白熱!イカサマバトル②

裏山に誘われるまま、常史江が彼の後をついて行こうとしたので、千佳も同行しようとすると、すぐさま裏山が声をかけてきた。

「おい、お前には言ってねえぞ」

千佳は彼の刺々しい口調にカチンときた。まったく、相変わらず嫌みな奴だ。やっぱりこの男はどうも好かない。

「何だい、私がいちゃ困るってのかい!」

「ふん、まあ勝手にするがいいさ」

そう言って裏山は背を向けた。

その後、彼が案内した先は、隣の教室だった。室内の中心で2人の男子生徒が机に座ったまま、向かい合って携帯用ゲーム機をプレイしていた。片方は高校生にもなってお坊ちゃま刈りであり、130キロを超える太っちょの紀美野幹(きみのみき)。金と食い物に意地汚い事で有名だ。もう片方は鼻の下にホクロがある通称『鼻クソ』。まあコイツはモブキャラなんで別に覚えておく必要はない。恐らく二人とも何かしらのゲームソフトで対戦しているのだろう。ゲームの騒々しいBGMやサウンドエフェクトが、部屋に入るなり千佳の耳に飛び込んできた。二人の周りには数人の観客の生徒が屯しており、声を上げながら二人の勝敗の帰趨を食い入るように見届けているようだった。その中には田畑の姿もあった。彼はここ最近、少しずつ交友の輪を広げていっているようだ。ちょっと前までおどおどしていじけていたあの彼が、成長したものだ。

ちなみにどっかのバカが購買に焼きそばパンを買いに行っている途中だった気がするが、まあ別にどうでもいいだろう。

「あれだ」

裏山は彼らの方を指差した。千佳は拍子抜けした。如何にも『男子の日常』といった感じの、退屈な光景にしか見えなかったからだ。

「何だい、面白いものっていうから何かと思ったら…」

「いいから黙って見てろ。もしくは自分の教室に戻りな。ほれ、もっと近くに寄るぞ」

彼の言う通り三人は群れの中に入っていった。千佳はちらりとさりげなくゲームに興じている二人の手元を覗き込んだ。どうやら二人がプレイしているのは、国内外問わず絶大な人気を誇り、世界大会まで開催されている、言わずと知れた対戦型アクションゲーム『スマボラ』の最新作のようだった。千佳の弟もよく好んでプレイしている。両者の力量差は火を見るより明らかで、紀美野が大きくリードしていた。劣勢に立たされた鼻クソが一心不乱に操作に集中しているのに対して、紀美野は落ち着き払ったように余裕の表情でプレイしていた。

「やあ、二人とも。いいとこに来たね。今すげえ盛り上がってる所だよ」

千佳と常史江の存在に気付いた田畑が顔をこちらに向けて言った。二人も軽く挨拶を返した。

「ああーーッ!!クソッ!負けたァーー!」

鼻クソが突如大声を上げた。その様子を見て紀美野が得意げに鼻を鳴らした。

「はい残念だったね。じゃ、賭けはボクちゃんの勝ちだねえ」

「あああちくしょう!」

鼻クソは財布から500円玉を取り出すと机に叩きつけ、苦虫を噛み潰したような表情で立ち上がると、一人大人しく読書に謹んでいた眼鏡君の机に蹴りを入れて教室から去って行った。相当ご立腹のようだった。眼鏡君は茫然として、口を開けた。

「昼飯代どうも~」

紀美野は去っていく彼の背中にそう茶化すように呟きながら、ふてぶてしい表情で自身の財布に500円玉をしまった。

「彼、メチャクチャ『スマボラ』強いんだよ。誰も勝てないんだ。僕もさっき負けちまったんだ」

田畑が千佳達に説明した。

「まあ、無敵だからねボクちゃんは。公式大会でもボクちゃんなら余裕のよっちゃんで優勝できるだろうな。誰か他に掛け勝負したい奴はいないかい?もちろん『サシ』の賭け勝負でね。じゃないと面白くないからなあ。賭けの金額はいくらでもいいぜ?」

紀美野がブヨブヨの顔に頬杖を突いて自信満々に言い放った。千佳はそんな彼を見て、何となくいけ好かない奴だなあ、と思った。

「じゃあ次はワイが相手になったるわ」

出っ歯の生徒が勝負を買って出た。

しかし、健闘空しく彼の敗北に終わった。

出っ歯は大人しく掛け金の300円を差し出した。

「じゃあ次はおいどんが…」

敗北。

「じゃあ次は拙者が…」

敗北。

「では次は愚生が…」

敗北。

「仕方がない…『我』が動くか…」

敗北。

その後も紀美野は順調に勝ち進んでいった。千佳は妙に思った。さっきから紀美野のプレイを拝見させてもらっているが、素人目でも彼にそこまでのプレイヤースキルは感じられない。下手したら自分の中学生の弟の方が上手い位に見える。どうして誰一人として彼を下す事が出来ないのだろう?

結局、朝のホームルームが開始するまで一人も紀美野に勝つことが出来なかった。


その日の昼休み。裏山と常史江は廊下で二人、壁に寄り掛かって話していた。

「常史江、お前紀美野の奴のプレイを見てどう感じたよ?」

「見た感じ、大して上手くないようだったけど」

裏山は何度もうんうんと頷いた。

「なるほどなるほど。やはりお前もそう感じるか…。あのあと聞いてみたんだがよ、あいつに負けた奴らも皆口を揃えてそう言ってんだよ。ただ、何故かどうしても負けちまうんだとよ。ありゃあどうも単なる負け惜しみじゃなさそうだ…。不思議なモンだよなあ。おい、どう思う?」

常史江は一呼吸おくと返事を返した。

「何だ、彼が超能力者だとでも?」

「その通りだ。わかってるじゃねえかよ」

裏山は意気揚々とした様子で手を叩いた。

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