ボレロ

 ミサトさんは頑張ってくれた。エミの障害飛越の練習が長引いちゃって一発勝負になっちゃったけど野川君は、


「こりゃ、凄い。予想したより何倍も良いよ」


 エミもそう思う。これは、ちょっとやそっとで撮れるものじゃないもの。問題は次の展開だけど、


「オープニング写真が出来上るまでにあれこれ考えてたのだけど、校内予選と同様に洞の躍動と静の躍動の対比がやはり良いと思うんだ」

「ロンドですね」


 これは組み写真を作る時の構成のために編み出したんだんだけど、


 A → B → A → C → D → A → B → A


 こういう複合三部形式にすることなんだ。


「いやボレロはどうかと考えてる」

「でもあれは、静かに始まって盛り上がっていくスタイルでは」

「そこは変則になるけど、冬休みから始まって、五月の文化祭までを物語にしたらどうかと思うんだ」


 ボレロは四分の三拍子の同じリズムを刻みながら、AとBの二つのメロディーを交互に流しながら、最後にCで終るパターンなの。


「なるほど、統一性を狙っているのですね」

「そうなんだ。撮影期間が長いから、どうしても写真がバラバラになりやすいじゃないか。Cに向かって同じリズムで盛り上げていく感じかな」

「だったらオープニングがAとすると動で、次に静のBがくるってことになりますね」


 全体の構成でいうと、


 A → B → A → B → A → B → A → C


 こういう構成で、最後はA → Cでグッと盛り上げて締めくくる感じになるの。


「Cを文化祭としたら、文化部中心ですか」

「あえて運動部を外してみるのも面白いと思うんだ」


 面白いと思うけど、そうなるとオープニング写真が浮く気がするな。


「野川君、ここはギャンブルしても良い気がする」

「どういうこと」

「ミサトさんの写真は素晴らしい出来です。これを活かしたらどうかなぁ」


 元のプランではスライド・ショー形式の審査になるはずだから、一枚目に目を引く写真を置いて、審査の第一印象を高める作戦だったのよね。


「これだけの写真を一枚目に置くと効果はあるでしょうが、逆に二枚目以降の印象と構成が難しくなる気がします」

「で、どうするの」

「この写真をCにして、最後のインパクトにしたらどうかなって」


 これだけの写真なら最後に置いても、全体の印象を引き立てるのに効果は抜群のはず。


「それに審査員は必ず最後まで写真を見るはずです。これが最後にあって、全体の印象をグッと持ちあげる作戦もありかと」


 野川君はじっと考えてたけど、


「ボクの考えていたCは文化祭の熱狂ぐらいだったけど、それでは弱いよな。それはA・Bの盛り上がりの延長線上でCとは言えないもの。最後に躍動が天翔けるの構成は絶対に面白いと思う」

「そうでしょ、そうでしょ、この写真に向かってリズムを刻んで行く構成で撮りましょうよ」


 野川君が目を付けた文化祭は面白いと思うのよね。文化部は多かれ少なかれ、文化祭を頂点にして年間計画を立ててるところが多いから、この春休みぐらいから盛り上がっていくんだよね。これは校内の雰囲気もそう。これをボレロで撮るのもアイデアだと思う。


 ボレロ構成で難しいのは最後のC。ある程度の意外性と、なおかつ全体とのバランスも必要で、さらにインパクトも必要。考えようによっては最高のCがまず手に入ったと言えるじゃない。


「ようし、みんなボレロのリズムをしっかり刻んで撮影開始だ。各部にまず協力を取り付けよう」


 ところがどこに行っても、


『その話やったら野川から聞いてるし、藤堂からも頼まれてる。全面協力する』


 エミたちがオープニング写真でかかりっきりになっている間に、根回しをやってくれてたんだ。麻吹先生も顔を出されてプランを聞いてもらったのだけど、


「そうするか・・・あの写真を活かすには、その方が良いかもしれない。賭けになる部分は残るが、全国に行くには近畿ブロックの二位以内に入らないとならない。良いものは必ず評価される。それで行け」


 これに加えて、


「今回の写真のキモは自然な表情だ。これがどれだけ撮れるかになる」

「どういうことですか?」

「プロをモデルに使えば、こちらの要求に合わせてくれるが相手は素人だ。エエ格好を撮ってもらおうと誰でも意識する。だが、それではダメだ。こちらのカメラを意識しない地の喜怒哀楽が欲しいのだ」

