序章 明二四年動乱

極北

「はぁ――、なんでこんなとこにいんだろ…。」


思わず中指を立ててしまう。

明治24年9月。小銃引っ提げて僕は、樺太に立っていた。


「小隊、整列ッ!点呼!」

「「「はッ!」」」


所属する第三中隊の隊長、伊地知幸介大尉の号令が響く。


(最終階級は中将、日露戦争で乃木大将の下に第三軍参謀長を務める方か…。)


歴史を知っているといろいろおもしろいなぁなんて、そんなことを考えながら突っ立っていると、いよいよ僕の指揮する小隊に順番が来る。


「第2小隊長、初冠藜少尉!」

「総員34名、休欠なし!」

「よし次っ」


静かに僕は小隊へ戻る。

さて、知っての通りここは戦場だ。


日露交戦という緊急事態に直面したわけだが、全面戦争は避けねばならない。

そのためには、国境紛争の体裁さえ保てれば大丈夫、という枢密の判断のために北海道のみの戦力動員となったのだ。


予備役から兵学校まで全道で文字通り根こそぎ総動員が行われ、従来の屯田兵団は即日『北海鎮台』――皇國7個目の正規師団へと改組、再編されたのだった。


これにより我らが第三大隊は連隊へ昇格、歩兵第26連隊の番号を賜った。

連隊隷下、すなわち旧第三大隊には動員が布告され、各地の兵学校から男女関係なく兵学生が召集、大隊が3つ新設されることとなった。

これにより僕が所属したのが、第三大隊(新編)である。

なにかの皮肉だろうか。




北海鎮台

└【鎮台司令部】

| └第7砲兵連隊

| └第7偵察中隊

| └第7工兵中隊

| └第7補給中隊

└<歩兵第25連隊>(札幌)

└<歩兵第26連隊>(旭川)☆

└<歩兵第27連隊>(函館)

└<歩兵第28連隊>(釧路)


☆歩兵第26連隊(旭川)

└【連隊本部】

| └26連隊通信隊

| └26連隊衛生隊

└<第一大隊>(旭川)

└<第二大隊>(網走)

└<第三大隊>(湧別)★←僕ココ!




一昨日から続く大雨で霞む悠々たる山岳と深緑を見上げる。

ここは古屯ポペディノ、中部樺太を分断する大森林地帯。


作戦の骨子は機動殲滅、これより大隊は順次出陣だ。

しかし、第一、第二の出陣まで我々第三中隊は待機となる。僕は、自作兵器を満載したお手製リヤカーを、そのまま木陰まで運び込んだ。


「よくこんなもの持ってきたわね」


咲来がそこの茂みから顔を出す。


「おぉいたか」

「いるわよ、あたしも同期なんだから」


士官科は全員戦場行きか。

随分情勢は逼迫している。


「するとお前は?」

「小隊副官。幸か不幸かあんたの指揮下かしら」

「……幸だと信じておこう」


仮にも3年来の稽古相手だ。

少なくともバラバラよりかは生存率は上がるはずである。


追放2,3ヶ月ごろ。少しでも体力底上げの足しになればと激務の合間を縫って、科学的に有効性と効率性と立証された21世紀製筋トレ(のまね)をやってみるのだが、なおそれに割く時間が激務のせいでほぼないにも関わらず、その記録だけは飛躍的に伸びていく。

どういうことだとは思ったが、おそらく咲来につけてもらっている戦闘術の稽古が体力を根本的に増強しているようだと気づいた。


連日の狩猟民族水準の身体酷使に加えて、明治時代の「鍛錬」とは比較にならない効率性と強化幅を誇る21世紀型科学的筋トレをやってるわけだ。そりゃ伸びないほうがおかしい。

…のではあるが、1分間の拳腕立て限界数とか2ヶ月で5倍の飛躍だ。いくらなんでも伸びすぎではなかろうかと心配になる。


だが、それでも咲来は首をかしげるのだ。

「…あんたまだまだ普通以下よ」とのことだった。

「お前の普通はどこにある」

「あたし」

「なんで???他の和人と同レベルでいいんだけど」

「他の和人の体力なんて見たことないから知らないわよ。あたしくらいじゃない?」

「狩猟民族水準じゃねぇか」


まぁ僕も明治人の体力限界なんぞ知らないので、当分は彼女の言う標準めがけて身体酷使の鍛錬しかないだろう。筋肉の消耗が補充増強に追いつかないのではないかと不安になるが、前世とは違い早寝早起きクソ労働という超健康的な生活を送っているので成長ホルモン爆産な筈である。信じてるからなお前。

