10点の相手②

上階に辿り着いて、辺りをライトで照らし出すと、数本の、工場の躯体となる鉄骨の次に、階段から数メートル先の床に突っ伏している何者かの姿が目に入った。ネイビーのブレザーにスカート。千佳だった。見たところ外傷は無い。先程の男と、恐らくいるもう一人の敵の姿は見つからない。…どこかに身を潜めたか。常史江は千佳の安否を確かめようと、ゆっくり彼女に近づき、手を伸ばした。だが、すぐにその手が止まった。


「…やっぱり、罠だったか。わかりやすいな」


注視すると、彼女の衣服のいたるところにあの『マーク』が付着してるのに気づいた。もし気付かず触れていたら、爆発の連鎖を引き起こし、間違いなく自分と彼女共々死んでいただろう。まあこんな古典的な罠にかかる訳がないが。


「ちっ、気づかれちまったか。派手にぶっ飛ぶところが見たかったんだけどな」


柱のすぐ傍から声が聞こえた。常史江はすかさずその方向をライトで照らすとともに能力で数本のナイフを空間に作り出し、射出した。ナイフは二人の少年に迫った途端、へし折れて地面にカランと音をたてて落下した。あのバリアに弾かれたようだ。二人の内、ギョロ目の方が常史江を指差して向かって来た。


「無駄だぜ常史江。この地球上の如何なる兵器を使おうと、このバリアは破れねえよ。多分。試した事はねえがな、俺はそう自負してる。感覚でわかるんだよ。だがなんなんだよお前は。右腕と右足をふっとばしてやった筈なのに…。傷一つ無えじゃねえか。今のナイフといい、ただの電撃を放つだけの能力じゃねえのは確かだな」


「まあいいじゃあないか、そう簡単にくたばってもらっちゃつまらないしな。まだまだ楽しませてくれよ~常史江~」


もう一人の狐目の少年がひょうきんな笑い声をあげると、制服のポケットに手を突っ込み、投球フォームをとると常史江に向かって何かを投げつけた。


「よっ」


大量の小さい球体。ビービー弾だ。無論、そのすべてが爆弾と化している。


それを見て、常史江は前方に巨大なダクトを出現させた。そしてすぐさま猛回転を始めると、凄まじい風量でビービー弾を彼らに跳ね返した。


「おいおいマジか」


見事、ビービー弾は彼らに直撃した。爆竹のような音が鳴り響き、煙幕が彼らを包んだ。




数秒後、煙が晴れてくると、想像通り、二人組は無傷だった。


「びびったよ」


この位置で戦うと、千佳が被害を被るかもしれない。常史江は右手に『何でも切れる刀』を出現させて煙が漂う中、二人組に近寄った。


「ひひっ」


狐目がそう笑った途端、常史江の右肩から顔にかけて爆発が起こった。


そのまま、彼は吹っ飛んで地面に倒れ伏した。


「教えてやるよ。僕は触れたものは何でも爆弾や、地雷に出来る。何でもだ。この漂ってる煙も、例外じゃない。今の爆発はそういう事だ。じゃあ、さよなら常史江。いい思い出になったよ」


狐目が倒れた常史江の頭部に向かってもう一度ビービー弾を放った。


ばんっという爆発音が鳴り響いた。




「死んだかな」


「死んでるだろ。顔がこなごなじゃねえか」


吾妻と新の二人は顔面が吹っ飛んだ常史江を上から覗き込んでいた。


吾妻が背伸びして、吹き抜けの手すりに座った。


「なかなか手ごわい奴だった。僕だけじゃ負けてたかもね。だが、10点ゲットだ」


「後は、その女が起きるのを待って、どうなるか反応を見てみてみるか。愛しの彼氏の死体を見て、さぞかしいいリアクションとってくれるだろうよ。殺すのはその後だ」


新がくぐもった声で笑った。やはり殺人は最高だ。喫煙者がどれだけ煙草の税金が上がろうと吸うのを止められないのと同様に、オナニストがどれだけ空しかろうと自慰をやめられないのと同じように、俺は一生殺人をやめられないだろう。俺はそれを悪いことだとは思わない。こんなにも心躍る行為が存在するか?くくく。幸運にも俺にはこの特別な力と、イカしたパートナーがいる。面白くなってきた。これからも大量の人間を血祭りにあげてやろう。愚民ども、震えて眠れ。


「なあ、新」


「あ?何だよ」


新が一人でヒートアップしていると、吾妻が声をかけてきた。


「いや、僕はつくづく果報者だと思ってさ」


「んだよ急に」


「あの日、君に会わなかったら。こんな素晴らしい体験は出来なかった。きっと『普通に幸せ』な人生を歩んでいたんだろう。あの時、君に殴られて本当に良かったよ」


妙なセリフだ。新は、ふっと笑った。


「ああ、これからも頼むぜ」


そう言って新は自身と、吾妻のバリアを解除した。




「悪いが、君たちの出番はここで終了だよ」


何者かの声。


「…何っ?」


吾妻と新の二人が同時にそう言った途端、どこからともなく10数本の鉄アレイが彼ら目掛けて突っ込んできた。そのまま二人の全身にめり込んだ。いくつもの骨が砕ける音。


「ぐぇ」


「おぐぉ」


二人は手すりをへし折って階下に吹っ飛ぶと、派手な音を立てて落下した。


その直後、闇の奥から無傷の常史江が現れた。先程、二人によって殺された常史江はダミーだった。煙幕が発生した直後、彼は自身の能力で偽物を作り出し、本体は柱の陰に隠れていたのだ。吾妻と新の二人は煙で視界を遮られてそれに気づかなかった。煙を利用したのは吾妻だけでは無かったのだ。常史江が横たわった自身のダミーに目を向けると、段々と半透明になり、やがて消滅した。千佳の衣服に付着していた『マーク』も消えていた。




声が聞こえた。


聞き覚えのある声だ。


気が抜けてるけど、なんとなく落ち着く声。誰だっけ。


知ってる筈だ。そうだ、確か…。




「お、目が覚めたか千佳」


目が覚めると、長髪の男が顔を覗き込んでいた。最初、いつものポニーテールじゃなかったのでわからなかったが、すぐに常史江だとわかった。千佳は状況が呑み込めず、周りを見渡した


「と、常史江?ここは…?そ、そうだアイツらは!?」


千佳は脳裏にあの二人の姿が浮かんで怯え始めた。


「ああ、彼らなら吹っ飛んでいったよ」


千佳はしばらく落ちつかない様子だったが、やがて状況を理解したようだ。次第に落ち着きを取り戻した。


「何か、またアンタに助けられちゃったみたいだねえ。常史江、ホント、ありがとう」


「どういたしまして」


常史江は素っ気なく呟いた。彼に二度も命を救われてしまった。感謝してもしきれない。どんな言葉だろうと。この気持ちは言い表せない。言葉の無力さを痛感する。


「さて、こんなところに長居してないで帰ろう。君の家族が心配する」


「うん。常史江、アンタ風邪は治ったのかい?」


常史江は肯首した。しかしその次の瞬間、小さくくしゃみした。


「あは、ぶりかえしちゃったかい?」


「なあに、次の話には治ってるよ」


「…また、変なこと言ってるし」


二人は工場を出ると、自転車を二人乗りして、夜道を帰っていった。




東吾妻&古井新 敗北

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る