異動!満州!
「さて、機関部の構造簡素化ですが、これは非常に画期的なものなんですよ。」
僕はそう言って、説明を続ける。
「第一次大戦時のドイツ帝国の主力歩兵銃、つまり技術力世界一ィィィ!な列強の大量生産型銃器、それよりさらに3個も部品数の少ない、計5個の部品で構成されています。」
皇國の技術水準に合わせ、構造はごく単純化されており、史実では叶わなかった最終工程の組み立てまでもを職人技に頼らずに行うことができる。先進列強各国の兵器において取り入れられ始めていた部品の互換化は、軽工業の大規模発展を起こした軍拡特需のおかげもあって、完全に履行できるようになった。
「生産性でドイツ超し…?まさか。肝心の性能はどうなのよ。」
裲がそう訊く。
「装弾数は5発まで、作動はボルトアクション方式。全長1,2m(三十年式銃剣着剣時: 1,663mm)、重量3,7kg(三十年式銃剣着剣時: 4,1kg)で史実と変わらないね。有効射程は480mです。銃身の寿命は発射数8,000発程度かな」
歩兵は、弾薬5発を1セットにした挿弾子を24個装備した計120発を1基数として携行する。基本的に補給効率を考慮して三二式歩兵銃を装備する中隊には、同じ三二式実包を使用する機関銃が配備される。
「まあ史実の一般的な三八式歩兵銃の性能でありながら、一気に工場レーンで大量生産できる形にしたものが、この新型歩兵銃たる”三二式歩兵銃”じゃね。…さて、その銃弾たる三二式実包を使用するもう一つの火器、新型機関銃”三四式機関銃”について説明していきましょう。」
先の日清戦において使用されたマキシム機関銃…のコピーたる二十三年式は、水冷式であるが故巨大なタンクを付けねばならず、平壌攻略戦ではわざわざ台車に乗せて攻撃に駆り出したりと非常に重量のある兵器だった。まずそもそも野戦においては冷却水の確保が困難であるという前提に近い問題があった。
更に、付属タンクは直径が1.5mほどある酷く巨大なもので、標的になりやすく、結果被弾口から水漏れが起き、十数カ所も開いた穴を手ぬぐいやらで塞いだ末に、布でぐるぐる巻きにされた見るも無残な二十三年式の姿が戦線のあちこちで見つかった。
「ですが、
銃の反動を利用して排莢と給弾を同時に行う、戦後ショートリコイルと呼ばれるこの方式はマキシム機関銃特有のものである。
「まあ
「核兵器のように万能論に走るほど我々はバカじゃありません、安心してくださいな閣下。…さて、史実の保式機関砲にも評価できる点があります。――空冷式であることです。」
前述の通り日清戦の二十三年式の教訓から、放熱効果を高めた空冷式の機関銃開発に徐々に研究を移し、史実大正頃まで兵器資料を調べた結果、”三年式機関銃”という第一次大戦前に開発された、対人機関銃としては傑作の機関銃をモデルに開発することになった。
技術力的に量産できるかと懸念されたが、
さらに、後述の新兵科の新兵器量産のための実験生産レーン建設の影響で、なんとか第一次大戦前の皇國が製造できたものは大量生産できるようになっていた。
銃身と別部品として放熱筒を追加、銃身外側と放熱筒内側を密着させるための緊定管を装備し、後方での整備を想定し、銃身交換を容易にした。更に銃身の空冷効果を高めるため放熱フィンを増加した。
銃身交換簡素化については、敵前で迅速に交換できるようになるという思わぬ非常に大事な副産物を生み出してくれた。
他にも、三脚を伏撃ちの姿勢のまま容易に高さ調整できる様式に変更、また提棍(運搬用ハンドル)や防盾の装備を可能にするなど、かなりの改良が加えられたがそこは割愛する。
「もとにした三年式機関銃は傑作ですよ。史実のこれの開発後、初陣を飾ったシベリア出兵で、寒冷地でも確実に作動するこいつは兵士の間でかなり評判が良かったらしいですからね。」
「まあ、”こいつ”つってもそれは三四式だけどな…。」
「同じようなもんじゃないすか。」
