第7話:容疑者の行方







 「刑事告発?」


「入手した病院の職員名簿に、先月自衛隊を退職した金目周一カナメ シュウイチの名前がありました。先日報告した通り、EMP兵器の外箱の出所もその病院の可能性が高いです」昨日昼食から帰った宮津は、入手した職員名簿に隈無く目を通し、清掃スタッフとして雇用されている金目周一の名前を発見した。これで容疑者がほぼ確定したわけだが、捜査を進めていくうちにある問題が発生した。


 4日前の出勤記録を最後に金目の消息が途絶えたのだ。警察ならば聞き込みや防犯カメラの映像を元に捜索できるのだが、警察でもない人間が不特定多数にある1人のことを聞いて回っていれば怪しまれるし、防犯カメラも一部防衛省で常時モニタリングできる状態にあるが、99%は令状を持ってお願いしに行かなければならない。当然令状など取れる筈もない。


 そこで宮津は金目が辞職する理由となった武器の横流しの他に法令違反の余罪があったと理由をつけて、警察に身柄の確保を依頼することを提案しに松阪の元を訪ねた。しかし、決定権を持つ松阪は難色を示していた。


 「本来なら送検される筈のところを内々で片付けたんだぞ。今から警察に頼んで捕まえてくれと言えるわけないだろう」


「こちらに捜し出す手立てがない以上他に手段はありません」警察沙汰となれば防衛省が火の粉を被ることになる。そうなればゴーサインを出した松阪も省内から批判の矢面に立たされることになるのも目に見えている。だがそれでも、金目が現段階で唯一の情報源である以上やらないわけにはいかない。


 「信じていいんだな?」松阪はジッと宮津の目を見詰める。すると宮津は、愚問だ。と言わんばかりに自信にあふれた表情を浮かべた。


「今まで1度でも騙したことがありましたか?」あまりに真剣な顔で言うもので松阪は思わず笑いそうになった。そして今まで宮津と歩んできた日々を顧みて、そうだったな。と呟いた。


 「プライベートの方では裏切られっぱなしだが」突然の口撃に宮津は息を詰まらせた。思い当たる節が多すぎて回想が間に合わない。


 宮津がなんとも心苦しそうな顔をしていると、松阪はカタカタとキーボードを叩き始めた。


 「そういうことで上には言っておく。そっちでも証拠を集めておけ」


「はい」宮津は大きく頷くといつも以上に背筋をただして部屋を後にした。












 宮津は、部屋に戻り高槻以外に誰もいないことを確認すると、すぐさま椅子に腰を下ろし全身を脱力させた。その様子を見て高槻は色々察したようで、そっと声を掛けた。


 「また何か言われたのか?」宮津が力なく、あぁ。と答えると呆れた様子で窘める。


「だからいつも週末くらい休めって言ってるだろうが。普段の雑務なんか下っ端の俺や和泉にやらせときゃいいんだよ」すると宮津は膝を抱え、椅子の上に体育座りするような格好になった。そして膝に顔を埋めながらボソボソと話し始めた。


 「和泉悠二子犬の王子様に全部はまだ任せらんねぇし。信伍もあの通い妻とまだ別れてねぇんだろ?」


「あいつのことはいいだろ」話の矛先を変えようとする宮津を慌てて制止するが、宮津の方も引き下がらずに反論する。


 「よくねぇよ。作戦に民間人を巻き込んだ手前、アフターケアも仕事のうちだ」


「それはそうだけどよ・・・」


「1日でも早くこの部隊が正式に認められるように成果を上げないとな。そうすりゃ人員も増えて休めるようになる」少しでも口篭もったが最後、正論の畳みかけによって反対意見などいとも簡単に封殺されてしまう。それがいつものパターンだ。


 「そう言えば、橿原がこれを陸仁にって」高槻は手に持った何かをラブコメよろしくデスクの上を滑らせて宮津の前まで届けた。宮津はその幅役2センチ、長さ約4センチの長方形の板に精一杯手を伸ばした。


