感動の再会
昼休憩の時間、常史江と千佳は廊下で当り障りのない会話をしていた。千佳は少し前は彼と人のいる所で話す時、自分のような芋女が彼と一緒にいるのは不釣り合いにみえるのではないか?などと衆目を気にしてしまい、どうも落ちつかなかったが、最近はそれにも慣れてきていた。
彼が来るまで、学校生活は退屈で薄味な日々の繰り返しだった。しかし彼と会った事でほんのちょっとは学校も悪くないと思えた。
心なしか彼女を見る同じクラスの女子達の目が冷たくなった気がしたが、千佳は考えないようにした。
「アンタこんな暑い日によくそんな厚着していられるねえ」
千佳はワイシャツの上にベージュのセーターを身に纏った常史江に、半ば呆れながら言った。
「今日、既に三回くらい同じセリフを言われたよ。俺は寒がりなんだ」
「やっぱアンタ変だわ」
千佳は苦笑いした。彼にはつくづく驚かされる。
「なあ、それより持ってきてくれたか?」
常史江は少し急かすように言った。千佳は喜色満面で右手にあるノートを常史江の前に差し出した。
「じゃじゃーん。はいよ」
渡したのは千佳の小説だった。常史江は以前彼女の小説を読んだ時に感銘を受けたらしく、最初から読んでみたいとの事だった。彼は千佳の初めてのファンだった。そんな事もあって彼女は創作意欲が沸き上がるのを感じていた。家に帰ればテスト勉強をほったらかして執筆活動に専心した。(おかげで先日の定期考査の結果が目を背けたくなるものだったのは言うまでもない。)
千佳はこの先、例え自著を読んでくれるのが常史江だけだったとしても、彼が楽しんでくれるならそれで構わないかもしれない、と思い始めていた。
「ありがとう、家でじっくり読ませてもらうよ」
常史江はノート受け取ってそう言った。
「私の小説の良さがわかるなんて、アンタもセンスあるねえ」
千佳は軽い冗談のつもりで言った。
しかし、帰ってきたのは予想外のリアクションだった。
「そうかな。いや、君が言うならそうなのかもな」
彼のスレていない言葉に千佳は反応に困った。
「あは、いやそんなに私なんかあてにされても困るけどさ」
千佳は指をいじった。彼女の照れ隠しの時の仕草だった。頬が弛緩して笑みが零れるのをとめられなかった。
「君はどこかにこれを発表してみる気とか、ないのか?」
「え、発表?」
千佳は固まった。女子高生が小説家として一花咲かせる。そんなシンデレラを地でいくような人生を歩みたいという願望は千佳にもあった。
「いや、正直自分にはそういうの身の丈にあってないっていうかさ…」
千佳は本音を吐露した。
「もったいないと思うけどな。そこらへんの書店で売ってる、吐いて捨てるほどある本とかよりも俺は君の話が好きだけどね」
「よせやい。照れるじゃあないか」
そう言って千佳は常史江の腕を軽く叩いた。その実、嬉しくてたまらなかった。
常史江は彼女に小突かれて「うっ、痛っ」と呟いた。
不意に千佳は背後に何者かの気配を感じた。即座に彼女が振り向くと、陰鬱な瘴気を全身から放つ長身の男がすぐ傍に立っていた。千佳は悲鳴をあげ、後方へ飛び退いた。
「ぎゃああ」
近くにいた生徒達が白い目で彼女を見た。
男の正体は裏山だった。彼は数日前に退院したのだ。目は落ち窪みクマが出来ており、鼻にはテーピングがされていた。物凄い倦怠感に包まれていた。元々の三白眼もあいまって、指名手配犯として張り紙されていてもおかしくない容貌だった。
彼は千佳に向かって舌打ちした。
「人の顔見ただけで大騒ぎしやがってこのクソ女」
彼は憎々しげにそう呟いた。千佳は彼の出現に身を強張らせた。
「う、裏山、アンタ何のようだい、何も言わずに人の後ろに立つんじゃないよ」
裏山は鼻で笑った。
「いや、なあにお二人さんが仲睦まじくしてたからよ、邪魔すんのも気が引けたわけだよ」
そう言って彼はせせら笑った。しかし目が据わっていた。
「はあ?」
千佳は警戒した。何の用だろうか。田畑の話では彼は人が変わったらしく、めっきり大人しくなったようだ。休み時間なども一人机に座って宙を睨んでいるか寝ているかのどちらからしい。
だが自分たちに恨みを持っている可能性は十分にある。彼は前に自分たちの命を狙って来た男だ。そうやすやすと隙を見せてはいけない。千佳が睨んでいると彼は嘆息した。
「そう構えんなよ、俺はお前らに恨みはない」
覇気のない声だった。裏山は廊下の壁に寄り掛かった。
「じゃあ何かな、友達にでもなりにきたのか」
常史江が淡泊な口調で言った。
「冗談じゃねえ。ただお前らに話があんだよ」
裏山は何かが気になるのか、しきりに周りを見渡すと口を開いた。
「お前ら花野香織の奴とつるむようになったのかよ」
裏山は小声でそう言った。何やら真剣な様子だった。千佳は少し驚いた。何故彼がそれを知っているのだろう。
「昨日の放課後お前らが一緒にいるのをちらっと見たんでね。で、こっからが本題なんだがよ。もしお前らが自分の身が少しでも可愛いと思うならあの女とは関わらない事だ」
「何でさ」
千佳は少し感情的になった。香織が一体何だというのか。彼女は少しシャイな性格だが話していて嫌みのない性格で、別段特異な所はなかった。
「熱くなるんじゃねえよ、俺も詳しく知ってるわけじゃあねえんだけどよ。俺は花野と同じ中学だったんだ。クラスは別だけどな。アイツ、二年の時同じクラスの女と、理由はわからねえが揉めたらしくてよ」
「それがどうしたんだ」
「話は最後まで聞け。その揉めた相手が、原因不明の重傷負って死にかけたらしいんだよ。風聞ではアイツが何かしたんじゃねえかと言われてる。何でも悪霊に取り憑かれているんだとよ。わかるか?俺が言いたい事がよ」
裏山は常史江の顔を見てそう言った。
「俺や君と同類かもしれないって事か」
「理解が早くて助かるぜ。とにかく、もう一度言うがアイツがなにかしらの能力をもっている可能性は0じゃあねえ。触らぬ神に祟りなしだ。早い内に縁を切っといた方が身のためかもしれねえぞ。まあ、最終的に決めるのはお前らだけどな」
「何でアンタがそんな事私たちに教えてくれるのさ」
千佳は彼を訝しんだ。そんな話をして、何か彼にメリットがあるのだろうか。自分が行った事の罪滅ぼしだとでもいうのか。
「ふん。常史江。俺はお前の実力を認めてるんだよ、一目置いてるのさ。だから忠告してやったんだ。死んでもお前らとは友達にはならんけどな」
それはこっちのセリフだ、と千佳は心の中で毒づいた。
「千佳さん」
その時、廊下の向こうから、香織が千佳に手を振りながら近づいてきた。
千佳は裏山の話が脳裏をよぎったが彼女に手を振り返した。裏山は香織の声に気付いたのか、身を強張らせた。
「来やがったか。じゃあな」
裏山は大慌てで香織の横を取り過ぎると自身の教室に姿を消した。香織はそんな彼を不思議そうな顔で見ていた。
「あらごめんなさい。裏山君と話してたの?」
「い、いや別に何でもないよ」
「そう。あの人、何か怪しいわよね」
香織はそう呟いた。
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