第12話
途中で見かけたコンビニに立ち寄ってもらい、私たちはお菓子やジュースを購入した。そのコンビニは私がバイトをしているのと同じチェーン店でもあったので、いろいろと気になって店内を見回してしまう。
会計を済ませ店を出るとき、入り口に「バイト募集」の張り紙が貼ってあるのを見つけた。うちだけじゃなく、どこも人手不足なんだな、と張り紙を見ながらドアを抜けた。もしかしてこのコンビニも、奥さんみたいに強烈な個性の持ち主がいるのかもしれない。そう考えたら、少し笑えた。
その後、私たちは再度タクシーに乗り込んで「槇田商店」を目指した。駅前は閑散としていたけれど、進むにつれて家が増えてくる。もちろん、私たちが住んでいるような町からすれば断然少ないけれど、住宅と言える町並みが見えて、私は少しホッとしていた。
森の中の一軒家だったりしたら、クマが出たり……? と少し心配になっていたのだ。私一人ならまだいいとしても、大地がクマに襲われでもしたら。
そんな心配をよそに、タクシーは一軒のひなびた家の前で止まった。その家の両側には、今時のおしゃれな家が建っているので、よけいに古臭く見える。
運転手さんが「どうも~」と手を振り、にこやかに去っていく。
私と大地はその家の前に立って、上を見上げた。
どう言えばいいのだろう? テレビでしか見たことがないような、昭和テイストの家。木造の二階建てで瓦葺の屋根。壁に張り巡らされた板は黒くくすんでいる。私たちが立っている道に面して、ガラスがはめ込まれた木製の引き戸が数枚。これを横開きにすれば、ここが入り口になるのだろう。
「ミツキ、あれ!」
私の袖を引いて大地が指さすところを見つめると、一階の屋根の上に横長の看板がかけてあるのが見えた。文字は薄くなっているけれど、そこに『槇田商店』の文字をかろうじて読み取ることが出来る。
「なんだか和さんのイメージとマッチしないわ」
私は看板を見上げながらそう呟く。
すると背後から「それは悪かったね」と声が聞こえ、私たちはドキッとして振り返った。
振り向いた先、そこにはヒョロッとした細見の男の人が立っていた。頭の後ろで髪を一つに束ね、左耳に黒いピアス。長袖の白Tシャツにダメージジーンズ。それに裸足に雪駄という出で立ち。こんな田舎の風景には到底似合わない。
「あ、あの……」
どう言えばいいのか分からず、私は言葉を探した。
和さん、聞いてないよー。男の人と暮らしてるの? そうと知っていれば無粋なマネはしなかったし、こんな変なお願いはしなかったのに!
私がドギマギしているうちに、大地の方が声を上げた。
「ここに和さんって人が住んでるはずなんですけど、オジサン、知ってますか?」
オジサンと呼ばれ、ちょっと気分を害した風に見えた男の人は、困ったように笑った。
「ここにナゴミさんって人はいないなー」
「え?」
私と大地は絶句してしまう。でも、さっきのメールでも和さんはここだって……
「まぁいいや。とにかく中に入って。あ、俺、煙草吸うんだけど、いいかな?」
男の人はどうやら煙草を買いに出ていたらしい。手に持った煙草が見えた。そして当たり前のように、ガラスの引き戸を開けた。ガララララ……と派手な音がする。外出していたらしいのに、鍵がかかっていなかった。
「どうぞ?」
男の人に促され、私と大地は顔を見合わせた。入っていいものか悩む。でも、私たちに選択肢は残されていなかった。とにかく和さんの所在を聞いて、そこへ向かうしかない。
「おじゃま……します」
引き戸から一歩足を踏み入れると、そこにはコンクリートの土間が広がっていた。六畳ほどの広さだ。そして中にはいくつもの棚があり、入り口近くにはガラスのショーケースのようなものも置いてあった。かつてここが何かのお店だったことを窺がわせる雰囲気だ。
「古臭いけど、俺は結構気に入っててさ」
男の人はさっさと中へ入っていく。土間の奥には五十センチほどの高さの上り口があり、そこにもガラス戸がはめ込まれていた。そのガラス戸をまたもや派手な音をさせ横に開く。ガラス戸の奥には畳みの部屋が続いていた。一番手前の部屋には炬燵が置いてある。
「一応、ここが居間。この部屋の奥が俺の書斎で、その奥が台所になってる。襖で仕切られてるだけだから、後で見て見るといい。台所の右側に離れに続く廊下。キラと大地は今日はその離れに。離れの廊下突き当りがトイレね。トイレだけは水洗に変えたけど、この家にトイレはその一か所しかないから、同時に行きたくなったらジャンケンで決めよう。俺の寝室は二階ってことで、まぁ、どうぞ」
男の人は雪駄をポイッと脱ぎ捨てると、さっさと上り口から中へ入ってしまった。私と大地も床や天井を見渡しながら後へ続く。
居間と紹介された部屋は天井が低く、三人入ると窮屈な感じがした。でも、置かれている調度品は古いながらもセンス良く整えられており、とてもきれいに整理されていた。和箪笥と呼ばれる黒塗りの箪笥が段々に並べられている。
「いらっしゃい。お茶は……キラが淹れてくれる?」
男の人は炬燵に入り、煙草に火をつけると灰皿を手元に寄せた。白い煙が部屋に充満していく。私は入口のガラス戸を開けて、煙を逃がした。
「あの、和さんはいつ帰ってくるんですか?」
大地も、私と彼とを気にしながら炬燵に入った。夕方になって少し冷え込んできたようだ。
「だからさ、ここにナゴミなんていないんだって!」
面白そうに言う彼に、私は食って掛かる。
「だって、さっきから私のことキラって呼んでますよね? それって和さんしか知らないことです。それとも和さんから聞いたってことですか?」
彼は煙草の煙をふーーーーーっと吐き出した。
「俺のハンドルネームね、『和』って書いて、『カズ』って読むんだよ。俺もまさかナゴミなんて呼び方されてるとは気づかなかった」
「え……」
絶句してしまう。まさか! まさか! まさか!
