再戦

刺すような寒さの夜。ある住宅街の狭い通路で、一人の少年と一つの異形の者が相まみえていた。両社の距離は約5メートル程度。互いに言葉はなく、身動き一つとろうとしない。


彼らはこれが二度目の対面だった。


沈黙を破るように少年、常史江が、その場にそぐわない呑気な声色で言葉を発した。


「一体、どういう風のふきまわしだ?クロ。君が俺に会いに来るなんて、君一人だけで来たのか?」


しかし返答はない。もちろん期待はしていなかったが。懐中電灯に照らされた人ならざる者はただ常史江を見据えるばかりだ。


「…相変わらず無口だな。この前の事、根に持っているのか?ところでこの街灯は君が壊し…」


常史江が言い終わる前に、クロが忽然と彼の視界から消え去った。いや、完全に見失った訳では無い。かろうじてだがその動きの肉眼で捉える事が出来た。


クロは凄まじいスピードで常史江から見て左側のコンクリート塀を跳躍して蹴りつけると、パルクールのようにその勢いのまま常史江に拳を繰り出してきた。しかし、あえなくその攻撃は失敗に終わった。何故なら間一髪、常史江がクロの全身に能力で創造した鉄アレイを叩き込んだからだ。クロは吹っ飛んで冷たい地面に倒れこんだ。常史江の攻撃により、体は虫食い穴が開いたように穴ぼこだらけになっていたが、数秒の内に穴が塞がっていく。ダメージは浅いようだ。


「おいおい、穏やかじゃないな」


そう呟きながら常史江は考えた。


これはクロだ。間違いない。以前戦ったからわかる。街灯を壊したのは自分のアドバンテージになるからだろう。危なかった。しかし何故クロが俺の命を狙ってくる?理由がわからない。以前は俺に目もくれず千佳を始末の対象とみなしていたが…。香織がクロに俺の始末を命令するとは思えない。大体どんな感情で俺を始末しようとするというのだ?(まあ俺に女心は一生かかっても理解できないだろうが)それともまた暴走が始まったのか?香織はこの事に気付いているのか?…あるいは彼女が俺に恨みを持つ誰かに操られているという可能性は無いだろうか?もしそうならばクロが俺を殺しにかかってくる理由にも説明がつく。


常史江はクロが横たわっている隙にスマホを取り出すと香織の番号にかけた。だが、応答はなかった。電源が切られているようだ。クロは体の再生が終了したのか、ゆっくりと起き上がった。常史江はスマホをしまうと呟いた。


「悪いなクロ、俺も死ぬわけには行かないんだよ。約束があるからな。すっぽかしたら怒られちまう」


とはいえ、あの時とは状況が違う。クロは明確に自分に殺意を抱いているようだし、視界は不良ときたもんだ。油断したらこっちがやられる。


常史江は周囲に大量の鉄アレイを出現させると、クロに向かって射出した。


クロは近くにあった掲示板を根元から引きちぎると、飛んできた鉄アレイを全てガードし、常史江に向かって投げつけた。それに対し常史江は右手に楕円形の盾を出現させて防いだ。だが威力を完全に殺しきるには至らず、その場に尻餅をついた。


その隙をついてクロが興奮した闘牛の如く彼に飛びかかった。


と、その瞬間、一体何が起こったのか、クロの全身がほぼ同時に細切れになった。幾つもの黒い塊となったクロは常史江の前方にぼとぼとと落下した。その一つ一つが意思を持つかのようにもぞもぞと蠢いている。


「視界が悪いのは、お互い様だな」


常史江は周囲を懐中電灯で照らした。彼の周りに細く鋭利なワイヤーが張り巡らされていた。もちろんクロが飛びかかってきた際に彼が発現させたものだ。皮肉な事にクロは自分が街灯を壊した故に、ワイヤーの存在に気づけなかったのだ。


