木枯強襲

「連隊突撃ッ!」


砲火をくぐり抜け次々と橋頭堡を確保していく。海軍の支援砲撃が清兵を焼き払う。


「続け、続けェ!」

「我が隊が旅順に一番乗りするぞ!!」


ある鎮台司令は、隷下の部隊が進撃する姿を後ろから眺めていた。

やがて、寂しそうにつぶやく。


「時代は、変わったものだな…。」


彼は第二次長州征伐、明治6年の戦乱に従軍。歴戦の戦士だ。戦争を肌身で感じてきた彼にとって、今宵の日清戦争は時代の変化を痛感させるものであった。


「圧倒的火力を以て、敵を粉砕し進撃する、か。……華々しい戦列歩兵の時代はもう終わったわけだ……。」


そうしてしばらく哀愁に浸っていると、突如として声をかけられた。


「乃木司令、そろそろ我々も行かないと。」


「ああ、そうだな。」


東鎮司令・乃木希典は輸送艦を降り、大連北部の漁村、金州に上陸した。



―――――――――


明治27年11月6日、”木枯二号” 発令。

有栖川宮熾仁殿下の下に第一軍の東京鎮台は大挙として旅順を強襲、上陸作戦を敢行中である。名古屋鎮台は遼東半島中部の金州に上陸、旅順への清軍の増援を断ち、南下して旅順要塞を攻め落とすという構えだ。


一方、大山巌率いる第2軍は、平壌を占領した北海鎮台と広島鎮台を合流させた。いまは清朝との国境の町、朝鮮義州にいる。木枯二号の完遂を以て木枯三号を発動、鴨緑江を渡って清領に突入する作戦だ。


「恐らく今頃、海軍が金州に対地砲撃を行っているでしょう。」


沙里院の戦いを終え、平壌へ新たに移された北海鎮台。

その兵営の天幕で、戦略図を広げて僕は呟く。


「制海権は?」


伊地知が問う。


「ええ、握っていますよ。少なくとも黄海は。」


僕ら第2軍が清鮮国境を越えないまま、第1軍が遼東半島を北上しさえすれば、清軍を遼東半島の南半分に包囲することができる。

これが、木枯三号までの作戦骨子だ。


「あ、ここにいたのね」

「おお、お疲れさん」


咲来が天幕を開けて入ってくる。


「お前の部隊って26歩聯だっけ?」

「聯隊徴兵区的にそこ以外ないわよ。北方戦役の時から引き続き、第三大隊の3中隊、第2小隊。けど、今回は小隊長としての参戦よ。」


咲来は、いくらか誇らしげに胸を張る。

その襟元には少尉の階級章。


「そうかお前、将校過程に転進したんだっけか」

「あんたのいた『突撃直衛中隊』だっけ?あたしいなかったでしょ。あんたの後釜って形で例の第2小隊へ着任よ。」

「なるほど」


撃破数とか聞こうかとも思ったが、やめておく。

ヌルゲーとはいえ、戦争だ。生きて帰ってきただけ万々歳としよう。

というか咲来のことだ、聞いたらえげつない数の突撃と白兵戦を答えそうで怖い。


しかしメディア受けはよくなさそうだ。

少女を戦場に送るとはどういうことだ、と保守主義者共から抗議が殺到しかねない。

やはり開拓初期の北海道、人口の絶対数が少ないからだろうか。4個聯隊を徴兵するとなるとどうしても成年男子だけでは足りないのだろう。

北海地方における徴兵制は些か早すぎたのではなかろうか。


閑話休題。


「海軍陸戦隊、だっけ?

