前5話『逆行者』

「無様ね」


ふと、咲来の長い銀髪が太陽を覆い隠した。


「どうとでも言え、もう慣れた」


その銀髪を軽く梳き上げて、彼女は僕の銃を指し溜息をつく。


「自動装填装置だかなんだか自慢げに説明してたけど、その体たらく?」


僕は、悪びれもせず肩を竦めて返した。


「体たらく とは」

「ちゃんと命中してたかしら?」

「するわけねぇだろ。射程距離はアホみたいに短いんだわコレ」

「駄目じゃないの…」


咲来は腰を下ろした。


「短射程で命中精度も酷い。10日か、二週間だか一ヶ月だか知らないけど、貴重な時間削ってまで、そんな役にも立たない代物ガラクタを作って尊ぶその精神が理解できないわね…。」


ま、そう言われるとは思ったけど。


「じゃ、やってみる?演習。」

「はぁ?」

「その格好、これから狩りに出ると見た」


長槍と短弓を担いだその軽格好は、咲来の仕事姿だ。


「その武具ならお前の本領も発揮できるってもんだろ」

「……で?」

「範囲は鷹栖演習場の河畔戦域エリア。使用する弾丸は染色ペイント弾、非致死性じゃないといけないしな。」


咲来はそれを聞くと眉をひくつかせた。


「あたしも舐められたものね…。あんたごときが勝てるとでも?」

「地の利がお前にあること承知で言ってる。無論勝つつもり」


ふん、と彼女は立ち上がる。


「いいわよ、潰してあげる。」

「…演習だからな?そこはわかってるよな?」

「大丈夫よ、矢は鏃を潰した訓練用を使うから。

 槍は……まぁ、全治2週間の打撲くらいは覚悟しておいてよね」


十分な自信ありげに、咲来は笑う。


「戦闘時間は90分、あんた側の勝利条件は訓練弾一発当てれば勝ちとして、あたしは……槍もしくは身体の何処かで、あんたに接触すれば勝利でいい?」


要は咲来の槍が当たるか、タッチされたら負けってことだ。

矢が当たっても負けではないのだろうか?

…いや、動作を牽制、拘束するために使うつもりなのだろう。

現実でも弓はそういうふうに使われる。


「わかった、異論なし」

「じゃあ始めましょう。あんたは戦域南口から、あたしは戦域北口から。」


そう言ってとっとと行ってしまった。

すでに90分は始まっていると考えていいだろう。


「さぁ、行きましょ。」


神居古潭の河畔に足を進める。


すでに生徒たちは寮に戻っているから、此処にいるのは僕と彼女だけだろう。

森林の中で足をすすめる。地形の起伏が激しい上に針葉樹林が広がるこの演習場は、北海道や千島樺太での日露交戦を想定するに当たってうってつけだろう。


(しかし我ながらよく6.5mm村田実包が装填できたよな…)


単純吹戻しに弾薬の相性が合わねば無論撃てない。自動装填方式に適応したのは奇跡と言えよう。暫く動き回っていると、おもむろに向こうの木が動いた。


(誰か来るッ!)


反射的に木の上に飛び退いた。きついなこれ。


「っ!」


背後から突き。

そう悟った僕は、身を翻して枝を蹴る。


(早速ッ――!)


躊躇うことなく撃鉄を落とすも。

パァン、という炸裂音とともに弾は外れて、前方の枝を染めた。


「この距離で当たらないの??」

「射程距離が短いから仕方ない!」


そもそも当たると思えない。咲来が速すぎる。


「っ、ぉわっ!」


死角から繰り出された彼女の槍鋒が頬を掠った。


(まっずい……、死ねるぞこれ…)


