前6話 戦争勃発

「ぎゃっこ…、え?」

「……いや、なんでもない。忘れてくれ」


僕は咲来に手を差し伸べる。


「とりあえず下山するか」

「…いいわよ、自分で立て」


そう制して咲来は左手をつき、立ち上がろうとするも。


「っ!」


ぺたり、と腰から地面に落ちる。


「…腰抜かしたのか」

「……うるさいわね」

「はぁ…。負ぶってやるから後ろ乗れ」


咲来の前に背中を向けてしゃがむと、彼女は少し遠慮がちに、僕の肩へその白い腕を回す。大腿を腕で抱え支えてからゆっくりと立ち上がる。


「…ありがと」


耳元でぽしょりと咲来が呟いた。


「おmo」

「それ以上言ったらぶん殴るわよ」


いや実際お前槍と弓と矢筒背負ってんだよ?武具の重量考えて?


「あっそうだ思い出した!重量物を運搬する新器具を開発してたんだわ」


そう言った瞬間、後頭部を全力で殴り飛ばされた。



・・・・・・



「おう来たか」

「これは?」


初めて見るそれに当惑しつつ、咲来はそう訊く。


「"リヤカー"だ。」

「……大八車の派生?」

「そうだ、って言ったらどうする?」

「正気を疑うわ」


咲来はきっぱりとそう言った。


「一度交易対価として和人に貰ったことあったけど、山道じゃゴミそのものよ」

「まぁな」


大八車は江戸時代の遺物なのだ。

・木製であるために頑丈さに欠け、弾薬・兵器などの重量物は運搬できない。

・木製車輪に鉄の箍を嵌めたものが多く、振動・騒音が大きい。

・荷台部分が平坦なので、荷物の積載量が限られている。

・左右の車輪を繋ぐ車軸の上に荷台が乗る構造の為、積載時の重心が高く、しばしば横転する。


「加速が重いし、振動が激しいから積載物は限られる。列挙すればきりなし」

「よくわかってんじゃないの、まだ生身で往復したほうがマシよ」

「けどな、それらの欠点を…自転車を使うことで、排除できる。」

「…?どういうことよ」


自転車を購入・分解。

そこから鋼管とタイヤを再度組み上げて生成した品こそ、リヤカー。


史実、大正10年に開発され、輸送手段を従来の大八車から一気に刷新した代物。戦後のオート三輪の普及まで40年に渡って第一線を走り、21世紀に入ってなお軽車両として牽引され続ける荷車である。


余剰の旧自転車部品、鋼鉄の残骸を幾つか荷台に片っ端から突っ込む。


「大八車…荷台は全部鉄?あんた正気?」

「鉄は鉄でも鋼管だ」

「見るからに重い…、動かないわよ。」

「取り敢えず牽いてみるか?物は試しだ」

「っ、絶対に無理よ!」

「百聞は一見にしかずだが、百見とて実触には届かない。損はないだろ?」


渋々と彼女は進み出て、鋼管の梶棒をくぐってどうにか持つ。


「牽くわよ…っ!」

「いやそんな力まなくても大丈夫だから」

「っ……んっ!…――ぇ?」


最初から全力で全身を使って牽引しようとした咲来は、あまりに簡単に前に進んだリヤカーに対応できず、勢い余って前のめりに倒れ込んでしまう。


「大丈夫か…?」

「……、…!?」


咲来は動揺する。


「ご感想は」

「魔術でしょ?」

「魔法があったらいいよな。僕もいくら切望したか」

「信じられない…」


その様子に少し笑って、僕はリヤカーに手を置く。


「これが鋼管の力だ。」

「……な、でも、ここまでの軽さなんて!」

「堅重な木材よりも遥かに簡潔で構造を採れるため軽量。更に、車輪が外せるから破損時には予備タイヤで取替も可能なわけだ。」

「職人要らず…ってわけ!?」


それだけじゃない。


「長い車軸がないから車輪中心より低位置に荷台床を配置できるから重心が低くなって安定するし、旋回も自由になる。貨物積載量も遥かに増す。」

「っ!」


あとはこれを量産するのみ。

これにて基礎工事の運搬作業を大幅に短縮する建設器具の開発を成功とする。


それだけじゃない。

士官候補生という将来が決まっている身から言うならば。振動が抑えられることで、武器類が戦場で安全かつ迅速に運搬が可能になる。


(つまり、重火力の機動運用ができる…。)