閑話休題。


「で、コレは?」

「見ての通りリヤカーだ。

 兵器課を説き伏せて持ち込んだ。楽だろ?」

「そうじゃないわよ、中身よ中身」


そう言って彼女は積載した木箱を開けようとする。


「おいバレるだろふざけんな」

「…はぁ、さては自作兵器入れたんでしょう」

「なぜわかる」


ぐうの音も出ない正答。


「だいたいあんた、海峡越えてよく持ち込めたわよね」

「お褒めに預かり光栄で」

「あともうちょっと弾薬少なくていいでしょ」

「いや、でもそういう兵器なので…」


自作兵器第2号。

有栖川の資金援助も受けつつ奨学金をどうにか捻り出し、兵器開発のち、西春別先生を通じて会戦二回分の弾薬の量産を工廠に申し込んだ。

そういうわけで、十二分な榴弾が積載されているのである。


「弾薬箱まるごと一つ、あんたの自作兵器ってどうなのよ…。」

「いや、だって戦場だよ?それ持ってかないとこのボルトアクション歩兵銃一丁じゃさすがに心細い。死んじゃうって」

「使い物になるかしら?」


彼女はそうぼやいて弾薬箱を漁って僕の自作兵器――どうにか間に合わせて開発した短機関銃を取り出して撫でる。


「何を失礼な…。自動装填装置だぞ?半分チートだぞ?」

「わかってるわよ、。」


咲来はそう笑って、踵を返した。



・・・・・・



翌朝、古屯を出発した第三中隊は、50度線を越えて北樺太に足を踏み入れた。

ぞろぞろ続く行軍列の足取りは、良いとは言い難い。


指揮下、第2小隊総員34名。

下士官4名、歩兵30名からなる小隊だ。

しかし、下士官だ歩兵だとは言えど、ほぼ兵学生。

満年齢で10歳から17歳までの少年少女兵なのだ。


「逼迫してんなぁ…」

「なにが?」

「子供を戦場に送るなどどうかしている、そう思わない?」

「でも、内地まで動員しちゃったらそれ総動員でしょ。日露の全面戦争を誘発しかねないわよ?」


地域動員という体裁を取り繕う必要がある、そんな当然のことを咲来に宥められる。


「日露交戦という緊急事態に直面すれど、全面戦争を避け国境紛争に留めるには、北海道のみの動員しかできない、かよ…。」

「ただでさえ人口少ない北海道なんだから兵学校まで文字通り総動員でしょ」

「なんでだよ!僕らまだ中坊だぞ!!」

「必要最低限の体力、銃の使い方、現代ドクトリンを学習してるあんたたちは、その辺の漁師を戦場へ出すよりかはよっぽど戦力になるでしょ。」

「…へい」


こいつとレスバを繰り広げても勝てる気がしないので、首肯して降伏する。


「はー…やだ、隊長やりたくない…。」

「ふふふっ…あれじゃぁ、たしかに統率も難しいわよね。」


咲来が振り返る。


後ろから時折注がれる視線に、僕はうんざりとした。



続く行軍列。

下士官4名は当然、旭川の士官科生徒ではあるが、驚くべきことに旧第三大隊、すなわちこの26歩連の地域の出身ではない。

つまり、三大隊生ではないのだ。


どういうことかというと、旭川士学の生徒は所属部隊の比率に偏りがあることは入試の折に前述しただろう。

