目には目を

どうやら自分はまだ天に見捨てられた訳ではないようだ。絶望のどん底の時こそ、思わぬ起死回生のチャンスが舞い込んでくるものだ。


もし千佳が言っている事が真実だとするならば、目の前の男は万物創造の力を有しているという事になる。まるで夢物語のような話ではあるが、恐らく彼だけだ、あの冷酷無比な裏山に比肩しうる存在は。


彼なら奴の凶行に終止符を打てるかもしれない。こんなチャンスはまたとない話だ、田畑は一縷の望みに賭けた。


「その、ちょっと話いいかな。できれば人がいない場所がいい」


田畑の深刻な面持ちに二人は何かを察したようだった。千佳の提案で三人は屋上へと向かった。彼らは否応なしに直射日光に晒される事になった。千佳は手で顔を扇いでいたが、常史江は汗一つかいていないようだった。温度感覚に鈍いのかもしれない。田畑はそう思った。


「そんで何だい話って?」


千佳が暑さに顔をしかめながら言った。


「こんなところまで来て言うのも何だけど、僕がこの話をする事によって君たちに危害が及ぶ可能性もある。それでも構わないか?」


常史江は一呼吸置いて頷いた。千佳は決心がつかないのか、目が泳いでいた。常史江が彼女に目配せした。


「君はどうする?」


千佳は苦笑いしながら、いいけど、と呟いた。


田畑は二人に感謝の意を伝えると一連の出来事を洗いざらい語った。裏山の能力について、そしてその能力で野田や、他数名をこの世から消した事、また、彼を放っておけば犠牲者が増える一方だという事を、田畑は出来るだけ詳しく伝えた。


千佳は額の汗をハンカチで拭きながら、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。彼女とて、常史江以外に異能の力を持つ者がいたとは知らなかったようだ。まあ、当然と言えば当然か。そんな訳のわからない力を持つ存在が、この世にゴロゴロいてたまるか。とはいえ、世界は広い。地球のどこかで人知れず異能の力を持つ者の、涙あり笑いありの人間ドラマが繰り広げられている可能性もある。興味深い話だが、今は目の前の問題に集中しよう。


「僕一人では奴をどうする事も出来そうに無かったんだ。君達に頼るしかなかった。すまない」


田畑は深々と頭を下げた。常史江はそれを静止していった。


「別に構わないさ」


「しかし驚いたね。アンタの他にそんな妙ちくりんな力を持つ奴がいたなんてさ。しかも隣のクラスに、寝耳に水って奴だ。裏山ってあの変な髪形の男だろう?」


「俺はあまり驚いていないよ。常々思っていたんだ。俺の他にも『似たようなの』がいるんじゃないかとね。予想が当たったよ。超能力談義でもしたかったところだが、能力を悪用しているというなら、止めなくてはならないな」


常史江は淡々とそう言った。田畑は彼の口ぶりから、常史江は裏山よりも超能力者として生きてきた期間が長いのかもしれない、と判断した。ならばルーキー能力者の裏山よりもベテラン能力者の常史江の方が経験の差から有利なのでは?多分。


「と、止めるったってどうする気なんだい?小林みたいなただのヤンキーのバカタレとは違って相手はイっちゃってる男なんだろう?」


「叩きのめす。そいつは消したものを戻すことも出来るんだろう?だったらそうするまで痛めつけるさ。話が通じる相手じゃあないらしいしな」


常史江は即答した。千佳と田畑はなるほど合理的な判断だと感心した。目には目を超能力には超能力を、だ。


「絶対に奴に触れられてはダメだ。一瞬で消される。僕はこの目で見たんだ。とにかく奴を近づけさせない事だ」


田畑は忠告した。万が一常史江が消されてしまえば、一寸先は闇だ。田畑はそう確信していた。


「わかっている。チャンスは放課後だな。奴は今日もターゲットを物色しようとするだろう。そこを叩く」


「無意味な話だな」


聞き覚えのある甲高い声。田畑は脊髄反射で声がした方を向いた。その直後、頭が真っ白になった。


痩躯で長身の、前髪を目の上で切りそろえた癖毛ひとつない長髪。


声の正体は裏山椎名だった。彼はいつの間にか屋上のフェンスにもたれかかっていた。屋上への入り口は一つしかなく、その扉を田畑はずっと見張っていたつもりだったのにかかわらず、彼は突然出現した。予期せぬ事態に田畑と千佳は身を委縮させた。


「お~っと、噂すればなんとやら、ご本人登場か。まさかそっちからブチのめされに出向いてくれるとは思わなかったよ。手間が省けたかもな」


常史江は呑気な口調で彼を挑発した。


裏山は鼻を鳴らした。そして田畑の方へ視線を向けた。


「まさかお前が俺に歯向かうとはね。ちょい意外だったよ。尾行してよかった。じゃなきゃ少々ヤバい事になってたかもしれん。お前、覚悟しとけよ。死ぬだけで済むと思うな。お前の家族も地獄を味わわせてから、消してやるからな」


田畑は息が荒くなった。裏山に気づかれないよう、周囲を警戒しながら屋上へと向かったはずだったのに。オーマイゴッド。奴はまだ何らかの能力を隠していたのだろうか?恐らくここでした話はほとんど聞かれていた。奴は自分よりも上手だった。田畑の作戦は全て看破されていた。


裏山は常史江の方へ視線を向けた。


「えーと常史江だっけ?さっきの話の内容からするとお前も『選ばれた者』みたいなようだな。え?少し親近感を感じないでもないが、俺の邪魔をするなら生かしておくわけにはいかなくなった。あとクソ女。お前もだ」


裏山はそう言ってフェンスから離れた。

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