百華繚乱

「弾薬の在庫は、残り会戦一回分か…。」


松方は似つかわしくない悲痛な表情でそうつぶやく。


旅順を落とした第1軍は遼東半島を北上。1月22日までに遼東半島の北の付け根、鞍山に至った。2月に威海衛に海軍陸戦隊上陸し水雷艇隊が威海衛に突入制圧したのと時を同じくして第2軍は鴨緑江を渡河、対岸の清軍は抵抗もなしに降伏。


道中戦闘は鉢合わせした清軍がただ降伏するか逃げていくだけで、勢いに乗った第2軍は南満州を北上し奉天を占領する。ここで第1軍と第2軍は合流、遼東半島南部に清軍四個師団5万を包囲することに成功した。


「包囲殲滅で、清朝の命運は尽きる。…しかし」


それをしてしまうと、弾薬物資が完全に消える。

本土を守る非常用が残らないのだ。

要するに、現状は攻勢限界。


対して清軍は未だ北京に十数万の大軍を置いており、戦争継続は可能。ここでの講和は、良くて史実くらいにしか金は取れず彼の夢の7億圓には程遠い。


「実行するしかなかろう、”永蘭樹の枯死ランガラシ”を…。」


3月2日、大本営作戦会議にて木枯終號の実行が認可された。




・・・・・・

・・・・

・・




明治28(1895)年3月23日

陸軍旅順離着陸場


「全軍点呼!」


僕は中隊長。

小隊4つ構成される空挺中隊だ。

非常に小規模だが、戦線離脱からもうそろそろ半年。地獄のような遮蔽物戦に耐えてきた猛者の集まり、森林線と市街戦は陸軍一だ。


「司令小隊、小隊長別海少尉!」

「はっ!謹んで拝命致します!」


少しばかり空を仰いだ。

北方戦役でロシア軍を壊滅させ、沙里院では戦死0で清朝歩兵数千を退けた、栄誉の旧26歩連2小隊。練度もそれに見合うものがある。

この半ば特攻のようなことをする戦力には、実に見合っている。


点呼は異常なく終了し、部隊の召集は完了した。


「…時刻まもなく、か。」


時計を見ながら佇んでいると、早速、別海少尉に捕まえられる。


「単刀直入に聞きますけど――…

 正直、この『飛行船』とかいう兵器、中尉の開発ですよね?」

「こんなもの独力で作れるわけ無いだろ」

「でも貴方は、自作の兵器で敵を蹂躙してきた。迫撃砲然り、短機関銃然り。

 これまでの貴方の足跡から考えるに、このとんでもない武器も、貴方が一枚噛んでいるとしか思えない。」


たしかに明二四年戦役じゃそんなこともした。だが、僕はその言葉を遮って答える。


「買い被りすぎだ。そんなのは有り得ない。」

「でもここまでの性能、愕然という言葉じゃ表せませんよ。」

「航続距離が短くて、結果片道切符だとしてもか?

