春暁に流氷は去りぬ。

"歩兵第5連隊 雪中演習中遭難 参加者210名中38名死亡"

"全滅の小隊『重い無線は捨てよ』死に繋がる"

"『ゴム靴は嗜好品なので履くな』独断命令の末路"

"全員無傷生還の福島隊語る『位置情報共有の重要性』"

"大惨事受け陸軍、防寒認識を徹底再検討"


「……本当に『失敗』ってのは強力な武器だ。」


そのために、敢えてこの事件を見逃したのだ。


「確か雪上演習の計画者は…」

「青森5聯第2大隊、神成大尉よ」

「猛吹雪で大隊での大規模行軍が不能になって、小隊ごとに行動することになったけど、そこで神成大尉は第一中隊第二小隊と行動することにしたんだっけか」

「ええ。でも件の神成大尉は、この気候の中雪中行軍なんて計画する頭だもの。結局精神論唱えて、撤退すればいいのに不可能な八甲田山踏破を継続させて…」

「重いからって、小隊指揮に直接干渉して無線を放棄させて、嵩張るからって防寒装備を軽視してスキー装備とゴム靴を捨てさせたんだっけ、か。」

「他の小隊は相互に無線連絡を取り合って、青森本部に救助要請を送り続けたわ。豪雪が続く間、司令部は無線誘導で危険な渓谷地域から退避させたの」

「天候回復の後、新設の陸軍三沢航空隊が出動して、飛行船で空中に留まって、道を見失った部隊に救援物資を投下しつつ、直接誘導して青森市へ帰還させたんだっけ」

「結局無線を放棄した神成大尉指揮の小隊は大尉含め全滅、32名凍死よ。」


僕は、それでも自分の決断を肯定する。


「でも、大自然を前に精神論は意味を成さないってことは周知の事実になった。」

「そうよね。…それが、一番の戦果かしら。」

「無線での位置や情報の共有は末端兵まで最重要って認識した。もはやこれまでの伝令制度は、広大になった戦場では役に立たないって。」

「これがあんたの狙い、ね。たしかにそれだけじゃなく、たくさんの寒地の知恵が生まれたわ。福島隊が実行したおが屑に石油を染み込ませて燃やすとか。」

「――これで対露戦で精神論だったり新鋭装備軽視だったりを一切気にする必要がなくなった。悔いはないさ。」


僕は新聞を側溝に捨てる。


12月の間はトラクター2台と馬牽引のリヤカーを総動員して紋別から渚滑にかかる平野を乾田で埋め尽くした。

その後、冬が深まる紋別は2ヶ月ほど氷雪に閉ざされ、ようやく雪が溶け出す季節、晩冬。

流氷の去る3月、田起こしの合図が響く。


「みなさん、2ヶ月ぶりです。如何お過ごしでしょうか?」

「お陰様でごぜぇまして…、除雪作業はトラクターですぐ終わっちまいますし、すぐ終わる耕起作業はまだ先でも大丈夫って結論に達しまして。厳しい冬も、今年は驚くほど穏やかに過ぎて、もう…。」

「こちらこそ、農業機械の試験運用に協力していただいて本当に感謝しか…。あ、そうです。今回もその件でお願いしたくて……。」


そうして、例の「育苗箱」を掲げてみせる。


「これです」


「なんだありゃ?」

「全く検討つかねぇ…なぁ?」

「納豆でも作るんじゃねぇか?」

「まさか。藁もないのに」


互いに顔を見合わせて話し合う。確かにコレだけ見たらわからなくて当然だ。僕も途中で自分が何を作っているのかわからなくなったくらいだ。平成のそれとも、明治の苗代とも大きく違っている。


