恋模様

 野川部長も、エミ先輩も、もちろんミサトだって頑張ってる。三人で受持ちの分担を決めて、麻吹先生の指示通りに密着取材中ってところかな。やはりというか、当然というか、一番喜ばれたのが、エミ先輩が受け持った部。もっともエミ先輩に言わせると、


「もうみんな気取っちゃって、逆効果だよ」


 ボヤイてた、ボヤイてた。案外というか、これまた当然かもしれないけど、野川部長が受け持った部も女子部員が騒いでた。やっぱりわかるよね。部長はこの一年で本当に変わったと思うもの。


 去年の今ごろはおとなしくて、実は親切ぐらいだったけど、今はそこにいるだけで人を惹きつける魅力が溢れてるもの。あれは自信だと思うし、写真への屈折した思いが解き放たれたからだと思ってる。随分明るくなったもの。もっとも、


「これじゃ、いつになったら空気になれることやら」


 そういう意味で一番順調なのがミサトかな。ミサトだってと思わなくないけど、さすがにシンデレラと並ぶと引き立て役にしかなれないものね。撮った写真は必ず摺り合わせもやってる。これからの七枚は最後の写真へのボレロだから、そこの意思統一は欠かせないもの。



 文化部に取って文化祭が大きな祭典なのは写真部も同じ。こちらの担当は藤堂副部長とアキコに担当してもらってる。そっちまで手を回せる余裕は野川部長にさえないものね。藤堂副部長は、


「こっちがオレの晴れ舞台や。写真甲子園は任せた」


 藤堂副部長は縁の下の力持ちって感じ。実際に力持ちで、中学の時は柔道部で活躍してたんだって。高校でも入ってたそうだけど、友人の野川部長がピンチと知って、退部してまで写真部に協力してくれた人情家でもあるのよね。校内予選会の前も、


「これが柔道やったら、宗像ぐらい絞め落としたるのに」


 とにかく体も大きいけど、手も大きいから、藤堂副部長がデジイチ持っても、コンデジぐらいに見えちゃうぐらい。キャラは明朗快活、いかにも体育会系。ミサトも第一印象はちょっと怖い感じもあったけど、すぐにそんな人ではないとわかったもの。


 とにかく写真部を盛り上げるのに懸命で、写真甲子園で麻吹先生にシゴキあげられて余裕のない三人の穴を感じさせないようにしてくれてる感じかな。ミサトもあれこれ相談に乗らしてくれたものね。そんな時にアキコが、


「ミサトは部長狙い?」

「無理よ、無理。部長の目もシンデレラよ」


 部長じゃなくたって、みんなシンデレラに夢中だけど、ミサトの見るところ、シンデレラも部長に気があると思う。だって、馬の写真の時にあそこまで頑張ったじゃない。たった二週間で、あの化け物みたいな障害を飛んじゃったもの。あれは、部長の願いを何としても叶えようとした愛に違いないもの。


「ミサト、ちょっと相談があるのだけど・・・」


 選手に落選してから藤堂副部長とアキコが写真部の面倒を見てくれてるんだよね。とにかく新入部員が十人も押し寄せて来たから、これをなんとかしないといけないし。今だって文化祭に向かって二人で引っ張ってるし、新入部員の勧誘にもあれこれ知恵を絞ってるみたい。


 今の写真部の体制はちょっと変則で、本来の部長である野川部長が写真甲子園で手いっぱい状態だし、もう一人の新三年生のエミ先輩も同様。だから実質的には藤堂副部長が部長で、アキコが副部長みたいな感じ。そうなると二人でいる時間がどうしたって長くなるのよね。


「アキコ、もしかして副部長を!」

「どう想われてるかな。だって写真部にはシンデレラもいるし、写真小町だっているんだもの」


 アキコとの付き合いも長いんだけど、どちらかと言わなくても引っ込み思案のオクテ。なにをするにも及び腰で、自信が持てない緊張過剰タイプとすればイイのかな。ミサトが写真部に誘い込んだ時も口説き落とすのが大変だったもの。


「部長じゃないの?」

「だってライバルが多すぎるじゃない」


 それで逃げちゃうのも良くないと思うけど、部長を落とすのは大変なのはミサトにもわかる。写真小町とまで呼ばれたミサトでさえ、シンデレラの前では引き下がらざるを得ない感じだものね。恋に妥協は良くないと思うけど、


