あるてぃめっとぷらん

ミミズも干からびる程の酷暑日。天気予報によると本日の最高気温は40度。ここ最近はこのような猛暑が連日、続いていた。まさしく夏真っただ中。しかし、日本経済的には非常に助かっていた。街では制汗剤やスポーツドリンク、日焼け止め等の売れ行きが爆発的に伸長した。さらに有名なプール施設の来場者数が遂に1000万人を突破した。また、暑さで気が触れたのか、全裸で街を徘徊する者や、線路に飛び込む者も現れた。まあ、毎年の事である。

○○高校の一室。長方形の窓から差し込む日光のあまりの眩さに、千佳は思わず目を細めた。思わず溶けそうな程の暑さだ。彼女の隣では、総髪で細身の少年が机に突っ伏していた。顔は腕に隠れて見えない。見えるのは青白い横顔だけだ。どうやら寝ているようで、耳を澄ますとスースーというしずかな寝息が聞こえてきた。教室にいる者の中で彼だけが唯一、夏場にも関わらずワイシャツの上に厚手のセーターを羽織っていた。見ているこっちまで暑くなってきそうだった。

あまりにも気持ちよさそうに寝ているので彼を揺り動かして起こすかどうか迷っていると、突然彼が寝言で千佳の名を呟いた。千佳はついドキッとした。一体、どんな夢を見ているのだろう。常史江がまた、寝言を呟いた。

「君、太ったんじゃないか?」

常史江のデリカシーの無い寝言にカチンときて千佳は思わず彼の頭を軽く小突いた。まったく、何故かドキッとした自分がバカみたいだ。千佳はそう思った。

常史江は目を覚ましたようだ。そして寝ぼけ眼で千佳の方を向いた。

「ようやく起きたのかい、寝坊助」

「…ああ、ところで何か頭が痛いんだが…」

そう言って常史江は腑に落ちなさそうに辺りを見渡した。


常史江がこの学校に転校してきて、何か月経っただろうか?多分まだ半年も経っていないような気がする。彼と知り合ってから随分と奇妙な出来事が自分の身の回りで頻発したが、(何回か死にかけたりもした)ここ最近はとても平穏な日々が続いている。出来ればこのまま、何事も無く卒業までの期間を彼と楽しく過ごして行きたいと思っている。

不思議なものだ。ちょっと前までは毎日のようにこの世を悲観し、もっと刺激的な日常に憧れていた自分の心境がこんなふうに変化するだなんて。これが成長ってやつなのだろうか?自分にはよくわからないが。とにかく全ては彼が転校してきてから始まった。彼は本当に不思議な存在だ。彼の存在が、自分や田畑を変化させた。そうだ、今日は彼をあれに誘わなくては。


「常史江アンタ、あ、明日暇かい?」

千佳はもじもじしながら聞いた。

「俺は大体暇だが、どうした?」

「実はさ、この前近くのスーパーマーケットの懸賞で○○ランド行き二人一組のチケットが当選したんだよ。あ、アンタがよかったら一緒に行ってみないかい?」

常史江は少し考えると言った。

「いいよ」

「やった!」

千佳は小学生のように浮かれてガッツポーズした。普段は滅多にこういった懸賞などには手を出さないがダメ元で応募した甲斐があった。懸賞のハガキは早々に出した方が当選確率がアップするという噂を耳にした事があるが、それも影響したのかもしれない。ハガキの字も心を込めて綺麗に書いてやったしね。

「だが、俺みたいなのと行って楽しいのか?他に誰か…」

「ば、バカだねえ。アンタとだからいいんじゃないか」

千佳は目を彼から逸らしながら言った。何故そうしたのかはよくわからない。ただどうしてもそうせずにはいられなかった。

「ん?何?聞こえない」

「う、うるさいね何でもないよ」

後になって考えると凄く恥ずかしい発言をした気になったので、千佳は彼に聞こえてなくてよかったような、やっぱり聞こえていてほしかったような、複雑な気持ちになった。

「じゃあ、明日約束だよ。〇時に××駅で待ち合わせね。すっぽかしたら怒るよ」

「そりゃあおっかない。わかったよ」


(くっくっくっ、残念だがそれは適わぬ約束だな常史江!何故なら今夜、テメエは命を落とすからだ)

妙に初々しい彼女たちの様子を、教室の隅の席でどっしりと構えながら腕を組んで疾視している男がいた。今回の主役こと、野田だった。その背後では一人の男子生徒が彼の、こりにこった肩甲骨を献身的に入念にマッサージしていた。もちろん彼の能力によって操られた、哀れな哀れな生徒である。彼にはもはや自我は存在せず、ただただ野田の命令を忠実にこなすだけの駒に過ぎなかった。それは小林達も同様である。


そうやって根暗女とイチャイチャしてられんのも今のうちだぜ常史江!テメエを地獄に突き落とすとっておきのストラテジーを俺は考案した!名付けて|『究極の計画』(アルティメットプラン)。クールな名前だぜ。あの時の恨み、100倍にして返してやるよ。まあ俺はもう何もしないがな。既に行動は済ませた。後は『奴』がお前を殺す。きたねえ手を使おうが何だろうが最後に笑うのは俺のような自分を知った奴なんだよ。俺は自分の長所も短所も知り尽くしている。いいか?己の強さだけでなく弱さを見つめ直した者にこそ真の道は開かれるのだ。はいこれ名言ね。メモっとけ。受け売りじゃあねえぞ。

「イテッおいテメエっ、もっと真心込めてマッサージせんかい!ドアホ!」

野田は後ろを振り向くと洗脳した生徒に叱咤した。


常史江は一人、帰り道を歩いていた。道路の白線がうっすらとしか見えない程薄暗い。両脇はコンクリートの塀。周囲には人っ子一人いない。ただひょうひょうと冷たい風が吹いては彼の髪を揺らした。時刻は7時を過ぎていた。千佳と書店で暇をつぶしていたためだ。不気味な程辺りは静まり返っていた。常史江は違和感を覚え、立ち止まった。

この時間帯だというにも関わらず、付近の街頭がすべて消えているのである。切れているのではない。電球が破壊されているのだ。あるのは近くの家々の窓から漏れる僅かな光のみ。常史江は警戒態勢に入った。

その時、常史江は背後に何者かが動く気配を感じ取った。すぐさま能力で懐中電灯を右手に出現させると、振り返って前方を照らした。そこに映し出された者の姿に流石の常史江も驚いた。

「…やあ、久しぶりだな。また君に会えるとは思ってなかったよ、クロ」

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