第8話:容疑者の聴取






 「俺に何の用だ?」8畳ほどの部屋を中央で分断する壁、そこにはめ込まれた透明な板を隔てて目の前に座るスーツ姿の男に金目周一カナメ シュウイチは不貞不貞しい態度で尋ねた。


 「色々聴きたいことがあってね」


「話すことなんかなんもねぇよ。陸自に居たとき警務の連中に話したことが全部だ」金目はイラついた様子でそう言うと、立ち上がってドアの方へ体を翻した。


 「小型のEMP兵器のことだと言っても?」男の口からそう発せられると金目は驚きで一瞬目を見開くと、再び透明な板の前に置かれた椅子に腰を下ろした。


 「官僚がしゃしゃり出てくるようなこととは思えねぇが」


「そういう部署なもんでね」












 「官僚が面会に来るには早すぎませんか?」


「なんでも、防衛省からの依頼で身柄を拘束したらしい」


「上の考えることはわからんな」防衛省からの身柄確保の要請、立会人なしでの面会等、異例の本件は署内を賑わせていた。政治的理由による逮捕と見る者も少なくなく、箝口令が敷かれるのも時間の問題だろう。


 提案した張本人である宮津にとって、これは想定の範囲内であり特に問題視することはなかった。政治的理由による逮捕などはっきりとそれとわかることはないとしても、それらしきことを体験するのはこれが初めてという警官の方が少ないだろうし、取り調べが終われば軽微処分のみで釈放させる手筈になっているので、いつまでも尾を引いて注視されることはないだろう。








 「そのことを何処で掴んだかは知らないが、官僚と言えどもあんまり首を突っ込まない方が身のためだ」


「それは、康安会コウアンカイが絡んでいるからか?」宮津がそう言うと金目は、やれやれと首を振りあからさまに嘲笑してみせた。


 「あそことはもう縁を切った。横流しがバレた時にな」


「だったら何故そのまま真っ当な道を歩まなかった?」


「何故だぁ?!」金目は声を荒げると台に向かって拳を振り下ろした。ドンという音が部屋中に響き渡り、そして静寂が訪れた。


 「真っ当な道を歩もうにも今の仕事じゃ毎月の生活費も稼げない」金目はトーンを落とし、こえに怒りを混じらせながら話を続ける。


「本当なら処分を受け入れて自衛隊に残るはずだった。それをあいつが勝手に退職願を出しやがった」あいつというのは恐らく上官のことだろう。部隊内に物資を横流しをした人間が居たということで出世コースから片足がはみ出し、これ以上問題を起こさせないために追放した。といったところだろうか。


 「必死こいて仕事を見付けても、最低賃金以下の給料。1日中働いても毎月の家賃しか払えない」ずっと衣食住付きの国家公務員として働いていた人間が突然清掃員のバイトなど、その経緯も相まってとても穏やかな気分ではやっていられないだろう。


 金目が言うように、本当に上官が無断で金目の退職願を提出したなら法令違反だし、最低賃金以下で働かされているというのにも一定の同情をせざるを得ない。


 だが、自分がしたこと。これからしようとしていることを棚に上げてするような話ではない。


 「それで自分の腕を活かせるアルバイトを見付けたということか」


「それも何処かの組の奴に運び屋が撃たれて、俺の作ったブツも持って行かれた。だから俺は今あれが誰の手にあるかは知らない。他を当たってくれ」宮津が予期した通り、狙撃は暴力団による犯行で宮津はその件で聴取に来たのだと思い込んでいるらしく、金目は素っ気ない態度をとった。


 「あなたが元々誰に渡すつもりだったのか。それさえ教えてくれればすぐにでも釈放させる」特にしらばっくれる様子も、誰かを庇おうとする様子もなく聴取は簡単に終わる。ここへ来て宮津はそう確信した。しかし、金目は予想と違う、真逆の返答をした。


 「それを教えて俺に何の得がある?」宮津は一瞬焦りの色を顔に出した。だが、よくよく話を聞いてみると話はそう複雑なものではなかった。


「ブツが奴らに届かなかったことで俺が裏切ったと思われてるんだ。何時殺し屋が来るかわからねぇのに家になんか帰れるかよ」金目が突如行方を晦ませたのはこのためだったか。確かに暴力団に裏切ったと思われれば易々と家には帰れないだろう。とは言え、懸念事項がそれだけなら交渉は容易だ。身の安全を保障してやれば良いのだから。


