第10話:事件の真相






 防衛省庁舎大会議室。コの字型に配置された長机の真ん中で、9人に囲まれる形で宮津はただ1人、弓の弦のようにピンと背筋を伸ばし直立不動で立ち尽くしていた。


 右手の机には首席参事官、首席法務官、統括官が。左手には総務部部長と運用部部長、加えて防衛計画部部長、松阪澗正マツサカ カンセイの姿もあった。宮津の正面の机には、向かって左側に統合幕僚副長。向かって右側に最先任下士官。そして、その2名の間に、自衛官の最高位にして防衛省武官の長、統合幕僚長が鎮座している。


 宮津はこれから、大臣を除いた防衛省のトップ9名の前で"EMP兵器密造及び密売事件"の捜査報告をしようとしていた。


 宮津の緊張は並大抵のものではない。普段特防隊の部屋では微塵も感じることのない鉛のように重たい空気に、一般の職員では話す機会すらない実力者の鋭い視線が9つ宮津へと注がれている。


 それに加え、本件の捜査の成果が特防隊の正式運用に向けての大きな足掛かりになるのか、将又廃止されるのか、その判断の重要な評価対象になる。


 もし廃止ともなれば、官僚である宮津の未来は絶望的になることは言うまでもないが、部隊設立を提案した松阪の立場も恐らく無事では済まないだろう。


 それだけに留まらず、学生の身分にある橿原章三、斑鳩宗肆は一般人に戻ることになる。しかし、国家機密を知る天才ハッカーと潜入の名人、その両名は危険人物と見なされ普通の生活に戻ることはできないだろう。


 それだけの人物の人生が宮津1人の背に乗っている。それでも宮津は、物怖じする態度は見せず9名の上官1人1人見回した。


 そして最後に、松阪と目を合わせる。松阪の顔に不安の色はなく、お前ならやれる。そう宮津に言うように小さく頷いた。


 すると宮津は一瞬足下を見て息を吐くと、再び顔を上げ口を開いた。












 午後4時30分。部屋に集められた丹波、和泉、橿原、斑鳩、高槻の5人は全員席に着き、これから統幕への報告を控える宮津に視線を送った。


 「6月18日、中央防波堤に放置された小型EMP兵器を入手しようとした運び屋1名を確保した。以上が本件の概要だ」宮津が事件の発端を簡略に説明すると、今度は和泉が椅子から立ち上がった。


 「運び屋の氏名は河野元貴カワノ ゲンキ。29歳のフリーターで、ネット掲示板を介してEMP兵器運搬の依頼を引き受けたと供述しています。依頼人の素性は聞かず、アルバイト感覚で引き受けたそうです」手帳を見ながら話すその光景は、刑事が行う捜査会議を彷彿とさせる。


 それもそのはず。これは捜査の最終確認と新たに得た情報の報告を目的とした捜査会議そのものなのだから。


 「次、EMP兵器について」和泉は手帳のページを捲ると、再び口を開いた。


「鑑定家の証言によると、EMP兵器の外側は医療用のポケットサイズコンテナーを流用したものであり、医療関係者が製造に関わっている可能性が高いです。そこで東京都周辺の病院で産業廃棄物の廃棄量を調べたところ、納入量と廃棄量が合致しない病院を発見しました。ここがコンテナーの出所だと思われます」すると、和泉は手帳を捲り真っ白なぺージを開き、椅子に腰を下ろした。


 「次、病院のデータベースについて」宮津がそう言うと、今度は斑鳩が立ち上がった。そして、橿原が私物のノートパソコンを開き画面を斑鳩のほうに向けると、斑鳩は画面をちらちら見ながら話し始める。


 「えーっと、病院内の全てのデータを保管しているサーバールームに侵入し、職員名簿をコピーしました」


「その名簿の中から金目周一カナメ シュウイチという男の名前を発見した」宮津が斑鳩の話を補足する形で話し手を引き継ぐ。


 「この金目という男は元自衛官で、かねてより親交のあった暴力団員を介して物資の横流しを行っており、5月中旬にそれが発覚。停職処分を言い渡されたのちに依願退職した。自衛官時代は開発実験団装備実験隊第4実験科に所属していた電子機器のスペシャリストだ。よって、この金目周一が本件に関わっているものと見て捜査を進めた」少し早口で容疑者の経歴を名状すると、少し間を置いて息継ぎをする。そして、またすぐに口を開いた。


 「金目は現在、派遣社員として清掃会社に派遣され、件の病院に勤務している。そしてその派遣会社。これは山口組傘下靑占会が所有するフロント企業だ。この靑占会が金目に対して何かしらの働きかけを行ったものと予想される」宮津は息を切らし、肩で息をしながら高槻に目配せした。


