他にもいたようです

「君の仕業なのか?」


午後5時過ぎ、放課後、田畑は両隣が塀に囲まれた横幅2メートル程度の細い路地で、裏山を問い詰めていた。周りに人の姿はない。空はオレンジ色に染まり、夕刻である事を告げていた。


「そうだよ」


裏山はいともあっさりと口を割った。彼はコンクリートの塀にもたれてスマホのアプリで遊んでいるようで、せわしいBGMが田畑の耳にも届いた。


「一体、何したんだよ、まさか殺したりとかしてないだろうな」


「御名答」


裏山は視線だけ田畑に向けて砕けた調子で言った。それと同時にスマホが間抜けな効果音を発した。田畑はあっけらかんとした彼の様子に唖然とした。


「なんてこった、すぐ逮捕されちまうぞ」


裏山は余裕を崩さなかった。それどころか大胆不敵な笑みを浮かべていた。まるで自分には絶対に見破れない奇計があるといった風な笑みだった。


「いーや、大丈夫大丈夫」


「その自信はどこから来るんだよ」


現代の日本の警察の捜査力は決して侮れるものではない。時には週刊誌などに上を越されているような気もするが。田畑は生意気にもそう思った。


裏山は塀から離れると田畑の方に向かって来た。思わず田畑はたじろいで後退りした。彼はまさか友人である自分さえも、その毒牙にかけるつもりなのだろうか。


「な、なんだよ」


裏山は無言で田畑の目の前に右手を差し出した。手の腹には色褪せた10円玉が置かれていた。


田畑は眉間に皺を寄せ、それを凝視した。どこからどう見ても普通の少々錆びた硬貨である。これが何だと言うのだろうか。これではジュースも買えやしない。


「まあ見てろよ」


裏山はそう言うと手を握った。数秒後、手を開くと10円玉は姿を消していた。田畑は困惑して彼の顔を見た。何かの手品だろうか。だとしたらそんなものに付き合う気分ではなかった。


「こうやって消したのさ」


「は?」


「野田だよ。俺はどうやらちと変わった力に目覚めたようでね。強い意志を持って何かに触れると生物、非生物問わず、それはこの物語から出番がなくなるのさ」


裏山が突如みょうちきりんな発言をするもので、田畑は彼がまた何かのアニメや漫画に感化されたのかと疑った。そう、彼は出会った時から大の漫画好きで、特に発行部数一億以上を稼ぐような有名な作品よりも、どこの雑誌に掲載されているのかもわからない、一風変わった作品を偏愛しているようだった


よく彼はそれを学校に持ち込み、クラスメートと回し読みをしていた。田畑も何度か彼にマイナーな本を貸してもらった記憶がある。まあ、その話は長くなるので今は置いておこう。


「おっと、言い方が悪かったかな。この世界から消えてなくなる、と思ってもらっていい」


裏山はその場にしゃがみ込むと足元の砂利を右手ですくい上げた。そしてゆっくりと手の腹を下に向けた。だが砂利は一かけらも零れ落ちなかった。消えて無くなったというわけだ。


「冗談だろ」


「大真面目だぜ」


裏山は腰を上げると髪をかき上げた。気持ちが悪いほどストレートな長髪が靡く。


「一応言っておくと、消したものは一体どういう状態になっているのか、俺自身にもわからないが、この世界に戻す事も出来るんだ。要するに野田のゲロ野郎は、厳密に言えばまだ生きている」


裏山は田畑に真剣な眼差しを向けた。


「だが、お前もあんなのに戻って来てほしくはないだろ?」


田畑は沈黙した。確かに彼の言っている事を否定しきれない自分がいた。現に田畑は野田に対し、いなくなればいいのに、と思った事が両手の指の数では足りないほどあった。


「黙ってるって事は賛成ってこったな」


裏山は念を押した。田畑は答えに窮した。


「いつからだ」


「何が」


「いつからそんな事が出来るようになったんだよ」


裏山は腕を組んで回想し始めた。


「そうだな、最近さ。駅前のラーメン屋で腹ごしらえしてたら妙な感覚に襲われてよ。自分が自分じゃなくなるような。とにかく気持ちがいいもんじゃなかったね。食欲も一気に失せたよ。その感覚はその日から今に至るまで、まだ少し根付いていやがる。だが、それと引き換えに俺はこの能力を手に入れたんだ。マイナス面を差し引いても、十分過ぎるお釣りだぜ」


裏山はまた塀にもたれかかった。


「この前、人にはそれぞれの役割があると言ったよな。俺はガキの頃から自分の人生における役割について考えていた。だが答えは見つからなかった。無味乾燥。砂を噛むような味気ない日々だったよ」


裏山は目を輝かせると言った。


「しかしこの能力を得てわかったんだ。俺は特別な人間だと。重要なのはこの能力が何なのか?ではなく、何に使うか?だ」


彼は尚も取り憑かれているかのようにまくしたてた。どうやら自分の話に酔っているらしく興奮しているのが伝わった。


「俺はこの力を世界の為に役立てようと思う。ちょっとした福祉活動だ。汚い物は消して、綺麗な物だけを残す。いい考えだと思わないか?」


田畑はうんざりしながらその話を聞いていた。まさか彼がこのような危険思想の持ち主だったとは…それともその得体の知れない能力とやらを得た事で抑えられていた資質が露わになったのだろうか。裏山の発言からして、彼はこれからも同じ事をするだろう。つまり野田の他にも犠牲者が出るという訳だ。非常にまずい事になった。どうやら彼には犯罪行為に手を染めているという自覚が希薄なのかもしれない。それどころかタチの悪い事に、本気で自分の考えが社会の為になるとまで信じ込んでやがるようだ。


「とにかくだ。お前がもし他に消してほしい奴がいるんだったら言えよ。OKか?」


裏山はスクールバッグを肩に背負い田畑に背を向け歩き始めた。


だが、すぐに足を止めると背を向けたまま、呟いた。


「わかってると思うが誰にも言うんじゃねえぞ。この事は」


裏山は歩くのを再開し、路地から姿を消した。田畑はどこかで鳴いている蝉の鳴き声が耳に入らなくなる程、思い詰めていた。




どうしたらいいんだ?

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