マキシム機関銃が5年前、既に大英で開発されている。

なにせ枢密院だ。英雄的な歴史改変にあれほどご執心ならば、平気で重機関銃を開発、平然と日清戦争へ投入するだろう。


まぁそうじゃなければ、士官学校で個人研究と称して

先述の通り時代先行技術ではない以上、不可能なわけじゃない。


(そうして、騎兵が機動重火力兵科に化ける。)


さて。

5年後の日清戦争へは、士官候補生の僕とて容赦なく最前線へ動員されるだろう。

しかしその時、コレさえあれば?


機動重火力騎兵。

装甲化はされないが、それでも十分すぎるほど強い。

機関銃が使えるのは防衛陣地だけじゃなくなるのだ。

長大射程で、広範囲に極めて甚大な破壊を齎す重機関銃が、騎兵牽引で、高速度でゴムタイヤを回し、歩兵攻勢に随伴する。


相手は時代遅れの突撃戦術を主体とした清軍。

機動力を伴った破壊的制圧力、結果は想像するに容易い。


或いは――、機動戦ドクトリンの魁。

のちの戦史の1ページさえ、そう飾りうるだろう。


「さて、準備は整った。」

「…なんの?」

「これから始まる戦争の、だよ。」


少し険しく見つめた先は、西ではなく、北だった。




・・・・・・

・・・・

・・




ふた月ほどが経ち、旭川の暑い暑い盆地の夏は終盤を迎える。


じりじりと外で蝉が鳴く中、当然空調などあるわけなく、冬の厳寒に備えて設置された数々の保熱設計が、研究棟全体を蒸し風呂にしていた。


「うへぇぇ、地獄だ…。…今週もやるんですか?」

「やりますわよ?毎週と申し上げましたもの」


にも関わらず毎週、管理室に呼び出されて有栖川と『研究』と称して、枢密の方針分析から軍事学、国家統治学、産業学まで幅広い議論を交わす数時間はなくなることがなかった。


「今日はお得意の鉄道ですわよ?」

「マジで!?!?」


テン上げ。


「正確には皇國の輸送体系について、でしてよ」

「どんと来いや」




「これから近代戦を戦っていくにあたって、皇國の鉄道はあまりに非効率すぎます」

「続けて頂けて?」


内国鉄道路線図を机上に広げた。


「まず。主要鉄道が数多くの民営会社によって運営されていることです。…これは列強じゃ類を見ません。統一のために一刻も早い国営化を目指すべきです」

「分立では不都合が起こるのです?」

「致命的ですよ、北は名寄から南は鹿児島まで、幾十という鉄道会社が乱立、その運行規定も車両規格もまちまち、ばらばらですよ?」

「…?当然のことではなくって?」

「……マジですか」


常識が噛み合わないとはこういうことか。

明治の時代感覚を舐めていた。

思えば、あの時代が便利すぎただけなのかもしれない。


「仙台鎮台を大陸へ派兵するとします。」


仙台駅を指し示す。

東北地方の中枢、皇國最北の鎮台だ。


「現行では、仙台 - 福島を官営、福島 - 品川を日本鉄道、品川 - 神戸を官営。さらに神戸 - 広島を山陽鉄道、広島 - 博多を九州鉄道、博多 - 博多港を西日本港湾電気に輸送を頼り、計五回乗車料の支払、貨物引き継ぎ、ダイヤ調整。これでやっと博多港から船で釜山に渡れます。……おかしいでしょう?」


