2.悪魔ベルゼブブ

「そんな...なんで...」


助けられた小ゴブリンが倒れたまま動かないクロマを見て目に涙を溜めた。その様子を見た他の小ゴブリンが肩にそっと手を添え、慰める。

小ゴブリンたちのすすり泣きが辺りに響き渡る頃、一人の小ゴブリンが言った。


「埋葬しよう」


その言葉に食い気味に反応した助けられた小ゴブリンが睨み付ける。


「何を言うだ!クロマ様が死ぬ訳ないだ!あんだに強かったべ!」

「魔獣と戦ったんだろ!?なら致命傷を受けてても不思議じゃない!」

「じゃあ、クロマ様はずっと痛いのを我慢して...!?」

「クロマ様...!」


途端に皆がクロマに縋った。埋葬を提案した小ゴブリンも涙を堪えきれず嗚咽を繰り返す。


「...楽にさせてやろう...」

「長老...!」


その場にいた全員が白髭を蓄えた老いた小ゴブリンを振り返る。長老ゴブリンと呼ばれたその人物は白いもさもさとした眉毛に覆われた目から一筋の涙を流した。

長老の言葉を受けた皆は涙を堪えてうつ伏せになっていたクロマをひっくり返す。


「ぐー」


表に返されたクロマの鼻からは提灯ができていた。

長老を含めた小ゴブリン全員がその場にひっくり返る。


「「「「「「寝てんのかーい!」」」」」」


この地に生まれて5年、つまり現在、齢僅か5歳のクロマは体躯こそ大人のそれだが、5歳児と身体の機能が同じだった。腹一杯食べた後は酷い眠気に襲われる。

それを知らない小ゴブリンたちはとりあえずクロマを休ませようと、この村で一番大きい家の長老の家へ運び込んだ。

未だ眠っているクロマを小ゴブリンが囲い、いつ起きるかとその様子を見守っていた。家の中に入らない者は外に溢れた。皆クロマに興味津々である。


その様子を、空から一人の男が見ていた。


「何してんだありゃァ...」


昆虫のような薄い羽を小刻みに動かして飛んでいた銀髪の男はその騒ぎを怪訝に感じ、その地へ降り立った。

そしてその人集りへと声をかける。


「どーした、おめーらァ」

「こ、これはベルゼブブ様...!」


その声に小ゴブリンが焦った様子で道を開ける。

ベルゼブブと呼ばれた男は道が開けた先__長老の家を両の紫色の瞳を細めて見詰めた。


「長老の家で何かあったンかよォ?」

「は、はい!村の危機を救ってくださった方が突然眠ってしまわれまして!!」

「ほーん?あ、これいつものヤツな。」


ベルゼブブは片眉を上げ、未だ信じられないといった様子で話を聞いていた。

ここは魔界、無法地帯で安全・安心とは程遠い世界。

環境が最悪なら存在する生命体のほとんども最悪な訳で。

何のメリットもなく人助けをする物好きな奴はそう居ない。

ベルゼブブはこんな矮小な存在を救った人物とは誰なのか、興味が湧いた。小ゴブリンの一人に抱えていたずっしりとした麻袋を預けると長老の家の中へと入って行く。


「よォ、長老。元気してたかァ」

「べ、ベルゼブブ様!?申し訳ございません、せっかく来ていただいたのに出迎えもせずに...」

「構わねェよ。...で、コイツが件の奴かァ?」


突然の来訪に驚く長老を横目に、家の奥で落ち葉を集めたベッドに寝かされたクロマをまじまじと見詰める。


「はい、薬草を取りに行っていた此奴が、魔獣に襲われているのを救ってくれたそうで...」

「ふーん...見ねェ顔だな」


長老に頭を撫でられた助けられた小ゴブリンがえへへ、と嬉しげに笑む。

もっと良く見ようと、ベルゼブブはクロマの顔にかかった前髪を避ける。

とんがった耳以外はまるで人間の男。体躯は180程あるだろうか、少なくともベルゼブブより少し高いくらいだ。

コートの前は肌蹴ていて、アンダーシャツに覆われた身体はそれなりに筋肉がある。下半身は白いズボンと宝石をあしらった革のブーツを着用しており、それなりの身分だと言うことが分かる。

しかし、自分の記憶の中にはこんな人物は見た事が無かった。

そもそも、この魔界では異形が多く、ベルゼブブやクロマのような人間に近い形の者は珍しい。

ますます興味が湧いたベルゼブブは軽々とクロマを持ち上げると肩に担いだ。


「ベルゼブブ様!?」

「こいつァ、俺が持って帰る」

「で、でも...」

「ンな落ち葉のベッドで寝てたら腰痛めんだろォ。」


その言葉に抗議を重ねていた長老も押し黙ってしまった。

家を出る前に、助けられた小ゴブリンを振り返って問うた。


「そういや、コイツとどこで会ったァ?」

「バジュラの森の中心部辺りで会いましただ」

「コイツはなんでまたあんなとこに...」


担いだクロマを見ると未だぐーぐーと寝息を立てている。ベルゼブブの中では謎が募っていた。バジュラの森と言えば凶暴な魔獣が数多く生息している場所。しかし希少で効能が高い薬草も多く、小ゴブリンのような自分たちで生計を立てなければならない者以外は滅多に立ち入らない。

とにかく起きたら全て聞けばいい、とベルゼブブは足早に家を出て空へ飛び立った。

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