前3話 機銃
「しかし、こ、こりゃ、ないよなぁ…!」
「走れ走れェーい!」
教官が思い切り手をたたく音がする。
ドドドドドッ、と猛烈なスピードで周囲が僕を追い抜いていく。
「
「りぃ、了解……!」
ヒィヒィ言いながらひたすら走る。
入学から一年経ったが、今まで追いつけた試しは一度もない。
明治人の基礎体力がすごすぎる。チートかよ。
「くっ、ふ…っ!はぁ…が、はぁ!」
結局僕は3周遅れに遅れてゴールした。
へばっていると、頭上から声がした。
「いよう三大隊。気分はどうだ?」
「良く見えるか?」
逆光で顔がよく見えない相手は、鼻をフンと鳴らした。
「ガリ勉くんは体力0と」
すると周囲で含み笑いが起きる。
「見世物じゃねぇんだ散れ散れ」
「は?く、ふふッ…3週遅れが何を……。」
「流石は三大隊生!うぇ、ドブ臭ぇっ!」
痺れきったまま伸びる僕の足を踏みつけつつ、上からオエオエと飛沫を飛ばしてきた二大隊生。唾をかけるな。
「……はよ行かんと教官にシメられるぞ」
流石に顔をしかめてシッシッと手で払うと、チラチラと侮蔑と嘲笑の視線を僕へ浴びせつつ、生徒たちは各自の位置に戻っていく。
「あの程度じゃ行軍すらできねぇだろ」
「いくら考査だけ良い点取られてもねぇ」
「どうせそれもズルだろ。隣の解答盗み見て丸写しさ」
「実力主義とか謳っときながらあんな奴を…。甘いな、学校は」
「さっさと退学すりゃいいのに。あんな奴、旭川士学の恥さらしだ」
(はぁ…この扱いもこれで二年目突入か)
ほとほと嫌悪しながらノロノロと立ち上がる。
「疲れた……」
そう嘆いた先。
眼前に教官が直立していた。
「あ」
――死――
「罰として敷地外1周!」
「え、敷地外周って20kmを超えてた気が――」
僕の抗議を遮って教官は轟と猛った。
「返事はッ!?」
「は、りょ、了…」
「声が小さいィッ!!!」
「了解ィッ!!」
バシィと思い切り顔面を叩かれて、敷地外へ送り飛ばされる。
時代が時代、体罰全盛期。一年経ったがそんな環境に慣れれる気がしない。
・・・・・・
・・・・
・・
明治24(1891)年6月『旭川陸軍士官学校』
「そういえば…君がここに入ってからもう2月が経つんだね」
「おかげさまで」
聞かれて僕はすぐにそう返した。
「まさか。それはこっちの台詞だよ。…君に付き合ってもらって、その『原子番号』理論の実証段階に入っているんだ」
世界でも黎明期の原子学において、皇國でほぼ唯一それを専攻する教員兼研究者こそ、眼前にいらっしゃる
なんでそんな偉い先生がこんな北辺に、と思ったがここは北の最高学府であり、かつ軍事技術の研究機関。居ておかしいことはない。
「いち研究者として君を尊敬するよ。」
「まさか。僕はただあの場で反証もなくただ思いつきを書き並べただけ、それが偶然にも現実を説明するピースになった、それだけでしょう。」
「はははっ、過度な謙譲は嫌味であるとはよく言ったもんだ。もう少し君は自身を誇示してもいいと思うけどな。」
「体力実技の成績がアレで、ですか?」
「気にするな、研究棟がある。そこでの研究成果は成績に反映されるんだ。理論的には、実技に出ない代わりに研究棟に籠もって上げた成果でカバーできる」
そう。士官科には研究棟がある。
