粉砕

彼らは、一歩踏み出し。


「やっちまえーッ!!」


死神の大鎌の射程範囲に入ってしまったのだ。




「――射撃はじめ。」




手を振り下ろす。

すぐさま、11基の銃口が火を吹いた。


ズガガガガガガガガガガ――!!


空薬莢を勢い良く撒き散らし、リヤカーに積載された重機関銃は唸る。

ベルト装弾数270、分速500発。

猛烈な銃弾の暴風は、無数の閃光となって清兵を襲う。


「ぐわァぁああッ!?」

「ぎゃぁあああっっ!!」


絶え間なく響く砲声、絶叫、罵声、射撃音。

弾幕に貫かれ、前面から破滅的に崩れ落ちていく歩兵戦列。


「な、助けてくれ!」

「俺の、俺の足が…!!」

「そんなバカな…!」

「何が、何が起こっている!?」


広がる死地。

先程の砲撃後と比べ物にならない。

鉄臭くて、赤黒い泥の沼。


あまりに一方的な戦闘。

近代化に遅れた清軍の末路だった。


清軍、第一次掃射により死傷4000。

累計損害5000突破。残存既に10000。



「射撃停止!使い切った弾薬ベルト全部捨てて取り替えろ!」

「急げ!」「速やかに補給を!」

「弾薬交換、銃弾補給!」


塹壕に潜む馬を叩き起こして、号令を掛ける。


「操馬兵、順次騎乗せよ!

 全騎突撃ッ!!!」






塹壕直上、地表。

無限の肉片を踏み越えて、喇叭が響く。


「小隊着剣、突撃開始ィッ!!」

「「「わあァァアァぁ――!」」」


第26歩兵連隊が、支援砲撃とともに追撃を開始した。


電話機が鳴り響く。


旭川第26聯隊突撃を開始。突撃直衛はこれを援護せよ』

「了解、皇國に栄光あれ」


受話器を置き飛ばして、騎馬を打つ。


「中隊、援護に出るぞ!」


塹壕を駆け上がりつつ叫んだ。

一気に中隊が続き、突如として皇國騎兵は清朝歩兵の前へと出現する。


「こ…、れは……。」


地上の惨景を視界に入れた別海少尉が、言葉を失った。


「前線、数的拮抗なれども敵統制は崩壊。

 戦局、掃討戦へ移行。」


機銃が咆哮する。

綿密な弾幕は、交互射撃と十字砲火によって途切れない。


ここは、文字通りの死地である。


「言ったろう?見れば分かる、と。」


僕は笑う。

軍刀を抜いて、その鋒を最前線へ。


「第一種突撃梯形」


戦列の統制もままならず、正面から崩壊した清軍歩兵に降り注ぐのは――

軽迫撃砲6基、重機関銃8基を擁する超重火力の鉄槌だ。


「――突破。」


馬蹄が高鳴り。

ゴム輪が、実に軽く回り始める。


「敵正面、僅かながら小銃構えましたッ!」

「敵射程範囲までは?」

「残り800m!」


手綱を引きながら拳を握る。素晴らしい位置だ。


「第1小隊、第2小隊散開!敵戦列の側面から騎走掃射、側面に弾幕を叩き込め!」

「「了解ッ!!」」


2個小隊、重機関銃8両が大きく左右に分離する。


「正面どうします中尉殿ッ!?」

「直掩小隊展開、迫撃準備!!」

「了解ッ!直掩、迫撃砲展開!!」


続けて叫ぶ。


「第1第2小隊の遊撃掃射で敵の不意を突き、大きく戦列を崩しつつ兵力を誘引、その間に直掩小隊の迫撃砲砲撃で、正面直上から前衛の戦列歩兵を粉砕。

――…ここまで完全敵射程外アウトレンジッ!」


声を枯らして、正面を睨む。


「崩壊した敵陣に、司令小隊の軍刀突撃を以てとどめを刺す!!」

「了解でありますッ!」


沼を、粉塵を、死屍を蹴って、雪崩込む猛攻。

戦列も半壊した敵兵を簡単に排除し、敵攻撃隊の本部に到達する。


ここまで、戦闘開始から僅か10分。


「掃射開始!」


500mラインを切った。


ズガガガガガガァ――ッ!!