裕福な一大隊(現:27歩連)や二大隊(現:25・28歩連)出身の生徒ばかりで、三大隊生の士官候補生が足りていないのだ。


この小隊に属する4下士官は、僕を除いて他は二大隊生なのである。


「考査だけいい点取って調子乗られてもねぇ…」

「戦場で体力なくちゃ全く役に立たないんだよなぁ」


後ろから嫌味のように囁く下士官たち。


二大隊生たる自分が、散々扱き下ろし罵り倒してきた三大隊生の指揮下なのが、どうしても納得行かないのだろう。相当の不満を抱えているようだった。


「あのノロマに率いられるって…生きて帰れるかさえ怪しいぞ」

「俺たちでどうにかするしかないんじゃねぇか?」


下士官たちに僕の悪噂を唆されたか、歩兵の中にも嫌悪だったり蔑みの視線を向けてくる連中もいる。


小隊召集で簡単な会釈をしたとき、小隊の大半から胡散臭そうな目で見られたのはこれが原因だろう。

僕を知る紋別の出身者が一人しかいなかったのが運の尽きか。

指揮下部隊から背中に突き刺さる視線は、冷たく痛い。


「あ〜…、最悪だ…。」


そういうわけで、小隊の心理的統率が全く取れていない。

本当に最悪のコンディションで、僕は初戦場を迎えたのであった。




・・・・・・

・・・・

・・




適当に夕餉をとってから、野営に入る。

21:00を回った頃、野営地から少し離れた中隊本部において各小隊の小隊長が招集され、ミーティングが始まった。


「ご足労感謝する、中隊長の伊地知だ。作戦骨子を説明する。」


伊地知が中部樺太が描かれた地図を棒で指しながら喋りだす。


「この先は大森林地帯だ。屯田兵にとっちゃホームグラウンドのような地形だな、十分な活躍が期待できる。

…そこで、だ。小隊単位で散開し、主力同士が森林地帯で衝突する間に側面から機動遊撃を仕掛けて掻き乱すという算段だ。」


彼は白紙に書き込んでいく。



___________

 至対毛

▲   ▲

▲▲▽▲▲

 ▲ ▲▲

▲▲⇧▲

26→敵←27…(最瀬布)

▲▲ ⇈ ▲▲

▲▲25▲▲

 ▲ ▲▲

 至古屯


▽:切通

▲:山

26:歩兵連隊番号

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



「見てもらったとおり交戦予想地域は渓谷地帯でな。」


伊地知はそう続ける。


「ただでさえ狭い渓谷で正面衝突しながら側面を崖上から奇襲され続けるのだ。敵の負担は計り知れない。十分撃退可能だ。」


重鎮と磯城からなるゆかいな枢密の仲間たちが持つ、130年先までの史実知識をふんだんに投入して改造された皇國陸軍だ。

未だクリミア戦争の大敗の尾を引く敵軍じゃ、確かに到底相手にならないな。


伊地知が説明する合間にも、第1小隊と第3小隊の2人の小隊長は僕をチラチラ伺い、くすくすと時折口を抑える。

なお、連中は先日僕の顔を蹴り込んだ一大隊生だ。


(陰口叩くのは結構だが、今は作戦説明なんだから聞いたらどうなんだ…。)