一般旅客輸送はもっと面倒くさい。PASMOなんぞあるわけなく、乗り換えには一回駅から出て、切符を買うところから始めなければならない。酷いものだ。

それでも何一つ怪訝がることもなく、有栖川は首をかしげる。


「仕方ありませんことよ」


溜息をついた。

なるほど、僕の知る「鉄道」とは似ても似つかぬとは。


「これは趣味オタ活動のし甲斐がありますね……。」

「お、た…?」


有栖川は頭に疑問符を浮かべるも、構わず頭を抱えて唸る。

こんなのは僕の愛した鉄道ではない。

ならどうするか。

答えは簡単である。


「国有化という手段の前には、現行体制の全てがバカバカしいですよ。」


徹底的に改造して、あの憧憬を取り戻すのみだ。


「鉄道省設置、主要幹線の買収。これにより、まずは運行管理、貨車規格、輸送法規を統一、北は稚内から南は枕崎まで全線をダイレクトに運行できる輸送体制を構築します」

「ちょく、つう…?」

「仙鎮の例ならば、仙台から乗降無しで直接博多港に接続することですよ」

「…ッ!?」


有栖川は口を抑える。

なにゆえこの時代の鉄道にはその発想がないのだろうか。


「また国営化によって資金源を統一、国庫より拡大、現状よりさらに円滑かつ的確に路線建設ならびに改良を進めます。皇國の輸送体制と今後の発展を考慮するならば、東海道、東北、北陸、山陽の4本線は全線の高規格複線化が望まれます」

「ぜ、全線!!?」

「ええ、全線です。総延長は3000kmに達しますが、1900年前後を目標に迅速に取り掛からねばなりません」


これからの国力の飛躍とそれに伴う輸送需要の爆発、そして国家総力戦を臨むに当たり早急な兵員物資の動員、転換、輸送のためには現状の貧弱な皇國のインフラでは到底支えきれない。


「物資集積所の配備も急務です。現状、駅ごとに貨物ホームが開設され、貨物列車は各駅に停車するごとに積荷車の解結作業を強いられていますが…」


宮城野、田端、梅田、門司と主要な交通の要衝に丸をつけていく。


「操車場を基幹とするヤード継走式を導入するべきです。」

「ヤード、けい…、そう…??」

「工業地区を擁する都市に一つずつ『操車場』を設置し、各駅もしくは工場専用線から貨車を一旦当該都市の操車場へと集積します。」


例として大阪を地図に記す。


大阪近縁の鉄道路線沿線に分散する軍需工場群から出庫した貨車は、一度大阪地区の物資集積を賄う――梅田操車場(仮称)へと集められる。


「まぁ地域の物資集積所みたいなもんです。

 ここにおいて、貨車を東海道方面、北陸方面、山陽方面といったふうに行先別に分けて貨物列車を編成し、出発させます。」


東海道方面へと出発すると仮定して、矢印を引く。

梅田操車場(仮)を出た貨物列車は、京、名古屋、浜松、静岡、横濱といった沿線大都市の操車場のみに停車して、貨車を解結しつつ帝都の操車場へと到着する。


「各都市の操車場で切り離された貨車は、物資集積所である操車場から、近縁の目的地へと各々出発します。」


物資集積の拠点のダイレクト接続。

これがなくては輸送効率も上がるまい。


「わかりますでしょう?現行の、沿線の全駅ひとつひとつにちまちま停車して積み降ろしを行うよりも遥かに、断然効率的に、かつ高速度な物資の流通とダイヤ設定が可能になる。」


集積所間の直通取引。

都市を単位に機能し始める物資輸送網。


「地域集積所の設置と拠点間高速輸送こそが、『鉄道』の本領発揮への第一歩となりうるのです」


有栖川は呆然と地図を眺める。


「これで…、『第一歩』…?」

「…いや、第一歩というのは語弊が生じますね。

 "ようやくスタートに立てる"、その認識でいいでしょう」


言葉を失う有栖川。


それもその筈、と言うべきだろうか。

あの平成という時代の鉄道システムの根幹を形作ったのがこの頃、全国に幹線が伸び始めた明治中期なのである。


「…持論ですが。皇國臣民は、鉄道を『遠いとこになんか速く行けるヤツ』程度にしか認識していないように思うのです。」


結局、日本人は根本的なその認識から抜け出ることができずに、21世紀に入ってもなお、鉄道という輸送システムを余りに非効率で不採算に持て余す。

開通から150年という時が経ってなお、その使い方を誤っているのだ。


「鉄道は高速輸送手段です。『量』を運ばねば、意味がない。」


"なんか速く行けるヤツ" に認識が留まれば、日本人は日本人らしく没頭し、都市鉄道、新幹線、過密ダイヤと追求し、世界が目を瞠るほどに一分野のみを進化させ…――旅客ばかりに特化した鉄道システムを、平成に至って残すのだろう。