戦術や戦略、果ては技術の研究が出来て、評価の対象になる。この制度はどちらかといえば在校生向けではなく、西春別のような研究者のためのモノではあるが。
「でも前例いるんですか?」
「ない」
「ダメじゃないすか」
「なに、君が最初の例になればいいだけじゃないか」
「御冗談を……」
力なく首を振って答える。
まぁ、ここまでは挨拶のようなものだ。
少し息を吸い込んで、ようやく本題に入る。
「例のブツ、完成しました?」
「ん?あ、ああ…、アレか」
足元に置いた袋から西春別は金属片を幾つか取り出す。
「研究棟武装課に取り次いでもらったら陸軍工廠に発注してもらってな……。一応出来たは出来たが…。こんなもん、何に使うんだ?」
「言ったじゃないですか。スライド式の後部銃身です。」
で、例の制度を使い、僕はこの在学中に武器を幾つか開発しようとしていたのであった。
さて、この先生は物理も出来るわけで。頼らせて頂いている。
「射撃の反動で後退しつつもバネ力でスライドする、…ハズですよね?」
「しっかり挙動は成すとは思うが……なにを作るつもりだ??」
「ちょっとした図工ですよ」
それら部品を先生の手から受け取って、僕は深々とお辞儀する。
「ありがとうございます」
「なに、まだまだ理論研究は君に付き合ってもらうんだ。このくらいで雇えるなら大したことじゃない」
「御冗談を…」
そう少し笑った。
「では失礼しま…」
「あっ、そういえば有栖川茶路先生が呼んでたよ、君のこと」
「有、栖川……??」
その名前を反芻した瞬間。
(あッ!入学時で意味深に笑いかけてきた例の『令嬢』か!!)
あの時感じた嫌な予感は、2ヶ月経った今も延々、残り続けている。
そして今、その伏線が回収されるってわけか。
笑えない。
「有栖川先生は研究棟総括のはずだから管理室にいると思うよ」
そうか、研究棟総括者か。
入学2ヶ月は忙しく、どおりで絡みどころか視線も感じなかったわけだ。
「本日放課後速やかに、とのことだ」
「……わかりました。午後の実技が終わり次第伺うとお伝え下さい」
・・・・・・
・・・・
・・
「終礼まではまだ時間あるな…」
西春別から渡された部品を前に腕を組む。
「さて、こいつらをっ、と。……新造するのも面倒だな。配給品だけど、僕の小銃だし勝手に改造してもいいよね?いいってことにしよう。」
眼前に置いた配給の小銃を手にとった。一応所有者は僕個人のはずである。
壊すリスクも十二分に孕むわけだが多分土下座の2,3度でもして1ヶ月謹慎にでもなれば新品を改めて配給してくれることだろう。知らんけど。
「ともかく壊さないことだな。…けど、非常に簡単な構造だし」
なお、”試製二号連発式歩兵銃”と便宜上呼ばれているこの試作銃は、新兵器開発の拠点として昨年設立されたばかりの「科学技術研究院」が開発した第一号兵器である。まぁ要するに枢密の新兵器だ。
「とりあえずやってみるか」
日清戦争は史実なら明治27年勃発、あと3年だ。それに向けての準備の一つとも言えるか。
「改造が成功すれば、他の標準小銃とは隔絶した武器になるぞ…。」
本当に偶然ではあるが、一緒に転移してきた電車本うち満鉄の同人誌があって、そこに”鉄路を守った銃器”と銘打たれたコラムがあった。
今回作る銃はそこで構造を覚えたヤツである。
「やるぜ東北!」
僕はそうして、バラした部品を組み始めた。
