雨とモノクロ

 ブロック審査会で全国への切符をつかんでから麻吹先生は雨や曇りの日の撮影に重点を置きだしたのよね。それも天気の悪い日ほど明るいテーマの課題を与えられるから大変。だって、


「おぉ、雷も鳴ってるな。これならテーマは『明るい笑顔』だ。それだけじゃ、おもしろくないからモノクロにする」


 どうしてこんな天気の悪い日に『明るい笑顔』なのよ、それにこんなに暗い日にモノクロなんて、


「いつもの通り八枚の組み写真だ。三十分で撮ってこい」


 麻吹先生は初戦審査会の作品を作るまでモノクロの指導をしてなかったのよ。だからエミは途中まで写真甲子園はカラー限定と思い込んでいたぐらい。ところが決勝大会進出が決まってから急にモノクロに重点を置き始めたんだ。今日もなんとか撮ると、


「ちっとも明るくないじゃないか。まるで梅雨空の憂鬱みたいで話にならん」


 だってこの天気だよ。


「テーマを変える。次は『弾ける』だ。もちろんモノクロだ。撮ってこい」


 げっ、もう無理難題ばっかり。ちょっと、うんざり気分で野川君に愚痴ったら。


「ああこの練習。必要だよ。初戦審査会と決勝大会では撮影条件がまるで違うからね」


 初戦審査会は撮影期間が二ヶ月ぐらいあるし、テーマだって自由、もちろん撮影場所もどこを選んでもOK。でも決勝大会になると。


「おおよそで言うと、午前中にテーマを与えられて、撮影場所も指定されて二時間ぐらいで撮影。お昼休憩を挟んで二時間ぐらいで組み写真の作品を作り上げて提出。その後にプレゼンして審査されるぐらいだ。これが三日間続く」

「お天気は関係なしなの」

「雨の日でも写真は撮れる」


 撮影法の指定まであって、雨の屋外撮影でモノクロもありうるんだって。テーマの決定はおそらくとしてたけど、大会前に決められていて、天候とか考慮してくれないらしいとしてた。そうそう、カメラとレンズも決勝大会に備えて渡された。


「このカメラとレンズに慣れておけ。決勝はこれを使うことになるからな。初戦審査会から使わせたかったが、今からでも間に合うだろう」


 決勝は指定のカメラとレンズが渡されるんだって。カメラもレンズもクセがあるから、慣れてないと実力を発揮できないことがあるって。


「先生のポケット・マネーですか」

「バカ言うな。これは部長先生の仕事だ。可愛い部員の写真甲子園のためだと嬉し涙を流しながらそろえてくれたぞ。感謝しろ」


 うん、間違いなく田淵先生を脅し上げて買わせてる。可哀想に一ヶ月分ぐらいの給料が飛んだんじゃないかな。田淵先生にお礼をしに行ったら、


「ボクに出来るのはこれぐらいだ・・・」


 目が完全に泳いでたもの。機種はゼノンだけど、なかなか良いカメラ。かなりの高級機らしいけど、エミのカメラより使いやすい感じはする。もっともエミのは骨董品みたいなカメラだから、なに使っても使いやすいけど。野川君とミサトさんは苦戦してた。


「部長、ちょっとクセありますね」

「尾崎さんもそう感じるか。なんかいつもと調子が違うんだよね」


 二人の話を聞いてると、とくにモノクロは使いにくいところがあるみたいで、


「エミ先輩は気になりませんか?」

「そうかな、自分のカメラよりよほどイイ気がするけど」

「どんだけ!」


 アカネさんはカメラの性能なんて小さな差だと言ってたけど、やっぱりあると思う。エミのカメラで最近まで仕事をしてたアカネさんのテクニックが、どれだけのものか改めてわかったぐらいだもの。


 決勝大会はカメラもレンズも同じだから、カメラの差はなくなるけど、カメラとレンズへの慣れの差は必ずあるよね。そうか、そうか、ブロック審査会でゼノンのカメラがあれだけ使われてたのは、決勝大会も視野に入れてたからもしれない。もっとも、うちの写真部でそこまでするのは無理だけど。