史実においても、三年式機関銃の導入により陸軍は野戦における機関銃の使用域が拡大した。大活躍であったのだ。日々の機関銃整備をきちんと行う事により、数百発撃っても故障が少ないといった高い信頼性を誇り、この機関銃に対し史実、開発者の南部麒次郎も「三八式機関銃は射手の技量で性能が左右したが、三年式機関銃は誰が撃っても性能は変わらない」という名言を残している。史実のちに彼はこの功績で、勲二等瑞宝章を授与、さらに工学博士の学位も取得した。
しかし、第一次大戦後に発展してきた戦車や航空機といった兵器に対しては全くの力不足で、6.5mm弾という小口径弾薬を使用する本銃は、たしかに人間相手の戦闘では威力を発揮したが相手が装甲車ではまったく歯が立たず、戦場から姿を消した。
「6.5mm弾は令嬢殿下に説明した通りの利点や、命中率の向上など、小口径ならではの有能な点がたくさんあるんですが、時代の流動には逆らえず、その波間に沈んでいきました。」
第一次大戦前に採用され、傑作対人機関銃だったのにもかかわらず、たった5年程度で旧時代の骨董品と化してしまったこの銃を、今度は国家存亡の危機たる日露戦争で大暴れさせてやろうということである。
「……けれども、この銃をそういう気概で開発した我々自ら、この銃を葬り去るというのは、なんとも皮肉なことだが…。」
伊地知がそう言うとおり、この日露戦が終われば帝国陸軍は速やかに7.7mm対応兵器を研究、採用、大量生産及び一般部隊への配備を進め7.7mmに弾種移行する。
日露戦争は、三四式の初陣であり、終幕の戦いなのだ。
「それな。…装甲車が登場しちゃうと、もう6.5mmは使えないってわかっているから、替えるしかないんよ…。」
それを聞いて、何故か円卓の下で自分の足の匂いを嗅いでいた秋山が、突如振り返って不敵に笑ってこう言った。
「装甲車が登場”しちゃう”んじゃなく、我々が”させてしまう”んだろ?だから皮肉だって伊地知閣下は仰ったんだ。全く…、思考が足らんぞ中尉。」
「貴方は常識が足りない」
即座に返す言葉が出た。
秋山くん、君は思考力云々の問題以前だということを知るべきだ。
「まあでも、その通りだしな…。」
伊地知さんがそう言ってフォローする。
「たしかにそうですけども…」
僕は不満げにそう述べる。すると令嬢殿下がほくほく顔で肩を組んでくる。
「何がそんなに不機嫌でして、ええ?
フォードなんて大儲け間違い無しですのに!」
T型フォード。誰もが聞いたことがあるであろう世界初の大衆車。世界市場を席巻し、広大な合衆国においてモータリゼーションを爆発させた革命者である。
「よく来てくれましたよ、彼…。こんな極東の辺境の、小さな小さな島国に。」
僕は思わずそう漏らす。
「いや、逆に言えば今しか来てくれる機会はなかっただろ。彼が副社長となって立ち上げた会社で、貴族向けの高級車を作りたかった社長と方針が合わず失望して、研究成果だけその社長に持って行かれて、彼が絶望して死亡している頃だったからな。」
乗用車に革命を起こした男の名をヘンリー・フォードという。彼は幼い頃自動車に触れ、大衆に普及したらどんなに人々の生活は楽になるだろうと考え、エジソンのもとで学び、大量生産方式を考案、世界初の大衆車を製造、庶民のために尽くした善意の塊のような方―――
と、よく好意的に説明される事が多いが、若い頃から悪い意味で頑固で、周りとの折衷というものを知らず、エジソンの下を立ってから自ら副社長となって自動車会社を立ち上げるも、あまりに盲目的に大衆車を信じるあまり、大量生産のノウハウがないから高級車から製造していかないと立ち行かない、とまぁ極めて常識的に考えた社長に我慢ならず勝手に会社を捨て去ったという、ヤバい一面を持つ。
さらに晩年には、T型フォードを超越する優秀な大衆車など存在するはずがないと信じ込み、自身の会社の後継者と生産レーンを縛り付け組織の足を引っ張るだけの老害と化してしまった、非常に気難しい男でもある。
「…それでも、会社を捨て去ってほぼなにもないところから、合衆国にモータリゼーションを起こさせるまでに至った手腕は賞賛に値します。
我が
ヘンリー・フォードにとって自らにアドバイスしてくれる存在など不要。自らを気遣う周囲の善意など害悪でしかない。そういう存在が追ってこれないような、遠く離れた異境で、自らの命ずる通り動く人員といくら使っても余りあるような支援金という僕らが示した条件は、世界に絶望していた彼にとって希望の光だった。