「そうなんだけど、あれで副部長は優しいのよ。二人でやる事があれこれ多いのだけど、本当に気をつかってくれて・・・」


 遠くのバラより近くのタンポポかな。副部長だってシンデレラ狙いはあると思うけど、野川部長との仲に割り込む気はないのかも。そういえば、


『オレじゃ、美女と野獣だ』


 でも悪い人じゃない。いや間違いなくイイ人だ。横幅も凄いけど背も高いし、見た目からガサツそうに見られやすいけど、間違いなく繊細な気遣いの人。そして友だち思い。写真部でも副部長の存在は大きいんだ。体もデカいけど。


 文化部への根回しだって、野川部長もやってたけど、副部長がどれほど走り回っていたかは聞かされたもの。あれだけ頼まれれば、NOなんて言えないって何度も聞かされたぐらい。そうだ、そうだ、その時にアキコも一緒だったんだ。


「あれだけ他人のために尽くせる人って素敵だと思うの」


 それは言えてる。写真部の大黒柱は野川部長だけど、その土台をしっかり支えているのが藤堂副部長の献身。選手から漏れても不平一つ言わずに、後輩の世話と選手のサポートに全力投球してくれてるから、ここまで来れたんだ。


 そうそう、アキコも可愛いのよ。そりゃ、万人受けはしないかもしれないけどブスじゃない。性格だって引っ込み思案だけど、あれはあれで素直だし思いやりだってある。どうしても地味になるから目立たなくなっちゃうけどイイ子だもの。だから親友。


 にしてもアキコが男の人を好きになったのにビックリした。それも副部長みたいなゴッツイ感じのタイプの人をだよ。ひょっとしたら初恋かもしれないじゃない。


「好きなら行けばイイじゃない」

「でも、副部長が何も想ってくれていてなかったら・・・」


 まあ、どうしてもそうなっちゃうのはわかるけど、それを乗り越えないと恋は出来ないもの。


「ミサト、お願い。副部長に聞いてみて」

「ちょっと待ってよ」


 アキコの恋の仲立ちをしてもイイけど、もし玉砕されたらちょっと困る。時期が悪すぎる。今の写真部で副部長とアキコの仲がギクシャクしてしまうと、文化祭の発表が空中分解するかもしれないし、写真部がゴタゴタすると写真甲子園への影響も出るかもしれないじゃない。


 写真甲子園とアキコの恋のどちらが重いかと言われたら・・・こんなもの較べるものじゃないよ。この場は曖昧に言いくるめたけど、こりゃ、難題だ。ミサトも困ってしまっちゃったんだよ。


 誰かに相談したいけど、部長にも言いにくいし、エミ先輩にもなんとなく言いにくい。困り果てたミサトは麻吹先生に相談してみたんだ。写真以外のことを相談するのは怖かったけど、これだって写真甲子園に関連する大問題だから、思い切って聞いてみた。


「若いってイイな。羨ましいぐらいだ。恋は人を成長させるし、写真も成長させる。大いに恋をすべしだ」

「でもこれで二人の仲がおかしくなったら」

「それがどうしたって言うんだ。それも青春だ。お前ら仲間じゃないのか。南が失恋したら助けてやらないのか」

「もちろん助けます」


 楽しそうに笑う麻吹先生は、


「どうせなら・・・」


 この際だから派手な公開告白みたいなイベントを仕掛けようって、


「先生、そんな時間がどこにあるのですか」

「時間は作るものだ。手配はしておく、決行は文化祭当日だ。くれぐれも藤堂に勘付かれないようにしろ。それとだな・・・」

「ちょっと先生、今さら」

「これ以上のボレロはない」


 慌てて部長とエミ先輩に相談に行ったのだけど、


「へぇ。南君がね」

「エミもお似合いだと思うよ」

「でも・・・」


 麻吹先生のトンデモ企画を話すと、


「なるほど!」

「それイイかもしれない」


 えっ、乗るの?


「撮り始めてわかったけど、今の計画で作品を作っても盛り上がりに欠けそうな気がしてるんだ」

「そうなのよ。やっぱり文化部って動きに乏しいところがあるし、表情も拾いにくいし。どうしても地味目になるのよね」


 それはミサトにもわかる。企画は悪くなかったけど、実際のところは手強すぎる感触があるし、このままじゃ物語と言うより、インパクトに欠ける散漫なものになりそうな心配はあるのはあるもの。


「だからと言って」

「今からなら十分に間に合うよ」

「そうよね、これなら濃密なドラマになる」

「でも写真甲子園ですよ」

「こんなのは今までないんじゃないのかな」


 部長、そんなギャンブルを・・・


「やるべきだと思う。こういうものは無難に守ってたら勝てないよ。他人がやってないからこそ価値がある。ここは麻吹先生の言う通り、攻めるべきだ」

「なにか楽しそうね」

「今から藤堂がどんな顔をするか楽しみだ」


 ふ、不安だ。

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