 そんな頃にミサトさんが折り入っての話があるって、なんだろ。写真のことだったら麻吹先生だし、写真部の事だったら野川君だよね。野川君に聞きにくかったら藤堂君がいるし。それと部室で話すのは避けたいって。


 そうなると個人的な相談事になるけど・・・やっぱり恋愛相談かな。文化祭の時の南さんと藤堂君は刺激されたものね。エミもそうだったから、ミサトさんがそうなっても不思議ないか。だけどミサトさんは誰かにウジウジ相談するタイプには見えないんだけどな。


 呼びだされたのは校舎の屋上。風もあんまりなくて蒸し暑いけど、だから誰もいなくて好都合ってところかな。フェンスに肘をついて、並んで風景を見てたんだ。なにか切り出しにくい雰囲気を感じてる。しばらくお互いに黙ってたんだけど、


「エミ先輩は部長の事をどう思われますか」


 ミサトさんの表情が思いつめた感じになってる。そういうことか、


「頼れる部長だよ」

「それだけですか」


 どう答えよう。時期が拙いよな。でもミサトさんの心も見えてた。エミもオープニング写真のために障害飛越に挑戦したけど、ミサトさんも新田先生のシゴキに耐え、あの一発勝負の写真を凄い集中力でモノにしたものね。


 あれは写真甲子園のためもあるけど、部長の期待になんとか応えようとしたミサキさんの心。だって野川君の話をする時のミサトさんの瞳はキラキラしてたものね。たぶんエミの瞳もそうだった気がするけど。


 ここでエミが好きだと言ったらあきらめてくれるだろうか。たぶんミサトさんも決めていない気がする。とにかくエミの心を確かめたい一心の気がする。それからどうするかは、その時に考えるぐらいかな。


「お母ちゃんに会ったよね」

「エミ先輩がお母さん似だと良くわかりました」

「お父ちゃんを見てどう思った」


 ミサトさんは、ちょっと言いにくそうにしてる。


「似てないでしょ」

「えぇ、その、あの・・・」

「エミはお父ちゃんのスピリッツは受け継いだけど、お父ちゃんの血は受けていないの」

「えっ、まさか、養女とか」

「違うよ。戸籍上はお父ちゃんの実子。でもね・・・」


 エミは黒田の子。お父ちゃんは黒田の子を身籠ってるお母ちゃんと結婚し、黒田の子であるのをすべて受け止めて、エミが産まれた。


「素敵な恋と思わない」

「あの、その・・・」

「そんなお母ちゃんをお父ちゃんは全力で愛して、お母ちゃんもお父ちゃんを全力で愛してる。今だってラブラブよ。こっちが照れくさくなるぐらい」


 ミサトさんが言葉を失くしてる。こんなこと、突然聞かされたらビックリよね。


「あれがエミの理想の恋。だから写真甲子園が終わったら全力でアタックするつもり」

「やはりエミ先輩は」

「そうよ。あのお母ちゃんを口説き落としたお父ちゃんの娘よ。お父ちゃんの辞書に『あきらめる』はないの。どんなに失敗しても、苦しい状況になっても前しか見ていないの。このスピリッツを受け継げたのはエミの自慢だよ」


 ミサトさんが茫然としてる。ちょっと重すぎたかな。


「野川君が相手に出来るのは一人。ミサトさんも好きなら挑めばイイ。エミも譲る気はないからね。でもね、今は待ちたいの。恋も大事だけど、写真甲子園も大切よ。野川君だって、今はそのはずよ」

「・・・」

「これっきりのチャンスに完全燃焼したいの。そのためにここまで頑張って来て、決勝大会の切符も取れたじゃない。エミはそこまで待つ。もちろんミサトさんが今行きたいなら、構わないわ」


 ミサトさんが悩んでる。わかってくれたら嬉しいけど、


「ミサトも写真甲子園が大事です。このために、ここまで頑張ってきたのです。恋の勝負は決勝大会の後に挑みます」

「負けないよ」

「シンデレラ相手だって負けません」


 これでイイかな野川君。ここでチームが空中分解しちゃったら一番悲しむのが野川君だもの。待つって言っても八月三日からの一週間の決勝大会終了まで。もう一ヶ月もないからね。


「エミ先輩、優勝して部長に臨みましょう」

「それが二人にとっても最高の舞台になるよ」

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