「橿原は仕事が早いな」


「頭のいい奴はやっぱ要領がいい。俺とは大違いだ」そうだな。宮津の口からそう発せられた気がするが、恐らく気のせいだろう。


 「橿原、何か言ってたか?」いいや。高槻は大袈裟に首を振る。宮津は体育座りのままUSBのキャップを外し、パソコンから伸びたUSBハブに接続した。


 中には3件の動画ファイルが入っていた。動画ファイルにはそれぞれ、暁ふ頭公園、若狭海浜公園、城南島海浜公園と名前がつけられている。


 まず暁ふ頭公園と名付けられた動画ファイルにカーソルを合わせ、マウスの左側を素早く2回叩いた。すると、島の中央にエコプラントを据える人工島中央防波堤埋立地と、そこへと繋がる第二航路海底トンネルの入り口が暗闇の中に映った映像が再生された。映像の右下に表示された日付は例のEMP兵器を回収した日の前日だ。他の2つのファイルも同様に、若狭海浜公園から東京ゲートブリッジを。城南島海浜公園から東京港臨海トンネルをそれぞれ映した防犯カメラの映像が、計100時間超にもわたって記録されている。


 飯田橋で貰った、EMP兵器が埠頭に置かれてから宮津の手に渡るまであまり時間が経っていない。という助言を元に作戦直前の防犯カメラの映像から、埠頭に行った人間ないし車両を特定し金目周一が関わっていると断定できる証拠を見つけ出すという手段を講じるに至った。そういう訳で橿原に周辺の防犯カメラの映像を調達させたのだった。


 中の映像は全て作戦前日の午前0時丁度からスタートして、そこからきっかり40時間記録されている。時間を合わせなくとも同時に再生すれば、同時刻の映像が見れるという橿原の工夫を垣間見ることができる。


 「今日は泊まりになるな」機能としては映像を2倍速から120倍速で見ることが可能だが、誰かがトンネルに入っていくところを確認できる範囲はごく僅かで、特に城南島海浜公園の映像は、車なら一瞬で画面から消えてしまう角度だ。よっぽどの動体視力を有していない限りは等倍速で見る他ない。


 「付き合うぞ」


「助かる」












 時刻は午前4時。8時間ぶっ通しで映像を見ていた宮津は、床に敷かれたアウトドア用のスリーピングマットの上で眠りこけている。交代した高槻は3つのウインドウで同時に流れる映像を注視いていた。


 いつもはパソコンとキーボード以外置かれていないデスクに、今日は食べさしの冷めたカップラーメンが放置されている。食べながら映像を確認するというのも最初は考えたが、もしはねた汁や食べこぼしに一瞬でも気をとられ怪しい車両を見逃せばもう1度最初から見直すはめになってしまう。


 それだけ注意を払っていても、3つの映像を同時に見るというのは困難を極めた。ボンヤリと視界に捉えているだけで画面上で動くものを見付けるのはそう難しくはない。問題は、何も動かないことだ。


 4、5日不眠不休でレンジャー訓練を経験した人間といえども、ほぼ静止画のような映像を長時間見続けていると睡魔が襲ってくる。


 眠気のことを考えていると、画面を何かが横切ったのが目に入った。慌てて映像を3つとも停止させ、該当の映像を5秒巻き戻す。カメラのすぐ近くを猛スピードで通り過ぎた黒い影。その正体が鳥であることは直ぐに分かった。


 高槻は椅子に沈むように全身を脱力させた。希望が見えた直後に失望というのは、この世で1番辛いことかもしれない。これがこの先何度起こるのだろう。高槻はそのまま暫く映像を再生することができなかった。












 「おはようございま―」ドアを開けた瞬間、和泉の眼下に普段では想像もできないような光景が広がっていた。床に転がって睡る高槻。キーボードを押しやるように机の上に犇めくコンビニ袋やおにぎり、パンの包装の数々。そして、両手を組み祈っているかのような格好で、ピクリとも動くことなくパソコンのモニターを凝視する宮津。


 どういう訳だかわからないが、狂気じみた何かを感じドアを開けたまま固まってしまった。そんな和泉に気付いていないのか、将又気付いた上で無視しているのか、宮津は依然として画面を見続けている。