「育苗箱、と言われるものです」

「育苗…?育苗ってアレですか?」

「ええ。苗代を箱に収めたやつです」

「…失礼でごぜぇますが、苗代をわざわざ箱にする意味ってのは?」


純粋な疑問だ。それはそうで、本来ならば地面に根を張るのが最も育つ植物というものを、箱の中で半ば飼育するということは本来効率を悪くする行為だ。


「ええ。気に入らなければ断って大丈夫です。コレを使えば、従来とは根本的に違う稲作になりますから。」

「つまり、従来とは画一的な何かがある、そういうことですか?」

「えぇ。――田植えほど、厳しい作業はない。そう思いません??」


不敵にそう問いかけた。

動揺と、困惑が伝わってくる


「…それって、まさか……?」

「ま、まぁあり得ねぇ。土ン中にしっかり差し込むんだ…。」

「たしかにな…あの作業はいくらカラクリだって……」


「正解です。今年から、田植機を投入します」

「「「えっ………?」」」


人々に戦慄が走る。




・・・・・・

・・・・

・・




「いきますよっ!」


宣言とともに起爆装置を倒す。一気に炸裂が起こった。

爆閃は岩を切り裂き、大きく突出した崖を一瞬で崩落させた。


「………嘘だろう??」


「いえ、これがこの、硝酸アンモニウムの威力ですよ、伊地知少将閣下」


彼は、吸いかけの煙草を離す。雪上に落ちた煙草は、迫る春の陽気にあてられ溶けかけているそれに漬かり、ジュッと火を消した。


「はっ……まさか、あんな粉きれが…こんな……」


本人は気づいていないようで、静かに顔を強張らせながらそう呟く。


「……たった、あれっぽっちの機械で?」


彼の振り向いた先にあるのは、ゴウンゴウンと昼夜構わず唸り続ける高圧装置、通称肥料工廠。彼は、早足でそこへ戻り機構を確認する。


「本当に、水と石炭だけだ…。それだけで、アンモニアを作っとる…」

「ええ。正確には水と石炭と空気ですが。硝安は硝酸が追加で必要ですね」

「いや、アンモニアだけでも十分だ。空気の窒素固定はこの、アンホ爆弾のみならずあらゆる爆薬火薬の製造に必須なんだ。……それを、たったこれだけで…。」

「ハーバー・ボッシュ法と言われる、ドイツ帝国が実用化に奔走していたものですよ。潜水艦技術をフランスやオランダから先取りしていた甲斐がありました。」

「海軍潜水隊、かぁ…。陸軍がまさか海の連中に助けられるとは……」


政治勢力は薩長で対立しておらず、枢密院派と反枢密派で議会は分断されており、結果陸海軍の対立抗争は発生していない。それでも、陸の護りとして、海のそれに助けられるのは複雑な心情があるようだ。広瀬率いる潜水艦技師たちも相当頑張ってくれたんだけどね…。


