小銃

「迫撃砲は密集隊形で突撃してくる敵に対し、炸裂時鉄片を撒き散らすことで効果的に撃滅できるため、人間津波ドクトリンを採用するロシア軍には絶大な効果を発揮するはずです。」


僕は笑う。

遂に、これを大々的に実戦投入できるわけだ。


「『試二四年型迫撃砲』――北方戦役で、実証済みの携行型軽迫撃砲。」


はぁ、と隣で裲が溜息をつく。

そうだな、あの時は随分コレに世話になった。


「口径 50mm、砲身長 254mm、全長は610mmで重量は4.7kgです。塹壕戦にうってつけかと」

「重迫撃砲のほうは?」

「重量 31.17kg、口径は75mmで有効射程686mです。」


第一次大戦で連合国軍が確立した初期迫撃砲と同等のスペックだ。

あれから10年になるけど、制式に採用させてもらおう。




『三十式重迫撃砲』

重量 31.17kg

口径 75mm

有効射程 686m

最大射程 731m

使用弾 1000g/75mm下瀬重擲弾


『二四年型迫撃砲』

口径 50mm

砲身長 254mm

全長 610mm

重量 4.7kg

使用弾 三四式下瀬榴弾ほか手榴弾でも可

最大射程 三四式下瀬榴弾 670m

     二八年式手榴弾 200m

     三十式手榴弾 200m

有効射程 三四式下瀬榴弾 120m




「では――、あとは歩兵銃ですね。」


続けて伊地知に僕は聞く。


「ああ…。確か、日清戦のときの旧歩兵銃は機関部の構造が複雑で、かつ分解結合の際に撃針が折れる故障が時々発生したんだったか――。他にも大陸が想定以上に厳しい気候風土で、大陸特有の細かい砂塵が機関部内に入り込んで作動不良を引き起こしたりと、前線で不満が噴出していたなぁ。」


さらに、複雑故に部位の互換性がなく、前線で修理もままならないというひどい状況が日清戦争各戦地において発生した。


「史実においてもその問題は日露戦争で発覚していたと言いますのに…、何故対応できなかったのでして?」


令嬢殿下が静かに厳しいことを訊く。

費用が節約できたとか文句をつけることは容易に予測がついた。想定内。マニュアル発動、転送、実行。


「技術が足りません令嬢殿下。今なら大丈夫でしょうが、当時では無理です。」

「今度は大丈夫なんでして?なんたって史実では5600万円だった賠償金内の陸軍資金は今度は1億円。無駄金にしたら許しませんわよ…?」


令嬢殿下がすごい形相で睨めつけてくる。

まあ確かにその気持ちは分からんでもないのだ。


日清戦後、一般会計の歳出決算額が開戦前の明治26年(1893年)度8458万円から、明治29年度(1896年)2億4859万円に3倍増、軍拡特需が始まり翌明治30年度には3億円を突破し、日露戦5年前の今年までには国家予算が6億円に達した。


史実今年の国家予算は2億8000万円であり、6億円台に突入したのは史実では大正3年(1914年)なので、国民総生産・人口共に史実の大戦特需発生直前レベルにまで成長してきているのもあり、皇國は開戦前には大戦景気前半、即ちギリギリ準列強レベルまでには昇格するだろう。


歳出増大に伴う歳入不足が3回の増税、葉たばこ専売制度、国債で補われ(戦前、衆議院の反対多数で増税が困難な状況と一変)、以後の皇國の税制体系の基本的な原型を形成した。さらに公共投資も、明治26年度3929万円から明治29年度1億円に倍増し、翌明治30年度からは軍拡特需の影響で更に増加するに至る。


皇國列強化への経済上の準備は着々と進んでおり、日清戦で海運の重要性を再認識した枢密院は、明治29年(1896年)3月24日の「航海奨励法」・「造船奨励法」公布ならびに船員養成施策をとり、海運の発展を推進した。技術研究政策も抜かりなく、財政上見送られてきた皇立大学追加設置が実施され、明治30年の勅令で京都・九州・東北への建設が決まった。


また「世界の銀行家」「世界の手形交換所」になりつつある大英を中心にする国際金融決済システムの利用、日露戦争での戦費調達(多額の外債発行)、対日投資の拡大など、金本位制のメリットを享受するべく、明治30年には、英金貨で受領した対日賠償金と奉天還付金を元に貨幣法などが施行、銀本位制から金本位制に完全移行した。管理通貨制はまだ先だが。


つまり軍拡特需下において、枢密院と反枢密連合/民党の一部が提携する中、積極的な国家運営に転換(財政と公共投資が膨張)することになった。さらに、懸案であった各種政策の多くが実行され、産業政策、金融制度や税制体系など、以後の政策制度の原型が作られた。


したがって皇國の経済構造は目まぐるしく変動しており、令嬢殿下としても神経質にならざるを得ないのだ。


「1円の無駄金も今は惜しいですのよ。投資比で最大の成果を挙げてくれまし?」

「善処します」


検討しますレベルの有耶無耶な回答を放り投げておく。

100%など無理なのだ。確約は出来ない。


「さて、旧型歩兵銃からの主要改良点は二点に絞られ、機関部の構造の簡素化・三二式実包の採用です。まあ他にも、遊底と連動する遊底被の付加・扇転式照尺の装備・弾倉底の落下防止・弾倉発条を板バネに変更・手袋着用時のための用心鉄の拡大など実戦で有効な諸改造を施していますが…わかりますか?」