 そうしているうちに、和泉の背後から和泉より2回り程体の大きな男が部屋の中を覗き込んだ。


 「お前ら、何してるんだ・・・」丹波は狂気じみた空気の中でひたすら画面を見詰める宮津と、それを見てドアの前で固まる和泉とを困惑の表情で交互に見回す。


 すると、宮津は突然立ち上がり体を伸ばしながら大きな欠伸をした。


 今の今まで生きているのかもわからないほど硬直していたかと思うと、今度はメトロノームのように頻りに体を左右に伸ばしている。普段から働き詰めなのは知っているが、とうとう限界を超えて壊れてしまったのか。2人はそう思った。そこで宮津は漸く丹波と和泉の顔を見て声を発した。


 「おはよう」2人は戸惑いながら挨拶し返すと、さっきまで宮津が穴が開くほど見詰めていた画面を覗き込んだ。3つの真っ黒なウインドウを見ると、ますます怪訝な顔をした。


 「なんですこれ?」


「埠頭の防犯カメラだ」宮津は2人に、作戦48時間前の埠頭周辺の映像を確認し手掛かりを探していること。それを宮津と高槻が交代で夜通しで行っていることを説明した。すると、2人は漸く安心したような表情を見せ、定位置に腰を下ろした。


 「人海戦術が使えないと大変だな」


「早く人員を確保してもらいたいもんだよ」宮津はそう言うと朝食を摂りに行くと言い、部屋から姿を消した。


 「なんだか警察みたいですね」無論、本当の警察なら専用の解析システムを用いるのだろうが、やっていること自体は防衛省がやるような仕事ではない。艦船に乗りたいがために防衛医大、それも4年で卒業できる看護学科を出た和泉にとっては尚のこと自分たちには似つかわしくないと思えた。


 「特防隊ここが正式に運用されることになれば、もっと警察っぽくなるだろうな。と言っても、公安警察っぽくだが」丹波はそう言ってからふと和泉の顔を見ると、予想通り眉間にシワを寄せて険しい顔をしていた。そんな和泉に丹波はソッと声をかける。


 「大丈夫だ。そうなれば、また海自に戻れる」本当ですか?和泉は捨てられた子犬のような目で丹波を見詰めた。すると丹波は泣きじゃくる子供と話すような声色で言う。


「もし戻れなかったら、俺のクルーザーに乗っけてやるよ」白けた空気が流れる。すると、暫く間を置いてから和泉はクスクスと笑い出し、仕舞いには堰を切ったように笑い転げた。












 防衛省庁舎厚生棟1階に存在するスターバックス。庁舎内で1番早い午前7時から営業を開始するこの店は、早めに出勤して朝食を摂る職員や、始業前にコーヒーを買っていく職員の姿をよく見ることができる。


 現在時刻は8時40分過ぎ。朝のかき入れ時を終え、今店内に居るのはレジの前に立つ店員と、ココア片手にミックスサンドイッチを食す宮津のみとなっている。


 「遅い朝食だな」聞き覚えのある声に背筋を凍らせ恐る恐る振り返ると、すぐ後ろにフィローネとカップを持った松阪部長が立っていた。


「そう言う部長こそ」


「こっちは早い昼食だ」そう言うと松阪は宮津の向かい側に腰を下ろした。


 「おかげさまでこの後防衛省のお偉方の前で言い訳を披露しに行かなくちゃならないんだ」松阪は顰め面でフィローネにかぶりつく。宮津は僅かに申し訳なさを抱きつつも仕事のためと割り切って聞き流しながら、口に入れたサンドイッチを咀嚼した。


 「それで、裏取り作業のほうはどうだ?進んでいるのか?」


「まだあと30時間程掛かりそうです」そうか。松阪は満足とも不満とも判別のつかない声色で返事すると、カップに口を付け湯気がたつイングリッシュブレックファストを喉に通した。


 「食事のときくらい仕事の話やめません?」


「しばらく家に帰っていないそうだな」松阪は、ならばとばかりに宮津が最も忌み嫌う話題を持ち出した。仕事の都合だということは上司である松阪が1番よくわかっている。だがそれでも、父親としてはそう簡単に割り切ってしまうわけにはいかなかった。