「上層部に申告しておく。ものすごい発見だってな」

「西春別先生や広瀬海軍少佐の尽力あってこそなんですけどね。それでも…これからどうぞご贔屓に」

「かかっ、まるで商人みたいだな」

「まぁ軍に売るつもりですから」

「……え、まさか陸軍軍人が陸軍からカネを取る気か?」

「維持費結構掛かるんですよ?硝酸は高いですし、最近の人件費高騰で石炭代もバカになりませんって。将来の増産も考慮して拡張費用とかも貯蓄しておきたいんです」

「おい、手当減らすぞ。それ売ったら莫大な収益上がるだろ」

「ちょっとまってそれはどうかお考えを!全利益独占できませんよ大体は農務省とあの大蔵省の悪役令嬢に搾られますって!手当なきゃ本当に不味いんです!」

「あぁ――それは十分あるな。大蔵省から陸軍省に回るんだったら…まぁ、認めてやらんわけでもない」

「はぁ……、よかったぁっ…!」


胸をなでおろして強烈に安堵する。ふぅ、紋別で一文無しは冗談抜きで死ぬからな。


「たしかに大蔵省に入るカネが増えれば陸軍にまわるカネも増えるはずだからな。…通常は。」

「あー、あの守銭奴爺&孫娘令嬢のコンビとかいう迷惑極まりない未確定要素がいるからですね……。」


連中は容赦なく軍事費を削ってくる。ついでに軍人公務員華族手当もだ。さてそのカネはどこに行っているのかというと、もっぱら産業開発と国内投資だ。

つまり、我らが農務省にも流れ込んでくるのだ。かつて憎んだ相手は今や強力な仲間である。


「で、この硝安なんですけど…量産するにはある資源が必要でして…」

「水と空気だろう?そこらじゅうにあるじゃないか」

「燃料の石炭です。」

「おいおいおいお前…」


詐欺じゃねぇかと抗議の顔をする伊地知に、僕は手を合わせる。


「水と空気は原材料なんで!石炭は燃料なんですよ!…というわけで陸軍の爆薬として安価に大量生産するには相応の石炭が必要なんですよね」


触媒として突っ込んでいるスウェーデン産磁鉄石は所詮触媒、理論上は減らないので10年に一度程の交換でいいのだが、いかんせん石炭はそうもいかない。


「しかぁし!この北の大地には最高の炭脈がある!」


原材料の水・空気・石炭(とついでに硝酸も)は、道内で補給可能なのだ。


「それが夕張。平成では廃れて久しい夕張とて、今は道内で五本指に入る大都市。まさに炭都。ここから大量の石炭を投入することで、道内完結型の硝安製造工場が完成するわけです」

「なるほど…」

「さしあたってはこの大量の石炭を運搬するに――」

「自動車か?」

「……えぇ」


ドン引きした。

おいおいおいそうじゃないだろ。


「何がモータリゼーションですかクソ喰らえ」

「お前やってることと言ってることと真逆だぞ」

「大量輸送こそが鉄道の本務!でんちゃだよぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」


迫真の表情で伊地知に詰め寄る。


「……というわけで、絶対に紋別には鉄道を通さねばならないのです。」

「お、おう…。」

「絶対に通さねばなりません。ダラダラと1920年まで待つわけには行きません、名寄本線は今すぐ建設を開始するべきです」


旭川から網走までの北回り連絡線として、勾配の厳しい上川峠を避けるように名寄から紋別廻りで建設された名寄本線。

沿線に強大な産業がなく、上川峠の石北本線が開通するとその意義を喪失、JRが引き継ぐも北海道の過疎化が追い打ちをかけ、平成最初の年に全線廃止。

「本線」を名乗る路線では唯一、全廃となった悲劇のアレである。


「しかし今度は沿線に最強の陸軍火薬工廠兼肥料工場が出来上がる。ならば…ならば!廃止になることはない!」

「そ…そうだな」

「とにかく伊地知大佐のほうからも鐵道省とか大蔵省に働きかけ頼みますよ、大量輸送は鉄道の責務ですから」

「……安心しろ。こんなトンデモ工場、どうせ陸海軍ついでに海外からの需要が鰻登りだ。世界シェアはお前らの独占状態だからな。鉄道が通らんなんてことはない」

「…ありがとうございます。」

「なに、本来はその言葉、こちらのものだ。」


びゅう、とまだ寒い風が吹き、爆砕された破片をカラカラと転がす。


「……?」


ふと、伊地知は飛散した石片を手にとった。


「なにか……変だな」

「どうされました?」

「この石、黄色というか…光沢がある」

「あー…、、、」


後頭を搔きながら、僕は気不味げに息を詰める。


「……あんまり広めては欲しくないのですが」

「?」

「ここ――…金鉱山です」

「は?」


言葉を失う伊地知に、散らばった石片もとい、金鉱石を手に取る。


「この一帯の川って、妙にキラキラしてますよね?」

「あ、あぁ…言われてみれば」

「それ全部砂金です。その源がここ、鴻之舞金山こうのまいきんざん。」


ばっ、と手を広げてみせた。


「13年後の1915年に初発見。17年には住友財閥が90万圓で経営権を得て操業を開始。金・銀・銅の3種すべてを産出しましたが、中でも金の埋蔵量は佐渡金山・菱刈金山に次ぐ列島第三位の産金の実績を確立、40年には年間金2.5t、銀46tを産出。55年には金年間3tの最高産出量を記録します。」


佐渡や菱刈は明治以前から数世紀に渡り採掘が行われてきたため、累計産出量では惜敗するも、40年時点での佐渡金山の年間産出量が金1.5t・銀25tであることを考慮すれば、佐渡を遥かに凌いで近代期最強の大金山と言っても過言ではあるまい。

その規模は東洋最大の金山とまで謳われ、操業開始から73年の枯渇閉山まで、金73トンと銀1200トンを産出したのだ。


「……鉱山市街は40年には人口14000を数え、この紋別を市たらしめた存在でもありました。ですから…、本当は、追放解除要件の人口5000以上なんて、こいつの存在を公表すればクリアするのは余裕なんです」

