第11話
コンビニへ休みの相談をすると、もちろんいい顔はされなかった。でも、奥さんが「ずっとシフトを変わることなく頑張ってくれた光輝ちゃんのお願いだからね。少し待って、オーナーに相談してみるから」と言ってくれ、自宅にいるはずのオーナーに電話をかけてくれた。
日曜日のシフトに入ってくれる人材がすぐに見つかるハズがない。だから、とても心苦しかった。けれど、電話を切った奥さんが「オーナーが代わりに入ることになったから大丈夫よ。1日しかお休みをあげられないけど、楽しんでらっしゃい。大地くんと一緒なんでしょ?」と笑ってくれた。
オーナーは普通17時から22時までのシフトなので、おそらく明日は、朝9時から夜22時まで長時間に渡ってシフトに入ってくれるということなのだろう。
「本当にすみません。お土産、買ってきます」
お辞儀をすると、奥さんは「いってらっしゃい!」と私を送り出してくれた。
急に思いついた旅でもあったので、私と大地の交通費を捻出するために、私はそう多くもない貯金から必要だと思われる金額を下ろした。そして一度帰宅して準備していた荷物を持つと、私と大地は少し浮き立った気分で家を出た。
お兄ちゃんは「せっかく彼女が来てくれているのに、こんな日にどうして!」と怒っていたし、結婚相手だという可愛らしい女性は少し膨らんだお腹に手を当て、困惑した顔をしていた。でもそこは目を瞑ってもらうしかない。
私と大地がリセットするためには、どうしても今日、旅立たなければならないのだ。
私と大地は最寄駅ではなく、二つ先の大きな駅まで出て新幹線に乗った。大地は秋に修学旅行で新幹線に乗ることになってはいたけど、恐らく新幹線に乗るのは初めてだ。だから、珍しく素直に子供らしく喜んでいるように見えた。
流れていく景色も、車内販売で買ったアイスも、大地にとって全てが初めてで、楽し気だった。
そして私は、自分から言い出したことだとはいえ、いきなり和さんの家に突撃訪問することになったことを少々後悔し始めていた。しかも大地まで連れて。
だからテンションが上がっていく大地の様子に不安が加速し、私は何度も大地に言い聞かせていた。
「いい? 和さんと私は友だちだけど、会ったことはないの。今日初めて会うんだから、大地もそのつもりで。和さんのおうちで失礼のないようにしてね。大声を上げたり、部屋を走り回ったりしちゃダメよ? 和さんはお仕事中だと思うから、騒音は迷惑になるんだから」
繰り返し言い聞かせるうちに、大地はかなりうんざりしたらしい。
「もう分かってるってば! 俺、DS持ってきたし、ミツキと和さんが話している間はゲームして大人しくしてるから! 俺よりミツキの方が迷惑かけないでよね?」
そう言い返されて、私は思わず笑ってしまった。
私、緊張してる。それもかなり!
新幹線は、着実に和さんへと近づいていた。後1時間、30分……刻刻と迫ってくる和さん。
新幹線の2時間は、本当にあっという間だった。新幹線を降りると、和さんに教えられたとおりに駅構内から続く在来線のホームに出た。電車を待つ間、プラットホームをウロウロしていた大地が、「駅のキオスクに売ってるお弁当がいい感じ」だと言うので、それを見に行き3つ購入した。晩御飯が駅弁というのもオツではないだろうか?
「途中で何かお菓子も買って行こうね。大地の好きなのも買っていいよ」
「マジ? やった!」
私たちは、プチ旅行を心から楽しんでいた。思えば、二人っきりでどこかへ出かけたことなどなかった。保育園のバス遠足で動物園に行ったことを思い出す。あれ以来かもしれない……。
在来線は、小さな可愛い電車の二両編成。車両の壁側にベンチが並んでいて、客は向かい合って座る。新幹線からの流れなのか、最初の駅で乗る人は多かったけれど、和さんに近づくにつれて乗ってくる人はまばらとなり、降りる人の方が多くなった。そして、和さんの家の最寄駅に着く頃には、私たちが乗る車両には、私と大地の二人きり。
「ねぇ、和さんちって田舎なんだね」
大地が言う。
確かに、車窓からの景色が新幹線の中で見た景色とは全く違った風景になっていた。ビルなどの都会的なものは全くない。目の前に広がるのは、山と田畑と離ればなれの家々だけ。
「そういうのも言っちゃだめだからね! 失礼なときもあるんだから」
「分かってるー」
私と大地は、ここ数日の時間を埋めるように、いろいろな会話を楽しんだ。そのせいもあって、30分なんて瞬く間だった。
和さん指定の最寄駅。小さな木造の駅は無人駅だった。手に持った切符をどこに入れればいいのかと悩む。駅にあるはずの自動改札がどこにもないのだ。
「ミツキ、コレじゃない?」
大地が指さす場所には小さな箱がかけられており、その中に使用済みの切符が数枚入っているのが見えた。箱の横に「切符はこの中に」という文字が見える。
「ほんとだ。なんか平和だねぇ」
私と大地はその箱に切符を入れ、駅舎から出た。駅からは下に降りるための階段が5段ほど続いている。目の前にロータリーはあるものの、特に気になるようなものは何もない。駐輪場と自動販売機だけが目に入る。
「とりあえず、和さんにメール入れてみる。ちょっと待ってて」
私はバッグからスマホを取り出すと、仕事中だと言っていた和さんへとメールを送った。メールを送る間、リュックを背負った大地は駐輪場まで下りて走り回っていた。
『和さん、最寄駅に着きました。タクシーを拾うように言われましたが、タクシーがありません。どうしたらいいですか?』
和さんからの返信はすぐ届いた。
『いらっしゃい。もうすぐだからね。こっちは田舎だから、タクシーは常駐してないんだ。駅の階段のところに、タクシー会社へ直通の電話があるはずだから、そこへかけてみて。すぐに駅に来てくれると思う。タクシーが来たら、「槇田商店」へお願いします。って言ってみて。すぐに分かるはずだから』
「槇田商店? どういう意味だろ?」
文面を読んで私は首を捻った。でも、和さんの指示に従って駅の階段を探索するしかない。
タクシー会社への電話は、階段の一番上。駅の壁に貼り付けるような形で見つかった。番号は? と思いながら受話器を外して耳に当てると、すぐに独特の回線音が聞こえ、「はい! スマイルタクシーです!」という声が聞こえてきた。
直通というだけあって、受話器さえ上げれば、タクシー会社に電話が繋がるシステムらしい。
それから5分もせずに、やっぱり田舎らしい、ちょっとレトロちっくなタクシーが駅へやってきた。人のよさそうな運転手さんに「槇田商店までお願いします」と告げると、運転手さんは何の疑問もなく「はい。了解!」と答え、私たちを乗せたタクシーが動き出した。
「槇田商店」だけで通じるなんて、凄すぎる! 大地と密かに笑い合いながら、私はもうすぐそばまで来ている和さんへと思いを馳せた。
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