 「だったらこうしよう」宮津は両肘を台につけ顔の前で手を組んだ。余裕を醸し出すその格好は金目に希望を抱かせる。


「こちらが望む情報を出すなら、この一件が収束するまであんたの身柄を拘置所に置き、ほとぼりが冷め次第釈放する。それでどうだ?」これ金目にとっても悪くない取引の筈だ。予想通り金目は取引に乗る意思を見せた。


 ただ予想と違ったのは、まったく疑う素振りを見せなかったことだ。それ程までに切迫した状況なのか。騙されてもノーリスクなのか。将又、嘘の情報で担ぐ気なのか。その心中は測りかねるが、どの道宮津は用心せざるを得ない態度だった。












 「俺が奴らと関わりを持つようになったきっかけはこの前まで働いてた派遣会社だ」慎重に真偽を考査しながら話を聞かなければならない宮津をよそに、金目はつらつらとEMP兵器を製造するに至った経緯を話し始めた。


 「あの会社はヤクザの持ち会社だったらしく陸自に居た頃のことを知られて、直ぐにヤクザがお出ましした。運が悪いことにそこは康安会と敵対している組で、まだコネがあるのか。とか武器は作れるか。とか聞かれた。コネはないが武器は作れると言ったら、奴ら、もう一回コネを作ってこいと抜かしやがった。康安会あいつらと関わるなんて2度と御免だ。って言いたいところだったが、金もないあの状況で断るわけにはいかなかった。それから俺はまた康安会と付き合い始めた」ついさっき康安会とは横流しがバレたときに縁を切ったと言っていた筈だが。宮津は少しそのことに気をとられたが、聞き逃しのないように再び金目の言葉に耳を傾けた。


 「それから少しして奴らに武器を作るように言われた。そこで俺が製作したのがあの超小型電磁パルス発生装置だ」誇らしげにそう言うと笑みを浮かべてしばらくその口を閉じた。この様子を見るに、金目は自己顕示欲が強く自分の技術に確かな自信を持っている。そして、今口を閉じているのは宮津にEMP兵器のことについて追及させるため、その隙を与えているのだろう。そこで宮津は望み通りに口を開いてやることにした。


 「奴らってのはどこの組のことだ?」自身の作品のことについて言い及ぶのかと期待していた金目だったが、直ぐに違うとわかると眉をひそめた。そのまま暫く宮津の顔を軽蔑の眼差しで見回していたが、元の表情に戻すと質問に答える。


 「靑占会セイセンカイだよ。山口組傘下の」単に暴力団と言ってもその組織図は複雑で、主要暴力団からなる一次団体。その組員が組長を務める二次団体。さらにその組員が組長を務める三次団体等々末端まで含めると莫大な数の団体が存在する。その中でもこの靑占会というのはフロント企業を持っていることから下部の組織だということが窺える。末端ともなると警察でも把握していないことも珍しくはない。だがそれでも宮津はこの名前を知っていた。


 「靑占会っていうと浅場諜助アサバ チョウスケの組か?」すると金目は意外そうに知ってるのか。と呟くと椅子から腰を上げた。


「だったら話が早い。全容はあのおっさんに聞いてみればいい。正直に答えてくれるかは知らねぇが」そう言うと金目は引き留める間もなく面会室から姿を消した。すると直ぐに制服の警官が宮津の居る部屋に入ってきて肩を叩いた。


 「出てください」宮津は大きく息を吐くと鞄を持って部屋を出た。一目散に正面玄関まで歩いて行くと、外に黒のクラウンRSアドバンスが止まっているのが目に入った。宮津がその前を横切ろうとしたとき、運転席のドアが開いてスーツを着た宮津と同年代くらいの男が姿を現した。


 「市ヶ谷までお送りしますよ」その男のスーツを着た姿、車のブランド、そして警察署の前に停車しているという状況から鑑みるに警察関係者ではあることは間違いない。だが、男はポケットから警察手帳を出して身分を示すこともしなければ、車にもう1人乗っている様子もない。


「いえ結構」宮津は素性の知れぬ男の申し出を断る。すると、男は一瞬驚いたような表情をみせたがすぐにもとの顔に戻り、駅の方へと歩いて行く宮津の背を見送った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る