 目的地に着いたら乗り捨てるんだぞこの飛行船。」


だから操縦士も降下して、到着後は最前線で戦闘に参加する。到底『作戦』とは言い難い、全くお粗末なカミカゼ攻撃だ。

だが、少尉は頑なに首を振る。


「コレほどのもの。外国の諜報組織やマスコミの諜報に常に晒され続ける陸軍兵器工廠という組織として、隠すのは困難です。

 ですが『あなた個人の研究』としてなら十分隠せましょう?」

「参謀本部で隠し通してきただけだろ」

「だとしても、その理由がわかりませんね。」


少尉が鋭く聞いてくる。


「先に使って清朝に対抗手段を取られては困るだろう?」

「でも、これで清軍の兵站を破壊していたら地上軍はもっと進撃が出来たのでは?」

「食料物資が追いつかない。脚気とか流行ったらどうするんだ。」


脚気の感染者を極限まで減らすことで、なんとか戦力を補って南満州まで進撃することは出来たが、それが兵站の限界。


攻勢限界点である。


「兵站なんか些細な問題でしょう。木口のような精神力さえあれば……」


この時代には既にあったのか、こういう考え。


「いいか、今まで何を見てきたか思い出せ。

 貴官が言っただろ?北方戦役の迫撃砲然り、短機関銃然り。敵兵の顔さえ見ることなく、敵射程外攻撃アウトレンジで一方的に叩き伏せた。」


はぁとため息をつく。


「優勢火力こそ全て、それが新時代の戦争だ。それを前に精神論がどこまで脆弱か、北方戦役に立った貴官にわからない筈ない。」


すると少尉は、顔をしかめながら言う。


「……精神力がなければ戦えないでしょう。清軍がその最たる例です。」

「無論その通りだ。」

「なら!」

「しかし、食糧と砲弾がなくても戦えない。」


少尉は言葉を失う。


「燃料は片道。撤退は物理的にしようがない特攻紛いのことを仕掛けるんだぞ?

 精神力への依存は死をもたらす。」


それを聞いて少尉は首を傾げる。


「特攻?」

「ッ…、忘れてくれ。」


慌てて取り繕う。


「特別攻撃、の略ですか?」

「……いやなんでもない。ただの譫言だ」

「関係ある言葉なんですね?確かにこの作戦は特別な攻撃ですが」

「ッ…わかった、正直に言うから忘れてくれ。」


悩んだ末、特攻うんぬんを忘れてもらうために、バラすことにした。


「飛行船の開発は関わってないが、この”永蘭樹の枯死”を発案したのは僕だ。」

「認めるんですね?」


少尉が満足した表情をする。言質取った、と。


「今回も北方戦役と同じく、空という世界が予想だにしない空間から、文字通り敵射程外攻撃アウトレンジを敢行する。」

「……へぇ。」

「だから、北方戦役の如く、そして訓練どおりやれば良いだけだ。

――はっ、戦場は一騎打ちでフェアに気高く美しく、だなんて文句言われるかもな」


それを聞いた少尉はこう尋ね返す。


「なんて言い返すんですか?」

「…は?」

「樺太で中隊司令相手に演説してみせた中隊長殿がそう言われて『はいそうですか』なんて丸呑みにするわけないじゃないですか」


そう少尉は肩をすくめてみせる。


「……なんで貴官がそれを知ってるんだ…。」

「いいからどう反論してみせるんですか?」


僕は額に手をあてて、はぁとため息を漏らす。

そうしてようやく覚悟を固めて、ザッ、と腰の軍刀を地に突き刺す。


「騎士道武士道クソ喰らえ。優勢火力上等、一方的攻撃の何が悪い。

――泥と血に塗れたそこが、紛れもなく戦場だ。」


少尉それを聞き届け、不敵に笑みを浮かべたかと思うと。


「…――はッ!」


そう敬礼し、彼女は去っていった。

懐中時計を見ればもう出撃時刻だ。


「全軍これより搭乗開始!」


飛行船の発動機がかかった。

1分経たずして総員準備完了の報せが来る。

僕も大急ぎで第一小隊の飛行船に乗り込んだ。


「搭乗完了!」


そう叫んで扉を締める。

しばらくして、身体が急に重くなったような感覚にとらわれる。

ゆっくりとコンクリート造りの地面が遠のいてゆく。


「水素圧を確認しろ、爆発でもしたら目も当てられん!」


ヒンデンブルグ号の再来だけは勘弁だ。ヘリウムの人工生成法の発見まではちょうどあと3日かかる(史実)し、詰めてあるのは危険極まりないバリバリの純水素だ。


「水素圧異常なし!」

「高度順調に上昇中!」


眼下に広がる広大な渤海。

この先に―――終着点がある。


巨大な影を水面に落としながら、4隻の飛行船は進む。

高度およそ1200、巡航速度時速40km。

その姿、まさに圧巻。




明治27年(1894年)

 7月22日 日清開戦。

 7月25日 豊島沖海戦 清朝北洋艦隊壊滅。

 8月13日 『木枯一號』発令

 8月17日 第二軍 平壌の戦い 清軍戦死11000、平壌陥落。

 11月10日 『木枯二號』発令

 11月15日 第一軍 金州上陸 清軍戦死3000、旅順要塞孤立。

 12月5日 第一軍 旅順猛攻 清軍戦死5000 降伏9000、旅順降伏。

明治28年(1895年)