足元で早くも複合を始めつつある蠢く塊を見つめながら常史江は言った。


「さて、しばらくそうしていてくれると助かるんだがな。待ってろ、この敵は今夜中に倒す」


常史江は周囲のワイヤーを消滅させると、その場から去って行った。




「あ~常史江の野郎が死ぬの見たかったなァ~ヒヒ」


野田は自室のベッドの上に横になって漫画雑誌を読んでいた。そして飽きたのか本を放り投げると言った。


「さァて、そろそろおっぱじめるとするか」


彼の視線の先には制服姿の花野香織がいた。その眼には光が無かった。電源がきられている彼女のスマホには、両親や常史江からの着信が幾つも溜まっていた。


「この時を待ち望んだぜ…。脱げ。いや、待て。脱ぐな。その方が興奮する」


野田は香織の腕を掴んでベッドに押し倒すと、鼻息を荒くさせながら彼女の制服の胸元をビリビリと引き裂いた。香織は抵抗一つしない。黒のブラジャーが露わになった。


「ううむ、C、いや、Dはあるか?こりゃもう辛抱たまらんばい。大人しそうな顔してるくせにスケベな体しやがって」


野田は目をぎらつかせながら生唾をゴクリと飲み込んだ。


くっくっく、願ったり叶ったりだ。超能力様様だな。勇気を振り絞ってこの女を洗脳した甲斐があった。今頃常史江の野郎はくたばってるかな?まあ仮にクロだっけ?あのバケモノが奴に負けても俺には何のデメリットもねえ。また別の方法をとるだけだ。おっと、忠告しておくがこっから先の展開はお子様にはちと刺激が強いぜ?良い子はネンネしてな。


野田が香織のスカートに手をかけようとした時だった。彼の部屋のドアが突如蹴破られた。


「なっ、何じゃー!」


野田は凍り付いた。へし折れたドアから入って来たのは紛れもなく彼の怨敵、常史江永遠だった。


常史江が野田を指差すと彼の背後の空間に合計10発の野球ボールが現れ、野田目掛けて飛んで行った。野球ボールは全球、野田の全身にクリーンヒットした。彼の前歯が数本、へし折れた。


「ドピィーーッ!」


野田は吹っ飛ぶと壁に十字型になって叩きつけられ、床に倒れこんだ。その瞬間、彼の能力が解けたのか、香織を含む野田によって洗脳された者達がぷつりと糸が切れたように各地で正気を取り戻した。


常史江が探知機で香織の居場所を探ったところ、野田と一緒にいる姿が映し出された。彼女の様子が普通では無かった事から、常史江は全てを察した、というワケだ。


「こ、ここは…?常史江君?わ、私この格好は一体!?」


洗脳が解けた香織が、はだけた部分を慌てて腕で覆い隠した。


「やあ香織さん、危ないところだったな。話せば長くなる。これを着てくれ。目のやり場に困る。サイズがあってなかったらすまない」


常史江がそう言うと香織の腕の中に新しい制服が現れた。


「あ…ありがとう」


「さて…」


常史江が野田の方に向き直った。


「ギクーーッ!」


野田は心の底から震え上がると、四つん這いでゴキブリの如く常史江の足元に縋り寄って来た。


「ゆ、許してくだざあーい!どごじえざぁん!もうこのような事は二度と致しません!神に誓います!心を入れ替えます!酒も煙草もやめます!堅実に生きる事を約束します!なにとぞ!どうかお許しを!どうか!」


「近寄るな。その手で触れる事が能力の発動条件なんだろう?じゃなきゃとっくに俺を洗脳できただろうからな」


「い、いえいえそのような事は!もう小生は戦意喪失しております!そのようなエネルギーは残っておりません!」


常史江は呆れたような様子で溜息をついた。


「まあ俺が赦したとしても彼はどうかな?友達をひどい目にあわされてどうやら相当怒っているようだぞ?」


常史江はそう言って野田の背後を指差した。


「へ?」


恐る恐る野田が腫れあがった顔で後ろを振り向くと、既に体の再生が完了したクロが彼を見下ろしていた。


「ぎょぉえええええ!」


こうして野田はクロに半殺しにされ、彼の学園支配計画は未遂に終わったのだった。チャンチャン。

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