我ら妥協としても、彼が史実軽々と乗用車の大量生産を実現したのを知っているからこそ斯く如き破格の待遇をするのであって、間違っても万人全てにこういう機会は与えない。そういう、ヘンリー・フォードだけが特待であるという事実は彼の自尊心をくすぐらせ、史実より5,6年早く量産体制が整うに至ったのだった。
「なぜ自動車なのか?」
伊地知が問うと、秋山が挙手して当てられるのを待たず大声で叫ぶ。
「既存の兵器じゃ塹壕が突破できないからでぇ~す!」
「はーい、秋山くん、正解ですけど、当てられてから答えましょうねぇ〜?」
令嬢殿下がおどけたように応える。
「わかりましたぁ〜!」
満面の笑顔で秋山がそう言った。
傍から見れば、どこにでもあるような微笑ましい一般的な尋常小学の教室の様だが、見ているとあまりにも不自然であることに気づく。まず話題が物騒極まりない。
「塹壕戦に比較的有効と言われる迫撃砲をいくら使っても、堅固な塹壕相手では敵兵を効率よくあの世へ遅れませぇーん。ちっ、これだから塹壕は、死ねばいいのに。」
「秋山くぅ~ん、そういうことは言っちゃいけませんわよ〜?ですけれど、塹壕が強固なのは事実でしてねぇ。迫撃砲とは言え、塹壕戦をひっくり返すには至りませんでしたわ。この戦闘方式を覆すには、戦車か飛行機が必要ですわねぇ〜。」
二つ目は、ゴスロリモドキと、下手したらおっさんがニヤニヤしながら、赤ちゃん言葉をかけあって戯れているのだ。見せられてる側としては気持ち悪いを通り越してもはや悪夢だ。
「飛行機は、飛行船で何とかなるじゃないですかぁ。大事なのは戦車の代わりですよぉ〜。というわけでT型フォードを改造し、ロシア軍の6mm機関銃に耐えられるよう避弾経始も兼ね備えた傾斜装甲を貼っつけ、機関銃を搭載します。」
「すっばらしいぃ〜!さすがはうちの秋山ちゃんだわぁ〜!なんで知ってるのぉ?」
三つ目が、そのゴスロリとおっさんが、現役蔵相と現役海軍少将である件だ。この国大丈夫かよ…。
列国の情報機関がこの組織の存在を察し、真の姿を暴いた日には連中、卒倒するに相違ない。
「フォード装甲車…か。」
当時、合衆国はモータリゼーションの前で、当然舗装道路などあるはずもなく、都市内といえども劣悪な道路が多いうえ、田舎に行けばこんなの道じゃねえ!と叫びたくなるような酷道も幹線道路だったりしたのだ。T型フォードはそれを前提に縦横無尽に走れるよう設計し作られているので、満州の平原地帯を走る分には大丈夫なのだ。
装甲は積載量の問題から薄くせざるを得ず、それでもロシア軍の6mm弾は防がねばならない。その結果傾斜装甲を採用するに至ってしまった。
技術を進めすぎるのは本来ならよくないのだが、史実日露戦は海外から極東の局地戦という見られ方をしたため誰も気づかないことを願うしかない。
戦場での使用方法の想定は非常にワイルドなものである。まず、塹壕に自動車ごと飛び込むと同時に、側面の覗き窓から重機関銃を乱射、自動車と直交する塹壕内の一直線上を掃討するのだ。
機動機関銃小隊と呼ばれるこの部隊は歩兵大隊に直属し、これを突破口にして、敵兵が混乱したすきを突いて、歩兵大隊が塹壕へ突入、制圧するという流れである。
ヘンリー・フォードには大衆車製造の準備として試しに軍へ装甲車を大量生産してもらう、装甲積んで重機関銃積んでかつ塹壕に突っ込んでも大破しない程度堅牢な自動車がほしい、大衆車普及のためにぜひとも頑張ってくれ、と言い聞かせたらちょうどいいのが出来た。
「まあこれが上手く行かないことも想定して最終決戦兵器も作ってあるんで―――」
「それにしても秋山は陸軍に詳しいこと…。何故海軍なのにそんな?」
令嬢殿下の感嘆に僕の説明はかき消される。
(まああくまで次善策だから大丈夫だろう…。)
そう思って割愛することにした。
そこで、秋山の衝撃発言が耳に入る。
「だって自動車って…伊地知少将の部隊のことですから。」
それを聞いた瞬間僕は愕然とした。
