ブロック審査会

 初戦審査会の次の関門はブロック審査会。近畿ブロックで初戦審査会を突破したのは予想通り十校。つまりは決勝大会の出場切符は二枚になるの。ブロック審査会は六月十三日にあるけど、


「会場は大阪なのね」

「大阪駅から十分ぐらいだけど、東西線の北新地駅からでも近い感じかな」


 行ったことがないから付いて行こう。


「それと、麻吹先生は変装していくらしいよ」

「どうして」

「うるさいからだって」


 かもね。下手に知れると審査が大変なことになっちゃうだろうし。


「審査員は」

「鶴巻、中西、岡本ってなってるけど、たぶんインチキはしないだろうって、麻吹先生は言ってたよ」


 それにしても麻吹先生って、どれだけの修羅場を潜り抜けてるのかな。校内予選の時だって、すべて織り込み済みで動ていたものね。そうそう、プレゼン担当はエミだけど麻吹先生から、


『あまり考えすぎるな。妙に時間があると、考え過ぎて切れ味が悪くなるからな』


 当日は四人そろって電車で出発。六甲山をくぐって三宮に出て、そこから阪急で梅田に。梅田では早めの昼食をとって会場のビジュアルアーツ専門学校大阪 アーツホールに。ブロック審査会は公開審査で、選手役員の他に一般観客も入れるようになってる。


 受付を済ませて、選手用の席に座って見回してみた。会場はステージに向かって階段状になってて、天井にはあれこれと照明器具。ライブ演奏もするところだって。天井も低くて、ホールと言うよりライブハウスの感じかな。行ったことないけど。


 真ん中に大きなスクリーンと、左手の上の方にでっかいディスプレイ。そのディスプレイの下に司会席があって、その前に椅子が三つ並んでるから、あそこに座ってプレゼンするで良さそう。会場は審査開始時刻が近づくとドンドン埋まってく感じ。


「小林君はよく緊張しないな」

「まあ、これぐらい上品なお客さんなら」


 とにかく北六甲クラブのレストランは根が大衆食堂だから、客層もそれなりだったのよね。今はだいぶマシになったけど、ゴッツイおっさんがゴロゴロしてたもの。それにくらべれば気楽なもの。


 定刻になり司会の人が出てきて、まず開会の挨拶があって、それから審査員の紹介。そこから順番に出場校のプレゼンテーションが始まった。野川君に、


「うちが最後だね」

「どっちかなんだよね。たぶん良い方だと思うけど」


 こういうものは最初に審査されると不利になることがあるんだって。審査員だって、後にどんな作品が出て来るか知らないから、評価点を抑え気味に付ける傾向があるとしてた。だから初戦審査会の順位で発表順が決められているんじゃないかって。


「そうかどうかはこれから見ればわかるよ」


 公開審査の形式だけど、まず選手がプレゼンして、写真がスライド・ショー形式でスクリーンに映されていくんだ。最後に八枚が同時に映された時点で審査員の講評がある段取り。


 プレゼンってどんなものかと思ってたけど、短いのよね。時間にしたら一分か二分ぐらいかな。写真なんて説明して理解してもらうものじゃないから、あんなものかと思ったぐらい。


 それでも、さすがはブロック審査会だ。どこも工夫を凝らしてるな。最初の高校は春の芽生えに焦点を合わせてるのか。色も良く出てるけど、ちょっと構図が甘い気が。次は色んな笑顔を集めたのか。イイ顔してるけど、ちょっと背景がお留守になってる写真もある気がする。あれは余計だよね。


 その次は学校風景だね。ここは私服なんだ。色んな面白い光景を集めてるし、一枚一枚に工夫が凝らされてるのはわかるけど、組み写真として見たらどうだろう。なんかそれぞれが主張し合って、バラバラの感じがするな。


 次はアイデア勝負かな。登場人物がすべてシャワーキャップを被っているのが目を引くけど、そのユニークさが活かされていない気がする。言ってしまえば、どうして被っているのかわからないんだよね。小道具を使うのはアイデアだと思うけど、これじゃ使った意味がない気がする。


