ドキドキ!肝試しスタート!③
発車から十数分、四人を乗せたミニバンは寂し気な夜の道をひた走っていた。目的地が近づくにつれ、段々と車通りは少なくなってきた。交差点を曲がり、緩やかな坂道を登ると、左右が雑木林に囲まれた一車線の狭い道にさしかかった。蔓延った雑草が舗装路面にせり出ているが、進行に滞りは無かった。相変わらず車内では千佳と裏山の二人が口角泡を飛ばし合っている。その様子に半ば呆れつつ、田畑が車の天井に設置されたカーテレビを指差して常史江に言った。
「なあ常史江君、この車載テレビつけてもらっていいかい?」
「ん?わかった。なあ、テレビをつけてくれ」
『了解シマシタ』
常史江が呟いた途端、機械音声とともにテレビの電源がONになった。どうやら音声操作も可能らしい。また、彼の話によればこの車は従来の自動車をぶっちぎった強度を持っており、ちょっとやそっとの事故では傷一つつかないらしい。遠隔操作すらも可能だという。随分と多芸に秀でた車だこと。自動車のエンジニアが聞いたら悔し涙を流すだろう。
映し出されたのは土曜プレミアムの洋画のようだった。端正な顔立ちの男優とブロンドで厚化粧な女優がロマンチックな音楽をバックに、見てるこっちが恥ずかしくなりそうなキスを始めた。
それを視界に捉えるやいなや、裏山の顔がサーッと青ざめた。
「うっ!キ、キス…!ヴォゥ!」
裏山は口を手で抑えたが時すでに遅し、カーマットと自分のシューズに、指と指の間から盛大にゲロをぶちまけた。千佳はぶったまげて首をひっこめた。
「ぎゃあああ!何なのさ急に!」
「おい、汚いな」
常史江がバックミラーを伺いながら無感情な声で言った。車内に吐瀉物の異臭が漂った。一頻り吐き終わると裏山は口の周りに汚らしいカスを付着させたまま、息を荒げつつ言った。
「わ、悪い悪い…。ちょっとPTSD的なもんが発動してよ…。そのチャンネルちょっと変えてくんない?」
常史江の指示でチャンネルが切り替わると、土曜ドラマが映し出された。何の因果か、またもキスシーンだった。
「ヴェァッ!」
裏山はまたもびちゃびちゃと胃液を吐き出した。
「な、何なんだい、こいつは…」
「や、やっぱり消そうか?テレビ…」
それから数分後、ようやく目的地である二階建ての幽霊屋敷に辿り着いた。その土地はもはや森、と言っていい程、草木が生い茂っていた。写真で見た通りの、いや、それ以上の気味悪さだ。確かブレアウィッチなんちゃらとかいうホラー映画にもこんな廃屋が出てきたっけな。千佳はそう思った。
車は屋敷から少し離れた、藪だらけの空きスペースに停車した。千佳が後ろの座席をちらりと確認すると、裏山はシートに横になって鼻提灯を作りながら爆睡していた。なので千佳はそれはそれは懇切丁寧に、彼の顔にペットボトルに入っていた冷水をかけて起こしてやった。
「ぐあああ冷てえ!てめえ何しやがるんだ。せっかく人が夢の中で金髪巨乳の姉ちゃんとあんな事いいなこんな事いいなしてたっちゅーのに」
「起こしてやったんだから感謝したらどうだい?人間国宝さん」
「何だあ?このまな板…」
またもやひと悶着始まりそうな所で田畑が仲介した。
「まあまあ、二人ともそうカッカするなよ。ほら、ついたぜ?」
二人は目から火花を散らし合いながら、車外に出た。
車のドアを閉めて廃屋の方を確認すると、千佳は視界に妙なものを捉えた。割れた窓の奥、闇の中から、何かが佇んでいる。人影のようだ。顔は見えない。だがその不明瞭な存在は、ふらふらと揺れながらこちらを見ているようだった。千佳は目を擦って再度確認した。
すると、あの人影はいなくなっていた。気のせいだったのだろうか?
「どうかしたか?」
常史江が言った。
「あ、あそこ今誰かいなかったかい?」
「はあ?お前嘘くせ~!常史江に甘えたいからってホラ吹いてんじゃねーよ!」
アホが茶々を入れてきたが千佳の耳には入らなかった。あれは本当に見間違いだったのだろうか?もし、そうでなければ…。
一抹の不安を抱えつつ、千佳達は廃屋に足を踏み入れた。
当然だが中は真っ暗闇だった。田畑が懐中電灯で床を照らすと、足の踏み場もない程ガラス片や、木片、様々な無用の長物が溢れかえっており、酷い荒れ具合だった。床もいくらか抜けている。だが、解体業者が入ったわりには生活用品は結構残っていた。多分よほど早い段階で解体作業が中止になったんだろう。
「転ばないよう足場に気をつけろよ」
常史江が皆にそう忠告した。
「わかってるって…ギャア!」
言ったそばから千佳は床に開いた穴に足をとられつんのめった。
「おっと」
すかさず常史江が手を差し伸べて彼女の体制を立て直した。
「だから言っただろう」
「あ…ありがと」
千佳は赤面して感謝の意を彼に伝えた。そんな二人を尻目に裏山が舌打ちして田畑のすぐ傍で耳打ちした。
「ちっ、見せつけやがってあいつら…。おい田畑、モテない奴同士ペア組んであっちの方行こうぜ。胸糞ワリい」
彼の口からゲロの匂いが漂って来たので田畑は眉を潜めた。
「おいおい心外だな。勝手にモテないって決めつけないでくれよ」
「あ~?じゃあ何だモテるのかよお前?」
田畑は自嘲的な笑みを浮かべると、堂々と言いい放った。
「いや、モテない」
「う~ん、正直でよろしい」
こうして千佳&常史江ペア、田畑&裏山ペアで別行動という形となった!
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