「なら、なぜ今まで…?」

「だってそれ、チートじゃないですか」


伊地知が息を呑む。


「鴻之舞金山は、規模の割に無名すぎる。あの磯城さえ知らない鉱山なんですよ?」

「あ、あぁ。」

「僕は道民兼逆行者であるゆえに、この時代でこの鉱山のことを知り得る唯一の人間です。だからこそそれは――…僕の力でもなんでもない。」


それで人が集まったって。僕は21世紀の誰かが書いた史実知識をひけらかしただけで、僕が僕自身の力で人口要件を突破したことにはならないから。



「実力を謳って史実知識をばら撒くのなら、皇國枢密院とまるっきり同じです。だから僕は、この金山チートを…使いたくはない。」



伊地知は、新しく一本出した煙草に火をつけて、煙を吐く。

その息が白い季節は、もう間もなく過ぎていく。


「……はぁ、お前なぁ…。

 前から思ってたんだが、たまに貴官は、本気で頭が悪くなる。」

「?」

「なるほど、金山の存在を晒し上げるのはただの史実知識チートのひけらかしだ。しかし…――それを上手く経営するのは、紛れもなく貴官自身の手腕が問われるだろうに」


僕は目を見開く。


「鉱山規模はただのポテンシャル。適切な採掘システムと労働環境の整備、鉱石精製の設備経営を行わなければ肝心の採掘量も伸びるはずがない。それを建設していくのはどう考えても個人の実力だ。」

「なる…、ほど…。」


そう言うと、伊地知は額に手を当てて呆れる。

けれども僕には新鮮であった。そういう考えがあるのかと、そう思った。


「『鉱山開発』、頑張れよ?」

「…え?」

「だって今、"見つけてしまった"んだろう?近代期最大の金山を。」

「は、いやいや開発するなんて一言も――」

貴官にはさっさと帝都・・・・・・・・・・に戻って貰わねば・・・・・・・・困るのだ・・・・


言葉を詰まらせる。


「っ…。」

「皇國軍人の本務を忘れるな。機甲戦闘団を放置して辺境に逃げ出すなど、儂が許すはずなかろう」

「……申し訳ありません」


確かにそのとおりだ。

追放されたままだが、鉱山や化学肥料工場、大農法中枢地帯といったポテンシャルを持つここで開拓生活を送るなら、戦争に行かずに済むし、将来の生活も安定どころかもっと明るいだろう。「追放そのまま」というのが、選択肢的には正解なのだ。

しかし、それでは帝都に残した妥協アウスグライヒに無責任すぎる。


「いや、こちらこそ…少し言い過ぎた。」


そう伊地知は訂するも、言っていることに何ら理不尽はない。


「それに…金銀は、金属合金にもしばしば使われるし陸海軍の兵器製造には必須だ。なにより、皇國は金本位制に移行した。新規金山は、陸海軍省並びに大蔵省にとっても大歓迎だろう。」

