ただならぬ何か

津茂田保の体をはった捨て身の開会式挨拶により、文化祭は過去に例を見ない大盛況で幕を閉じた。しかしユーモアの無い教師連中は彼に処罰を下した。その翌日。昼下がりの教室の端の席で、いかつい顔つきの二人の男子生徒がガムを噛みながらくっちゃべっている。口調は粗野。育ちが出ている。いわゆるヤンキーである。


片方は時代錯誤のリーゼントで10代には見えない髭面の老け顔。もう片方は黒マスクでソフトモヒカンで目尻が吊り上がっている。ともに眉が細く、長ランで『ボンタン』と呼ばれるダボダボで地面に裾がつきそうなズボンを履いている。古典的な田舎のヤンキースタイルだ。恐らく休日はドン・キホーテに屯しているに違いない。教室には彼らの他に5~6の生徒がいた。


「津茂田の奴、生徒会長辞めさせられたうえに一週間の停学処分だってなあ。可哀想によ。後任は誰だろうな」


黒マスクはそう心にもない事を言って白々しい笑みを浮かべた。目じりに皺が浮き出る。


「どうせ副会長が引き継ぐんだろ多分。あっそうだ、あの時誰かが携帯で動画撮ってたらしくてよー。twitterにアップされてメチャクチャバズってるぜ。ほら見ろよ」


リーゼントがスマホを机の上に差し出すと、すぐさま津茂田の勇ましい姿が再生された。教室中に音声が響き渡った。


『生徒会長、津茂田保!イキまァーす!』

「ギャーハハハ!何回見ても笑えるぜ」

二人は机をバンバンと叩いて笑い転げた。


既に閲覧数はとんでもない数になっていた。


『かっこいい』『グロ』『つよそう』などのコメントも寄せられていた。


「アイツも有名になれて本望だろうよ。まあこんな動画流されたら俺だったら自殺もんだけどね」


「真面目そうな顔して何考えてるかわかんねえもんだな。アイツまるで人が変わったようだったぜ」


「人が変わった、か…」


リーゼントの表情が僅かに曇った。黒マスクはその様子に気付いた。


「どうかしたかよ」


「変わったと言えば、アイツもな」


そう呟くとリーゼントは廊下側に首を控えめに傾けた。黒マスクが視線を追うと数人の生徒が群れを成して廊下を通り過ぎていくのが見えた。


先陣を切っているのは野田だった。自身に満ち溢れた表情で位の高い武士のように廊下の真ん中を進んでいた。肩にはビッチとして知られている短足女を抱いている。その後ろに小林や三下のヤンキー共、と続いていた。


不良達の頭であった小林が野田の忠実な右腕になった事もあり、現在、学校はまさしく野田の天下と言える状態だった。


「野田か。あの金髪豚野郎、ちょっと前までは小林の腰巾着だったくせに、ここ最近すっかりボス猿気取りでイきり散らしてるじゃねーか。何だってアイツらはあんなのに従ってるんだ。弱味でも握られてんのか?気味が悪いぜ。まるで奴隷だ」


過去の野田を知っている黒マスクには異様な光景に映った。野田は高校デビュータイプの不良で、高校入学以前は現代風に言うと所謂キョロ充というやつだった。同じ不良達からも下に見られており、時には荷物持ち等もさせられていた事もある、自身より弱い奴にしか粋がれない小心者だった。それが今では不良達の頭である。諸行無常とはまさしくこの事か。黒マスクはそう思った。


「さあな、だがアイツらのあの生気のない様子、あの時の津茂田に似ているとは思わねえか?」


リーゼントが小声で黒マスクに顔を近づけてそう言った。


「な、何が言いてえんだよ」


黒マスクは胸騒ぎを覚えた。確かにリーゼントが言うように壇上に上がった時の津茂田と小林達の様子は通ずるものがあった。


「俺は疑ってるんだよ。あの野田の野郎は何かあるぜ。2~3日前までアイツを顎で使ってたやつが突然アイツの舎弟になるなんて普通じゃねえだろ。しかも一人二人じゃねえ。何人もだ。日に日に増えてきてる感じだ。今、この学校でただならぬ何かが起こってるぜ。直にアイツに完全に支配されそうな勢いだ」


「おいおい、アイツに洗脳でもされたってか?笑えねえぜ。漫画やアニメじゃあねえんだからよ」


そう否定しつつも、黒マスクは膝が微かに震えた。リーゼントは話を続けた。


「あながちあり得なくもねえのが怖いな。お前も野田の奴には気をつけろよ。気付いた時には野田組の仲間入り、なんて事もあるかもしれねえぞ」


「けっ。野田みてえな半端野郎いざとなったら返り討ちにしてやるっつーの」

黒マスクは興奮気味に大声で虚勢をはった。そうしたのは自身の心の奥底に溜まった不安を誤魔化すためだった。リーゼントは必死に彼を静止した。

「おい声がでけえよ」

「何だお前あんなのにビビってんのかよ?」

「…いや、奴の仲間がどこに潜んでるかわからねえだろ。誰が奴の手下で誰がそうじゃないのかわからなくなってきてる。そいつに聞かれる可能性だってある」

「はっ!まるでエイリアンの乗っ取りだな。まあ一応注意しとくよ」

休み時間終了のチャイムが鳴った。


それから僅か数日の内に彼らはあえなく野田の舎弟となった。

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