱石の中にあるトリアナイトという物質を調べてみたり、色々やってみたんだけど…。一時帰国の折に訪れた蘂取郡の茂世路岳で、とんでもない硫化鉱物を見つけてね」
「硫化鉱物?」
「未確認元素を含む硫化鉱物。共同研究者の小川正孝さんが拾ったんだ」
待て。化学者の小川正孝?
聞いたことがあるぞ。確か――、
「英国に持ち帰って、X線分析装置…って言ってもわからないか。どの物質か特定できる機械がケンブリッジにはあってね。小川さんと解析したところ――75番元素。ドンピシャで、新元素を発見したんだよ。」
そうだ。
75番元素。
史実、小川正孝が最初に発見したにもかかわらず、皇國の研究設備不備により彼は43番元素と誤認。ニッポニウムと命名されたものの、5年経たず43番元素ではないことが発覚し、撤回されたのだったか。
それを、英国の研究設備と原子番号説の展開で75番元素としっかり特定するとは。
「今年には命名権が認められて、ニッポニウムで確定させたよ。」
少しばかり感動してしまう。
75番元素レニウムが、一歩の所で誤認を起こし失った名――ニッポニウムを冠する日が来るとは。
西春別はひとしきり咳払いする。
「で…、今日は何用だったかな?」
「そう、そうでした!今日は…アンモニアの合成について話をお伺いしたくこの場に参りました」
「……アンモニアの合成??」
僕は机上に図を広げる。
「鉄を主体とした触媒上で、石炭から取り出した水素と空気中の窒素を直接反応させて、アンモニアを生産する方法です」
「待て…、窒素化合物は農作物生育の源だぞ?それは…」
「ええ。これが実現できれば事実上――水と空気から
西春別は言葉を失う。
「…いや、まさか。」
「?」
「こんなことが簡単に出来れば、人々が飢饉に苦しむことなどとっくになかろう。こんな夢物語、誰も本気で――…」
「出来ない、と?」
僕は強く視線を送る。
「っ…、理論上は、出来なくはない。が…」
「ならやってみましょうよ。先生は原子番号周期を発見したんです、もう立派に世界化学界の最先端の走る研究者なんですよ。
科学者たる人間が――やらずして諦める理由が、どこに?」
彼は少し口角を上げた。
「…言ってくれるな」
「ええ。なんたって眼前にいらっしゃるは皇國化学界の権威であせられますから」
深く頷いて、立ち上がる。
「やってみせようじゃないか」
・・・・・・
・・・・
・・
「……なぜおれがこんなところに…。」
広瀬少佐は呆然と、延々広がるオホーツク海を臨んで呟いた。
「あ!広瀬海軍少佐、いらっしゃいましたか!」
向こうから手を振って駆け寄ってくる、陸軍大尉の姿こそ――、
「……初冠陸軍大尉。」
「こんな辺境まで呼びつけてしまい申し訳ありません…」
「いや、いい。で、肝心の『水と空気から白米を作るために潜水艦技術が必要』という統合失調症感だだ漏れの呼び文句について説明して貰おうか」
「…すみません、それは意訳です。とりあえずこちらへ」
彼の誘導に従いつつ、溜息をついて広瀬は歩み出した。
(潜水艦技術が必要ゆえにおれを呼びつけるのはわかるが…もっとマシな名目はなかったのか?まず水と空気からの白米を作るなんてもうその時点で――)
・・・・・・
「――…出来るのかよ」
「ええ。スウェーデン産の磁鉄鉱が最良の触媒反応を示しましてね。こいつさえ突っ込んどけば後はボンボン合成してくれます」
西春別先生と僕の説明を受けて愕然とする広瀬を横目に、僕は肝心の合成炉へ。
「しかし。水と石炭に通風口から空気を入れて反応させるには高温高圧の空間が必要になるわけです。…潜水艦における発動炉のように。」
試作精製塔に触れつつ述べ立てる。
旭川で2週間ほど、令嬢殿下から鉄や木材といった必要建築材と自動車が手配されるのを待ち、届いたブツや人員をそのまま乗っけて我が元紋別までドライブしてきたのだ。
そこから10日。
西春別が技研の隷下権限を使って動員してきた科学者・労働者たち数十名で、試作品を組み上げていく。
その過程で、潜水艦技術がどうしても必要だった。
で、必要資材を積んだ車列とともに広瀬を呉から招聘したのだ。
「……なるほど。やっと話が繋がったぞ」
「アンモニア合成のための高圧装置……これが関門になります」
「少し見せてみろ」
広瀬に続いて、艦政本部の潜水艦技師たちが合成炉へ乗り込んでいく。
「…ここが、やはり強度がたりないような」
「確かに。ここであの合成式をやると爆発しかねんぞ」
「ならどうする?ボルトで締めるか?」
「けどなぁ…空気の通り道も両立せなアカンやろ?」
技師たちに混じって広瀬も論議を交わす。