けれど、喧嘩をふっかけたのは僕だ。最後まで徹底抗戦するしかない。


「あんた歩兵銃の強さは射程で決まるって基礎も基礎よ!?」


背後から掛かる声を聞き、振り向いた瞬間。

足元の幹を矢が穿つ。


「っ!」


反射的に飛び退いた先は、空中。

身体が浮き上がり、重力に従って落ちていく。


「クソったれ――!」


姿を現した咲来めがけて、落下しながらも引金を押し込む。

されども、また外れ。


「…ッ」


至近弾だったようで彼女は一瞬気を取る、が。


「ほぼゼロ距離にも関わらず夾叉…。酷い命中精度ね」


そう言い残してすぐ軽快にも消えていく。


「っはぁ!」


背中から着地、結構ダメージを食った。

隙なく、パラパラパラ、と上から石が落ちてくる。


「う!?」


これも彼女の攻撃手段だろう。高低差を利用した猛攻。

それに応戦して、気配の先に銃弾を撃ち込み続けるが、手応えはない。

滅茶苦茶強い。


当の咲来は、物凄い速度で樹上を飛ばす。

時折、幹に踏みとどまって弓を射ってくる。

それに応じて僕も俊敏に飛び退くも、次の瞬間には、すぐ背後や足元に練矢が転がっている状態だ。


「次矢装填」


銀髪を棚引かせて後枝に飛び退きつつ、弓を絞る姿はまさに『氷翠の妖精』。

移動して最適な攻撃ポジションを探しながらも、僕の牽制を並行か。

本当に―― その一挙一動何処にも、弓道柔道槍道ほか、あらゆる現代の武道の動きを感じない。

それらとは全く縁がない、孤立した戦闘形態だ。


(うっわ流石だ…)


美しさも何も求めず狩猟戦闘に特化した、戦果を追い求めるだけの戦法。

山岳の森林が織りなす自然と密接した数々の修羅場を、狩場を潜って身につけた独学の戦闘スタイル。


(これが、咲来さっくる裲花りょうからアイヌの戦い方…!)


3年前、北湧別原野の入植地にて僕と彼女は出会った――というより、衰弱していた彼女を手当した。

咲来は孤児だった。身寄りもなく、狩猟と交易でなんとか日々を繋いできたが、ある日遂に踏み外して破綻。道内を彷徨うも状況を打破できず、観念して諦めていたところを奇跡的に僕が見つけた。

彼女がその長い単独サバイバルで編み出し身に付けた戦闘術を教えてもらうのと、労働力として開拓を手伝って貰う代わりに、僕は衣食住を提供して咲来の自立の道を探した。


それが、ここ旭川士官学校への入学。

寮制で衣食住も保証されるし、ここしかなかった。

部屋の件で平成義務教育の教科書は全て揃えていたので、まずは試しにそれらを渡してみた。

すると咲来は、1年ほどで義務教育過程9年分を頭に入れたと言う。

半信半疑で学力勝負を挑んだところ、負けた。


愕然とした。

この咲来裲花という少女、とんでもない才児だったのだ。

そうして彼女は入学試験を4位通過、今に至る。


ヒュッ、と槍が脇をかする。


(…っ、そうだ、アイヌだけじゃない)


長くを一人で生きてきた彼女の戦闘は、それ故に槍術や弓術といったたくさんの外来物を取り入れている。アイヌの猟術はその片鱗に過ぎなくて――だからこそ光るのだ。


僕といえば、どうにかこうにか枝の隙間を凌いでいくので精一杯。

30秒、40秒。若しくは1分強だろうか。

結局、限界はすぐ訪れた。


眼前に枝が迫り、回避しようと体を右にそらした瞬間だった。


バキバキバキィッ!


枝がとんでもない音を立てる。

そして一瞬、咲来の細い足の影が、枝と鋭く交差したのが見えた。


(やりやがった――!?)


枝を蹴ったか。

当の彼女の姿は残響とともにすぐ見えなくなる。

すぐに、ガガガッと音を立てて枝が崩れた。


「ッ!」


地面に墜落しかけ、咄嗟に隣の木の幹を掴んむ。


(やっばぁ……。)


重心が不安定になり、盛大に音を立てて着地してしまった。

そうして、咲来の姿を見失う。


「……本当にすげぇな、お前。」


樹上に消えた彼女に向かってそう声をかけると。

間もなく彼女の返答が上から降ってきた。


「射程は短い、命中精度も低い。銃としては致命的ね。あんた、そんなもの戦場に歩兵銃の代わりに引っ提げてったら冗談抜きで死ぬわよ?」


はぁと咲来の溜息だけが響いた。


「悪いけど…、あんた紛れもない『失敗』よ。」

「――たしかにその通りだ。」


ふむと頷いてみせる。咲来は呆気にとられたかのように言葉を失う。


「全くもって僕が『失敗者』であることには疑問の余地はないな。」

「へぇ?認めるのね。」


すかさず僕は言葉を継ぐ。


「この銃を制作するのにどのくらい要したと思う?」


あえて問いかける。

帰ってくるのは沈黙だけ。


「10日?二週間?一ヶ月?