後ろで茂みがガサつく。驚いて振り向けば、そこには見慣れた人影が。
「あんた誰と喋ってんのよ…」
「おぉ
追放先にて出会ってから3年ほど。同期で最もよく知る人物だ。
いや、彼女以外に会話できるような友人の存在がいないのであるが。
「随分な醜態じゃないの」
「……いや、これはですね」
「あたしが2年叩き込んだのはなんだったのかしら」
咲来は少し怒気を含ませた声で言った。
詳細は後述するが、追放時7歳、平成人たる僕は彼女に体術方面の教えを乞った。
「ごめんなさい体術はともかく基礎体力は伸びなかったみたいです」
「鍛えなさいよ」
「おべんきょの時間ガガガ」
毎回の考査を満点近くで通過しないと、運動での壊滅的点数で赤点落第・退学・それにより陸軍士官の道が途絶、枢密との契約失効、僕暗殺になりかねないので勉強全振りである。
「
「はぁ、本当興味のないことには怠惰なのね」
「ともかく。
「ふぅん。…まぁ今はそれで許すわよ。」
咲来はその少し赤銅がかった眼で学舎の方を伺った。
そろそろ次の座学の時間だろうか。
手元に散らばる部品を集めようとしたところ、視界いっぱいに彼女の銀髪が映る。
「おい邪魔だ退去せよ」
「あんた何作ってんのよ」
僕の抗議には耳を貸さずそう問いかけてきた。
「小銃の自動装填装置だよ」
「自動装填って…、文字通り?」
咲来はうーん、と唸って、首を傾げる。
「装填を、機械仕掛け?確かに少しは楽にはなるだろうけど、相当機構が難しくなるから整備性が落ちるだろうし」
「いいや構造自体はあんまり難しかない」
構造は結構簡略だから、西春別先生を通じて工廠で少し金属加工をやってもらいパーツを揃えれば、十分手作りできる。
「なんたって
「何よそれ」
「弾薬の構造知ってるか?」
「銃弾が前に、薬莢が後ろに組み合わさってる、でいいのかしら」
「そうそう。なら反動の原理は?」
「流石に分かるわよ。薬莢の爆発力で、銃弾が前に押し出す代わりに後ろにも相当な圧力がかかる。簡単な理屈ね」
「さてそこで、だ。銃身口腔の後部をスライド式にして、反動をいなす。」
届いた部品を組みながら説明を続ける。
「薬莢の殻も同時に反動で後退するけど、途中でここに付いてる『返し』に引っかかって、外へ飛び出る。空薬莢の排出機構だ」
「へぇ。便利?なのかしら」
「そこだけじゃない。スライドが後ろに下がりきるから、そこに空間ができる。」
僕は銃身口腔を指し示した。
「この空間に、だ。下から次の弾薬が押し出されるように。弾倉にバネを取り付ける。これが次弾装填機構だな。」
「ふ、ふぅん……?」
「その後、下がりきったスライドはバネかなんかで再前進するようにすりゃいい。これで自動装填。簡単だろ?」
それを聞き終わっても、咲来は未だ怪訝そうな顔を浮かべる。
「よくわかんないわね」
「あー…実演なきゃ感覚は掴めんかもな」
確かに見たこともない理論上だけの事物をイメージするのは非常に難しい。
連射どころか機関銃さえ存在しない19世紀末、手込めの単発銃が主力兵器の世界で自動装填による軽機掃射なんて想像しろというのが無理な話だ。
「要するに…、従来手でやってた装填作業を、機械仕掛けでやるわけでしょ?
ボルトアクションの遊底がカラクリで動いたって…、ねぇ?」
(はーん、さては射撃スピードを考慮してないな?)
