イカサマバトル!!!!!
白熱!イカサマバトル①
快晴の空、千佳は欠伸を噛み殺しながら学校への道を一人、歩いていた。両脇が石造りの塀で囲まれたコンクリートの坂道。重石でもついてるかのように足取りは重い。また退屈な一日の始まりだ。朝から憂鬱である。見慣れた登下校の道。この先何度通る事になるのだろう?様々な存在が彼女の前に現れては視界の隅に消えて行く。
活き活きとして活力に溢れている者。
今にも死にそうな表情の者。
死んでるも同然な者。
死んだ犬。
殆どの人間はこの先一生会うことは無いだろう。もし会っても気付かないだろうが。自分にとって彼らは『それ位』の存在。もちろん逆もまた然りだ。
たまにどうしても自分を中心にこの世界は回っているのだろう、と思う時がある。自分の人生の主役はいつだって自分だからだ。だがそう考えている人間は自分の他にもごまんといるのだろう。他人にとっては自分は『脇役』でしかないのだ。そう考えると少し不思議な気持ちになる。人の数だけそれぞれストーリーがあるのだ。
話は飛躍するが、その一人一人のストーリーは初めから筋書きが既に決まっているのだろうか?それともまずこの世界自体が…。
おっと、痛いな。これじゃまるでアイツみたいだ。彼と一緒にいる内に少々影響されてしまったのかもしれない。
千佳は頭をガリガリとかくと、そのまま学校へ向かった。
教室に入ると常史江は既に着席していた。
彼はいつも千佳が出席する時間には必ずいた。相も変わらず古ぼけた辞書を読み耽っている。千佳は彼の傍まで近づいて軽く挨拶した。
「ういっす常史江」
「ああ」
本に目を通したまま常史江は返事した。うん、ここまで日々のルーティン。
その時、教室の戸口から一人の男子生徒が入って来た。千佳は最初、一目で彼が誰か判断できなかった。何故ならその人物の顔には目と口以外の部分すべてに幾十も包帯がぐるぐると巻かれていたからだ。某愛と勇気だけが友達なヒーローが主人公のアニメに出てくるキャラクター並である。
右手と左足にはギブスがはめてあり、左手で松葉杖を突きながらふらふらと頼りない足取りでこちらへゆっくり向かって来た。
周囲の生徒達はギョッとした目でそれを遠くから眺めていた。千佳も思わず常史江の後ろに隠れた。まるでホラー映画のワンシーンだ。
包帯野郎は常史江の目の前まで来ると、口角を大きく上げて笑った。歯が幾つも欠けていた。
「ふへへ、どうもご無沙汰しておりますぅ、常史江の旦那ァ」
そう媚びた声で言うと、包帯野郎は小さく低頭した。
「悪い、誰かな。俺にミイラの知り合いはいなかった筈だが」
常史江が机に寄り掛かったままぶっきらぼうにそう呟いた。
「いやだなあもう野田ですよぅ野田ァ。ようやく退院できましたよぅ」
「ああ君か。退院おめでとう。元気そうだな」
確かによく見ると、包帯の隙間から彼のトレードマークである小汚い金髪が数本はみ出ていた。千佳は首を捻った。そう言えば最近彼を見なくなったと思ったらまさか入院してとは…。しかも見た感じかなりの重傷だ。一体何があったのだろうか?まあぶっちゃけ彼にはあまり興味が無いのでどうでもいいと言えばどうでもいいのだが。そんな事より気になるのは彼が何故、常史江に下手に出ているのか?という事だ。彼は過去に常史江に痛い目にあわせられていた筈だ。恨みを抱いていなくてはおかしい。自分の知らない間に二人の間に何かあったのだろうか?まあここは静観しておこう。
「旦那ァ。あっしは生まれ変わりましたぜ。前のあっしは死んだと思って下せえ。もう小林のカス共とつるむのもやめました。これからはラブとピースに生きますぜ。見て下せえ、このコバルトブルーの海のように澄んだ瞳」
そう言って野田は目をかっぴらいて目クソの溜まっている濁り切って充血した眼球を自慢げに晒した。
「ああわかったわかった」
「ああそうそう、今日は常史江の旦那にこれを読んでほしくて来たんですよ」
そう言うと野田はズボンの中に手を突っ込み、何やらまさぐると一冊の分厚い本を取り出した。タイトルは『スピリチュアル入門』。帯もついており、胡散臭い笑顔を浮かべた壮年の男性が映っており、「○○氏絶賛!」なる謳い文句も書かれていた。
「こいつはオススメですぜ~。入院している間あっしはずっとこれを読んでたんですよ。本当に心が洗われていくようでしたよ。旦那も是非、読んでくだせえ!」
野田は興奮気味に本を差し出した。
「……ああ、後でじっくり読むとしよう」
常史江は棒読みでそう呟くと、本の端を掴んで受け取った。
「旦那ァ。ところで腹減ってませんか?焼きそばパン買ってきますよ。あ、もちろん彼女さんの分も」
そう言って野田は下卑た面で千佳の全身を舐めまわすように見つめた。
「いらないよ、何を入れくてるかわかったもんじゃない」
「あーいやだなあ。あっしは誠意で言ってるのにぃ。そういうの下衆の川谷って言うんですぜ旦那ァ?そんじゃあ購買行って参りますぅ」
「おい、それを言うなら下衆の勘繰りだろう」
常史江の指摘を意に介さず野田は松葉杖を頼りに去って行った。
「常史江、アンタそれ読むのかい?」
千佳は意地の悪い笑顔で常史江の耳元に囁いた。
「読むわけないだろう、気持ち悪い」
教室を出て行った野田とすれ違ってまた一人の男子生徒が教室に訪れた。相変わらずキューティクルで艶々の長髪を持つ細身の少年、裏山椎名だった。
彼は去っていく野田の後姿を不審げに見つめながらこっちへ近寄って来た。
ああもう、変な奴がいなくなったと思ったらまた変な奴が…。千佳はイラっとした。
「何だ今の野郎…。よう常史江。この前は世話になったな」
裏山は右手の親指を常史江の前に差し出した。
「気にするな。親指の調子はどうだ?」
「快調だ。しかし心なしか前より太くなった気がするのは俺だけか?」
千佳はまた首を捻った。まったく、この常史江の奴ときたら自分が知らない内にこんな怪しい奴らと一体何をやってるんだろう?得体の知れない男だ…。
「ところで裏山、君が俺のところに来るという事は何か用事でもあるようだな」
「察しがいいな、ちょっと来い。面白いモン見せてやる」
裏山は怪しげな表情でそう言うと手招きした。
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