 「次、取引現場について」


「取引現場は、中央防波堤西側埠頭。当時は前日の高潮の影響で誰も立ち入っておらず無人の状態だった。防犯カメラの映像を確認したところ白のフリードが映り込んでいた。これは金目が派遣先の会社から借りている車と一致した」70時間以上の苦労かけて確認した情報をあまりにも簡素に報告すると、高槻は椅子に腰掛けた。そして、再び話し手が宮津に変わる。


 「以上の報告と、靑占会組長の浅場諜助アサバ チョウスケから聞き出した情報を総合して出した結論はこうだ」そう言って宮津は隊員に自らが導き出した答えを伝えた。







 「金目周一単独による金銭目的の密売。それがこの事件の真相です」宮津は9名の上官を見渡しながら、落ち着いた口調でそう告げた。それには統幕長をはじめとした武官、そして、統括官等の文官、果ては唯一の味方である松阪までもが懐疑的な見方をした。


 「暴力団との交流が現在まで続いているというのに、単独犯だと?」副長がそう発すると、続いて他の面々も口々に疑問を投げかける。宮津が結論に至った理由を述べようにも入れ込む隙がない。そこで松阪が助け船を出す。


 「どういうことだ宮津。説明しろ」松阪がそう言うと、一同は口を閉じ宮津を注視する。第1波が止み宮津はホッと胸をなで下ろすと、自らの考えを述べる。


 「金目周一の聴取を行ったところ、退職以降康安会との関係は絶ったと証言した直後に、靑占会にもう1度康安会との関係を回復させよと指示を受けた。と前後で食い違う証言を行ったため、金目周一の証言全体に信憑性がないと判断しました」


「そう判断するのは些か短絡的なんじゃないか?」今度は統括官による指摘だ。


「彼は靑占会に命を狙われていると言っていました。しかし、自分が靑占会の事務所を訪ねたところ、組長である浅場諜助もどの組員も、康安会との関係を知らないようでした。不穏な動きを見せる康安会の対応に追われ、そもそも事態を把握していないように見受けられました」それは、宮津が一見して得た答えだった。しかし、これだけでは百聞すらしていないお偉方を納得させることはできない。


 「それだけじゃない。君は金目周一と取引したそうじゃないか。ほとぼりが冷めたら直ぐに釈放すると。このまま裁判になったらそのことを彼は証言するんじゃないか?」首席法務官がそう言うと、このことを指摘されると予見していた宮津はすぐさま用意していた反論を展開する。


「自衛官時代に物資を横流しし、退職後にも私利私欲のために兵器を製造した人間の言うことを誰が信じますか?それも、防衛省のこんな若造にすぐに釈放する。と言われたなんて突拍子もないことを」そう言われ、閉口する首席法務官。しかし、宮津への追及はまだ終わらない。


 「もし君の結論が間違っていたら、いずれ甚大な被害が出ることになるんだぞ」首席参事官のその言葉をきっかけに、六者六様に否定的な意見を述べていく。松阪と統幕長だけが黙って紛糾するこの場を眺めていた。


 「もしものことがあれば誰が責任をとるんだ?」


「信用に足る証拠がない」誰かと誰かがそう言ったときだった。イラつきが頂点に達し宮津は怒りの混じった、低く太い声で発した。


 「調査せよと命令を出したのはあなた方、そして捜査したのは我々です。いつもいつもそう都合よく第三者を納得させられる証拠が転がっている訳ではありません。しかし、その中で得た証拠未満の情報をもとに結論を導き出す、それが捜査です。実際に捜査した我々の結論を信用しないというなら、あなた方は何を信用するんです?捜査を行っていない自分たちの予想。あるいは自分たちの希望的観測ですか?机の上で紙を見ていただけで証拠を得ることができたのでなければ黙って我々を信用してください。それがあなた方の仕事です」一気に部屋中が静まりかえり、宮津の呼吸の音だけが木霊する。それでもまだ宮津の怒りは止まることを知らず、更に続けて口を開いた。


 「仮に我々の結論が間違っていて、何らかの組織が関わっているとしても、何か動きがあれが察知できるでしょう。我々よりも早く、EMP兵器の受け渡し前の段階から今回の件を察知し、ここ統合幕僚監部に報告した部署ならね」宮津はそう言うと統幕長に視線をやった。すると、統幕長は少し笑ったように見えた。


 「以上で報告を終わります」少しだけ気が晴れた宮津は、仏頂面で頭を下げると、すぐさま回れ右をして会議室を後にする。そのとき、おい。と誰かが呼び止めた。宮津は一刻も早くこの部屋を出たかったのだが、呼び止められた以上うんざりしながらも仕方なく振り返った。


 「ご苦労だった」統幕長のその言葉に他意があるのかどうかはわからない。それでも宮津は、文面通りに受け取り少し肩の力を緩めた。


「ありがとうございます」












 部屋に戻った宮津は椅子の上にへたり込んだ。その姿を見た和泉はそっと声をかける。


 「お疲れ様でした」疲れ切った様子の宮津は何も返事はしなかった。だが、天井を見上げながら手探りで机の引き出しをゴソゴソしていることから、何か用があるのだけはわかる。しばらくして宮津は1枚の紙を机の上に引っ張り出した。