第2小隊、右翼側面。

重機関銃を回転させ、横に銃口を向けて弾幕を叩き込む。


「一斉掃射、殲滅戦闘ッ!」


4列の光線は前進しながらも正確に清朝歩兵を捉え続け、第3小隊の左翼掃射の銃弾光線と直交、敵騎兵団を十字砲火で焼き切る。


ヒュンヒュン、ヒュンヒュンヒュン――


ヒヒィィイイン!

「ぎゃぁっぁあああッ!!」

ブルルルルッ、フゴォッ!!

「ぐあぁああッ――、がッ!」


人馬の断末魔の響く、地獄の戦場。

リヤカーは泥を撒き散らして狂ったように進み、重機関銃は奏でるように空薬莢を排出し続け、弾幕の織り成す十字舞踊は留まる気配がない。


「第1第2小隊掃討続け!!直掩小隊砲撃準備は!!?」


「完了ッ!射撃準備終了!!」


別海少尉の報告を以て僕は。


「――迫撃砲、斉射ッ!!」


ドォオオオ――ン!


激震が走り、即座に展開された迫撃砲が速やかに空高く咆哮する。


「弾着ァ――く、3…2…1、今ッ!!」


ドガァァッッアアアァアアン!!!


「がぁ…ぁっ―――!?」

「ぐわぁ――がッ!!」

「ぎゃ…――ぁぁああッ!!」


潰滅の熱風が戦列を突き崩し、捻り潰す。

6門の迫撃砲弾は高高度より垂直落下、正確に清朝歩兵を貫いた。


その様を清朝指揮官は唖然として見送るしかない。


「なぜ、騎兵突撃に重砲が…ぁっ!?」


黒煙は次第に晴れ、そうして露わになる戦場の光景。


「な、なんだこれは……?」


それを捉えて、もはや彼は紡ぎ出す言葉さえも失った。


「中華五千年の、大清の常勝軍が……っ…」


間髪おかずに十字砲火の追撃が左右から交錯する。


圧倒的火力。

破局的蹂躙。



〈清軍 射程内に中隊を捉えるまでに戦力6割を損失〉


―――――――――




時系列は戻り、明治27(1894)年8月5日

沙里院・第7砲兵連隊本営


伊地知は腕を組む。


「しかし……清軍の士気は非常に低いと聞く。弾薬を大量に消費してまで”殲滅”にこだわるべきか?」

「…というと?」

「降伏に追い込むだけもいいのではないか、という話だ」


なるほど。

理屈的であり、史実的である。


伊地知には伏せなければならないが、史実でも、平壌の戦いにおいて、皇國陸軍は108の戦死に対し、清軍は死傷6000という致命的損害を出して降伏している。


「確かに降伏させたほうが普通に効率的ですよね。

 それを踏まえてなお、敢えて殲滅するんですよ。」


僕は少し息を吸い込む。


「清朝は、『勝利』にムキになっていますよね?」


前述してきたとおり、清は史実では勝っていたはずの甲申政変、長崎事件などの日清間紛争でボロボロに敗れてきた。


清朝が、満州族による征服王朝という性格をしている以上、欧米ならともかく旧朝貢国だった皇國にこれ以上の敗退は国内の漢族が黙っていない。


「その『勝利』を諦めさせればいいんですよ。」

「どういうことだ?」

「海で殲滅された、陸の会戦で殲滅された。平壌攻略戦で清軍を殲滅することは、防衛戦でも皇國陸軍に敗北することを意味します。それも戦場として最も攻撃側に負担を強いるはずの、市街地においての。」


