4.買収

「...............れ」

「___..........から、.........で.......」


微睡みの中、二人の声が聞こえる。

目を開けたいのに身体中が重く、怠くていまいち動く気にならない。

今一度、意識を闇の中に放り込もうとした。

その時。


「クロマを俺にください、お義父さん」

「ぬぁ!?」

「あ、起きたァ」


聞きたくもない声音を覚えていたのが悔しい。しかも聞こえたのは至近距離。

クロマは自分の状況をなんとか頭を働かせて理解しようとしたが、ベルゼブブの肩を借りて立っているこの状況にまた寝てしまおうかと思った。現実逃避万歳。


「しかしベルゼブブ様。こいつはこの通りポンコツですよ」

「ふぉあ!?」


前方から声が聞こえ、顔を上げるとそこには自分を作った父、トーキがいた。

驚きのあまり間抜けな声が出てしまう。

急なトーキの登場にクロマは混乱し、ぐるぐると思考を巡らせた。

確かに、さっきまでベルゼブブの所に居たはずだが。何故トーキが此処にいるのか。

ふと、辺りを見回すと黒い壁に緑色の閃光が走る部屋に居ることに気付く。

間違いない、ここはトーキの研究室だった。

きょろきょろと忙しなく首を動かすクロマにベルゼブブが吹き出した。


「ひゃはは、おはよォ。ゴブリンがお前とバジュラの森で会ったってんで、空飛んで捜索したらこの家見つけたんだよ。もしやと思って壁に適当に穴開けて入ったらコイツがいて、クロマを作ったっつーじゃん?だからクロマを下さいって交渉してたわけェ。」

「勝手に家に入るな父上を気安くコイツ呼ばわりするな殺すぞ」

「怖ァ」


ベルゼブブに支えられているくせに、クロマはよく吠えた。

威嚇している犬を横目に、トーキは呆れたように眼鏡を押し上げて溜息を吐く。


「ベルゼブブ様に勝手に喧嘩を売って、勝手に負けて、その上治療まで施された口でよく言えるな?ポンコツめ」

「ち、父上...」


トーキの言葉にクロマは口を噤んだ。

そういえば怠さはあるものの、ベルゼブブとの戦闘で負った傷や痛みは綺麗さっぱり消えていた。治療してくれたと言うのか。

ベルゼブブを覇気のない目で見詰めるとベルゼブブも此方を見ていた。目が合った瞬間、にんまりと笑む。


「気にすんなよ、俺の部下になればチャラにしてやっからァ」

「断る。私は父上の物だ。貴様の部下になどならん」

「忠義も厚いのなァ、ますます欲しいわァ」


クロマは助けを求めるようにトーキに縋るような視線を向けるが、相変わらず無表情だ。引き止める様子もないトーキにクロマは焦りが募る。

更に焦りを上乗せするよう、ベルゼブブが動いた。


「はいこれェ」


何かが入った大きな袋。それをトーキに差し出すとトーキは何かを察したのか鼻を鳴らした。


「こんなはした金で買収ですか」

「あん?これは前払いだよ前払いィ。コイツの主導権を俺にくれりゃァこれからお前の研究費用は俺が全て援助してやるよォ」

「...ほう」

「な...!」


受け取らないで、という声は喉が引き攣って出せなかった。

だって、この光景、どこかで見たような。

そう、そして袋を渡されたトーキは、


...受け取った。


受け取って、中身を確認する。

ああ、これはベルゼブブの部屋で見た悪夢じゃないか。

私は予知夢を見ていたのか。

それなら、トーキの次の言葉は決まっている。

トーキは、眼鏡の奥を瞳をクロマに向けて一言、


「...すまないが」


瞬間、クロマの目頭が熱くなる。

トーキの研究が進めば遅かれ早かれクロマよりも素晴らしい兵器が出来る。

あの閑散とした廊下は自分以外の兵器で埋めつくされることだろう。そして幾多の足音と共に、ポンコツ呼ばわりの己の存在はトーキの中から薄れていく。

どうせ捨てられる運命ならば、もっと長く一緒に居たかった。

その為に兵器として残虐非道を貫こうと頑張ってきたのに。


(ああ、父上、どうして。)


私に感情なんか組み込んだのですか___







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