第4話Epilogue『GO』

 悲報っていわれるやつでいわゆる訃報だ。

 わたしがそれを聞かされたのは実のところ昨日だけれど、それが死を伝えるものときちんと知ったのは彼女の死の翌日である今日の話だ。


「あのひとは好きなもの食べて飲んで死にたいって言ってるから」って、誰かがあるひとの体調を心配するたび笑ってすましていた。心のなかではどうだったかな、今となってはぐちゃぐちゃで整理がつかない。


 ひとはどこかへ行く。

 前進するにも後進するにも、時間を経れば経るほどにどこかへと行く。


『若すぎる死だった』『尊い命を失った』いくら形容したって、そういうものも時間が動かす行程のひとつではあるのだ。

 他人の死を誰が喜ぶか、哀しむかなんて知らなない。

 結局は時間とひとと時の運だけがそれを呼んでしまうのだから。


汀渚なぎさが死んだ」

 知っていたような死というか、これが当たり前と思うしか思うような死というか、とかく、全てが予定通りに回るような死だったのだ。


 葬儀の手配はされていて、個室、処置室から安置室へと移されたあと、事切れた双子の姉をわたしは結局看取ることとなってしまった。これを看取るというのか、わたしは知らない。


冬目灯火とうめともかです」病院のひとはその言葉だけでわたしを通してくれた。警備体制としてはどうなのか疑問符はつくけれども、学生証も持たずに出てきたわたしにちょうどよかったのかも知れない。


 汀渚本人の顔を見たのはそれが最後だ。

 通夜葬儀も火葬の直前も彼女の顔を見ることはわたしにできなかった。

 お坊さんが言ったこともよく覚えていなけりゃ、親戚が頭を撫でて「泣かずにいれて偉いね」とわたしに言ったことも忘れたかった。



 今でも、悪い夢ならばよかったのになと思うことはある。

 よく似た容姿の片割れがどんどん痩せ細って最後は骨になる、そんなものを見て「なかなか物語的で感動的であった」などといえれば、そのほうがきっと、ひとの反感は買っても作家としては生きていけるのだろうなどと思う。というか、姉はきっとそういうことを言うのだ。


 死臭というべきものはたぶんとても厭われて、お姉ちゃんのにおいはふだんの薬品臭と違うそれはそれで安心するお香のような香りをしていた。姉が死んだということへの自覚のようなものが深まったのはこのあたりかもしれない。


「アーハン大聖堂……」

 なんとなく、姉の好きな作家の好きな作品をうろ覚えで思い出したわたしは、それから絵を描くことをひとつの趣味とすることにした。


 某大聖堂がルーアンだと気づくまで時間を要したのは、わたしのしょうもないミスだけれど、ちゃんと後には『睡蓮』も『積み藁』もきちんと連作の数々を見たので許してほしいのです。


「どうせなら深宇宙航行船にでも乗って行っちゃえ」


 四十九日に彼女に告げた。


 宗教的な救いの話は理論な感じで物語的だったけれども、わたしには少々合わなかった。


 ひととの「さようなら」に、理屈も物語も実際はずるっこいのだ。


 わたしはわたしのやりかたで、わたしのなかにお姉ちゃんを残そうとそのとき決めた。

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