そうは思いながらも口には出さない。黙って伊地知のそれを最後まで聞く。


「――であるから、諸君には以下の軍令が連隊参謀部より出ている。」


彼は軍令明細を僕らに配布した。そこに目を通してみる。


『渓谷中部の最瀬布キロフスコエを挟む両側が布陣目標。陣地設営後、網走即応大隊は谷底の敵軍に機動奇襲を用いた遊撃攻勢を掛け、敵を圧迫せよ。』


「諸君らはこれを考慮し、小隊の布陣地を具申せよ。それに応じて中隊本部を設営するからな。」


彼は最瀬布付近の詳細な地形図を広げてそう命じた。

伊地知は随分と現場裁量に自由を認めてくれるようだ。これは素直に嬉しい。


「はっ、なら我々第1小隊は――…ここ、地形的に最良だと判断いたしました、最瀬布村東北東1.3kmに設営致します。」

「なら…ふむ、我々第3小隊は……、第1小隊に呼応して反対側を挟む、最瀬布集落西0.8km地点に設営します。」


即座に二人はそうやって地図上に印をつけて、示し合わせた。

二個小隊で渓谷を挟み撃つペアを即座に決めてしまった彼らは、残り一個になってしまった小隊である僕の方を見てくつくつと笑う。


「おいおい、やめてやれよ。あのノロマ困ってるぞ?」

「くくく…いやはやこのままじゃぁ泣かしちゃうか。」

「そうだな…おい、鈍足野郎!」


僕を指して第1小隊長がそういったのですこし首を上げて反応して見せる。


「俺らが決めてやろうか?実戦なんて出来ないもんな臆病者!」

「くはははっ、やめてやれよ、司令殿の前で恥をかかせてやんな!?」

「司令、こいつら第2小隊の布陣場所は――」


手のひらを見せて彼のその言葉を止める。怪訝な顔をする彼らを横目に、はぁとため息をついてから僕は地図へ手を伸ばし。


「第2小隊はこの端より遥か北11km、対毛ティモフスコエに布陣致します。」


最瀬布集落を示した地図の北端の枠に、静かに印をつけた。


「――は?」


場が一気に静まる。


「ぉ…おい、もしかしておまえ地図も読めないのか…?」

「ちげぇって、多分…軍令の日本語が読めねぇんだよ…!」


こらえきれなくなったのか彼らは臆せず笑い出す。嘲笑のうちに僕は黙る伊地知大尉の下に進み出ると、彼から困惑した声をかけてきた。


「……どういうことだ?なんの真意がある??」


答えようとすると別の方角から声が。


「同期が申し訳ありません!ですが司令閣下、こいつに真意なんかないんです!」

「ただの愚鈍な低能野郎なんですよ、相手になさる価値もない!」

「いや、僕がここで布陣することでだな――」

「口答えするなッ!」


気づけば第1小隊長の拳が飛んできていた。司令である伊地知の説明中、散々嘲笑しておいてそれかよ、と思いながら右頬に走るだろう痛撃を覚悟する。


「やめよっ!!」


伊地知の怒鳴り声で、どうにか第1小隊長は止まったようで殴打は来なかった。


「諸君ら静粛にッ。どういう意味だ?第2小隊長。」


痛撃から救ってくれた彼は僕を呼び、説明を求める。


「旧来の作戦では、敵を完全に撃滅しきれません。」

「……どういうことだ?」

「精々戦果としては敵の3割削れたらいい方でしょう。敵は北へ逃げれます。」

「勝利は勝利だろう?我々に与えられた軍令は『撃退』だ。」

「そうだぞ?撃退と撃滅を混同するとは…さすが能無しカエル」

「くはははっ、いい名前だな!よぉカエル!さっきからゲコゲコ煩いぞ!?」


便乗するように他の小隊長たちからの罵声も飛んでくる。今のどこにカエル要素あったの?僕は肩を竦めて答えてみせる。


「果たしてその『勝利』の後、何が我々に残ります?」


「…………は?」


「ロシア軍の敗北は、彼らの面子を正面から叩き潰すに等しい行為です。」


僕は溜息を吐いて続ける。


「対日国境紛争の敗退は、ロシア軍、ひいては皇帝の威信を根本から揺るがせます。だって、白人様の超大国が極東の未開国に、部分的とは言え負けるんですよ?」

「……だとしたらなんだと言うんだ。」

「クリミア戦争で大敗して久しいあの国が、黄色人種にすら勝てなかったとすれば、諸列強の評価どころか国民からの信用が失墜し、国体までもが危機に瀕します。

 ですから、ロシアは皇國に対し全面戦争も辞しませんよ。」

「…っ」


「そうなった時――…。

 拡大し続ける戦火、増え続ける敵軍、激しさを増す戦闘。

…現状工業力16倍差、軍事力40倍差の我が皇國は――果たして耐えられます?」


場を重い沈黙が支配する。


「……ただのノロマが知ったような口を利きやがって…。」

「所詮はてめーのくだらない妄想なんかに、付き合ってられるかよ…!」

「妄想?超大国のプライドへし折ることが?」

「「……ッ」」

「数字だけで結果は歴然としているだろ。文字通り総力戦やって破滅の憂き目に遭うのはどちらかなんて、目に見えてる」


そう返すと、小隊長の二人も口を閉ざしてしまう。


「……なら、どうしろというんだ。負けろとでも?」


「ええ全くその通りです。。」


「このッ…敗北主義者がぁっ!!」

「ならどうする?祖国が崩れゆく様を甘んじて見届けるか?」

「……っ!」


再び場は静まり返ってしまう。伊地知がやっとのことで言葉を絞り出す。


「……だが、一人の皇國軍人として…部下に負け戦をやらせるのは…」

「まぁ、非現実的ですよね。」


僕は肩を竦めてそう返してみせる。

すると、怪訝な表情を全員が浮かべた。


「…わかってるのか?ならどうしろと??」

「ええ。要は、ロシアに紛争拡大を断念させればいい。

 我々の議題は最初からそれだけなんです。」


唖然とする3人を前に言葉を継ぐ。


「解のうち一つは先の『うまく負ける』方法ですが、それは受け入れられない。

 なら、どうするか――?」


不敵に笑って言い放つ。


「解、『敵の完全な殲滅』。

 ロシアの許容範囲を遥かに上回る戦傷を負わせればいいんです。このまま戦争しても不採算、と思わせるくらいのキルレートを実現すればいい。…難易度は先のとは比較になりませんがね」