「……それで?」

「もはや清朝に打つ手はなくなります。どこでどのように戦っても我軍には勝利できない、殲滅される、ということを刻みつけてやるんですよ。」


そこまで言うと、伊地知は僕の言葉を継ぐ。


「清軍の――末端まで、継戦意欲を頓挫させるというわけか。」

「戦闘そのものをなくしてしまえば、消費も犠牲もなにもありません。早期完勝こそが、数学的完解ですよ。」


僕は口角を少し上げる。


「戦争継続能力ではなく――その意欲を、意思を粉砕する。

 プロイセン参謀本部の紡ぎ出した、戦争芸術です。」


それを聞いて、伊地知は静かに煙草を下ろす。

彼はニヤリと笑った。


「おもしろい、その作戦乗った。」

「無論、口コミで情報を広めさせるには、殲滅は避ける必要がありましょう」

「百数十人ほど逃がせば十分か?」

「そこら辺の裁量はおまかせします。爾後の戦争展開の支障にならない程度には。」

「爾後、というと?」


僕は地図を広げる。


「沙里院を突破すれば、北鎮は平壌、新義州と朝鮮半島を北上、広鎮と合流する頃には鴨緑江に差し迫っていることでしょう。」


相対する15000の清軍は朝鮮に派兵されているほぼ全軍だ。

撃破し得れば、半島全土の席巻までは確実だ。


「以上を第一段階作戦とします。

 枢密曰く、”木枯一号こがらしいちごう” 。」


続くは、史実に倣って旅順に上陸。遼東半島の北半分を北上、営口へと急速な奇襲的浸透が可能。

とすると、段階的にはここまでが ”木枯二号” となる。


「ここで、”木枯三号” ――平壌から営口までを制圧することができれば。」


北鎮と広鎮からなる第2軍が鴨緑江を渡河、鞍山から営口まで、遼東半島の付け根を貫徹することができさえすれば。


「……っ、まさか!」


机上の戦略図に、一大包囲が出現する。


「最終的に、遼東南半分で清軍は孤立する。」









パーッパパパッパパッパパーッ!