その様を見て、西春別が呟いた。
「凄いな。実戦指揮官が、乗艦の技術まで精通しているとは」
「……やはりそれが、広瀬武夫という男が広く慕われた理由なのでしょう」
「?」
僕は慌てて口を噤む。
史実、1904年・旅順。閉塞作戦に従事していた広瀬の乗艦に魚雷が直撃、沈みゆく艦に部下1名が残されていると知り、単身で波間に消えゆく船に戻る。そこでロシア軍砲弾の直撃を受け戦死した。
初の「軍神」に認定され、1910年には銅像が万世橋駅前へ立てられた。
広瀬中佐像は、GHQに打ち壊されるまで永らく帝都のランドマークとして親しまれたのだった。
広瀬武夫という男は、それに十分値する人間であったわけで。
「大体は解った。」
ゆっくりと降りてくる広瀬。
「どうです?」
「とりあえず、輸送車に積んできた潜水艇から発動炉を取り外して嵌め込んでみるか」
「輸送車に積んできた……潜水艇?」
僕の問いに、広瀬は少し息を詰める。
「…他言無用で願うぞ?」
「?」
「数年前に東太平洋で機密作戦があってな。そのときに幾つか潜水艇を試製した」
「ぁ……」
真剣な顔で耳打ちする広瀬。
はい、知ってます。ハワイ作戦ですよね。発案者の一角は僕だなんて言えないな。
「あまりに初期型だから次期戦争には到底使えないし、そもそも潜水艇運用のノウハウ稼ぎみたいな存在だったからな。どうせ使わないなら精々役に立ってもらおうと」
「なるほど……。」
広瀬は立ち上がってテキパキと動き出し、技師や労働者たちと協力して、輸送自動車(
「すみません西春別さん、耐久計算頼めますか?」
「え?ええ、もちろんです…!」
僕もボーッと突っ立ってるわけにも行かず、手伝えるところから作業を始める。リヤカーで木材を運んだり、リヤカーで鉄材を運んだり…。
あれ?運ぶだけ?
そうこうするうちに日が暮れた。
軍内で糧食として配給が始まったらしいカップラーメンを、広瀬が技師や科学者、労働者たちに労いつつ配っていく。
出来た士官さんだなぁと思いつつ眺めていると、彼は僕らの方にもカップ麺を差し出してきた。
「西春別さんもどうぞ。ほら、大尉も。」
「あっ、ありがとうございます」
「温かい…」
彼から手渡しされた麺を啜りつつ、一息つく。
うーむ、やはり寒地でのカップ麺は身体に染みる。
西春別が広瀬に、ふと声を掛けた。
「少佐。今更ですけど…海軍はよくこんな高圧技術をお持ちで。」
「あー、高圧高温下での合成反応実現が重要ですもんな」
「しかし民間じゃ、高々30気圧程度の設備しかなかったような気がします。なぜ220気圧ものオーバーテクノロジーを?」
「蘭仏からの技術輸入です。連中の潜水艦を参考に建艦しましたからね。」
僕は西春別へ尋ねる。
「西春別先生、アンモニア合成後の精製手順ってどうなります?」
「アンモニアが出来たらそこにつながってる炉の内部に硝酸を入れて、化学反応を起こすんだ。それを結晶化させて硝酸アンモニウムにすると…通称硝安の完成だね」
「え、それだけなんですか…?」
西春別はこくりと頷いた。
「凄いですね…たったそれだけで、あの硝安が。」
「…"あの"硝安?」
首を傾げる広瀬に、僕は笑いかける。
「硝安は使い用途が広いんですよ。強力な化学肥料になることはもちろん、
「……肥料が爆薬ってどういうことだ?」
広瀬が、まるで気色の悪い物を見たように顔を歪めた。差し詰め
「アンホ爆薬っていう、恐ろしく安価な爆弾があります」
「…製作工程は?」
「あまりにも簡単です。」
史実・1950年開発。
技術的にムリじゃね?と言われかねないが、発明者不明で、特許も存在しない。
十中八九どこかの個人が開発したのだ。
「可燃性液体と硝安を混ぜるだけで完成なんですよ。」
「なんだそりゃ…。」
誰かがふざけて軽油と硝安を混ぜてみたのだろう。僕みたいなのが遊び半分で機関短銃作れるんだから、そんな奴がいてもおかしくない。
結果的に、特許が無いから北米から世界に急速に広まった。戦後日本でも製造が1964年には始まっている。
ダイナマイトより安全かつ安価で、砕石などの坑外発破に急速に使用を広げた。さらに火薬類取締法の改正で移動式製造機の使用が可能になり、肥料硝安と軽油から工事現場で製造出来るようにまでなったのだ。
アンホがダイナマイトと製造量で比肩したのは1973年で、現代じゃダイナマイトの約3倍以上の量が使われている。地域によってはこれを使った密漁が横行していて、材料がどこでも入手可能なため取締りが困難なほどである。
「この製造法が広がれば、匪賊がバンバン密造しだしますよ」