……違う。兵器開発ってのはそんな一朝一夕で終わるもんじゃなかったよ。」


いったん言葉を切る。


「――半年。」


そう、息を吐き出した。


「紋別にいた頃から、計画を練り上げ、試行錯誤を続けて、銃身が爆発すれば西春別先生を通じて陸軍工廠に送りつけて、弾が詰まれば半日かけて摘みだす。」


そこで、少しばかり口角を上げる。


「徹底的にしくじり続け――…その分、学ぶ。」

「……は?」


彼女のその困惑に、僕はこの短機関銃を構えて答える。


「失敗に失敗を重ね、地味に地道に然るべき代償を支払って――約半年。

 その結果が、お前に届くかどうか見せてやる。」


ザァァァ―――、と森が騒ぐように冷たく鋭い風に揺れた。


「諦めないのね。なら容赦なく、力でわからせるけど」


その身軽な体を活かして、咲来が直上の大樹に一気駆け上がる。束の間、樹頂の葉の茂りからついにその身が露になった。


すかさず銃口の先に捉え、僕はためらわず撃った。


タァン!


銃弾は外れる。まぁ命中精度がひどいのは織り込み済みだ。


「――ふっ」


その勝利を確信した彼女の表情を、その身体を、照星と照門の先に捉える。


(従来のボルトアクションじゃ銃弾装填は5秒から7秒かかる。だからこそ撃たせてから強襲すれば勝てる。きっと誰もがそう思う――。)


そう錯覚させるために、今まで僕はこの銃を単発で射撃してきた。

6秒に一回程度、新配備の三十年式と同じ速度だ。

確かに手動であればそれでも十分早いほうだろう。


だからこそこの銃を咲来は、手動を機械仕掛けに替えた程度のモノだと「把握した」。いや、先入観から「信じ込んだ」、と言うべきか。


静かにレバーをカチリと、単發から連發へ切り替える。


先に撃った弾の空薬莢がチャリィン、地面にあたって音を奏でると同時に、バネ仕掛でスライドが押し戻され、次の弾を銃腔に装填した。


単純吹戻しシンプルブローバックの装填速度はもはや従来とは比較にならない)


『失敗の成れの果て』とでも称するべきか、

さぁ来い。失敗の連鎖の先にこれがある。


曇天を背に迫る咲来。


機構動作確認。

装填完了。


目標捕捉。

安全装置、解除。


「刮目しろ。」


徐に笑った。


集中制圧掃射、

掃討体型『第1種制圧射』。



「―――展開。」



撃鉄を押し込んで刹那、弾が吐き出される。

淀むことなく、弾倉をカラにするまで。


タタタタタタタタタ!!!


交戦距離、銃先僅か40寸。

射撃速度―――毎秒6発。


戦列歩兵の遺物が残る戦場に革命を起こし、戦術基礎を火力圧倒へと導いた寵児。

物量攻勢、大量生産。戦争を総力戦へと変貌させ、果ては――大量消費社会の到来を呼んだ、現代の原点。


その力を人は、『速射力』と呼んだ。


「な―――?」


降下してくる咲来の困惑も構わず、淡々と機関部を唸らせて。

点制圧掃射。襲いかかる強烈な反動を肩でどうにか押し殺しつつ、一点集中で銃弾を撒き散らした。


「…ッきゃっ!!?」


咲来の顔に、身体に8発の染色弾が着弾する。

彼女は慌てて姿勢をコントロールし、なんとか着地した。





「……森林戦においちゃ、射程距離はあんまり重要じゃない。」


地面に散乱する空薬莢の中、僕は静かに彼女の方へ歩き出す。


「奇襲が中心となる森林密林市街地山岳では、接近戦が主体になる。そうなったとき必然的に連射力が戦況を左右するんだ。」


咲来は途切れ途切れに尋ねる。


「な――何…これ………。」


咲来がとぎれとぎれになりながら問うてくる。


――『試製五一式』。」


咲来は声を震わせる。


「なんなのよ、あの射撃は……!」

「連射性能、毎分350発。」

「さ、350っ!?」


斃れた猛獣たちの屍を見据えて言う。


「有効射程80m、銃口初速秒速320m。この点じゃ旧型の二十二式村田銃にすら及ばないけどな。」

「連射性能、従来の21倍……?そんなの――」


言葉を一旦切って、咲来は唇を噛んだ。

そしてゆっくりと、言葉を絞り出す。


「戦争が、ひっくり返るわよ…。」


少し乱れたその銀髪をかき上げて、彼女は問う。


「あんた――、一体なんなわけ??」


僕は咲来に手を差し伸べ、笑う。


「『逆行者』。」

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