うん、ぜんぜんわからないね。


「スワヒリ語…??」


最早日本語として解釈されてない。これはひどい。


「……はい、諸改造は割愛しましょう。―――三二式実包とは、即ち史実の三八式実包です。これは帝国陸軍初の尖頭銃弾で、以前採用していた三十年式歩兵銃の円頭銃弾と比較して、骨部に命中した際貫通力が優れるため、大きな骨創を与えることができます。更に弾丸重量を減らしており、装薬を増量することで、より初速が高まっています。」


そこで伊地知から突っ込まれる。


「確か三八式実包は、相変わらずの小口径と弾丸重量の更なる減少によって、肉部への損傷は比較的小さく、不殺銃弾ともよばれていたんじゃなかったか…?」


その指摘は御尤もなのだ。


「その通りです。」

「ならば正さなければなりませんわね?」


令嬢殿下が割って入ってくる。


「……?いえ、これでいいじゃないですか。」


ちょっと意地悪してやろうと思い、不敵に笑ってそう応える。

瞬間、令嬢殿下が円卓の向かいの席から文字通り転移してきた。


突如襟首を掴まれ軽々しく持ち上げられる。顔が近い、ドキッなんてラブコメ的展開じゃないことは直感でわかった。世界が回転し、令嬢殿下の絶叫が聴覚を支配する。


「ファァッ◎ン、ビィィィ―――ッチ(自主規制)!!!貴様さっきの話を聞いてなかったのか!その罪、万死に値すると知るべし―――。オタンコナス!土手カボチャ!潰れトマト!ウラナリキュウリ!ヘクトプラズム!ヒョーロクダマァー!」


匂いとか当たってるとかそういうイベントも無論ない。ただただ単純な恐喝。世界は非情。首が締まる。視界が白く染まってゆく。


「こんのクソホモゴリガイジクズカスボケ茄子野郎ッ!一般チンパンフライパン、貴様の脳味噌はハッピーセットか、最終学歴園卒か、君は何を思うのか、君は何を見ているのか、空は何色か―――」


段々と音が遠のいてゆく。段々と世界から離れていくようで―――。


「やめろそれ以上はこいつが死す。」

「ならん、死なす。」

「死なすな」


伊地知がどうにか僕を令嬢殿下から引き離したようだった。

危ない、三途の川を渡りかけた。

円卓の向こう側では令嬢殿下が秋山から軍刀を奪って僕に構えて来て居たので、最大限速やかに説明状態へ入る。


「はい、はい、割りとマジで違うんです令嬢殿下からかったことは許してください。頼みますから軍刀置いて、適当に開発などしてませんから最大の効力を戦場でこの兵器が発することを誓いますから……!」


必死に説明する。


それでも尚令嬢殿下は白い目をしながら懐に手を入れて物騒なものを取り出そうとするので、早口でまくし立てる。


「敵兵を完全に死亡させれば、その遺体は戦場で放置されるじゃないですか、即ち敵戦力は1しか減りません。ででですが、敵兵に戦力復帰できない程度の負傷をさせれば、そそその敵兵を後方に運んで負傷の経過を報告するために追加で2名が後方へ離脱するじゃないですか。けけけけ結果―――」


言葉が詰まった。死ぬ。

するとそこで救世主のように伊地知が察した。


「戦死の場合マイナス1―――、負傷の場合はマイナス3ってわけか…!」


さすがは陸軍大佐、話がわかる。

それでも財政以外興奮しない令嬢殿下には理解できないようで、懐から黒光りする鉄の塊が垣間見えたので必死に口を滑らせる。


「更にさらに、戦死兵は消費行為をしませんが、負傷兵は物は食うし水は飲む。医療品は消費するし、後方設備は圧迫するわで、兵站に甚大な損傷を与えます。それがただでさえインフラや衛生環境の悪く、ロシア中枢から遠く離れるシベリアで大量発生したらロシア軍の戦場を支える基盤の弱体化は必至です―――!」


だからこそ太平洋戦争の日本軍は戦死者を盛大に奉ったが負傷兵は酷く冷遇した。

裲や秋山も理解が追いついたようで頷く。

令嬢殿下だけが、わかれない。


「しししかも、敵が勝手に弱体化してくれるおかげで皇國陸軍は安全に進撃が可能、その分戦費を安く抑えられます。弾薬は小さく軽いため、少ない費用で大量に安全に安定して前線へ輸送できるため、お金にも優しいんですよ、聞いてますか殿下!!」


お金に優しい、という言葉を聞いた瞬間、令嬢殿下は全てを理解したようだった。

構えていた軍刀を秋山に返し、懐へブツを戻し―――

突如僕に抱きついた。


「ワンダフル!ありがとう盟友よ!感動しましたわ!!ああ、この悦びをどう分かち合いましょうか―――」


訳の分からないことをまくし立てる令嬢殿下を無理やり引き剥がす。

ない胸を押し付けても虚しくなるだけだぞ。


「なにをお考えでして?」

「なにもぉ?」


なぜ我が内心は読まれる?

僕にも憲法19条(内心の自由)をくれ。


「まあ、弾薬は最大限の利益を発するからいいとして、他の利点について話していきましょう―――。さて、機関部の構造簡素化ですが、これは非常に画期的なものなんですよ。」

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