生徒会長 津茂田保

全校生徒で構成された組織。生徒会執行部。彼らの仕事は多い。まず生徒達の不平不満や学校の問題を聞き入れ、臨機に対応していく事。また生徒総会や評議会に備えた議案書作成。地域貢献、ボランティア活動など、枚挙にいとまがない。役職は大きく分けて6つ。

初めに広報。一般の生徒達には具体的にどのような活動を行っているのか、いまいち釈然としない執行部の公式ウェブサイトなどを立ち上げ活動内容を生徒に周知させる役目を持つ。

次に庶務。雑務などと揶揄されているように、様々な雑用を任されている影の功労者である。

書記。会議の内容を記録する役割。話の要点をわかりやすく、尚且つ正確にまとめ上げる能力が要求される。

会計。生徒会費の編成、決算書の作成などで頭を悩ませている。

副会長。生徒会長の頼れるパートナーであり、主にサポートを行う役割がある。もちろん、生徒会長の代行として演説などを行う時もある。

最後に生徒会長。生徒会選挙で投票の結果選抜された執行部のトップである。学園の行事には生徒会長の挨拶がつきものである。また、強いリーダーシップと勤勉さ、ある程度の学力も要求される。

その点において津茂田保は生徒会長に適任だった。ぴしっとした七三の髪形に、スクエア型の眼鏡。スラっとした高身長。一見、いかにもガリベンといった感じの、面白みのない堅物に見えない事もないが、彼は高い社交性を持つ人格者だった。生徒だけでなく教師達からの信頼も厚く、生徒会選挙ではほかの立候補者を寄せ付けないぶっちぎりの票数を獲得し、見事生徒会長の座についた。その結果に意を唱える者はいなかっただろう。彼の選挙での演説は学校では伝説となっており、聞き惚れる者もいれば、黄色い声を上げる者も、嗚咽をこらえている者もいた。学力も校内でトップを常に維持しており、成績は常にオール5と、まるで漫画のような人物だった。更に音楽の才もあり、全日本学生音楽コンクールのピアノ部門では優勝を果たした。

欠点という欠点を見つけるのは難しく、花形といえる存在だった。


放課後、津茂田は一人、廊下を歩いていた。日は傾きかけていた。窓からは燦燦とした夕日が見えた。すると向こうから白髪頭で60代半ばの教頭がやってきて媚びたような笑みを浮かべながら彼に話しかけてきた。

「やあ津茂田君、明日の挨拶の内容はもう決まったかね」

「ええ教頭先生。もう既に何度もリハーサルを済ませ、準備は万端です」

津茂田は得意満面で答えた。そう、明日は一年に一度のビッグイベント、文化祭。津茂田はその開会式の挨拶という重要な役割を任されていた。

「君には期待しているよ津茂田君。なんたって君は我が校の誇りだからなァ」

「ありがとうございます。ではこれで失礼します」

そう呟くと津茂田は眼鏡をクイッと上げ、その場を立ち去った。

そして校舎の正門から出るとまっすぐ家へ向かって歩みを進めた。

だが、その背後に一つの影が迫りつつあった。


文化祭当日。

バスケットコート大の体育館に全校生徒が一堂に会し、ベニヤ床に置かれたパイプ椅子に座らされている。ステージ上には『第○○回、文化祭』の横断幕。壁や肋木にはペーパーフラワーや風船などの華々しい飾り付けがされていた。

「ふあ~あ、メンド…」

千佳は大きな欠伸をした。文化祭なんて日陰者の自分には退屈極まりない。それどころか苦痛なくらいだ。どうせ浮かれたネアカ共がここぞとばかりにアハハオホホと大はしゃぎする様を延々と見させられるハメになるのだろう。一体どんな顔をして見ていればいいんだろうか。やれやれ、まだ授業を受けていた方がマシだ。

千佳は椅子に座りながらぐるりと首を回した。遠くの席に常史江の姿を発見した。彼は顔を下に向けてうなだれていた。どうやら爆睡しているようだ。彼らしいな。千佳はそう思った。

しばらくして開会式が始まった。まず初めに、いささか耄碌が始まっているロートルのボケ校長のあり難い挨拶が始まった。しかし、活舌が悪い上に話すスピードが遅く、日が暮れそうな勢いだった。

「え~…であるからして…その…今日という日を…つまり…今日という日をですよ…?あれ、今日?はて?今日こそはと私は…」

「さっさと終われよジジイ」

千佳の近くの女子生徒二人が小声でぶつくさと文句を言い始めた。周りに目を向けると居眠りをこいている生徒が何人も散見できた。見つかったら取り上げられるだろうに勇敢にもスマホをいじっている者もいる。どうやら校長の演説には睡眠効果があるのかもしれない。段々と千佳も瞼が重くなってきたところで校長の挨拶が終わった。ほとんど何も内容が頭に入ってこなかった。校長はよろけながら壇上から立ち去った。

「続きまして、生徒会長、津茂田保さんの挨拶です」

アナウンスととともに津茂田が壇上に上がった。しかしどこか様子が変だった。いつもの快活な雰囲気が無く、まるで白痴のように口を開けている。心ここにあらずといった感じだ。しかも一言も発しようとしない。さらに奇妙なのは体が小刻みに震えている事だった。

彼の様子に、会場はただならぬ雰囲気に包まれた。生徒達もざわざわと騒ぎ始めた。

すると突然津茂田がマイクに向かって叫んだ。

「生徒会長、津茂田保!イキまァーす!」

津茂田が演台の上に飛びのった。千佳は思いもよらぬ光景に言葉を失った。彼は陰部を露出していた。演台の後ろに隠れていてわからなかったが津茂田は自慰をおこなっていたのだ。体が小刻みに揺れていたのはそのためだったのだ。

会場は悲鳴と爆笑の渦に包まれた。

教頭は肩をわなわなと振るわせて怒り狂った。

「こ、この恥さらしめ!あんな奴はつまみ出せぇー!」

校長が呟いた。

「負けたわい…」

すぐさま数人の教師によってステージから津茂田は抵抗空しく引きずり降ろされた。

かくして津茂田は新たな伝説を作ったのだった。

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