 次はモノクロか。モノクロになると色がなくなるから、基本は構図勝負だって麻吹先生が言ってた。グレーの色調の変化をどれだけ活かせるかなるけど麻吹先生は、


『ヘタクソがモノクロを撮るとやたらと暗く沈み込んでしまう。モノクロだからシックと言う概念は狭すぎる考え方だ』


 麻吹先生に言わすと、カラーもモノクロも基本は同じで、撮れる写真も明るい写真から、暗い写真までなんでも撮れるって。だからあまりにもモノクロの特性を意識しすぎるとかえって逆効果になることもあるから注意が必要としてた。


「最後は兵庫の摩耶学園高校写真部です」


 呼ばれて観客席からステージに上がり選手紹介があり、いよいよプレゼン。テーマは、


『青春のボレロ』


 ここでもエミは原稿を使わない。写真のすべて頭に入ってる。語るのは八枚の写真が奏でるボレロ。これが摩耶学園のプレゼン。


「・・・以上です。ありがとうございます」


 そこから審査員は審査員席に入って協議。発表は三十分後らしい。ホールに出てジュースを飲みながら、


「麻吹先生、どうですか」

「あん、審査するのはわたしじゃない。あの連中だ。運を天に任せないと仕方がないだろ」


 ごもっとも。


「思ったよりレベルが低い感じがしましたけど」

「ほほう、そう感じたか。とりあえず結果待ちだ」


 選手席に座るとさすがに緊張してきた。贔屓目もあるけど、うちの写真部の作品は他の学校に負けていないと思うの。どの学校も初戦審査会を勝ち抜いただけあって、さすがの作品ではあったけど、どこかに穴がある気がエミにはするの。司会の人と審査員が入って来て、いよいよ結果発表だ。


「これより結果発表を行います。ここで決勝大会への切符を得るのは二校です。では審査委員長の鶴巻先生、お願いします」


 審査委員長がステージの真ん中のマイクの前に進んで、


「今回は近畿ブロックの初戦審査会出場校が三百十一校と史上最多を数えています。出場校の中には校内予選も戦い抜いた学校もあると聞きます。レベルも目を見張るものがあり、審査も難航しましたが・・・」


 気を持たせるな。こういう時って、こんなものだけど、選ばれる側になるとたまんないよ。野川君も、ミサトさんも手を組んで祈ってるもの。


「では発表します。近畿ブロックの一つ目の代表校は、和歌山県立神藤高等学校写真部」


 歓声が上がってる。ここはたしかに良く出来てた。かつて決勝大会で三連覇したこともある強豪だそうだものね。残りは一枚。お願い、


「二つ目の代表校は、私立摩耶学園高校写真部」


 やった、やった、横で野川君がガッツ・ポーズしてるし、ミサトさんが飛びあがってる。これで夢の北海道だ。ステージに呼ばれてブロック代表旗と盾が授与された。その後に代表二校の選手と審査員たちで記念撮影。マスコミ取材まであったんだ。夢見心地の帰り道。


「ねえ、ホッペつねってくれる」

「夢じゃないよね」

「行けるのよね決勝大会に」


 興奮冷めやらないエミたちだったけど、


「麻吹先生、神藤高校とどっちが上だったのですか」

「見た通りだよ」

「先に発表された神藤ですか」


 麻吹先生はニコニコ笑いながら、


「どっちでもイイじゃないか。ブロック審査会と言っても予選だよ。ここまでの成績は、決勝に行けばリセットになるからね。大事なのは代表枠二校に入ったこと。決勝は撮影場所も、競技方法も別物になるんだよ。素直に喜びな」


 そうだよね。大事なのは決勝への切符をつかんだこと。


「これから一ヶ月半を無駄に過ごすんじゃないよ。今度は優勝旗を持って帰るんだから」


 そうだ、まだゴールじゃない


「よろしくお願いします」

「頑張りな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る