 威海衛制圧の計画があるらしいわね」


彼女が思い出したように言う。


「旅順へ上陸できるほどには制海権も全域に渡って確保。北洋艦隊へのとどめ、威海衛作戦への準備は万端みたいだな。」


海軍陸戦隊。

明治19年(1886年)設立と、意外にその歴史は古いが、この世界線では同じ年に設立していながら、その編成と兵装は比較的充実している。


海軍軍令部に直属する陸戦隊司令部の隷下に、横須賀、呉、佐世保、舞鶴の計4連隊を有し、兵力としてはすべてを合わせても一個師団程度にしかならないが、その練度は異常である。

これを北洋艦隊の母港である威海衛へ当てるのだ。


「威海衛作戦はいいとして…、どうするんだ?平壌攻略だけじゃ、貴官にとって十分な戦果とは言えないんじゃないか?」

「なんで当たり前のようにいるんですか蔵相閣下。」


しれっと松方は円卓を囲む輪に入っていた。


「前線視察のついでだ、悪いか?」

「蔵相なら内地にいてくださいよ」

「やだよ。で?」


松方を少し睨む。彼は肩をすくめた。


「…話をもとに戻しましょう。

 蔵相閣下、飛行船は未だ実用化中でしたよね?」

「しかたないだろう、気球しかなかった世界に飛行船だぞ。目処としては、来年に入ったら実用化が完了する。」

「飛行船って何よ?」

「気球をメッチャでかくして、空中で自走できるようにしたもの。」

「へぇ、凄いのね。」


開戦前に考えついた妄想は、全く変わらなかったどころか、枢密院をも巻き込んで、戦争終結への一大構想へ昇華していった。


「皆さんお忘れかもしれませんが――、

 開戦前に発案したを発動させる頃合いかと存じます。」


「もしかして、…本気でやるつもりだったのか??」

「勿論ですよ。」


三回の木枯らしを吹かせてようやく、最終段階。


「――すべてを朽ち砕く一撃。

 作戦計画 ”永蘭樹の枯死ランガラシ”。」


「ら…、ん?」


伊地知が、咲来が、首を傾げる。

なるほど。

この話は有栖川と松方にしか通してなかったか。


「飛行船を使用した空挺作戦です」

「くう…てい、だと?」

「航空挺身、つまりは飛行船によって前線を上空から越境、後方の敵要衝へ、直接的に兵力を降下、展開させることです。」

「……なんだと」


伊地知は言葉を切った。


「それって…敵の前線を突破せずとも、空という戦域を短絡すれば…って話?」


咲来さえも、ほんのすこし動じながらそう尋ねる。

軽く腕を組んで頷いた。


「この一撃は、二次元で戦争をやっているこの世界の誰もが想像できない」


斯くて為される、『奇蹟』。


ペンを執り、旅順より渤海へ、西に直線を引いていく。


「「まさかっ!」」


二人が絶句する。

僕は不敵に笑ってのけた。


「この戦争を終わらせる一撃、そして数千年の秩序に終止符を打つトドメ。

 三度の木枯らしののちに、永遠と思われた霊蘭の聖樹にも、死が訪れる。」


戦略地図の旅順を指し、松方に振り向いた。


「飛行船配備後もできるだけ未使用のままにしてください。あと、飛行船予算からパラシュート、あーつまり落下傘を一個中隊120名分お願いします。

 それだけで乗り込んでみせましょう。」


現役蔵相はクツクツと笑う。


「たった一個中隊で、あの巨大な帝城を制圧だと?」

「行けます。必ずや。」

「――…よろしい。ただし条件がある。」


松方は、降下目標、と記された都市の名を見て、感嘆の吐息をつく。


「北方戦役における旧第2小隊の、総員を当該空挺隊に充てること。

 皇國陸軍は遮蔽物の富んだ戦闘の経験ある部隊が少ない。」

「なるほど。それで北方戦役における最前線集団ってわけですか」


満足気に溜息をつく。

僕、咲来、そして北方戦役と沙里院戦を生き延びた突撃中隊の少年少女たち。


旭章掲げて、朽ちゆく永蘭樹アイシンカクラを直上から伐り倒す。


「…負ける気がしませんね。」




―――――――――




「これが結果だと…?笑わせるな。」


乃木が言った。


「し、しかし、これはありのままに起こった現実です…。」


「曲がりなりにも我々が実行したのは上陸作戦だ。それでこの損害はありえん。」


驚愕と戦慄を乃木は覚える。

だが、これは現実なのだ。


「先の平壌攻略から3ヶ月も置いたのが裏目に出たな…。」


乃木は、今、金州の地に降り立っている。

それが、答えの全てだった。


東京鎮台は、海軍の支援砲撃を経て、黄海側から金州に上陸。それどころか渤海側の海岸まで突き抜けて、占領するに至った。要するに、遼東半島を分断し、遼東半島先端に位置する旅順要塞を孤立させるに至ったのだ。