陸軍が採用している二十二年式は熟練兵でも一分に16発が限界、自動化だけで優に分速200発に手が届くなんてことは、まぁ誰も思いもしないだろう。
圧倒的射撃と濃密弾幕。
誰も想像し得ない戦場の出来上がりだ。
「…楽しみだな。」
明治。
手動で一発一発弾を込めてる二十二年式歩兵銃が主流の陸軍へと新風を吹き込む。
日清戦争まであと三年、ここまでに開発できれば上等。
戦列歩兵の残滓が未だ残る戦場に、圧倒火力ドクトリンを齎すのだ。
・・・・・・
・・・・
・・
「何故呼ばれたかは存じてらして?」
「……なんとなく察してはいます」
放課後、例の『令嬢』に僕は向き合っていた。
「へぇ?聞かせて頂いてもよろしくて?」
「…例の入試の件ですかね」
逆にそれしか目を付けられそうな事はない。
ほんの悪態心であんな事を書き連ねたのが悔やまれる。
「ええ、その通りでしてよ」
「で、僕を退学にでも?」
「まさか、そんな乱罰は致しませんわ。」
彼女は静かに横に首を振る。
「ただ、一人の教員として貴方に興味を持っただけですの」
「……あまり嬉しくはありませんね」
「優に千を超える解答の中で、皇國枢密院をお褒めなさらなかった…どころか、まさか…、『批評』を綴られたのは、貴方だけでしてよ?」
くすり、と彼女は笑った。
「少なくとも、普通ではありませんわね」
「…陰口は面と向かって言うもんじゃないですよ」
「いいえ?――『面白い』。」
ぞわり、と背筋を立てる。
とても嫌な風にゾッとする言い方だ。
「自己紹介を忘れましたわね。…わたくしは有栖川茶路。2年から入る座学の『国際戦略科』の教員ですわ。教員研究棟の最終責任者も務めさせて頂いていましてよ」
「初冠藜です。第三大隊の北湧別分隊。」
「存じ上げておりますわ。一人にしては異常な収穫量であったことも」
「……っ」
例の開拓サバイバル、死物狂いだったものだから現代農法使ってチートやった結果まで、入念に調べられている。
恐ろしくてしょうがないしすぐにでも逃げ失せたいのだが、生憎それも叶わない。
「さて、率直にお聞きしたいことがありますわ」
「進んで答えたくはありませんね」
有栖川はニヤと笑った。
そして、鞄の中からゆっくりと一枚の紙を取り出す。
「」
”枢密院はいずれ仇をなす”
そう記された答案を突きつけられた。
「……はてさて、どこの不遜な輩ですかね」
「『枢密院』率いる皇國が、このまま突き進んだ先、でしてよ。」
しらばっくれるも、有栖川は構わずに続ける。
「”北方移民奨励”は、ご存じでおられて?」
「僕らの屯田兵制に深く関わってくる話、ですか。」
「ご理解早くて助かりますわ。まずはそこから枢密院を論じて頂けて?」
「それのみで、枢密と近未来を?」
彼女はチョークを手でくるくると器用に回しながら頷く。
「簡単な予想を述べていって頂くだけですわ」
そう言い、片目を瞑る。
ウインクは続きの催促か。
どの道逃げ場はない、言われたとおりにするしかないだろう。
僕は溜息をついた。
「…1年生の戯言と思ってお聞きください」
「ええ。理解していましてよ」
前置きして僕は腰を上げ有栖川と並び、同じく戦略図の前に立つ。
「刻下、”北方移民奨励”が最も重点的に繰り広げられるのが…ここ、樺太です。」
ここ北海道島より宗谷海峡を隔てて向こう側。
面積7万平方km――北海道より一回り小さい、氷雪に閉ざされた極寒の大地。
「急進的民権主義者や士族たちなど反体制派が半ば追放されるように内地から移住。ただし、政府からの干渉は全くなく、四苦八苦しながらも自給自足、彼らなりの自治領が出来上がりつつあります」
帝国主義時代の代名詞、交換条約によって失った列島最北端に丸をつける。
「北洋開拓団は本年5万を超えました。これ以上流刑者を増員できないロシア帝国は対抗できず、先の交換条約でロシア領と確定した樺太では当のロシアが窮地に追い込まれており、――旧領回復の大いなる布石となりうる。」
こくりと有栖川が頷く。
もし、他の生徒が同じことを訊かれたなら、どう答えるだろうか。
「クリミア戦争で英仏軍に大敗を喫したロシアは産業革命の只中にあるものの、同時に巨大な社会不安が燻っています。だから今の時期に大規模戦争は望んでいない。」
「ですわね」
「故に、辺境の島国が領土回復の一手を指したところで動かない。『北方移民奨励』は、そこを狙った高度な戦略的施策でしょうか。」
枢密院をこんな風に称賛して終えるだろうか。
言葉を続ける。
「そこが――」
「枢密院の突いた
有栖川は笑った。
「仰る通り、お見事ですわ」
「いいえ?」
微笑って柔に返しつつ、されどはっきり首を振る。
「正しくは―― 枢密院が”突いた気になっている”。」
有栖川の表情から笑みが消えていく。
「……、へぇ?」
少し、有栖川は口角を上げた。
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