畑から人が取れると言われるあの人的資源の余裕さを誇るロシアだ。

兵員など掃いて捨てる数いる連中の、ただでさえ馬鹿高い損害許容範囲の限界を――大きく超越する犠牲を強いようなど、無謀にもほどがある。

しかし、だ。


「ロシアが大打撃を受けることを望んでいないのだけは確実です。クリミア戦争で国内が荒廃している今、川中島やって損をするのはロシアも、ですから。」


僕は首を傾けて伊地知と目を合わす。


「座して死を待つくらいなら、死に活を求めたほうがマシです。

――それが、軍人では?」


彼は俯いたままこちらに問う。


「……ボーダーラインは。」


「ロシア派遣戦力の九割を撃滅。」


ただ淡々と答えを告げる。


「ッ―――厳しすぎる…!」


彼はそう呟いて口を固く結んだ。



僕は不遜にも笑ってみせる。


「………??」


怪訝な顔をする伊地知に僕は地図を指し示す。


「この渓谷地帯から北へ脱出するには、切通のように谷が狭くなっている対毛ティモフスコエを通るか、近くを流れる川の沿川平地を通る。この2ルートしか脱出路の選択肢はありません。」


地図へこの2ルートを明確に書き込んでいく。

さすがは渓谷盆地、越路が限られているな。


「これ、チャンスでは?」

「…確かに。言われてみればそうだな。」


片方潰せば、必然的にもう片方へと敵軍は迂回せざるを得なくなる。

敵の行軍路を特定出来たのならば、待ち伏せして潰すだけだ。


「ここでさらに幸運が一つ。

 一週間ほど続く長期的な雨で川の流量が増水しており、沿川地帯はひどい泥沼で大規模な行軍は不可能です。」

「敵は絶対に対毛の切通しを撤退するってことか?」


僕は先程の図にペンでちょいちょいと付け足す。


______

 ↗▽

2▲ ▲▲

▲▲ ▲▲

▲▲⇧▲

1→敵←3


n:第n小隊

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「二は、我々第2小隊34名です。切通の両側の崖の上に陣地設営して、切通の底を通過する敵を殲滅致します。」