沙里院に突撃喇叭が鳴り響く。


「総員、抜刀ォォ――ッ!!」


司令小隊、軍刀を抜きつつ。

先陣を切って、清軍陣地に突っ込んだ。


清軍は迎撃を展開しようと咄嗟に銃を構えるが。


「喰らえ、東夷!」

「滅―――」


サーベルを抜こうとした清兵を斬る。

そうして彼の背後に控えていたほかの清兵を次々と斬り伏せる、明二十年式軍刀。


「そんなバカな…、サーベルごときがなぜそんなに斬れる!?」

「サーベルじゃねぇ、日本刀だ。」


貧弱な鉄資源と、精製能力からか。

西洋と違い全身鎧が存在しなかった皇國では、せいぜい腹を守るだけの粗末な装甲しか身に着けなかった。

結果、剣は肉を斬るために特化して、刀となった。


戦場が近代化するにつれ、鎧や重騎士などは過去のものになった。

軍服というほぼ生身で戦いあうような戦場へ回帰したときに…、


「刀はその真価を発揮する――!」


大和と西洋、両文明の融合。

それが皇國陸軍の姿であった。



「なぜ…何故だ!大中華が常に最強でなければならないのに――!」


練度と武器性能、そして経て来た歴史の違い。

ただそれだけの現実が、非情にも清軍を絶望へと陥れる。


「続け続け!!」


次々と清軍の残存兵力は撃破され、残敵もわずか。

機銃掃討で完全に戦闘能力を潰された清軍に、地表を駆ける26歩連が迫る。


「ぜ、全軍撤退!!北部から脱出するぞ!」

「大丈夫だ、日本軍はまだ完全に平壌を包囲できていない!」

「いたとしても少数の部隊だ、なんとか奉天に帰るぞ!」

「降伏だけはするな!中華の名を汚すな!」


果たして――清軍は戦線の放棄を選択した。


生き残りの清軍9000弱は、一斉に潰走を開始。

銃弾の飛び交う戦場で、当然のように逃げまとう清兵がぶつかり合う。


「俺が逃げるんだ!」

「やめろ、出させてくれ!」

「放せ、私がいる!」


我先にと逃げようと、将棋倒しで味方を踏みつけたり、酷い混乱が起こる。

結局なんとか戦線を脱出するものの、一部は混乱で死傷する羽目に。


「こっ、これから本土に向けて撤退する!」


三千からなる敗残兵は、遂に戦場を脱出した。


「なぜ、ここまで強い……?」

「嘘だ、戦列が機能しないなんて……」

「中華がどうして負けてるんだ…!」

「っ……。」


絶望と無力感が敗残兵たちを覆う。

しかし、彼らが敗戦を噛みしめるのは、些か早すぎた。



ドォン、ドゴォオォォン!!



「なぁァッ!?」


後方から、7砲連の修正射撃が襲いかかり――、


その灰燼の中から、皇國旗を掲げた歩兵が姿を現せる。

26歩聯は、敗走する清軍司令部目掛けて追撃を敢行したのだ。


粉砕、悲鳴、撃震、爆裂。

残されるのは、うずたかく積み上がった屍の道。


明治維新の前に、洋務運動は儚くも崩れ去ったのだった。


遂に、聯隊先鋒が司令部馬列へ突貫する。


「おとなしく武器を捨てて降伏しろ!!」

「い、嫌だ。誰が蛮族なんかに降伏するものか!」

「ならば今ここで撃ち殺されるか?」

「皆の者、この侵入者共を攻撃しろ!!」


清朝指揮官は取り乱す。


「私は北京に帰って軍本部に報告をする義務がある!

 私だけは撤退しなければならないんだ!!」


指揮官は副官に命じたが、彼は黙って首を横に振る。


「う、裏切り者め、私は逃げる!!」


そう言って一目散に逃げようとした指揮官を、下士官が速やかに拘束する。


「放せ、放せ!」

「ここで死ぬか降伏するかどちらか答えろ…!」


只ならぬ殺気に清軍師団長は目を見開いて、顔をこわばらせた。


「こ、降伏する…!わが平壌守備隊は日本軍に対し降伏する!!」


しかし、皇國兵はさも残念そうに残酷な現実を突きつける。


「生憎、我軍は捕虜をとらんのでね。自力で逃げてくれ。」

「っ……!」


清兵の目は見開かれ、絶望の色に染まる。


「帰ったらお仲間に伝えておいてくれ?

 皇國に刃向かうな、とな。」


一人の清兵が、その言葉を最後まで聞かずに雄叫びを挙げて襲いかかった。

強行突破しようとしたのかもしれない。


間髪おかずに銃声が響き、その清兵は血飛沫を上げて倒れる。


「わかったな?

 理解できたのなら、命だけは助けてやる。」


始終を見ていた清兵たちは、怯えたように弱々しく返事をして、数歩後ずさりした。そして、一目散に逃げ出す。


言葉にならない絶叫を上げて。


「沙里院、陥落――!!」






――――――――


沙里院会戦

皇國陸軍 死傷:267

清軍 戦死:3000以上


損害は、史実と比べて清朝の戦死者は変わらないものの、皇國側の戦死者は半数程度にまで抑えることに成功していた。

迎撃隊は降伏。戦闘自体は圧勝に終わった。


「うまくいったな………。」


歴代のいかなる為政者でも止めることはできなかった情報伝達手段、口コミ。

逃走した数百名は、皇國陸軍の圧倒的強さを吹聴して回るだろう。


もともと士気の低い軍隊が、兵士末端レベルで戦意を喪失したら崩壊は必然だ。

目の前に広げられた地図の、ある一点に彼の視線が移る。


「次は、ここか。」


――旅順。

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