「嘘でしょ? だって、和さん、ラブリーで小説書いてますよね?」
「男が女性向けの恋愛小説書いたらダメっていう法律ある?」
「そんな!」
ここまで来て、まさか和さんが男だったという真実を知ることになろうとは……。何も言えなくなった私の横で、大地が助け舟を出そうと思ったのだろう。おもむろに口を開いた。
「男がネットの中で女になりきるのって、ネカマって言うんでしょ? てっちゃんが言ってた」
ネカマ……。そう、ネカマ。混乱する私の頭の中で、ネカマが繰り返される。
「お前、大地のくせに生意気な!」
和さんは立ち上がると大地のそばにきて、大地の脇に手を入れると勢いよくくすぐり始めた。大地は最初こそされるがままだったけれど、「やめて! やめてー!」と叫んで転がって抵抗し始めた。狭い部屋での二人の攻防は、大いに迷惑だ。炬燵が揺れる。
「ちょっと! 止めて! 止めて! 止めなさい!」
私が叫ぶと、ようやく二人の動きが止まった。
「和さんが男の人だなんて知らなかったので、泊めて欲しいなんて言ってしまってすみません。大地、帰ろう! どこか泊まるところ探さなきゃ!」
荷物を持って立ち上がろうとすると、和さんが面白そうに言った。
「別にいいけどさ。駅からここまで来て、どこか泊まるところあった? ここに泊まるのが一番ベストだと俺は思うけど、大地はどう思う?」
大地は今のスキンシップで、早くも和さんに心を開いてしまったらしい。
「俺もここに泊まるのが一番だと思う。それに、ミツキはナゴミさんに話があったんでしょ?」
「そうだけど、でも!」
今まではナゴミさんが女性だと思っていたから相談出来ていたことだ。ナゴミさんが女性ではないと知った今、目の前の男性に相談出来るとは思えない。口ごもる私を見て、ナゴミさんは奥へと続く襖を開いた。
「俺、もう一記事上げなきゃいけなくなってさ。ちょっと仕事するから、キラと大地は好きに過ごしてて。って言っても、もう19時になるか。先に風呂にでも入る? それとも飯にする?」
奥の部屋は居間とは違って、今風な部屋に整えられていた。机の上にパソコンが置いてあるのが見える。あのパソコンでいつも私にメールを送ってくれているのかな? 気になってつい凝視してしまう。私がパソコンを見つめていることに、和さんはすぐに気づいたらしい。
「キラ、パソコン持ってきてる?」
唐突に聞かれ思わず頷くと、ナゴミさんは書斎と呼ぶ自分の部屋から一枚の紙を持ってきて、炬燵の上に置いた。
「うちのWIFIの設定番号とパスワード。ネットに繋げて、続きを書いてたら? 大地は……そうだな。本でも読むか? 本棚の本はどれでも好きにしていいぞ。うちはテレビがないからな」
「こんなボロい家でも、WIFIってあるんだぁ」
大地の呟きに、和さんは苦笑した。けれど今度は反論することなく、書斎へと歩いて行ってしまう。大地はすぐにリュックからDSを取り出した。
「俺はこれがあるから暇つぶしはできるよ。でも、ミツキ、先にお風呂に入ろうよ? 俺、疲れた」
大地は既に泊まる気満々だ。
「台所の横に風呂場がある。勝手にお湯入れて好きにしていいぞ」
そう言いながら、ナゴミさんは早くもパソコンを立ち上げ、作業に入ろうとしていた。黒ぶちのメガネをかけてパソコンに向き合うナゴミさんは、さっきまでのナゴミさんとは別人に見える。
「じゃあ、一日だけお世話になります」
私も覚悟を決めそう言ってみるも、ナゴミさんにはもう聞こえていないようだった。切り替えの早さとさすがの集中力。私はついつい見とれてしまいそうになり、頭を振って、お湯を入れるために奥の部屋へと進んだ。
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