 宮津も宮津でいまいち割り切れていない部分もあり、毎回この話題には申し訳なく感じながら赤べこのように首をこっくりこっくりすることしかできない。


 「兎にも角にも、出来るだけ早くこの件を終わらせるぞ。いいな?」松阪はそう言うと、残り半分になったフィローネをあっという間に平らげ姿を消した。








 「どうした?出て行く前より疲れてるんじゃないか?」そんな丹波の心配する声を余所に、宮津は椅子に座って作業を再開した。












 ブラインドの隙間から差し込んだ日光が、高槻の瞼を焼いた。瞳に不快感を覚え少し目を開くと、視界の端にパソコンのモニターと向き合う宮津の姿が目に入った。


 疲れで働かない頭の中を思い返す限り、作業開始から4日が経ち疲労が限界近くに達している。そんな中、高槻は強風に揺られる映像を眺めていた。記憶という記憶はそれだけだ。


 残念なことに宮津にバトンタッチした記憶はない。つまり、映像を確認している最中に寝落ちしてしまったということだ。


 最悪の事態が頭を過ぎると、すぐにでも起き上がって謝りたい気持ちが込み上げてきた。だが、思うように体を動かすことができなかった。体を起こすどころか、手の指すらピクリとも動かない。


 そして、次第に瞼が重くなり再び視界が暗くなった。












 次に高槻が目を覚ましたのは午前8時だった。今度は先程と違い、視界の端に画面と睨めっこする宮津の姿は確認できない。寝そべったまま周囲を見回すが、誰の姿も見当たらない。だが、微かにスースーと空気の抜ける音が聞こえる。


 体を起こし音のする方を見ると、デスクの直上に頭らしきものが視認できた。それはデスクの天板に接するくらい低い位置にあり顔面はこちらを向いていた。


 宮津はスースー寝息をたてデスクに倒れ込むように眠っている。宮津も途中で寝てしまったのかと心配になり、高槻は慌てて立ち上がるとパソコンの前まで小走りで向かう。


 宮津の頭の上からモニターを覗き込むと、映像が一時停止されていた。そこには東京ゲートブリッジを渡る1台の白いミニバンがくっきりと映っている。


 映像の残り時間は5時間46分24秒。高槻は謝意としてせめて残りの映像の確認はしようと、モニターの向きを変え椅子に腰掛けた。












 「8時23分に白いノアが東京ゲートブリッジから埠頭に進入。2分後の8時25分に東京港臨海トンネルから退出。それ以外この3日間埠頭への出入りはなかった。この車が金目周一のものと見て間違いないだろう」その部分のみを残し、あとの70時間あまりの映像は圧縮してハードディスクに移した。メモリー内は5分にも満たない映像だけとなり、その性能を持て余す形となった。


 「やっと終わったな」疲れ切った様子の宮津はダランと背もたれに体を投げ出す。机に突っ伏していた高槻は聞こえるかどうか怪しい程小さな声で、ああ。と応答した。


 2人は黙っていると今にも寝てしまいそうだった。すると、高槻は最後の力を振り絞り上体を起こし宮津に向き直った。


 「途中で寝落ちしちまったみたいで迷惑を掛けたな。本当にすまなかった」座ったままではあるが、高槻は誠心誠意頭を下げた。その時間は10秒以上に達した。宮津は今どんな顔をしているのだろうか。頭を上げもう1度顔を合わせるのが怖くて仕方がない。


 恐る恐る顔を上げ宮津と正対すると、そこには目を丸くした宮津の顔があった。高槻は宮津が何故そんな顔をしているのか不思議だった。だが、宮津もまた不思議に思っていた。何故今高槻が頭を下げたのか。と。


 「いつ寝落ちなんかしてた?」それを聞いて高槻は思わず、えっ。と声を上げ目をぱちくりさせた。


「きっちり時間通りに何も視認できなかったと確認してから交代しただろ?」そうは言われても高槻の脳内にその記憶はない。作業の途中からプッツリと記憶が途切れてしまっている。


 「第一、俺がわざわざマットまで信伍を運ぶと思うか?お前はレンジャー根性で最後までやりきったんだよ」


 それが真実なのか、将又宮津の優しい嘘なのかはわからない。だが、高槻は言われたとおりに納得することに決めた。


 「それで、これからどうするんだ?」


「後は警察待ちだ。金目が捕まればすぐに聴取に行く」宮津はそう言うと大きな欠伸をして目に涙を浮かべた。


 「取り敢えず寝るか」


「そうだな」2人はクスッと笑い合うと椅子の背もたれに体を沈めた。





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