「なにゆえ『例の旅団』に伊地知閣下が???」
それに対する答えが帰ってくるより早く、伊地知がため息をつきながら立つ。
「……はぁ、私に異動命令が来た。」
彼はそう言って、命令書を懐から取り出し、見せつける。
「はっ――なんの縁だか…。これで三度目ですね。」
そう漏らすと、彼も額に掌を当てる。
「全くだ。樺太、沙里院、…そして今度は満州か。
幸運なのかはたまた悪運なのか。」
「毎度ご迷惑お掛けしてすみません…。」
「まぁ…おそらく今回は、この自動車化旅団――
「…かもですね。」
結局また同じような面で、戦場に立つことになりそうだ。
「また貴官の発案だそうだな」
「絶対そうよ…”世界史上初の装甲機動戦力”とかまぁ、大々的に銘打って。」
「逆にそれくらいアピールしないと駄目だろ。まだ騎士団の残滓が欧州じゅうそこらに溢れてるような時代に装甲機械化戦闘団とか……。」
「上奏した時、正気かって顔されたものね。」
「だが貫き通す!これが俺ッ!!」
「はぁ……」
裲が、もう手のつけようがない、と全身で表現してくる。
「止まるんじゃねぇぞ精神でどうにか実現にこじつけそうです。」
「オルガ魂?」
「なんで本名出しちゃうかなぁ。叩かれても文句言えないんだけど」
仕切り直して僕は言葉を継ぐ。
「正式名称は満州総軍独立高速化装甲旅団戦闘団、長ったらしいので通称『奔星』。明治37年の満州において、第一次大戦すらまだ迎えていませんが――、
電撃戦を敢行します。」
僕は卓上に資料を配布する。
それを受け取った令嬢殿下は、表紙の文字にオウム返しするが如く読み上げた。
「……”満州電撃進攻にあたる計画名『1904年7月バルバロッサ作戦』"。
―――気でも触れまして?」
周囲の無言同調。僕は肩をすくめて返す。
「まぁそう言われるのも覚悟してましたよ。でも、実際出来ます。
時間さえあれば、綿密な作戦計画立案と後方兵站構築の後に、世界から地上最強の戦力と恐れられるロシア陸軍コサック騎兵を徹底殲滅―――」
「三ヶ月経たずしてウラジオストクを制圧する計画とな?」
秋山がペラペラと計画書を速読しながらそう答える。
この時間で読み上げたのか。彼は本当に、頭脳だけは他の追随を許さない。
「…そこへ至ってから、対露講和に至る戦略計画ですね。」
1941年6月、ドイツ軍はバルバロッサ作戦を発動し、たった3ヶ月で1000kmを電撃的に前進し制圧、ソ連の首都モスクワに迫った。モスクワこそ陥とせなかったが、一連の戦闘は、史上類を見ない戦術的圧勝であり完封であった。
1904年6月は史実、日本陸軍第3軍が旅順攻撃を開始する月で、幾度も閉塞作戦や総攻撃をかけては挫け、半年もかけて6万という膨大な死傷者を出し漸く辛勝した。
これを同年同月、装甲機械化旅団を以て電撃戦を、旅順から満州全土で展開、人馬で戦線を支えるロシア軍を、装甲と機関銃、圧倒砲火の下に撃破、殲滅する。
「―――斯くして、3ヶ月以内に旅順から1014km電撃前進。
ロシア極東沿海州の首都、ウラジオストクを制圧します。」
「……できるの?本当にそれ。」
「しなきゃなりませんわ。日比谷焼打なんてさせませんもの、今回だけはっ、必ず賠償金をロシアからぶん捕りますのよ……!!」
裲がそう漏らすと、令嬢殿下は鼻息を荒くしてそう誓う。
「先の旅順租借とかいう挑発的すぎる行動からするに、実際ロシアは皇國を全く敵とは考えていないだろうな。」
「かかっ、秋山、白人至上全盛の帝国主義世界だ。別におかしいことじゃない。」
「たかだか黄色猿の分際で、白人の巨頭であるロシアに挑戦することすら、欧州列強誰もが考えもしないでしょうよ。」
秋山のその分析に伊地知が言葉をかぶせる。
「……だからこそ、そこに隙が生まれる。」
そのまま、彼は僕の方に歩み寄って告げた。
「初冠大尉、栄転だ。本日付、『奔星』旅団戦闘団、副旅団長への転属を命ず。」
「ふふっ、謹んでお受け致しますとも。やりましょうか――、」
僕はニィと笑う。
「…――満州電撃戦。」
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