 「コピーしといてくれ」そう言われて和泉は紙を受け取ると、コピー機に挟んだ。


「何枚ですか?」すると宮津は、天井を見上げたまま高槻、丹波、そして和泉を指差した。コピー機を操作すると、直ぐに特別休暇申請書と太字で書かれた紙が3枚吐き出された。


 原本を宮津の前に、コピーされた3枚を高槻と丹波、そして自分の前に1枚ずつ置く。


 「今日はもう終わりだ。帰ろう」既に帰る準備を済ませていた丹波は、紙を3つ折りにして鞄に入れた。


「そんじゃあ。お疲れ様」丹波はそう言うと、宮津の頭をポンポンと叩き部屋を後にした。


 「お疲れさん。お前もちゃんと休めよ」高槻はそう言いながら、紙を乱雑にリュックの1番大きいポケットの中に放り込んだ。宮津が、わかってる。と言わんばかりに手を挙げると、高槻も姿を消した。


 最後に残った和泉は、鞄をデスクの上に置いたまま帰ろうとせず、宮津の方に視線を送った。それに気付いた宮津は、顔の向きはそのままに和泉に声をかける。


 「帰らないのか?」


「1つ気になることがあります」すると漸く、宮津は天井を見上げていた顔を和泉に向け、椅子に座り直した。聞く気があるのだと確認した和泉は椅子に腰を下ろす。


 「今回の件、最初の情報は一体どこから?」


「松阪さんに、最近埠頭に不審な人物の出入りがあるから調べろって言われただけだ。俺にもわからない」そうですか。和泉は捜査を開始した当初のように落胆した表情を見せた。今回ばかりは宮津も気休めの言葉をかけることができない。


 「恐らく俺たちの力量を見るために、どっかの部署が掴んだ情報を統幕に流したんだろう」


「その部署ってのは敵ですか?それとも、味方ですか?」


「案外そのどちらでもないかもな」非常に歯切れが悪いその言い方が、和泉を不安にさせ、それと同時に期待も抱かせた。


 「今は心配しても仕方ない。せっかくの休暇だ。しっかり休んでこい」


「そうさせてもらいます」和泉はそう言うと、紙をファイルに挟んで鞄にしまい込む。宮津も気怠そうにゆっくりと立ち上がると、ビジネスバッグを肩にかけた。


 ドアノブに手をかけ扉を開けた和泉は、何かを思い出したようで部屋から出ようとしていた足を止め、そうだ。と呟いて宮津を見返す。


 「今度彼女さん紹介してくださいよ」ニコッと笑う和泉を見て宮津は冷笑した。


「断る」なんでですか?意外な返答に驚きながら聞き返す和泉を、宮津は部屋の外に押し出す。


 そして、最後に部屋の中を見回した宮津はスイッチを押し明かりを消した。











 「特防隊イチゼロが真相に辿り着いたようです」グレーのスーツに白と黒のストライプのネクタイといった平凡なビジネスマンのような格好をした30代の男は、同じくスーツを着て、眼鏡をかけた50歳前後の上司とみられる中老の男にそう告げる。


 「思ったより早かったな」


「ひと月足らずで、それもたった6人でここまでやってのけるとは私も驚きました」上司は事前に部下が渡したホッチキスで留められた報告書をぺらぺらと捲っていく。そして、6人の顔写真が載ったページを凝視した。


 「今まで以上に警戒が必要そうだな。特にこの男・・・」そう言うと上司は、宮津の顔写真を人差し指でとんとんと叩いた。


 「岡崎が接触して、市ヶ谷まで車で送ることを提案したそうなんですが、キッパリと断られたそうです」


「警戒心が強いのか。はたまた公共交通機関を使えという上からのお達しを遵守しているだけなのか」


「本件における一連の動きを見る限り、前者である可能性が高いです」上司は部下の話を半分聞き流しながら、6人の情報を指でなぞっていく。


 「銃器の扱いに長ける狙撃手に、どんな乗り物も乗りこなす運転手。血統書付きの看護官。防衛省に入り込んだハッカーと工作員。それを束ねるキャリア官僚。防衛省はよくもこれだけの人材を集めたものだな」上司は報告書を置くと、眼鏡を外し目頭を押さえた。そして部下に尋ねる。


 「我々の脅威になり得ると思うか?」


「その可能性が高いです」すると上司は顔の前で手を組み、眉間にしわを寄せて難しい顔をした。


 「協力関係を築くことができればあるいは・・・岡崎湊人オカザキ ミナトを接触させたのは早計だったかもしれないな」


「申し訳ありません」上司は、気にするな。と声をかけると、外していた眼鏡を胸ポケットにしまう。


 「今後とも監視を継続しろ。油断するなよ」


「了解」





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