テロリストが使う兵器のひとつで、車爆弾や即席爆発装置によく使われるくらいだ。
「匪賊に使われるくらいって…どれほど安くて製造楽なんだ……」
「爆撃飛行船に搭載される予定の下瀬火薬を使用した大型爆弾の外郭をこれで固めたら――簡単な炸裂弾の完成です。」
「なんだそりゃ…。ってことはただバラ撒くだけでも?」
「アンホ爆薬を散布で火をつける、ですか。面白いこと仰りますね…。」
僕はくつくつと笑う。
広瀬はそこで、言葉を切る。
すこし間を取ってから、ゆっくりと語りだした。
「おれの生まれは豊後だが、西南戦争で家を焼かれて飛騨で育ったんだ。…貧しい寒村でな。幾度か凶作に見舞われて、飢饉に瀕した年もあった。」
彼は微笑む。
「『潜水艦で水と空気から白米を作る』…、期待しているぞ。
この技術はいずれ、私の育ったような村を幾つも救っていくんだろうからな。」
僕は、深く頷いた。
・・・・・・
・・・・
・・
「試運転、開始――!」
西春別が起動レバーを思い切り倒す。
なぜこんなに起動装置が巨大なのかは謎である。
排煙が始まる。轟々と唸りながら炉が滾り出し、振動を始めた。
「ねぇめちゃくちゃ怖いんですけど…大丈夫ですよねこれ?」
「確か高圧炉の開発初期は、鋼鉄製設備が運転開始後数日で破裂して使えなくなることが幾度か繰り返されてな。200kgの炉を製造するのに200kg以上の鉄鋼がスクラップになったって書いてあった。」
「ちょっと!今すぐ止めて!」
「待て!早まるな!これは艦政本部潜水課から取り寄せた軍機級の品だぞ!質は良いはずだ!というかこれが爆発したら全潜水艦建造し直しだからな、よほどの事がない限りさすがにそれはないはず」
「フラグ…。」
広瀬の言葉に顔を蒼白にする僕。
大丈夫だよな?殉職だけは嫌だよ?
掘っておいた塹壕に隠れて頭を抱える西春別と広瀬と僕、技師と労働者数十人。高圧炉の炸裂にいつでも対応できるようにしているところが不安を煽る。
しばし時が経つ。
気を紛らわせるように広瀬が呟く。
「ちょっと確認しても、大丈夫な、ハズ…」
彼は少し頭を上げる。高圧炉は何も異常がないかのごとく、変わらぬ振動と轟音で稼働しており、爆裂する危険性は低くはなっただろう。
立ち上がって、彼は硝安の精製口へ。
「……おぉ…。」
声が漏れてくる。
「どうなんですー!?」
「とりあえずこっち来い!各種計測器の数値的にも異常はないから!」
「安全ってことでいいんですね!」
僕はそう叫ぶと、飛び上がって駆け寄る。
続く西春別から、次々と技師や労働者たちがそろりそろりと警戒しつつ近づく。
「…素手で触っていいですか?」
「おれにも触らせろ」
「あ…なら私にも」
3人して、白粉状となったそれに手を突っ込む。
「……これって」
「間違いないと思います。――
「――やったんですか??」
「うん、遂にやったよ!」
「っしゃぁっ!!」
ハイタッチを交わす。
化学肥料の生産設備は、史実ドイツに6年先駆けて、ここ元紋別の地に誕生した。
先のハワイ作戦でその役目を果たした甲型潜水艇4隻が、このオホーツクの地で再出発を飾った。この旧潜水艦高圧炉4基が合成炉として稼働すれば、設計上は日産600kgの硝安製造が可能である。
史実、ドイツによって独占されたアンモニア合成技術はここに実を結び、皇國によるアンモニア生産が実現した。
僕は感慨に浸る。
「農地面積に収穫量は比例し、束縛されるという、人類を永年苦しめてきた自然の掟は今ここに破壊された……。1アールにおける収穫量の飛躍的な増加が可能になる。……1901年、極東の地において、緑の革命が始動する、かぁ…!」
白米の原料である稲を始めとして、農作物を育てるには窒素分を含む肥料の十分な供給が不可欠だが、その窒素を供給する化学肥料を生成するのにハーバー・ボッシュ法が使えるため、この方法の発見によって農作物の収穫量は飛躍的に増加する。
化学肥料の誕生以前は、単位面積あたりの農作物の量に限界があるため、農作物の量が人口増加に追いつかず、人類は常に貧困と飢餓に悩まされていた。しかしこのハーバー・ボッシュ法による窒素の化学肥料の誕生により、皇國において、もはや人口問題は瞬く間に解決が可能になる。
更に、この方法は同時に平時には肥料を、戦時には火薬を空気から作る。
爆薬の原料となる硝酸の大量生産を可能にするこの革命は、火薬の原料の窒素化合物の全てを国内生産のみで皇國へと調達する。
皇國の国力を底から強力に押し上げる――緑の革命が今、始まったのだ。
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