「どうすれば」

「そうなるまで通い詰めるのだ。それしかない。五月の文化祭までとにかく密着取材と思え。そして空気になるのだ。そうなれば撮れる」


 なるほど。記念写真じゃダメなんだ。各部の熱気を捕まえるには、カメラを意識させちゃダメなんだ。気取ったポーズの写真をいくら集めても価値はないってことか。


「この経験は決勝に行けば生きる。決勝でも通りがかりの人の協力を頼むケースも十分にありうる。その時にいかに素早くコミュニケーションを取り、自然な表情を引き出せるかは勝負を左右する時もある」


 今回は同じ学校の生徒だし、エミたちは最高学年だけど、決勝に行けばもっと年長の人に頼むケースも出て来るものね。


「人物写真は感情を持つ人間が相手の点がおもしろみでもあり、難しい点だ。だが人が入ると写真は際立つ。それぐらい被写体としての人は優れてるということだ。締め切りまで全力疾走で駆け抜けてみろ」


 麻吹先生の指導でおもしろいのは、技術的な部分は『見て覚えろ』的な回りくどい手法を一切取らないこと。アカネさんもそうだった。あれは技術なんてタダの道具と見なしていると思ってる。


 そして本当に教えたいのは技術の活かし方。これも、こう撮るじゃないのよね。エミたちが自分の撮りたいものに、どう活かすかなのよね。そう、どんなに下手に撮っても、着目するのはその狙い。


 技術的なことには厳しい指導が入るけど、狙いが良ければ間違いなく褒めてくれる。これもちょっと違う、出来る限り自由な発想で写真を撮る点を伸ばすのに最大の力点を置いている気がする。


「エミ先輩もそう感じましたか」

「野川君は?」

「似ているけどかなり違う」


 野川君も表現しにくそうだったけど、


「カメラ歴はボクの方が少し長いだろ、だから、どうしてもこの被写体ならこう撮るの固定概念が強すぎると思うんだ。正月からの麻吹先生の指導は、ボクの固定概念を壊してしまうことだったと今ならわかる」


 壊す?


「ああ、そうだ。オープニング写真を誰が撮るかで尾崎さんが指名されたじゃないか。あの時に『どうして』って思ったけど、麻吹先生に、


『野川では馬が飛ばん』


 なに言われてるか、その時にはわからなかったけど、やっとわかった。ボクが撮ったら馬は死んでたよ。あの構図を考えたのはボクだけど、尾崎さんの写真を見てはっきりわかった。ボクが撮ってたら、ああは撮れない」


 そんなこと・・・


「正月からのシゴキでボクにも見えて来たものがある。麻吹先生は本気で勝つ気だって」

「それは夏休みからずっとじゃない」

「そうだけど、本気で写真甲子園の情報を集めて、ボクらでも勝つ方法を編み出し、それを叩きこんでくれてるんだよ」


 野川君が言うにはたった半年足らずで村井プロに勝ったのは不思議過ぎるって。麻吹先生は村井プロの腕が落ちてたからとしてたけど、それでもプロはプロだものね。二流かもしれないけど、エミたちより絶対に上だったはず。


「麻吹先生はボクらの長所のみをひたすら伸ばしていたんだ。つまりは一点突破で村井プロを凌ぐ作戦だ。おそらく村井プロと個人で勝負したら話にならないレベルで良いと思う」

「それって、一人一人がどこか一点でも村井プロに勝る点を持っていて、その集合体で勝負したってこと」

「そうだよ、それが個人戦と団体戦の違いだろう。あの勝負は圧勝ではない、たった一つの勝機を見出し、そこにすべてを懸けてもぎとった勝利だ」


 そんなに厳しい勝負だったんだ。


「ボクのチームでの役割ははっきりわかったつもりだ。ボクに合ってるのは静の躍動だ。動の躍動は小林君と尾崎さんに任せる。それがこのチームの最大の能力を発揮する組み合わせになるはずだ」


 エミにもわかった気がする。麻吹先生が作り上げようとしているのはチームなんだ。三人の個性を伸ばし、なおかつ反発しあわずに融合するようなチーム。


「小林君は上手いこというね。三人の極限の力を合せれば、村井プロだって倒せることがあるチームだ。もう少し言えば、三人で一人のカメラマンをやってるぐらいかな」

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