 1月10日 『木枯三號』発令

 1月16日 第二軍 鴨緑江渡河 九連城無血制圧 清軍戦死500 降伏2000。

 1月22日 第一軍 鞍山占領 清軍戦死100 降伏3000。

 2月3日 海軍 威海衛強襲 清朝北洋艦隊終焉。

 2月26日 第二軍 奉天占領 清軍戦死300 降伏2000。

 3月4日 両軍合流。清軍5万包囲。

 3月23日 『木枯終號』- "永蘭樹の枯死"、発動。





「ここまで皇國側戦死1500、概ね史実通りだな。」


僕は小さく呟いた。

そして懐中時計に目を落とす。


(時報は鳴る、か。)


「準備ぃッ!」


叫ぶ。

しばらくして、最終確認も終了した。


「操縦士、観測士!最終観測!」

「…上空はほぼ無風状態!作戦遂行に支障なし!」

「了解……、今まで安全運行ありがとう!どちらも持ち場を離れろ!」

「はっ!」


見事に降下目標の真上へと船を合わせて。

彼らは運航・観測室から脱出する。


「間もなく燃料尽きます!」

「船体爆破準備完了!」


報告を受けて、咲来に問いかける。


、持ち物は?」

「幼稚園の遠足じゃないんだから。持ったわよ。」

「そりゃよかった。すぐ続いて来い。」


そう言って、踵を返す瞬間。


「まさかとは思うけど、くたばるんじゃないわよ」

「らしくもねぇな、お前は残弾の心配だけしとけ」


声だけだろう。咲来が本気で僕の身を案じるわけがない。


「ま、片方死んだら共倒れだな」


背を向けながらそう言い放って、小銃を背負い降下口へ向かう。

振り返ることはしなかった。


「外気圧よし、全計測器異常なしオールクリア!!」

「分かった、急ごう。…小隊全員いるな……。」


小隊計30名を前に、狭い船室内で声を張る。


「今宵の狂騒は、である!

一つ、今時戦役、最後の一撃!

一つ、皇國の無敗伝説の、最初の一ページ目!」


声帯を焼き切る勢いで、中隊を震わせる。


「焼き砕け!冊封二千年の秩序を!!」

「「「朝貢体制に終止符を!!」」」

「刻め!歴史に我が名を!祖国に勝利の二文字を!」

「「「皇國に栄光を!!!」」」

「皇國第一航空挺身隊『白蓮』、総員120名死地への覚悟は!?」

「「「『華麗なる白蓮』よ、永遠なれ!」」」


「降下口開放!」


扉が開かれ、ものすごい風が船内に吹き込む。

さて、決戦の幕を開けるに際し、初心に戻って何か言い残すならば。


――やはり、枢密と決別したあの一言がぴったりだろう。



「安全灯、滅!

 全隊ッ、出発――…進行!!」



その宣告に、一斉に雄叫びが上がる。


「用意ィ、用意、用意ィーッ、」


遙か上空、高度2000。


「降下ァー!降下ァ!降下ァ!」


身を投げ出す。

ただただ、重力に身を任せる。


眼下に広がるのは、300年の時を刻んできた帝城。


その美しさに思わず息を呑んだ。



「落下傘開けェ――!!」



唐突に近くで白華が咲いたことで、僕は現実に引き戻される。


「展開っ!」


ぐっと身体が引き上げられる。




オォォォォォ―――!




紫禁城上空に、百数十の純白の蓮が、優雅に咲いた。


ただただ、それは美しい眺めだった。




明治28年(1895年)3月23日

奇しくも史実、日清戦争の最終作戦が始まったこの日に、この世界線でも戦争終結を告ぐ鉄槌が、直上、高度2000mより振り下ろされた。


清朝の頂点たる皇帝に君臨する愛新覚羅一族の紋章、蘭華。

300年の歴史の中で巨木になり、永久に続くと思われた神聖なる永蘭樹を。


三吹きの木枯らしのちに、旭華の烈槌を以て、伐り倒す。



第一空挺団『白蓮』、北京へ降下開始。

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