(日本は世界に冠たる鉄道大国?……笑わせるな。)


消滅する貨物輸送、旅客でしか挙げれぬ収益、閑散とする赤字ローカル線。

貨物輸送の鉄道使用率、OEDC加盟先進諸国最下位。

にもかかわらず膨張し続ける貨物流通量は自動車に依存し、列島の狭小で貧弱な道路インフラを圧迫。騒音と二酸化炭素をただ垂れ流すだけの慢性的な大渋滞を引き起こし、遅々として進まない非効率な物流網を形作るのだ。


65台のトラックと65人のドライバーを動員して運べる貨物量は、1運転士が動かす1編成の貨物列車が運べるそれとほぼ同じ。

非効率すぎる労働人員の配分、甚だしい労働力の浪費だ。


「我々が構築せねばならないのは、迅速に大量の貨客を輸送できる効率的な輸送体系です。これこそが、鉄道を鉄道たらしめるのでしょうから。」

「………っ!」


モータリゼーションの波が来れば錆れ去っていくだけしかない、敗残兵のような鉄道の姿を見たくはないのだ。鉄オタとして、断じてだ。

ならばやらねばならない。


「……レポートに纏めて頂けて?」

「は?」

「評価に然るべき加点が行われるわけですもの、損はありませんわ。

 速やかにこれを帝都に…、、っ…!い…いえ、なんでもなくってよ」

「は、はぁ…。」


まぁ僕とてここで騒いでいるだけで鉄道史を弄れるとは、到底思っちゃいない。

そんなに世の中甘くないだろう。


しかし旭川士学在籍とはいえど、卒業後は終身軍人と決まってるわけじゃないのだ。然るべく兵役をこなした後に、上層部とのコネで内務省の鉄道事業部に斡旋、ねじ込んでもらうか。


陸軍士官を経ているのだ、キャリア的には十分安全圏。

日清戦争は兎も角、誰が好んで最前線で旅順要塞への肉弾突撃に加わるというのだ。逼迫する輸送を改善しつつ、砲弾の飛んでこない省庁で日々オタ活。


「……悪くない!」


そう呟いた瞬間。


バァン、と扉が乱暴に開かれる。


「と、棟長!!」


伝令が転がり込んできた。


「緊急、緊急電であります!」

「いかがなさって…??」


伝令は僕を一瞥してその存在に気づくと、慌てたように有栖川の耳元に囁く。

一文、二文程度だろうか。すぐに有栖川は目を丸くした。


どうやら何かが起こったらしい。


「っ!…校外に出ている教官その他全職員を至急お呼び戻しなさい。」

「はッ!」


伝令は切迫した足取りで部屋から駆け出す。

その様子を、僕はぽかんと暫く見送るしかなかった。


「何が起こったんです…?」


有栖川は未だ動揺隠せずといった風に、僕へとその内容を伝える。


「樺太で開拓団同士の交戦発生、ロシア帝国が正規軍の樺太進駐を決定…、と。」

「……枢密は何と?」

「――樺太派兵を即断、北海道全土に動員令。」


絶句した。


「皇國北方開拓団の保護のため、現役兵から兵学生まで屯田兵団隷下の総力を以て、叩き潰せ。……とのことですわ。」


兵学生、か。

間違いない。

士官候補生たる僕はもちろん、出身の第三大隊は総員出撃だ。


震えた声で有栖川は続ける。


「ま、さか。…貴方の仰る通りに、なんて……。」


ギリギリと奥歯を噛み締めて、舌をひと打ち。

何が『改変物語』だ、運命とやらのクソッタレめ。

僕は立ち上がって、鞄を持つ。


「――もう双方退けませんよ。さぁ、戦争の時間です。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る