10点の相手①

常史江の背後で、シャッターが不気味な軋み音をたてて閉まった。漂う鉄の臭い。中は外とほとんど変わらない寒さだった。かつては金属工場だったのだろうか。前方を懐中電灯で照らしてみると、浮かび上がったのは鉄パイプや瓦礫の山、折れ曲がった梯子、散乱したガラス片に空のドラム缶。などどいった無用の長物ばかり。いずれも赤錆だらけだ。打ち捨てられたスクラップ達からは、怨念が漂ってくるかのようだ。まさに物の墓場だ。というよりもこの工場自体が大きな死骸だ。良く言えばスチームパンク的と言えなくも無いかな?かなり年月が経っているように見えるが、一体いつ撤去されるのだろうか。まあ取り壊すにも費用が発生するのだろうが。人の姿は見当たらなく、静まり返っていた。部屋の両脇に上階に続く為の階段が設置されている。どうやら吹き抜けになっているようで、手すり越しに二階が微かに見えた。千佳達がいるのは二階だろうか?まあ何にせよ警戒を怠ってはならない。恐らく電話の男は自分を倒すために万全の体制を整えているだろう。こちらの能力もある程度知られている可能性もある。決闘などと男は言っていたが、正々堂々と真正面から戦うつもりは毛頭ない。目標はただ一つ。どんな手を使おうと男を打ち負かし、千佳を救出し、ここを去る。気狂いの道楽に付き合っている程暇では無い。常史江はゆっくりと周囲を一望しながら歩を進めた。彼が三歩、歩いた直後、彼の足元で、カチッという音が鳴った。常史江が目線を下に向けるや否や、小爆発とともに、彼の右足首がシューズごと粉微塵になって霧散した。常史江はバランスを崩し、前方に転倒した。すると今度は右肘が地面に接触した途端、先程と同様の音が鳴り、爆発した。目をやると肘から上がほとんど千切れかかっており、薄皮一枚程度でぎりぎり繋がっているようだった。その時、上階から何者かの笑い声がした。電話に出た、あの男の声だった。常史江は間髪入れず、横たわったままその方向に向かって左手を向けた。すると指先から雷が繰り出された。100万ボルトの雷は一直線に男の方に向かって行った。だが男の目と鼻の先で突如、かき消えた。常史江がライトで照らすと、何やら男の体の周りを薄青色のバリアのようなものが包み込んでいた。男はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、奥の闇に身を潜めた。常史江は周囲の地面をライトで照らした。すると小さな赤色の髑髏のような『マーク』が入り口のシャッター付近に密集していた。常史江は自身のちぎれかかってぶらぶらと垂れ下がっている右腕を無言で引きちぎった。ぶちぶちと肉がさける音がする。そして少し離れた位置にある『マーク』に向かって投げつけた。すると案の定爆発が起こり、右腕は木端微塵になった。


「…なるほど。この『マーク』を踏んだり、触ったりしたら爆発か。地雷のような能力。そしてもう一人いるな。この地雷の奴の他に。あのバリアはそいつの能力か。問題はそっちだ。こいつは骨が折れそうだな」


常史江がそう呟くと欠損した彼の右腕と右足首が一瞬で元通りになった。そして立ち上がると、入り口からみて右側の階段に向かって足を進めた。もちろんあの『マーク』がどんな箇所に仕掛けられているかはわからない。より警戒心を強めなくては。




「トラップが上手くいって内心ホッとしたよ。どうやら奴の能力は電撃を放つ能力とみてよさそうだな。話で聞いた通りだ」


東吾妻が鉄骨に寄り掛かって隣にいる古井新にそう言った。


「ああ。しかし今のでこっちの能力も奴に気付かれちまったかもな。恐らく二人組だというのもバレたかもしれねえ」


「まあ奴は既に右腕と右足首を失った。恐れるに足りないよ」


「そうだな。だが気ィ引き締めていけよ吾妻ぁ。慢心しなきゃ必ず奴を始末できる。お前の爆発と、俺のバリア。攻守は完全に万全だ」


階段を登ってくる音が聞こえた。


「おいおいアイツ本当に右足怪我してんのかよ。すげえ元気に登ってくるじゃねえか」


二人は冷や汗をかいて柱の陰に身を隠した。

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