皇國陸軍損害13名、清軍損害推定3000名。それがこの戦いの全てだった。


乃木の言葉は物語る。平壌戦から逃げ出した数百の清兵から速やかに情報は清軍各部隊へ伝わり、時間が経つごとに事実は誇張され隅々まで行き届く。


それを3ヶ月放置したのだ。要するに、清軍は最初の海軍艦の砲撃で恐慌状態に陥り、逃走し始めたのだ。金州守備隊残存1000はあろうことか物資を求め旅順要塞方面へ敗走。そして、孤立した旅順要塞には清軍1万3000が守備についている。合わせて1万4000を旅順という狭い地域へ包囲したのだ。


「とりあえず大本営には報告した。我々は恐らくこのまま南下し、旅順を上陸部隊とともに挟むであろう。猶予は2週間ほどだ、各自出撃に準備しておけ!」


金州ではほぼ無血占領に成功したわけだが、旅順は要塞であるがため、そうなるかどうかはわからない。


(勝って兜の緒を締めよ、か。)


奇遇なことに乃木は、史実10年後に起こる戦乱で、東郷の言葉を思い浮かべた。

どちらにしても乃木には油断はない。


「我軍は、旅順を滅却する―――。」


・・・・・・

・・・・

・・


明治27年(1894年)12月5日 旅順要塞 清軍防衛線


砲撃、轟音、喚き声。

あちこちで起こる同士討ち。

激化の一途をたどる砲火。


地獄なような光景だけを覚えている。


旅順要塞は果たして、1万4千を包囲されても尚養えるほど広くはなかった。

金州で敗退した部隊がこの旅順へ逃げ込んでから2週間後、敵は1万5000の軍勢を旅順要塞へぶつけた。数だけの戦力は互角だった。

だが、質はあまりにも違いすぎた。敵の初回砲撃で、沙里院の噂が蔓延していた味方兵が一気に士気を喪失したのである。


屍は積み上がり、それを越えて味方は逃走する。その先に待ち受けるのは皇國陸軍の機関銃陣地。嵐のような銃弾を受けて脱出に挑んだ兵は次々と潰される。


既に味方の兵の瞳に戦意はない。

中華思想がどうたら、元従属国がどうたら。そんなことは今やどうでも良い。

逃げなければ、その感情だけが清兵の心を支配していた。


「…っ!」


遂に一部隊が降伏旗を上げた。

一角は遂に敵の手に落ち、もはや防衛は絶望的。

清側の損害は誰が見ても分かる程に壊滅的だった。


次々と見える範囲で上がる白旗。防衛隊は崩壊を起こした。


「終わった…、か。白旗を掲げよ。」


同日、旅順要塞に立てこもっていた清軍1万4000は戦死2000を出し、皇國陸軍東鎮と名鎮からなる第1軍、合計1万5000に降伏した。

――史実同様、攻撃開始からたった一日で。




・・・・・・

・・・・

・・




明治28(1895年)年3月23日


旅順に降り立った。

かなり寒く、内地の気候とは大違いだ。


既に設営隊が設営を開始している。


試験運用であった突撃中隊が解体されて、戦線を退き半年。

再び、僕らは一個中隊を形成した。


だが、それはただの歩兵中隊でも、機関銃中隊でもない。

――空挺中隊だ。


「でけぇ…。」


巨大なブツが届く。

僕らと、これが、清朝の心臓を刺す。

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