「です、かね?」

「あぁ。陸軍としては硝安工場含めて貴官の入植事業には屯田兵費から相応の資金を拠出するだろうし、大蔵省は旧官営鉱山の技術を提供してくれるはずだ。」

「……わかりました。」


そうして、僕は頷く。

覚悟は…、まだできていないが、やるしかなかろう。


「詳細は決まり次第電報で連絡する。必要資材や資金はこちら側でどうにか工面しよう。貴官の入植地は――今や、一大国家事業に匹敵するのだから。」


そうだ。

事実上、紋別村を併呑した僕の『元紋別入植地』は、先進技術を糧に、本来の農業から軍需工場、鉱山経営へと拡大しようとしている。

初めてこの地に降り立った1889年は、たったの鍬一本であったのに。


「謹んで、やらせていただきます。」


やるしかないのなら、やらねばならない。




・・・・・・

・・・・

・・




明治35(1902)年6月 紋別


「というわけで、先月、大規模採掘が見込める金鉱山を発見いたしました。」

「なるほどのぉ……。――は?」


長老は一瞬うなずきかけて、聞き返す。


「…待って。藜兄、どういうこと」

「硝安の爆破試験中に、破砕した岩肌がたまたま金鉱石だったんだ」

「あんたねぇ…」


楓の問いにそうありのままを話すと、裲が呆れ返る。


僕の『元紋別入植地』の開拓事業に事実上編入された紋別村。その行く末を決める重大な会合が、村役場で開かれていた。

列席者は僕と裲、長老と楓。

裲と長老は初顔合わせだが当然険悪な雰囲気になることもなく、しっかり会釈を交わし合って滑らかに会談へ移行した。


「ここを開発していくんですが――…稲作の機械化農法はどうですか?」

「ん、順調。」


楓がこくりと首を振る。


「育苗箱による工場式育苗からして、愕然じゃったわい」


冬の間に統一規格の育苗箱を旭川工廠で、田植機を4輌ほど苅田工廠で新造。

硝安製造機の合成炉直下の空間を使って、合成熱による保温と風通しを両立するように調整して設置した保管庫に、育苗箱を重ねて保温育苗。早期発芽を実現した。

いわば、明治版疑似ビニールハウスである。


「発熱源は硝安製造機…、無駄にならない。」


楓の言う通り、ビニールハウスを明治で実現するにはコストが高すぎる。しかし、硝安の製造というプロセスに育苗という附属機構を付随させるなら話は別だ。


「この実現で早期発芽が出来るようになっちゃって、油紙に代表される保温折衷苗代は実用化しないままお役御免になっちゃったけどね…。」

「まぁ裲それは仕方ない」


保温折衷苗代は、硝安製造機のない他地域で役立ってくれるはずだ。


「育苗以降は?」

「問題はない。」


楓の言葉を継ぐように、長老が話し出す。


「耕起は乾田馬耕から機械耕起になって、更に深くまで掘れるようになったことじゃし、タコ足直播とはいえ人力の人海戦術だった田植えも、機械で一気に植えることが出来るようになったもんだからの。代掻きも水量管理も、万全じゃ」

「……あ、でも一つ。」


ふと楓が、その小さい下顎に人差し指を置いた。


「みんな…、退屈そう」

「やっぱそうだよなぁ」


深く頷く。

機械化したんだ、そうでなくちゃ。


「労働人口の余剰ってことね。」

「その通り。このままだと逆に紋別から人口が流出してっちゃう」


機械化大農法は、農業における必要就労人口を激減させてしまう。すると目標の5000人はあっという間に遠のいてしまうのだ。


「そういうわけで、さらなる農地拡張と――もうひとつ。紋別に、農業漁業に代わる新たな産業を設立します」

「それが、金山開発?」

「ああ。」


紋別の村落から山に入った奥地に、鴻之舞金山が存在する。


「金鉱石の精製工場は、紋別の集落に隣接する形で建設します。あと、鉱夫住宅は建設しません。」

「鬼畜?」

「ちげぇよ、自宅からの出勤だよ。そのほうがいいだろ」

「なんでじゃ?」

「鉱山市街を作ってもいいんですけれど、そうなると余剰人口分が全員、集団で移住する形になるじゃないですか。市街の分裂みたいな感じになりますし、商業を展開していく上でも不都合なんですよね」


都市、特に居住区は集中させておいたほうがよかろう。

紋別の分断を避けるためにも、だ。


「…なら、金鉱石や鉱夫はどうやって輸送する?」

「鴻之舞から紋別まで鉄道を敷設します。」

「ようやく来たわね」

「だろ?マジで待ちくたびれた」


溜息をつく。

ここまでどれほど掛かったことか。


「軌間は600mm、軽便鉄道ですが複線です。これで――連日、鉱山から金鉱石を紋別の精製工場に届け、鉱夫を市街から坑口へと輸送します。」


貨物路線かつ通勤路線というわけだ。

ようやく、この街に鉄道が通る。


「待て。なら、この街からどうやって金鉱石を輸出するんじゃ?」

「鉄道です。」

「…?」

「先日、鐵道省から嬉しいお報せが届きましてね。

 ――この街に、旭川から鉄道がやって来ます。」


長老と楓が、目を丸くした。


「……それは、本当か?」

「ええ。後ほど説明します硝安工場の案件で、名寄本線の建設が決まりました。」


僕は笑う。


「紋別は、大きく変わります。」

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