黙って、唸って、拳を握りしめて。

伊地知は、ばっ、と作戦要項の指令書を広げる。


『渓谷中部の最瀬布キロフスコエを挟む両側が布陣目標。陣地設営後、網走即応大隊は谷底の敵軍に機動奇襲を用いた遊撃攻勢を掛け、敵を圧迫せよ。』


「…ダメだ。」


静かに彼はこれを拒み。


「軍令に背くことは許可できん。」


やはりか。

その反応は予測していた。


「いえ、全く背いてなどいません。」


僕は不遜にも薄く笑みを浮かべる。


「なんだと…?」

「作戦命令書には網走即応大隊の戦闘指示はこう記されています。『渓谷中部の最瀬布キロフスコエを挟む両側が布陣目標』」

「我々は最瀬布キロフスコエ村からは動けないだろう。」


僕は頭を振る。


「この作戦命令書にはどこにも『最瀬布キロフスコエに布陣せよ』とは明記されていません。ただの戦略『目標』ですよ。つまり軍令範囲上、んです。」


伊地知は額に手を当て天を仰いだ。


「酷い屁理屈だ…。」

「『屁』であろうが、立派な『理屈』のうちです。」


悪びれもせず返すと。

先程から口を閉ざしていた第3小隊長が挟む。


「……たった30名強で敵を殲滅?出来るわけないだろ、やっぱり低能か。」

「ある程度の衝撃を与えればいい。すでに包囲されていると錯覚させるだけで、敵の継戦意思は相当下がる。戦力の降伏を狙う。」

「切通封鎖の錯覚を敵に抱かせるほど、34名は十分な攻撃力じゃねぇだろ!」

「出来るんだなこれが」


僕は伊地知の方へと向き直る。


「少しご足労お願い申し上げます。」


僕は予め外に準備してあった弾薬箱の蓋を取っ払う。

そこには、分解して詰められた自作兵器が合った。


「これは……?」

「すみません、リアカーの付属品として一緒に持ち込みました。」

「おま…、重大な軍規違反だぞ!!」

「…リアカーは兵站部が許可したものだ、もし拒まれるようなものであれば、付属品を確認しなかった兵站部に責任がある。――それより、これはなんだ?」


第1小隊長の批判を伊地知が窘めつつ僕に尋ねる。

確かに兵站部に付属品ひっくるめたリアカーの持込許可は取ったとはいえ、付属品の詳細申告はナシだ。処分覚悟で持ち込んだのである。

そんな賭けの成果を、僕はゆっくりと持ち上げる。


「このように組み立ててですね、使うんですよ。」


テキパキガシャコンと鉄片を組み上げていく。

その様を呆然と眺める3人。

確かに、組み立て式の携帯重砲などこの時代にはないからな。


「……なんなんだ、これは。」


5分経たずに組み上がったそれを見て、驚愕する伊地知。

見たこともないシルエット。砲口は高仰角をとり、砲身は腕の長さほどしかないのに50mmという大口径。


「はっ――…重砲のつもりか?使えるわけ無いだろこんなもの!」

「ガラクタ、だな!」


罵ってはいるものの、彼らの口元は引きつっている。


「まだ消灯前です。演習砲撃の許可を。」


「やってみろよ、てめぇがいつも放課後ぼっちで作ってた奴だろ?設計思想からして無茶苦茶だ!第一ここは針葉樹林だぞ!砲撃が通るか痴呆め!!」

「撃たせてみましょう中隊長!偉そうなことを云々まくしたてておいたこいつの真価がわかりますって!」


二人の強い押しも合わさって、伊地知は決断した。


「…わかった、演習信号を野営地に通達する。」


砲撃演習ゆえ警戒不要の旨、電報が第三中隊の全小隊の野営地に送られた後、伊地知は決断する。


「射撃を許可する。」


「ありがとうございます」


「見てろよ、見事に恥晒すぜあいつ。榴弾が森を通ると思ってやがる」

「クククっ…自ら醜態晒し出したいとかっ…低能の挙句変態でもあるらしい。」

「かはははっ!カエル野郎なだけある!」


罵声を浴びながら、榴弾を砲口から装填する。


「見れば見るほど後進的だ。まさか前装式かよ…!」

「クソ兵器、ガラクタ以下だな――「射撃」」


瞬間、爆音。

榴弾は一直線に高く上がって、星空に消えていき――


「はっ、お前の砲弾消滅したぞ??やっぱり不良――」


――音速に迫る重力加速度で、空気を切り刻むキィィィイイイインという裂音と共に榴弾は地上へ突き刺さる。



ドガァアァァアア―――ン!!



爆炎と轟音が針葉樹林を切り刻み、大気を震わせた。


「わぁっ―――!!?」


「なっ――…!!」


「あ…っ、…あぁ―――」


「な…なんだ、あれは……!?」


震撼する彼らに振り返って。


「嘘、だろう…――??」


燃え上がる火球を背後に、


僕は喋りだす。


「遥か高空に榴弾を跳ね上げ、鉄槌のごとく敵の直上から貫徹する。弾道の障害となるものはもはや存在せず、森林戦に圧倒的かつ一方的な火力支援が追随する。」


ザァァァア――と烈風が遅れて届き、軍帽が舞い上がる。


「崖下の切通一点に対し、猛烈な火力を一方通行で上から叩きつける。34名だけでも十分だ。――もはや、蹂躙以外の何物でもない。これが『迫撃砲』の威力。」


「は…く、げき? …っ、『迫撃』、か…ッ!!」


僕は、戦慄する伊地知を正面から捉える。


 ――中隊長、ご決断を。」


「………ッ!!」


いつしか背後は暗闇に戻り、黒煙だけが銀色に輝く宇宙そらに高く登っていた。

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